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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部2年前期編
177/368

7-8

2024/12/26 加筆・修正しました。

ソル・セーリスがいじめを受けていた、という話は瞬く間に生徒たちの間で知れ渡ることになり、令息たちの間では、やはり令嬢は怖いとか、正々堂々と文句さえ言えないのかとか、囁かれることとなった。ロキもソルも何もしていないにも拘らず、だ。


正確には、噂やらなんやらを治めるために動かねばならないのだが、あえて動かなかったという方が正しい。存分に苦しめ、命があるだけましだろう、という事らしい。さて、いつ特定されることやら。


実際は、親には報告すると、後日ロキから伝えられたため、実際の特定は済んでいるようだった。エングライアとの交渉は追々それぞれの家で進めてくれ、という事である。ロキがそこに干渉するつもりは無いし、他家としてもそんな、フォンブラウに全部握られるようなことだけは避けたい。御叱りの手紙が次々と届いて、子供たちは自分たちに返って来るかもしれないリスクの大きさに漸く気付けた、だろう。


生徒たちの反応を見てアランが「穏やかじゃないなあ」と言っているのを聞いて、レイヴンは苦笑した。


「まあ、その程度で済んでいるならまだマシでしょうねえ」

「レイヴンはもっと酷いものを予想していたのか?」

「ええ」


初等部も中等部も校舎が近いので普通に行き来している教員は多い。レイヴンもその1人であった。


「まあ、ロキって名前の時点で、なあ?」


ペリューンがそう言いつつ斧の手入れをしている。

オリヴァーは来ていないが、ロキの事をかなり気にかけていたので、レイヴンはたまには顔を見せに来てほしいものだよとロキに言伝るつもりであった。


「ロキ君、そろそろ次の進化が起きる頃じゃないかと思うんですが、どうでしょうか」

「既に2回進化してるんだよな? まだそんな兆候はないが……ああ、でも確か神学で黒箱教を選択していたよ」

「ああ、黒箱教は割とまともですからね。今は特に、積極的に御柱たちが動いてるそうですから、もしかするとロキ君たちと関わっているのかもしれません」


レイヴンはそんなことを言いつつ、ぺらと歴史の教科書をめくった。割と高い質の紙に書かれたものである。活版印刷はまだ広く広く普及されているわけではない。この大陸では、というだけで、他の大陸には普及してないこともないのだが。


「死徒列強の恐ろしさばかり上書きするのもいけないと思うのですが、どうでしょう?」

「……つまり?」

「グレイスタリタスが折角いるのですから、彼と遊ぶ時間を設けてみてはどうです?」

「「「「「黙れ精霊使い」」」」」


皆からツッコミが入ってしまった。

レイヴンはえー、と苦笑を浮かべつつ、名案だと思ったのにと悪びれず付け足した。


「お前には狂精霊に好かれてるだけに見えるのかもしれんがな、俺たちからは怖いんだよ!」

「子供たちなんかビビっちゃうと思うがなあ」

「そんなこと言ってるから皆にバーサク耐性がつかないんですよ? バーサク耐性さえつけてしまえばなよっとした騎士になることもありませんし、魔物との戦闘による戦死者も減ると思いますが」

「止めろ、そういう、論理じゃねえんだよ。感情の問題なの」


アランたちの反対に、なんだよつれないなあとレイヴンが思っていたところに、ロキがやってきた。


「失礼します、2年ロキ・フォンブラウです。訓練場の鍵を借りに来ました」

「はーい」

「いらっしゃーい」


ロキとレイヴンの目が合う。レイヴンがロキを呼ぶと、失礼します、と言ってレイヴンのところまでやって来た。


「お久しぶりですね、ロキ君」

「レイヴン先生も、お元気そうで何よりです」


レイヴンの茶金色の瞳が優しく細められる。

少し目付きがアーノルドに似て鋭さが増したなと思いながら、レイヴンは近寄ってきたロキに笑顔を向けた。


「オリヴァーが寂しがっていましたよ。初等部近いのでたまに顔を出してみてください」

「時間があれば、そうさせていただきます」

「今までも結構時間ありましたよね?」

「忘れてました☆」


そっかあ、とレイヴンは笑った。どんなことがあったんですか、と問えば、少しロキは考えてから、最近何があったかをレイヴンに報告する。どうせ隠したところでレイヴンは精霊に問えば答えが分かってしまうので、特に秘密にしておきたいことが無かったロキは簡単に近況を報告した。


