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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部2年前期編
178/376

7-9

2024/12/26 加筆修正しました。この話は前半が回想、後半が現在となっております。

ロキが知覚したのは、眩しい光と、鋭い痛みだった。


「……?」


目の前には、尻餅を着いたカルの姿がある。痛みの原因を探そうとして、背中が熱を持っていることに気付き、自分がどうしてこんな状況になっているのかを思い出した。


――ああ、そうだ。カル殿下が屍に狙われていたから。


カルが尻餅を着いているのは、自分が突き飛ばしたせいだと、記憶を辿って納得する。ぐげ、と気味の悪い呻き声のような声がして、背中にさらに痛みが走る。ぶち、と音がする。噛み千切られている、と悟った。


「ろ、ロキ……!」


カルが、ほとんどまともに呼んだことも無いようなロキの名を呼んでいる。でもロキは、一刻も早くこの屍を仕留める方法を考えた。周囲を見回して、大人がいないことを確認する。一番火力が高いのは、と考えて、ソルが目に留まる。


「ソルッ!!」


すっかり蒼褪めたソルが一歩、近付いてくる。


ああ、はやく、かるとえりおをあんぜんなばしょへ。


ロキ自身の思考にとどまっているものは、他には、もう、強烈な熱さと痛みだけで、痛い、と言って泣き叫んでいないのが不思議なくらいで。いや、思考はむしろ恐ろしいほどクリアだった。


「俺ごと焼け、こいつは俺が止めるから」

「な、何言ってんの!?」


屍がソルの声に反応してそちらを向こうとする。ロキはそれを抑え込むために上半身を捻った。ああ、痛い、痛い、いたい。無理な大勢だから余計に、いや、傷口がミチ、と音をさせて広がった気がする、いたい、いたい、あつい、いたい。


「早く」

「ッ」


あまりにもロキが落ち着いているから、ソルは蒼褪めたまま、その指示に従う。ソルが指示に従ったらロキは焼けてしまうのに、カルは動かないし、ソルは指示に従うしかない。ソルの手の平に魔力が集まっていく。カルは気が付いてやめろ、と言ったけれども、カルがその場を動けないでいるからこうなっていると分からないほど愚かでもない。カルは立ち上がろうとするが、腰が抜けて動けなかった。


目に涙が浮かぶ。足、動け、早く、立て、さがれ。

次に取るべき行動は分かっている。けれども、ほとんど面識がなかったとはいえ、自分の目の前で同い年の誰かを貪る血と肉と脂の塊は、生理的嫌悪を呼び起こすには十分すぎる存在だった。


ガクガクと震えるカルをロキは小さく笑みを浮かべて見つめる。大丈夫だ、貴方に危害は加えさせない、と。


「淘汰の炎よ、邪悪を焼き払え! 【クリムゾン・フレア】」


ソルの詠唱と同時に、紅の炎がロキと屍を包み込んだ。ソルが持てる魔力を最大限攻撃に向けたものなのだろう、高い魔術耐性を持っているはずのロキの身体が焼け始め、髪の毛に燃え移った炎の先から嫌悪感を催すたんぱく質の焼け焦げる臭いがし始めた。


教員たちが駆け寄ってくるのが見える。ヘンドラが放った氷の魔術がロキを包み込み、ロキに抑え込まれることで動けなくなっていた屍が炎の付いたままの状態で解放されて走り回ろうとする。


「激流よ、彼の(かばね)の歩みを留めよ。【ウォルタ・プリズン】!」

「凍てつけ、【アイス・プリズン】!」


侯爵家の子女が協力して屍の足を止める。ヘンドラは素早くロキの治療に当たったようだったが、すぐに踵を返して屍の処理に動いていた。


「彼の者に浄化の風を、その御魂は翼に運ばれ天へと召されん。【ダフマ】」


黒い鳥の影が舞い、屍に群がっていく。カルは傍にやってきたロゼに背中を擦られて、息を詰めていたことに気が付いた。エリオが泣きじゃくりながら氷に包まれたロキの方へ近付いていくのが見える。カルも、立ち上がることはできなかったけれども、そちらに這って行った。


氷に包まれたロキの身体は、異常なほどに火傷が広がっていた。火に耐性を持っているはずの彼がこんなことになるはずが無いと思うと同時に、ソルが放ったのは浄化の炎の類だったのだと理解する。ロキ神は悪と断じられることが多い。浄化にはめっぽう弱いのだ。奇しくも屍に最も相性の良い魔術が最もロキにダメージを負わせるものだっただけのこと。


