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2024/12/26 加筆修正しました。
特に異常もなく数日を過ごした学園は、その間に結界の調査をエリオが名乗り出たため、ロキたちも一緒に調査に付き合うことになっていた。
「これがイベント?」
「サイドストーリーだけどね」
ハンジと言葉を交わしながらソルたちは地面に埋め込まれた結界の起点になっている青紫の結晶を調べていた。ファリアの一件以来、ロキの魔力結晶を使った結界の時点で強固なものなのが分かり切っているのにそれが揺らぐということは、さらに上の存在が絡んでいるということで間違いない、とはドルバロムの言である。
「どういったイベントなの?」
「銀髪の女の子が迷い込んでるんだよね。イミラブにはないと思うけど」
「銀髪? 神子が入り込んでるの?」
「分からない。神子とはっきりは言われなかったから」
ハンジはロキに視線を移す。
ロキもこのイベントは覚えているようで、迷いなくハンジと同じように動いていたため行動できるようになるのは早かった。
「転移?」
「うん」
直前にならないと魔法陣は出てこないと聞いているが、と思ったソルはロキが一方向を見ていることに気付いた。
「ロキ様?」
「……来た」
ロキのその一言で、一体何が、というのを皆理解した。
「トール、エリオ殿下を頼む」
「はい」
「ハンジ、ゼロは来い。シドは待機」
「はい」
「「了解」」
ロキは銀髪を揺らして見つめていた方へ歩き出す。シドはゲームの攻略対象であることが絡んでいるとしか思えない置いていき方。ゼロもそうだが問題ないのだろうかと思いつつソルはロキを見送った。
ロキは茂みの中へと踏み込む。少し先に膨大な量の魔力が溜まっているのが分かる。
迷わずそこへ踏み込めば、少し開けたところに、魔法陣があった。魔法陣は鮮やかに虹色の輝きを放っており、ロキはその光に目を細める。
転移系の魔術というのは、中断させると恐ろしいことに転移しかかっている部分がブチ切れるという異常事態を起こす。SF映画であったりするワープ範囲外は残される、という類の状態であるとロキは理解していた。
つまり、もし自力でここへ飛んだのではなく、何かに飛ばされてきているのであれば、相手は無実で巻き込まれただけの人物ということになる。
さあ、どっちだ。
ロキ、ゼロ、ハンジに見守られ、その人物はそこに現れた。
「……ぅ?」
明らかに光から目を守ったと思しき、腕で下方から来る光を遮る形で構えている、銀髪の少女。
いや、銀というには、髪が痛み過ぎている。
まあ、仕方ないなとロキは思う。
少女の姿は、一言で言えば、貧相、だったからだ。
ぼろい布、けれどそれは汚らしいわけではなく、よく手入れされた布であることも分かる。質素な生活をしていたということだろうか。ならばなぜ、とロキは少女の属性を見て首を傾げた。
少女はそっと目を開け、目の前にいかにも貴族サマな服装の少年と従者と思しき2人の少年(片方は実際のところ違うが)をみて、一瞬怯え、少しふらついた。
転移酔いかなと思ったロキが踏み出すと、少女が「駄目!」と声を上げた。
「どうし――!?」
ロキは目を見張った。何故少女が駄目、などと言ったのか理解できたからである。
「待て、まだ意識を手放すな。答えろ、名は」
「……ッ」
少女の置かれている状態にゼロが気付いた。ハンジはまだ首を傾げているが、ロキは視線でゼロを制する。
「……リリス。リリス・ガートナー……」
少女の意識が失われ、倒れる。それをロキが抱き留めた。本当はよくないのだとロキは何となくわかっているのだけれども。
「何故止めた、ロキ」
「この子じゃない。お前が殺したいのはこの子ではないはずだ」
「グゥ……」
「ループ絡みかよ……」
ロキとゼロの言葉で事情を察したらしいハンジが息を吐いた。ゼロはガルガル唸っている。
「だいたいお前ならこの子の意識そのものを破壊しようとするだろ?」
「……ロキはそれを望まないようだな」
「うん」
ロキはすぐに少女を地面に降ろす。
少女のおかれている状況がまだよくわからない以上、どう動けばいいのかよくわからない。
「……身体の乗っ取りか?」
