7-13
2024/12/27 加筆・修正しました。
「まさか学友に掛かるなんてこれっぽっちも思ってなかったでしょうからね」
「ここまで強力な呪詛をセーリス嬢が使えたとは……」
職員室でアランを始めスパルタクスやペリューン、ヘンドラやハインドフットも含めて話し合いの場が持たれている。
問題になった生徒は3年生のマルヴィナ・アドキンズ。平民出身で、かなり高い学力と魔力を示したことで、アドキンズ伯爵家に養子入りした生徒である。
「まあ、盗みに入った方が悪い、ってのは同意だよ。でも、可哀そうにねえ。養子の話、無かったことになるかも」
「ですねえ。まあそこは、アドキンズ伯爵たちが決めるでしょう。……エングライアがからんだのでお咎めなしは難しいね」
「それについてなんだがぁ、グレイルと同じように、奉仕活動させるってのはどうだぁ?」
「そちらの方が良いかもしれませんね」
マルヴィナの処遇の話がまとまれば、あとはマルヴィナ本人からどうして今回の犯行に及んだのかの事情の聞き出し結果の共有だ。
「マルヴィナさんは何て?」
「フォンブラウ公爵令息を誑かした男爵令嬢を懲らしめようとした、と」
「おふ……」
なんだそれ、とアランが呟く。スパルタクスが口を開いた。
「……羽の色も形も、変わってしまった」
「!」
スパルタクスの言葉に状況が飲み込めてきたペリューンが更に口を開く。
「……ってことは、マルヴィナは乗っ取られてるってことだね?」
「相違なし」
「……王宮に引き渡す必要が出て来たな……」
どうします、とラブレスに話が振られた。ラブレスはそこまで話が大きくなるなら王宮に任せるしかないだろう、と返した。
「……最終判断は王弟殿下に任せましょう」
「ですね」
方針が決まったのでラブレスは席を立つ。それこそ王弟殿下に話をしに行かなければ。
「ネルデオ理事長」
「ん?」
スパルタクスの呼び止めにラブレスが振り返った。
「レイヴン殿を、お連れになった方が良いかと」
「……そうだな、分かった」
今度こそ解散。教員たちはそれぞれの仕事に戻っていった。
♢
「「生徒会??」」
エリオとトールが首を傾げた。
現在、食堂。カルとロキはロゼたち及びソルたち男爵令嬢らを連れて日当たりのいい席にやってきていた。普段からカルたちがよく利用している席だ。ハンジも含めて、報告会を兼ねて集まっていた。
この学園には中等部から生徒会が存在している。基本は王族や公爵、侯爵などのメンツが所属することになるのだが、1年生から所属が可能、2年生からは入れと言われるようになる。カルは恐らく今年の年末には所属することになるだろうとロキは思っていた。
まあ、そこに公爵家がゴルフェインとソキサニス以外居るなら所属しろと言われても何も言えない。余談だが、去年の生徒会長はスカジ、副会長はエミリオであった。今年はカイウスが会長だ。
「ちなみに俺は入らない」
「「「「王子殿下が裏切った!」」」」」
「ちなみにロキもだ!」
「「「ロキいいいいい!!」」」
「ちょっと待って事情が読めないんだけど」
カルのカミングアウトにロキが眉根を寄せた。
「ああ、ロキ、あとナタリア嬢には、俺の用事に付き合ってもらおうと思っている」
「それでなぜ生徒会に入らないことになるんだい?」
「長期で学園を空ける可能性が高いからだ。流石にそんなやつは生徒会長にはならんだろう?」
「……確かにな」
ロキは納得したが、ナタリアが一緒というのが少しばかり気になった。
「本当はロゼも誘いたかったんだがな……」
「王妃教育がありますので、私は無理でしてよ?」
「ああ、分かっているとも。早く終わらせてくれ」
「ええ、今はループのせいか身体が覚えているようなんですの。案外所作も早く覚えましたわ」
「いつもの口調から見ると今かなり高飛車なお嬢様みたいになってるわ」
「高笑いが似合うようになりましてよ」
「こら、そういう時は扇子を使うんだ」
「手元にございませんもの!」
ロゼとカルの仲が上手くいっているようで安心したロキとソルである。
ヴァルノスはじゃあ、と口を開く。
「来年は生徒会長にレオン様かロゼ様を据えて、副会長がエリオ殿下、書記にトール君を滑り込ませたらいいかしら?」
「えええっ、俺!?」
「書記ですか……!?」
エリオとトールから非難の声が上がった。それぞれちょっと理由がずれていそうなのがなんともこの2人らしい。ロキが口を開く。
「生徒会長と副会長、両方に高いスペックを求める者はいないだろう。それに、1年生は大人しく来年のために仕事を見て学ぶのがいいよ。トール、書記が嫌なら副議長になれ。こちらにはホワイトボードも黒板も無いからやることなんて特にないだろうけど」