ソルが頽れ、マルグリッドがソルの背を擦っていた。レインが近付いてきて、「御無事ですか」などと宣う。その目に涙が浮かんでいたから、カルは何も言えなくなった。


ロゼが泣き出し、化粧が台無しになる。苦い、苦い、誕生日パーティになってしまった。

4の月のことだった。



「ロキいいいいいい!!」

「自分の誕生日を忘れるなんて間抜けなんですの? そうなんですね!?」

「あっはっはっは明後日は食堂の日当たりのいい席貸し切りにしたわよ、ざまあみなさい!」

「……たかが男の誕生日1つでなんでそんなに熱くなってるんだ?」

「そんな思考回路のロキ兄様には一生分からないと思いますよ?」

「あれ、トールも敵だ?」



エリオは詳細を知らないのだが、ロキが自分の誕生日をすっぽかしたらしい。

ソルたちは祝おうと構えていたらしいのだが、いつまでも現れないロキを探しに行ったら、教員たちから仕事を貰って、それが終わったので職員室へ報告に行っていた。そしてその折りにフォンブラウの曾祖母と祖母からの誕生日プレゼントが届いていたことが分かり、教員たちが絶句した。


と、トールから聞いている。


サロンに使う部屋でやればと言いたかったが、丁度今の時期はサロン棟が使えないのでまだ無理なのはエリオも分かっている。彼彼女らが食堂の席を借りてしまったのは仕方がないだろう。


夕食の席のために窓辺周辺を貸し切ってしまっただけであるとなんてことないようにヴァルノスは宣ったが、それができるほどの力をカイゼル家が持っていると示すことにもなっている。


エリオはふと渡り廊下の途中で足を止めた。

結界の魔力の揺らぎを感じたからである。


(……おかしいな。確かにまだ改良の余地はあるけれど、そう簡単に突破されるようなものじゃねえのに)


今トールが傍に居ないのは、先に会場の設営をしているからである。エリオもその為に行くのだが。ロキは最後までソルにとどめられている状態であるらしい。


結界のことは後回しにしようと考えて、エリオは食堂に入った。


食堂に入ると、こっちよー、とロゼに声を掛けられる。カルとロゼが一緒に会場設営のバランスを見て仕切っていた。というか、協力メンツが多すぎやしないか。


「え、と? なんか人多くね、兄上?」

「ああ、ロキのやつ皆に誕生日知らせてなかったらしくてな。長期休暇に重なってるもんだとばかり思っていた皆がこれ幸いとロキに隠れてロキの世話を焼いているところだ」

「ロキのアニキ結構人望厚い?」

「物言いこそ人を馬鹿にしたように喋ることがあるやつだがな」


初等部ではこんなんじゃなかったって知ってるやつも多いから、とカルは言う。トールが動かしにくそうにしているテーブルを一緒に運べば、ありがとうございますエリオ殿下、と笑みを返された。


「そう言えば、トール」

「はい?」

「ここに来るとき、魔力の揺らぎを感じなかったか?」

「あー、あれですか」


トールは皆を見て言う。


「皆分かってますよ、あれ。ハンジさんが言うには、なんかいべんととか言うものらしいんですがね」

「イベント?」

「ロキ兄様が元々女だったって話くらい聞いたことあるでしょう? あとは、ソルさんとかヴァルノスさんとかロゼさんとか、この世界のことを物語として見ていたって語ってる人たちなんですよ。皆さんの話聞いてると分かってくるんですが、ハロウィンとか、クリスマスとか、そういう行事みたいなものに重なってくるようなものだったり、後は、ストーリーを進めるポイントになったりすることのことを指しているようですよ」


トールはヴァルノス、ソル、ロキが話しているのを見ていただけに過ぎないのだが、引き籠っていた エリオよりはよっぽど情報を持っているのだ。


エリオはふとトールに問う。


「……ハンジって誰だ? そんな女子生徒いたか?」

「あ、いえ、男性です。島国の名前みたいですよ」

「イミットじゃなくて向こうの大陸からってか。漂流民も大変なこった」


設営を終えた頃、ロキがやってきた。


手伝っていた生徒たちはそそくさと窓から離れた席に座り、逃げ損ねたバルドルとクルト、バルドルの弟のホズルやマルグリッドが顔を見合わせてそのまま窓近くの席に座ることにしたようである。


ロキの傍にはシドの姿が見える。ゼロがいないのは厨房にいるからだ。

ソルとルナで止めていたらしく、2人も後を付いてくる。


席に着いたところで食事が運ばれてくる。ロキはそれをぼんやりと眺めていた。


胸のあたりがポカポカしてくるなあ、とそんなことをぼんやりと考えた。

ゼロが料理を一通り運んできたところで席に着く。


「本日は、3日遅れだが、ロキの誕生日を祝おうと思う。皆、今日は私の願いにこたえてくれてありがとう。料金はこちらで持たせてもらう。ロキ、何か」


カルになんか言えと話を振られたものの、ロキはそれどころではなかった。何故か分からないが、泣きそうなのだ。

十中八九ループのせいだろうが。


「……」


それでも、口を開いた。

きっと涙が止まらなくなる。嬉しいけれど悲しいなみだ。


「……ありがとう」


ぽろ、と涙が落ちた。

ロキが泣いたものだから皆がギョッとする。


「嬉しい」


シドが少し表情を翳らせた。

ロキは唇を美しい弧に引き結んで、笑う。


「ありがとう」


誰かに祝ってもらえることって、そうだ、こんなに嬉しい事だったはずだ。


14歳を迎えられなかった記憶の一瞬のフラッシュバックに蓋をした。


14歳を迎えられなかったロキの噺


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