「いや、おそらく上位者に近い何かによる別人格憑依と言ったところだ。急に来るかもしれない、覚悟しておいて」
ロキはそう言って、少し少女から離れた。
少女は少しして目を開け、辺りを見回し、ロキたちを見つけて、視線がゼロに動いた。
「あれ、ゼロ……?」
途端にゼロが殺気を放ちかけ、ロキがそれを制止した。だが、ロキの中でも思うことはある。具体的には、おそらくこの人格は転生者だな、とか。
「ドルバロム」
『んー? なんだい?』
ロキはドルバロムに呼びかける。ドルバロムの意識がロキたちの近くに戻って来たのを確認したロキは小さく告げた。
「彼女の状態を教えて」
『んー、憑依が掛かってるねえ。随分前からだ』
ならば先ほどの少女――リリスの対応にも納得がいった。何度も経験しているので、そこから察して離れるよう告げたのであろう。それにしても、リリス・ガードナー。どこかで聞き覚えがあるなとロキは思いながら、少女を見る。
先ほどは慌てていたので髪しか見ていなかったが、今はその鮮血のような瞳が開かれている。彼女は間違いなく神子のような姿をしていた。
「えっと、あの、ここは、どこですか?」
「……リガルディア王立学園中等部敷地内だ」
「えっ。え、あの、えっと、お名前は……?」
さて、どうするかな。彼女が転生者なのはまず間違いないだろうが。
そんなことを考えたロキだが、貴族対応にすべきか、はたまた転生者であることを明かすか――そう考えたところで、身体の異変に気付いた。
「ハンジ、少し任せるよ」
「分かった」
ハンジはすぐにロキから引き継いで少女に話しかける。
「貴女の素性が分からない以上、彼に不用意に名乗っていただくわけにもいきません。貴女は?」
「え、と……」
少女は自分の名を名乗るべきかどうか迷っている。当然だろう、ゼロを知っているということはこの世界観を知っている可能性が高い。
ロキは茂みに隠れて、自分の身体の異常が収まるのを待つ。具体的に言うと、身体が熱い。熱を持ったかのようで、外部から無理矢理姿を変えられるような。他人の姿形に干渉してくるのだから間違いなく上位者クラスの何かだ。
「……っ」
意識を持っていかれそうになって、ロキは抗うのをやめた。するとあっさりと熱が引いて、視界が少し下がる。視界にぱっつんの銀髪が見えて、令嬢姿になったことを悟った。
令息の時の姿のままだったので、白いシャツとスラックスといういでたちだが、問題はあるまい。そのままの姿でハンジの方へと戻った。
「どうなさいましたの?」
「……ロキ様?」
ゼロに視線を合わせれば意図を読み取ってくれたゼロがロキの名を呼ぶ。
少女が固まった。
「ろ、ろき……? フォンブラウ公爵令嬢……?」
「ええ、そうですが。いかがいたしましたの、どうしてそんなに蒼褪めていらっしゃるんです?」
「え、いや、あはは。なんでもないです……」
「そうですか」
間違いなくゲームのこと知ってるなあと思いながら、ロキは笑みを浮かべる。ハンジに彼女の名を問いかける。
「ハンジ、彼女の名は?」
「聞き出せておりません」
「あら、そう。では、どうしてここにいらっしゃいますの?」
「……」
だんまりだが、ロキにはわかる。これは、事情を知らない時のだんまりだ。先に名前を聞いた方が良さそうだ。
「……もう一度お尋ねします。貴女、お名前は? その身体のじゃなくて、今意識をお持ちの貴女の名前を聞いておりますのよ?」
「えっ」
小さく悲鳴に近い声をあげた少女は、観念したように名を名乗った。
「……岡本由実子です」
「……勲、任せた」
「お前も残れよ、涼」
良い意味でも悪い意味でも遠慮がない前世の親友である。涼としての感情などもはや無いに等しいが、もう少し付き合ってもいいだろう。
「……え?」
「由実子。俺、勲」
「え、お兄ちゃん?」
「そ、こっちは高村涼な」
「え、涼君!?」
幼馴染を先輩と呼ぶのは難しいものだ。彼女もその例に漏れない。ハンジの判断で、もしかしたら新しいゲームの知識が手に入る可能性を考えて、由実子にこれまでの流れを説明することにした。
ロキは令息姿に戻る気配のない自分の身体を持て余しつつ、由実子から話を聞く態勢に入ったのだった。




