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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部2年前期編
181/368

7-12

2024/12/27 加筆修正しました。

ふら、ふら。

重い足取りで廊下を歩く人影。


赤茶けた髪の女生徒。

人気のない廊下を、医務室に向かって歩いている。


医務室の戸が開いて、中からソルが出て来た。誰かを医務室に連れてきたらしい。優しい事だ。


「!?」


ソルと目が合う。ソルはこちらの体調が芳しくないことに気が付いたようだ。


「大丈夫ですか?」

「……」


女生徒は頷く。少し蒼褪めているのが気になったのか、ソルはそこまで手を貸します、と声を掛けて女生徒の腕を肩にかけて医務室へと向かった。


医務室には少女が2人程休んでいて、1人は眠っており、もう1人は傷の手当てをしたのか脚を晒している。


「あれ、ソル様?」

「ごめんなさいパメラ様、ちょっとこの方様子がおかしくて」

「大変」


女生徒をベッドへ連れて行き、そっと寝かせる。随分と体調が悪そうだ。今は生憎保険医が離席している。ソルとパメラは顔を見合わせた。


「……ソル様、これって」

「……まさか」


女生徒の身体に赤い紋様が浮かぶ。まじか、とソルが呟く。


「もどったよー」

「あ、先生」

「あらま、増えてる」


保険医がタイミングよく戻ってきた。女生徒が蒼褪めているのを見て保険医は慌てて女生徒の様子を見る。赤い紋様を見て、眉を顰めた。


「……呪いだね、これ」


呪いは校内で使うのは禁止されている。これが校内で使われたのであれば、の話だ。

保険医といえど校内で上がった問題の話は一通り情報共有もされている。


「……ソルちゃん」

「はい」

「これ、ソルちゃんが掛けてた宝石箱のプロテクトなんじゃないのかい」

「……はい、そうです」


そもそも誰からも開けられないために施していたプロテクト。開けて術を引っ被った誰かさんは、きっと目的のものをぶんどる前に退散しなければならない理由があったのだろう。そう、例えば。


「3つかけてたうちの1つだけです、これ。1つ目を解除したら1つ目と3つ目のが発動するようになってたんですけど、これ2つ目のプロテクトです」

「何を仕込んでたのかな?」

「2つ目は回復阻害です」

「1つ目と3つ目は?」

「1つ目が火傷、3つ目は衝撃波でした」

「なるほど。本当は1つ目と3つ目でダメージを負わせて、2つ目を解除したところで疲労が溜まる仕様になってたのね」


その組み合わせなら、と保険医が術式の解除に乗り出す。ソルは静かにまさか彼女だったなんて、と呟いて使った術式をめっもに書き出し始めた。パメラは自分がソルの部屋に入る直前に入ったであろう女生徒を見て小さく息を吐く。彼女は、確か平民出身だったはずだ。


「彼女、平民よね」

「ですね」

「魔力耐性あんまりないんじゃ」

「たぶんあんまりないと思います」


ここは任せて、と保険医に言われてソルは分かりました、と医務室を後にする。パメラも一緒に出てきて、これはマルグリッド様に報告します、と言って去っていった。ソルもロキとロゼに報告しなければならない。いつ出て来るかと思っていたが、案外早く出て来たものだ。


ソルがロキに報告すると、すぐロゼとカルに連絡が行った。あとのことは大人に投げる、とロキは言った。



2年目となったハインドフットの授業は、魔物の世話を引き続き続けながら、魔物について詳細を学ぶ。1年生で学ばされたのはゴブリンとグリフォンだった。ゴブリンは国内でもよく出会うので当然だが、グリフォンは幼体がセトの許に預けられたせいもあっただろう。


現在は、首輪の着けられた、緑の肌、鉤鼻、ぎょろりとした瞳、大きな耳と小さな1本の角を持つ魔物――ゴブリンと対面しているところである。座学だけではもったいないと、ハインドフットが実際に触れてみようということで連れてきたのだ。

女子生徒の大半がひいいいと悲鳴を上げた。姿がみすぼらしいので仕方がないかもしれない。ついでに別の種族との間にも子供を作る繁殖力旺盛な奴らである。


とはいえ、生徒が孵した卵から出てきた個体だ。結構身綺麗にしているし、恐らくあまり腕力のある個体ではないと見える。ゴブリンは自分よりも弱い個体が良いものを持っていると身包みを剥ごうとするから、装飾品を身に着けていない個体はあまり強い個体ではないと見るのが通常であった。


