7-11
岡本由実子、20歳、大学3年生。ハンジとロキはあれこれ細かい話をする前に前世のその後のことを聞いた。ロキにとっては他人の話を聞いている感覚でしかないが、それでもきょうだいを置いてきた勲にとっては今回のことはサプライズのような喜びを得られたらしい。そういえばロゼはルナの転生前の名前が分かってしばらく落ち込んでいた気がする。
ハンジは前世の妹が行きたい大学への進学できてよかったと喜んだ。
少しの間ではあるが話してから、本題の話をした。
「この世界はタイムループしてて、もう何週目かわからない? 今解決に動いてる??」
「ああ」
勲の話を荒唐無稽だと聞き流すことも無く聞き続けた由実子は、小さく息を吐いて、なるほどな、と呟く。
「ちょっと惜しかったかも」
「何か知ってるのか?」
「うん、というか、これからリリースされるって段階だけど。2020年5月2日、『Imitation/Lovers 宝石の瞳』、リリース開始。アプリゲームね、今は事前予約特典つけて広報中」
ロキとハンジは顔を見合わせた。
「というか、私たちが死んで4年しか経っていませんのね」
「それには正直俺も驚きました。時間の流れ関係ないんだろうな」
ロキの言葉に対するハンジの同意まで聞いてから由実子が口を開いた。
「そんなことより、ロキ様に双子の兄弟とかいませんか? 神子の」
「……私に双子はおりませんわ」
「うーん……世界線が違うとかかな」
由実子の言葉にロキは内心冷や汗が出て来る。名前の語感からして、そのアプリゲームというのは、人刃を徹底的にラインナップしたもののような気がするのだ。宝石の瞳を持つのは、人刃しかいない。
「そのアプリゲームの内容を聞かせていただいても?」
「え、ああ、プレイできてないから事前情報の断片的な奴になりますけど、良いですか?」
「ええ。無いよりましだわ」
「かしこまりました」
そうだな、何から話そう、と由実子は少し考えてから、口を開いた。
「『Imitation/Dragons』の育成要素と『Imitation/Lovers』シリーズの恋愛要素を詰め込みまくったRPG、ですね。これまでの『イミラブ』の歴代ヒロインたちと、新規追加の主人公たちがいます。舞台をリガルディア王国に限定して、帝国の勇者ハンジに協力していくような感じの、サイドストーリー的なやつみたいなんですけど」
「宝石の瞳と銘打っているということは、スチルで瞳がキラキラした目の男女ばかり出て来るんじゃありませんの?」
「お、よくわかりましたね! 主人公は男女選べるようになってるらしいんですけど、恋愛イベントは男女ともに起こせるそうです。もちろんハーレムも出来る!」
頭が痛い、とロキは呟いた。仕方が無いだろう。
相変わらずソルたちはヒロインのままだ。
「で、さっき言った神子の男性キャラなんですけど、一番の目玉攻略対象ですよ。今まで悪役って攻略できなかったじゃないですか。いやー、悪役っぽいあの威圧感のある整った顔、人気出ること間違いなしですね」
「……名前は明かされてないのか?」
「はい。今までの登場キャラの兄弟であることだけは明かされているんですけど。緩めのオールバックのキャラです。赤い宝石を付けてたから、フォンブラウだと思ったんですけど」
逃れようがない、ここまで情報を提示されたら分かる。これは間違いなくロキであろう。
「……由実子ちゃん、ネタバレしてく?」
「え、心当たりがあるんですか!?」
「……それ、たぶんロキ・フォンブラウですわよ」
「……!?」
由実子は絶叫を抑えてくれた。
♢
「じゃあもともと男だったんですか」
「呪いで姿を変えられた姿が、令嬢姿らしいわ。私も8歳の時に男の姿になってからこの姿にはほとんどなっていなかったのだけれど。貴女が来ると同時に強制的にこの姿に変わってしまったわ」
「強制イベント……ってことは、まさか。ループを解決するためのアドベンチャーパートですかね?」
「それはまだわからないわ。現時点、中等部2年の時点で解決していない以上、その可能性はあり得る。でも、もしかしたら、解決した後の時間でしか登場しないのかもしれないわ」
「うわー、頭こんがらがっちゃう」