「ロキ殿ってすっげえ経験者みたいに語るよな……」
「エリオ殿下、こいつ前世では副会長張ってたからあながち間違ってないわ。副議長から上がったのよ。しかも先生からの指名」
「明は委員長だったから逃れたがな、俺は平だったから逃げられなかった!」
なんだか魂までハイスペックだこの人……とエリスが思ったのは致し方あるまい。前世では経験者なのだから、こういったことの引継ぎの仕方は知っているという事らしい。
「……乙女ゲームのヒロインってさ」
「うん?」
「どっかの委員長になれば咎められることもなく普通に攻略対象に会えてたんじゃね? って今思った」
「「「「「それな」」」」」
エリスのぼやきにナタリア、シドまで含んで転生者一同、同意する。まあ、そこまでやり込める乙女ゲームも逆に珍しそうではあるが。
「ああそうだ、ソル嬢」
「はい?」
「つい昨日なのだが、父上……陛下から手紙をいただいた」
「私に何か関係が?」
「……セーリス領についてなのだが」
あら、珍しい。死徒列強から何か連絡があったのは間違いないだろうという結論に達したソルはルナを一瞥してカルに視線を戻した。
「何故私宛なのでしょう?」
「一応決定権を現在持っているのがソル嬢だからだろう。ところで、ロキはソル嬢に――」
「あ、その話止めて」
ソルの凄みに「お、おぅ」と気圧されてしまったカルは口を噤んだ。ロキがいつ告白したのかと不安になっていたのだが、どうやらカミングアウトはもう済ませたようだ、何かソルの気持ちを思い切り揺さぶってしまうような言葉と共に。
ソルからすれば、ロキからのカミングアウトがあまりにも自然な流れだったものだから、自分で理解して余計記憶に刻み込まれているような状態なのである。よろしくない。思い出すたびに顔が赤くなるのを何とか抑えねばならなかった。
少し呼吸を落ちつけてから、ソルはカルに先を促す。
「それで?」
「……セーリス領の魔物やホムンクルスが落ち着いてきたと、エングライアからの手紙があったのだそうだ。……ああそれと、クフィリンタラ? とかいう薬品の原料が大量に手に入った、あとは……そう、金の腕輪をしたブラックドラゴンを保護しているから返すのにはもう少しかかるとか」
ソルは事情を理解してはあ、と小さく息を吐いたが、ゼロが目を見開いてカルに掴みかからんばかりの勢いで近付いた。
「どういうことだ、ブラックドラゴンを保護しただと?」
「あ、ああ」
「その腕輪はどんな? 黄色い宝石がはまっていたか? 体長は? 目の色は――」
「ゼロ、退け」
ロキが遮る。ロキは多くを語って聞かせることはない。ゼロは止まった。興奮したために腕に薄っすらと黒い鱗が浮いて来ていた。
「……ゼロ、ドゥルガー殿と連絡が取れなくなっていたのか?」
「……」
ロキの問いにゼロが小さく頷いた。ロキは小さく息を吐く。
「……もっと早く言ってくれれば、俺は今肝が冷えることも無かったんだがな」
「……すまん」
ゼロが少ししょげた。
ロキは頭の中を整理する。
セロから母親と連絡が取れないという話を聞いたためしはなかったのだが、シドの方を見やると視線が泳いだのでシドも知っていたものと思われる。
ドゥルガーは『イミドラ』において、人間の暮らしている領域付近に現れる黒竜として討伐される。細工物を身に着けたドラゴンは十中八九イミットの親なのだが、人間からすれば上級竜と下級竜の違いなど分からない。ドゥルガーの種族ブラックドラゴンは、人間の兵隊が束になった程度で倒すことができるはずがないのだ。
エングライアの魔術は人間には害がほとんどないが、竜の中には影響を強く受ける者がいる。ドゥルガーは運悪くエングライアの魔術と相性が悪く、弱体化して人の姿を保てなくなったところを討伐されるのだ。
目を瞑れば瞼の裏に浮かんでくるのは、雨に打たれる黒竜の遺骸と、それに縋りつく黒髪の少年の姿。ああ、こうなる可能性が何処彼処に散らばっていたのかと、ロキは改めて思った。
だがしかし、その心配もこれで漸く無くなる。今後、エングライアが竜の弱体化を引き起こすような魔術を使うことは無いだろうし、ドゥルガーにはしばらく王都のフォンブラウ邸に留まってもらった方がいいだろう。スクルドに手紙を書かねばと思いつつ、ロキは口を開いた。
「転生者一同に一つ報告があるよ」
「何?」
ソルが返せば、ロキは薄く笑みを浮かべる。
「まだ油断はできないけど――ゼロの敵対フラグは完全に折れたと考えられるね」
「!」