要は、群れの上位に行く個体は本当に頭が良いか、脳筋かしかいないのである。学生の手が入っているならば、脳筋の個体は特に鬱憤が溜まっていて抑えるのも大変だろう。腰布ではなく貫頭衣を着ていることから、このゴブリンは雌らしいことが伺えた。


「こいつはちょっと頭のいいやつだなぁ。普通のは、まあ……フォンブラウが逃げられなさそうだったから連れてこなかった」

「男女の見境がない……だと……」

「ちゃんと意を酌んでくれてうれしいぞぉ」


ヤダ何それ怖すぎる。

ロキが蔑みの目を向ければゴブリンがフルフルと首を左右に振り始めた。「私は違う!」と言っているかのようである。

そもそも、ゴブリンは雌の個体が少ないので、貴重がられているのは事実としてあるだろう。しかし、雌の方が頭が良い個体で、雄が脳筋だったりすると、群そのものを守ろうとする意識が強い雌の方が厄介になる。


「ゴブリンは人間よりも腕力があって、すばしっこいんだぁ。知能はそこまで高くはないんだが、言葉を覚えることがわかってる。話すことができないってのは間違いで、ゴブリンはゴブリンだけで言語をちゃんと持ってるぞぉ。人間の発声が合わないだけだぁ」


人間の言葉を覚えると、下手な奴隷よりも使えるから、調教し上級個体なんかは高く取引される。

ハインドフットの説明を聞きながら、ロキはゴブリンを流し眼で見た。魔物同士が案外仲が良い話を聞くことがあるが、言語なんてあってないようなものなのだろうか。何となく言っていることが伝わってくる、とかで分かってしまうような。


そういえば、ロキも魔物とは普通に会話ができるようになった。フェンは相変わらず念話で繋げて来るが、他は何となく言っていることをロキの方で汲み取れてしまうのだ。不自由はないが、まあ、その辺をほっつき歩いているスライムの考えが分かったりするとちょっと驚く。主に、思考回路があることに対して。


「ロキ様は魔物の言葉が分かってましたよね」

「ああ」

「え、そうなの?」


ロゼたちが不思議そうにロキの方を見る。隠すことでもないので肯定しておくと、ハインドフットが笑った。


「魔物の言葉が分かる子は珍しいぞぉ。フォンブラウは精霊にも魔物にも好かれるんだなあ。不思議だなあ」


魔物と精霊はそこまで本来仲は良くない。精霊に愛されれば魔物から徹底的に嫌われ、魔物に好かれれば精霊から嫌われることが多いのだ。ロキは両方に好かれているように見えるため、ハインドフットは不思議がっているようだった。


「……なんででしょうね」


何となく思い当たる節があるので、適当に言葉を返して黙秘した。


「ああそういえば、今年は皆合宿があるから、気を引き締めて、良く学ぶようになぁ。今年もたぶん金額競争になるだろうが、気付いたら大怪我してたじゃ済まんぞぉ?」

「夏休み直前の夏合宿ですね!」


目をキラキラさせている生徒がいる。ロキも合宿についてちょっと考えてみた。

ループ関係の何かがあれば直前までには何らかの形で啓示のようなものがあるため、そこまで心配していなくてもいいのかもしれないが、せっかくの楽しそうな合宿がループの何とかに巻き込まれているのはちょっと嫌だ。