「ソルさんがいじめられてたんですか」

「大事にしたくなかったから黙ってたみたいなんですけど、流石にエングライアのブローチが入っていたので」

「ああ、それは子供の手には負えないですねえ」


ロキのように全部アイテムボックスに入れておける生徒の方が珍しいので、寮内に入り込まれたらしいことはレイヴンも察することができた。


「そういえば、レイヴン先生」

「はい?」

「プロテクトを3重に掛けていて、それを破るには相応の魔力量が必要なはずですよね?」

「そうですね。少なくともプロテクトを張るのに使った量の倍近くの魔力量は必要です。完全に破られたんですか?」

「はい。ソルのプロテクトが破られまして。宝石箱を取った本人は破った形跡がこれっぽっちも無かったのでちょっと気になっていて」


話を聞いたレイヴンが考えたのは、何らかの魔道具によってプロテクトを破壊するという案である。プロテクト系の魔術は、破った相手を拘束したり、排除するようなカウンターが仕込まれていることが多い。ソルは火属性で相手を攻撃するのが得意な魔力の特性があったので、彼女の魔術ならば確実に相手を排除するような術式が組んであるはずだ。


「長期間体調が悪そうな生徒がいたら、警戒してください。プロテクトを破った本人の可能性が十分あり得ますから」

「わかりました。ありがとうございます、レイヴン先生に相談してよかったです」

「役に立てたのなら嬉しいですよ」


そろそろ行かなくちゃ、と言って、ロキは鍵を借りて職員室を飛び出していった。


これはロキ君の成長が楽しみです、と言うレイヴンに、皆顔を見合わせる。

それとほぼ同時に紺色の髪の青年が姿を現す。


「こんにちは、お邪魔します」

「ああ、ロイ殿?」

「こんにちは。精霊使い殿がいらしていると聞いたのですが」

「レイヴン、お呼びだぞぉ」

「はい」


ロキから聞いたのだろうかと思いつつレイヴンはロイの所へ行く。レイヴンはロイを知らなかった。無論、グレイスタリタスの側近として現在侍っていることも知らない。


「私はレイヴン。訳あって今は初等部の教師です。今更ですが、どちら様でしょう?」

「あ、はい、グレイスタリタス閣下の側仕えをしています、ロイと申します」

「ああ、グレイスタリタスの……国として狂精霊に好かれているわけではないのでしょうか?」

「好かれてはおりますよ。戦争の時以外狂精霊は皆グレイスタリタス様に寄って行きますが」


ロイは答えつつ階段へと向かう。

レイヴンも大人しくついて行った。


「そう言えば、いつもグレイスタリタスはどう過ごしているのですか?」

「閣下は、そうですね、ほとんどの場合は眠っておられますよ。起きているとバーサクが掛かるので燃費が悪くなるそうです」

「なるほど」


ロイはレイヴンへの評価を少し上げていた。グレイスタリタスのことを『狂皇』と呼ばない人間は珍しい。『狂皇』という分かりやすい呼称を与えられたが故に、グレイスタリタスのことを恐れる人々はグレイスタリタスの本来の姿を忘れた。そんな者たちよりも、グレイスタリタスを正面から見てくれる存在というのは、ロイにとって好ましいのだ。


外に出ると、ロイはそのまま訓練場へと向かい始めた。


「訓練場ですか?」

「ええ。ロキ殿もいますから」

「今日は訓練でもしているのですか?」

「ロキ殿が声を掛けて、閣下の興が乗らない限り実現はされませんがね。今日は閣下も暴れたいのかと」


どうやらグレイスタリタスの機嫌が悪いらしいと察したレイヴンは怖いもの見たさでわくわくしつつ訓練場へと足を踏み入れたのだった。



訓練場で、ロキはグレイスタリタスがトールやエリオと組み手をしているのを眺めていた。

1年生の武術の時間に横に2年生がお邪魔していたのだが、そこに更にグレイスタリタスが乱入するというトンデモ事象を引き起こし、慌てて別の訓練場を開けたのだが、そのまま1年生が移動していき、エリオとトールが残ってしまった。そのせいでグレイスタリタスの猛攻に晒されている。