由実子の頭は大変なことになったようだが、ロキの頭はだいぶ整理された。少なくとも今話をする内容ではなかったことも分かる。
「うーん、でも確かに、ゲームの内容としては、ある意味一番アプリゲームっぽくなったのかな」
「ですね。その調子だと、相棒が選べるとか、キャラクターのエピソードがあったりしそうですわね。ガチャでキャラクターを引いてパーティを組んで」
そういうものなのだろうなと、悟った。理解した。さて、彼女が持っている情報を精査したいところだが。
「他に新しく出た情報はございませんか?」
「そうだなぁ、セネルティエの教皇子息の話とか?」
「カドミラ関係ですか……」
「あとは、アプリ版は契約システムがあるらしいですよ」
契約なら精霊と人刃と竜全部に適応できる、とロキは考える。多分というか、恐らくそういう事なのだろう。
セネルティエの教皇、と言ったらカドミラ教の教皇のことだ。息子がいたのか、と思いつつ、由実子が語る情報を整理すると、教皇には血の繋がらない神子で忌子の息子がいるという事だった。神子で忌子ということは、白い髪に黒い瞳で間違いない。難儀な色とよく言われる組み合わせの一つだった。
「神子で忌子って最悪だな」
「白い肌に白い髪と黒い眼ですわね。確かに最悪だわ」
「そんなに?」
「「大陸最強の神子」」
ロキとハンジの声が揃った。世界最強の神子は一応ラックゼートなので、こちらの大陸出身者に限った話ではあるが。
「それの何が最悪なの?」
「暴れると手が付けられないんだ。黒目は闇属性だから、精神干渉系持ってるだろうし」
「その方、お名前は?」
「えっと、トリスタン」
「……」
ロキは何か覚えがあるらしい。トリスタンという名前によくついてくる加護として有名なのは、【フェイルノート】である。無駄無しの弓、必中の弓として名を知られている。逆に、騎士的な地位に生まれると、悲劇的な死に至る確率が高い加護でもあった。
「……下手に関わって彼を武芸の道に引き込むと碌なことが無いんじゃないかと疑っているのは私だけですかしら?」
「ご安心を、俺も同じこと思ってます」
ロキとハンジが2人だけで通じ合っているのを由実子は眺めて笑った。その時、ふと上体が揺らぐ。う、わ、と小さく呻いて手を着いて身体を支える。
「大丈夫ですか?」
「は、はい」
ロキがすぐに由実子の傍に寄って手を貸した。なんだかこれは、眠りそうな感じだ、と由実子は思う。恐らくだが、こちらに居られる時間がもうないのだろう。
「すみません、そろそろ戻るみたいです」
「構いませんわ。貴重な情報をありがとう。身体に気を付けてくださいまし」
「はい。お兄ちゃんも、頑張ってね」
「ああ。じゃあな」
「うん、おやすみ」
由実子は静かに身体を横たえて寝入ってしまう。すう、すう、と寝息を立て始めたリリスを見下ろして、ロキはずっと見守るに徹していたゼロを呼び、彼女を運ばせる。
「ゼロ、お前は魔法陣の魔力は辿れた?」
「いや。隠蔽がきつめだった」
「そう」
「申し訳ございません」
「いえ、構いませんわ。私も妨害を受けましたもの。術者が別にいるのははっきりしたから今はこれで良しといたしましょう」
ソルたちの元へ戻れば皆驚愕の表情と共にリリスを迎えた。とはいってもすぐにリリスには消えてもらわねばならないのだが。だって不法侵入だ。
「リオ」
『なんだい』
「デスカルたちを呼んでくださいな」
『はーい』
いきなり上位者の名が出て、ついでに見たことのない美少女が現れてカルが目を丸くした。
「え、な、」
「ロキですわよ、殿下。皆さん、この方は以前からデスカルたちと相談していたプラン通りに外国に送りますが、よろしいですね?」
「異議なーし」
ソルたちが声を揃えたのでロキはドルバロムに許可を出そうと口を開こうとして、カルの言葉に少し動きを止める。
「保護はしないのか?」
「……彼女は恐らく端末です。国内に置いておいても何も良いことなどございませんわ。それよりは、デスカルたちの教会で掛けられた加護丸ごと破壊してもらった方が宜しいかと。憑依系は本人の意識がなくなってしまいますから」
「憑依かよ……」