「班は中間テストの実技の結果で決まるからなぁ、頑張れよぉ」

「「「「「はーい」」」」」


その後はゴブリンについてよく学ぼう、ということでそのままゴブリンを弄り始めたのだが、気が付いたらよくロキに懐いていた。

触らないでよと明かに拒否を示されるのがカルやルナだったので、恐らく光が苦手と思われる、と誰かが言った。


ロキ的にはそうではなく、単純にゴブリンは目が悪いのではないかと思ったのだが。

その言葉を聞いて、ハインドフットは実際のところどう考える、と生徒たちに聞いてきた。


「この答えは分かったかぁ?」

「はい、光属性が苦手なのだと思います!」

「理由は?」

「……魔物だから?」

「違うなぁ」


にこりと人のいい笑みを浮かべて生徒の意見をバッサリ切っていくハインドフットだった。


「他に何か考えはあるかぁ?」

「……」


すっとロキは片手を挙げて、ハインドフットはじゃあ、フォンブラウ、とロキを呼んだ。


「……ゴブリンは、目が悪いのではありませんか? それでいてマナを見ている。だから光属性が近くにいると視界が塗りつぶされるので嫌がる――というのはどうでしょうか」


ロキの言葉にハインドフットが黙った。セトが口を開く。


「……ロキ、お前今の実体験じゃ」


少し憐れむような眼をしているセト。


「まあね。今は皆がハインドフット先生に意見をバッサリ切られて意気消沈しているからいいけど、アラン先生やペリューン先生の授業の時とか、皆テンションが上がってマナの光が吹き荒れるんだもの。目が痛いったらありゃしない」

「分かりますそれ」

「あー、俺だけがはっきり見えてるわけじゃねえんだな。安心した」


順にロキ、ナタリア、セトの台詞だ。闇属性持ちはそれなりの問題を抱えていると判明した瞬間だった。ハインドフットが笑う。


「フォンブラウの言う通りだぁ。ゴブリンはマナで世界を認識してて、目はあんまりよくない。だから光属性のマナは眩しすぎて嫌うんだぁ。かわりに、よく見える風はあまり攻撃が当たらないし、逆に黄色や青、白い超の付く高温の火も嫌う。水と風と土はこいつらを呼び寄せるだけだなぁ。ちなみに闇には何もしないぞぉ。ゴブリンは闇のマナが満ちると就寝準備を始めるんだぁ。闇の象徴は魔物にとっては夜、眠るときが多いみたいでなぁ」


こればっかりはゴブリンの視界を見てみんとなぁ、とハインドフットが言う。夜行性の動物が多そうなのに、昼行性が多いと言われた時、ロキたちはとても驚いた。常識って通じないね、やっぱりファンタジーだあ、と転生者たちが同じような言葉ばかり発するのにはちゃんと理由があるものだ。


「夜寝るって……夜は何か別のモノが動いているんですか?」

「そうだぞぉ。でも、皆も知ってるぞぉ? あれを魔物と呼ぶかどうかはそれぞれだと思うがなぁ」


ハインドフットのその言葉に、そこに該当するものを導き出したロキたちは「あれは夜行性ではないなあ……」と小さく呟いたのだった。レインがはてと首を傾げながら口に出す。


「アンデッドですか?」

「そうだぁ。ほとんどの魔物には闇属性が入っているから、皆夜目が利く。だからアンデッドから逃げるのも案外簡単みたいだなぁ。人間よりアンデッドに気付くのが早いって話もあるぞぉ」


ゴブリンは逆に人間に近く、夜はあまり物が見えない。だからマナを見るようになった、というのが通説であるという。


ロキたちの中ではゾンビやら死徒やらと呼ばれるそれを、魔物と称する方法もないわけではないのだが。やはり、襲ってくるイメージは恐ろしいものとして定着したようである。

ゴブリンたちにとっても同じとは。


「ゴブリンの進化経路で分かっているのは、ゴブリン、ホブゴブリン、オーガ、ハイオーガと辿って近接攻撃型になるタイプ、マジシャンやシャーマンになって魔術を扱うようになるもの、鬼に成長して精霊と同じ性質を持つようになるもの、鬼人に成長して亜人種として暮らすものの4系統がある。マジシャンやシャーマンの系統以外はハイオーガまで進化するから、どこに落ち着くかは進化してみないと分からんなぁ」


ハインドフットはそう言ってロキの方を見る。ロキはすっかりゴブリンに懐かれ、指先でゴブリンを弄んでいた。具体的には、浮遊させていた。


「……フォンブラウ、いつの間に自分以外の生き物も浮かせられるようになったんだぁ?」

「今やってみたらできただけです」

「さらっと人体実験ならぬ魔物実験するのやめようなぁ。生徒会にいい生徒がいるって推薦するぞぉ?」

「やめてください俺が悪うございました」


生徒会、そんなに嫌なの?


ハインドフットが小さく問えば、ロキは小さく頷いた。

周りの生徒達はむしろ驚いていた。ロキが生徒会を嫌がっているとは。


前世では生徒会副会長を務めたこの男が、どうして嫌がるのか何となくわかる気がすると思いつつ、遠巻きに見ていたソルだった。

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