グレイスタリタスはパワータイプで、あまり早くは動けない。が、その分動かせる手駒の多さや相手へのバーサク掛けで動きを鈍らせるという方法を取ることが可能である。

グレイスタリタスはつまりデバフを利用して相手を確実に追い詰めるタイプなのだ。その為、『状態異常無効』という加護のあるロキは天敵に等しかった。


「ロキは乱入しないのか?」

「俺が入ったらグレイスタリタスは加減をしなくなるよ。エリオがいる状態で俺が入ることはないかな」


カルに声を掛けられ、それに応えればカルがくすくすと笑った。


「お前、結構王族に対してはきっりちしているよな」

「……当然だと思うけど?」

「その内それ言えなくなるから今のうちに敬っとけよ?」


悪戯っぽく笑ったカルは、吹き飛ばされてきたエリオと、それを受け止めつつ体勢を立て直すトールを見てさらに笑った。


「エリオ、引き籠ってばかりじゃ駄目だったな!」

「うるせぇ! だったら兄上やってみろよ!! めちゃくちゃ強いぞこいつ!」

「当たり前だ。彼は列強だぞ?」


カルがロキを見る。ついて来いということであるとロキは判断した。エリオとトールを下げるのだろう。


「れ、列強!?」

「彼はグレイスタリタスだ。トール、下がってろ」

「ロキ兄様、手合わせなさるので?」

「うん」


前に出たロキとトールが入れ替わる。タンクトップと短パンスタイルに服装を切り替えた。カルも半袖短パンに切り替える。


「着替えた方がいいのか??」

「ロキ兄様の場合は、確かに長袖の服だと動きを阻害されますから、あれの方がいいでしょうね。……人にははしたないなどと言っておいて……!」

「お前はその顔だからな」


トールのブラコンだかシスコンだかは今に始まったことではないので、エリオのスルースキルが強化されるだけだ。

ありていに言えば女顔で整っている、褒めようと思えばそれこそ引き合いにはちゃんと母スクルドが出てくる美貌の持ち主であるトール。ソルたちからすれば「攻略対象だしねえ」で済まされるのだが。


ロキとカルが武器を持たぬままグレイスタリタスに殴りかかった。グレイスタリタスとしては相手をしにくいのはロキの方なのだろう、ロキに視線を向けつつもカルの攻撃を捌き、手首を掴んで引き倒す。ロキがグレイスタリタスの脚を掴み、持ち上げることでバランスを崩させた。


「チッ」

「うお」


片足だけで地面を蹴ってロキの持ち上げた位置より高い位置に重心を持っていく。ロキはグレイスタリタスの体重を支えなくてはならなくなるのが分かったので手を離し、後退した。


地面に無事降り立ったグレイスタリタスがロキの方を見て、カルを投げ捨て、ロキに殴りかかる。微かにグレイスタリタスから魔力がカルの方へ飛んだ。


「無視するなあああ!」


カルが声を張り上げてグレイスタリタスに殴りかかろうとする。ロキはカルに視線を向けて呟いた。


「【状態異常解除(ブレイク)】」

「チッ」


グレイスタリタスの舌打ちと同時にロキがグレイスタリタスの背後に回り込む。


「ふッ!」

「ハ!」


ロキの瞳が青緑に染まる。グレイスタリタスの白いメッシュの髪が銀色に光った。


グレイスタリタスが上半身を捻りながら腕で後方を薙ぎ払う。ロキは体勢を低くしてそれを避け、グレイスタリタスにアッパーカットをぶち込んだ。


「っ……!」

「――」


その一撃で沈むかと思われたグレイスタリタスに対し、ロキはカルの襟首を掴んで素早く後ろに退く。

直後、振るわれた鎌にエリオは目を丸くした。


「鎌」

「グレイスタリタスの得物ですね」

「見ればわかる」


エリオとトールが言葉を交わしていると、ロキがくつくつと喉を鳴らしながらグレイスタリタスの方へ向かった。


「平気か」

「……ああ」


息が上がっているグレイスタリタスに対し、ロキはほとんど呼吸の乱れはない。とはいえ緊張して張りつめているのが分かる。

ロキが目の前に立つと同時に、グレイスタリタスは鎌を手放し、地面に座ろうとした。


「あ、待って」


ロキがぱちんと指を鳴らすと、ぱき、と小さな音と共に背もたれのある簡易の氷の椅子が出来上がる。グレイスタリタスはそこに腰を下ろした。

ロイが近くにいればこんなことにはならないのだが、今はどこに、とロキが辺りを見回しつつアイテムボックスからあれやこれやを取り出して茶の用意をする。


出入り口付近からこちらにダッシュで向かってくる姿が目に入った。


貴方の下僕(ロイ)も帰って来たね。ほら、飲んでいいよ」

「ん」


毒味役も兼ねてロキが先に同じものを飲む。グレイスタリタスは首を傾げつつ、毒見を終えた茶を飲み干した。


「閣下ー!!」

「遅ぇ」

「申し訳ございません! ていうかロキ殿早すぎですよ!」

「俺は転移が使えるからね!」


悪びれずそう口にしたロキを、グレイスタリタスが撫で始めた。


「?」

「……」


そのままグレイスタリタスの気が済むまでそれは続いた。誰も止めてくれなかったせいでロキは次の講義に遅刻したとか。

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