また面倒なのを掛けられている、とカルとレインが頭を抱えた。レオンも小さく嘆息したので事情は察しているのだろう。
「それで、先ほども憑依を?」
「ああ」
「……まさか知り合いでしたか?」
「勲の妹だった」
「あ、確か入院中ですよ」
「ルナって一体どこの時間から来てるんだ??」
いろんな情報知ってるよね? とソルが問えば、苦笑したルナが答える。
「私よりは由実子の方が情報は新しいと思いますよ? 私が死ぬ前から意識無くしたりしてたから」
「……その頃にはこっちのループが始まってた可能性もあるな」
「スケールでかすぎーむりー」
ソルがお手上げといった表情で伸びをした。
そこにデスカルとスピカが姿を現したことでその場が一瞬で静寂に包まれる。
「お? 静かになったな?」
「……これだけ魔力を放っていりゃこうなるだろう」
デスカルの紅い髪が風に揺れる。スピカの黒い瞳を見て、ああ、とソルたちは全てを納得した表情になった。
「この人この間の紫の眼の人よね」
「ああ」
「反対の目も黒いんですか?」
「あー、無理無理、こいつ破壊神の権能使う時以外そっちの目出さねえから」
「デスカル、余計なこと言うな。大体別にそんな中二病みたいな設定はない」
「じゃあたまには両目出せやコラ」
この2人、おそらくかなり付き合いが長いのだろうということは皆にも伝わったようである。それで、と珍しくスピカから話を切り出した。
「何の用だ」
「ええ、そこで寝かせている女子についてですわ」
「……」
スピカとデスカルは少女を見て、デスカルは嗤い、スピカは苦虫を噛み潰したような表情をした。
「何でルイの魔法の跡があんだよ……」
「マジでルイだったのか」
「こんな面倒な真似をするのはアイツだけだ。それで、こいつのこの術式3つとも破壊の上黒箱教で保護、てところか?」
「察しがよくて助かりますわ」
スピカは小さく息を吐いた。デスカルはまじまじと少女を見ていたが、顔を上げて口を開く。
「ロキ、こいつは別の国で保護する」
「ええ、そうしてくださいまし」
「じゃあ、見つかる前にずらかるぜ。隠蔽ヨロ」
「ええ」
「行こうスピカ」
「ああ」
デスカルが少女を抱きかかえて姿を消すと同時に、ソルがロキに詰め寄った。
「何で国内じゃ駄目なのかしら?」
「あの子はリリス・ガードナーと名乗りましたわ。本人の意識のあるうちに聞いたから確かです」
「あら、『イラメア』のヒロインだわ」
ロゼが言った。
「あら? 『イラメア』って確かリガルディアの貴族はナタリアだけじゃ?」
「ええ、だから彼女は外国の人間ということになりますわ。確か、帝国でしたわね?」
「ええ。娘がいなくなったと言って捜索願を出していた方ですわね」
ロゼの言葉にロキが同意を返す。ロキは帝国の隅々までの情報を手に入れているのだろうかと驚愕を浮かべたルナたちに対し、レインが口を開いた。
「そんな情報量、頭痛くないのか?」
「そうでもありません。まあ、使わないと忘れるのは変わりませんから。問題はないの」
「ならいいが」
ああ、ドルバロム使ってんだな、と皆で納得した。ロキが漸く男の姿に戻れたのでゼロに髪を梳かし直してもらう。ヘンドラがぱたぱたと走ってきて、ロキたちがそこにいたのを見て目を見開いた。
「貴方たちはここで一体、何をなさっていたの!?」
「こんにちはヘンドラ先生。エリオ殿下が結界の様子を見たいと仰ったのでそれに付き添っておりました」
あながち嘘ではないことをロキが述べると、ヘンドラは納得はしなかったが引き下がることにしたらしく、息を吐いた。
「……あまり危ないことはなさらないでくださいね」
ヘンドラは一旦その辺りのパトロールをしてから戻るとのことだったので、ロキたちは遠慮なく校舎に戻ることにした。
「……ヘンドラ先生随分あっさり引いたわね」
「ヘンドラ先生はなんだかんだ言ってかなり探知も鋭いからな。上位者が来たのが分かったから何言っても無駄だと思ったんだろう」
「なるほど」
ロキたちが校舎に戻るとかつて初等部でバルフレトの魔力に気圧された経験のあった者たちは何とか動けたらしいが、それ以外の生徒は大半が気絶してしまったらしく、動ける生徒たちが奔走していた。ロキたちはその手伝いをすることにし、その日の活動を終えた。