ほんと、とソルたちの反応もあったが、一番大きい反応があったのはハンジだった。ハンジの目に涙の幕ができる。袖口で涙を拭い、ハンジが礼を口にした。
「皆、ありがとう……!」
ぼろぼろと涙が次々と溢れて来て、ハンジはぐしとそれを拭う。ゼロは不機嫌そうに首を傾げつつ見ていた。
「……ロキ、あれは一体どういう事なんだ?」
「……ああ、」
カルに問いかけられ、ロキは簡潔に事情を説明する。
「えっとね、今回話しているのは、ゼロの母君の事なんだ。彼女が亡くなった場合、彼女が人間によって討伐されたことを知って、ゼロは完全にドラクル側に着く。そうなると、帝国によって勇者とか言って担ぎ上げられた奴がいたら、敵対するだろう」
「ああ。それがハンジか」
「そういう事だよ。……ところがどっこいハンジのパーティには父君たるムゲン殿が加わっているんだな」
カルが眉根を寄せた。ゼロは板挟みに遭ってしまわないか。
カルの考えが分かったのかロキがくす、と笑う。
「とはいえ、ゼロには仕事がある。ロキ・フォンブラウの執事という仕事がね」
「……では、まさか、ロキがハンジと敵対するかどうかの話でもあったのか……?」
「普通に考えればね」
『イミドラ』において、ロキという名前のキャラクターは一切登場しない。にもかかわらずゼロは会話こそできないが登場している。スピンオフ版であるはずの『イミラブ』で攻略対象にゼロを選んだのなら、何か関係があるはずだ。だってあの一連のシリーズには、細やかな世界観の考察材料さえ転がっていたのだから。
ロキは知っている。いや、分かってしまったというべきだ。あの時ゼロは何故会話ができなかったのか。既に会話をするだけの思考能力がなかったからだ。敵対していたゼロはゲーム内で”精神干渉”のバッドステータスが付いていた。
「……ロキの許に居る俺が、人間に敵対する可能性は、低くないか」
ゼロの問いに、ロキは答える。
「いや。お前は精神崩壊したところを操られるだけだね」
「何で――まさか、」
ロキにはあのゲーム内の流れがはっきりと見えた。ゼロがそれを悟る。
ゼロにはゲームの中の自分など分からない。けれど、ロキが言うなら正しい、と考える自分がいて、それを狂信とか妄信とかいうのであれば、納得がいく。
ゼロの中にある感情を敬愛というなら、間違いなくヤンデレだ。
「お前死んで」
「御名答。ロキ・フォンブラウが死んだ後の話、もしくは、何らかの事情でロキと名乗れないほどに追いつめられた状態」
ピシリ、と空気が凍った。
ロキは気にせず続ける。
「お前が一体何者なのか知らなかったハンジのパーティは、そのままお前を倒して先へ進む。ところがハンジのパーティには、帝国へ傭兵に行ったお前の親父殿――ムゲン・クラッフォンが所属している」
「……」
「息子を殺されたことを知ったムゲン殿はそのままブチ切れてパーティを離脱、ドラクルの許死徒列強側について、めでたく開戦、ハンジのパーティはムゲン殿に皆殺しにされる」
ロキこそなんてことの無いように言っているが、当事者のハンジにしてみればいかにゼロが恐怖の対象になりえたか、わからないゼロではなかった。
今は全く震えていないけれど。
「……ハンジがソル嬢たちと共にロキに近付かなかったのは、ゼロに会いたくなかったからか?」
「それもありますけど、一番は忙しかったからですよ? まあ、忙しくしてないと未だにフラッシュバックしてあんま動けなくなるんですけど」
ハンジは苦笑を浮かべつつもなんてことないように言ってみせる。
戦闘は怖くないのかと、大人の事情でここに連れてこられたことに怒りはないのかと、問い質してしまいたい。
――それで、なんになる?
ロキと目が合った。
カルは、そう言われた気がした。
「まァ、これであと警戒しなきゃなんねえイミットは年下のドラクル公の倅だけってわけか」
「そうなるな」
「よし、皆イベントはちゃんと連絡取り合ってから迎えるように! 特に死徒関連は首が跳ぶかの瀬戸際も多いから気をつけようねー」
「エリスさんも、私にも相談してくださいね。これでも一応ルナさんの前世の姉ですので」
「はい、頼りにさせていただきます。っていっても、直近のものは何もないですけど」
転生者たちは笑う。まったく、生徒会の話をしていたのにすっかり違う話題になったなあとそんなことを思ったトールだった。
「で、カル? 後で詳しく事情を聞かせてもらおうか」
「え、何で忘れてくれないんだよこいつ」
「ナタリア嬢も、聞きたいよな?」
「はい!」
目をキラキラさせているナタリア、おそらく彼女の辿ったループ中にこういったことはなかったのだろう――そう思えるくらい彼女の瞳には、興味の2文字が浮かんでいたのだった。