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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部2年前期編
175/376

7-6

2024/12/22 加筆・修正しました。

色とりどりの花が庭を彩る。鮮やかな花々はこの時期のために一斉に咲くように手入れされたものだ。

もうすぐ第2王子カル・ハード・リガルディアの生誕パーティがある。王立学園は、通園中の王族の生誕祭を学園内で開催する。王宮でやるような大規模なものにこそならないが、公式行事扱いとなる為、貴族子弟は基本パーティ用の衣装で参加することになる。

女子生徒は皆煌びやかなドレスに身を包み、男子生徒は各々の家が最も場にふさわしいと考えて仕立てさせたジャケットに袖を通すことになるだろう。


その際宝飾品は大切だ。身分や財力を示す分かりやすい目印になり得るし、祭り事とはいえ公式行事であるから、礼装に近いものが好まれる。例えばそれは、大振りながらも品のいい彫金が施されているだとか、国王から賜った勲章のバッジであるとか。前者は令嬢に多く、後者は騎士に多いのは言うまでもない。


神学のオリエンテーションの後、ソルは何かを探しつつ寮の自室に戻ってきて小さく息を吐いた。


「……今度は教科書が無くなったか……流石にもうバレるぞコノヤロー……」


現在ソルを悩ませている、所持品の紛失。それを的確に見抜いたのか、はたまたただタイミングが合っただけなのかはわからないのだが、デスカルが筆記具を管理してやると言って一番高額な万年筆やらなんやらを回収してくれたのはソルにとってはありがたかった。


ソル自身は、そもそも『イミラブ』の隠しヒロインであることもあり、色々と備えていたのだ。

『イミラブ』シリーズにはそもそもヒロインが通常は2人おり、その2人の両方で一番攻略難易度の高い攻略対象のルートのトゥルーエンドを迎えると解放される3人目の隠しヒロインが存在する。


『イミラブ』の通常ヒロインは光属性であるエリス・イルディとルナ・セーリス。そして隠しヒロインが火属性のソル・セーリスだ。


『イミラブ』シリーズで踏襲されているのが、一番攻略難易度の高い攻略対象と同じ属性であること、だ。この攻略難易度については、攻略対象側にも隠し攻略対象がいるのだが、この隠し攻略対象は参照されない。とはいえ『イミラブ』では攻略対象は隠しも含めてカル・ハード・リガルディアが最も難易度が高いため、隠しキャラについてはあまり関係しなかった。


ソルはあくまでも隠しヒロインである。表立って攻略対象とのあれこれはないのが普通であり、そもそも『イミラブ』だって高等部での話であり、中等部である今にはあまり関係ないはずなのだ。とはいえ、実際の所、既に『イミラブ』のセーリス家の設定と食い違いが出てきている。ゲームの中では、セーリス男爵家は男爵夫妻も健在だった。


――もう、お父様もお母様も、安否すらわからないけれど。


ソル自身が選んだことだった。ロキが被ろうとしてくれた責任を自分で被ったのはソルの意地だった。あの時確かに、ソルはこの世界にちゃんと生きているソル・セーリスだった。転生者であり、前世は高校生で、領主の娘として叩き込まれてきたことを守った。双子の妹であるルナを心配して責任を自分で背負おうとした。


それは、間違いなくソルの意思決定だった。


隠しヒロインであるが故に、気を付けていた部分はあったが、それではどうしようもない部分の方が多かった。だからソルは自分にできることをやっただけだ。

その傍に、ロキは居ようとしてくれた。ロキ自身、自分とソルの立場の違いを分かっていたからこそ、傍に居るだけだった。基本的にはヴァルノスやロゼに任せていたのは、公爵令息という立場がそうさせただけだ。ソルとルナの親が居なくなってからは公にロキの父であるアーノルドがソルとルナの後見人になってくれたのでロキと一緒に居ても問題なくなった。とはいえやはりロキからの距離の取り方は変わらなかったけれど。


さて、ここでソルが悩んでいる所持品の紛失だが、何となく理由はロキ関係のような気がしている。というのも、ソルはこの手のやり口には見覚えがあるからだ。

前世ではこれらの行為を受けることはなかった。何故ならソルの前世である”高村明”は彼氏が居たことなどないからだ。アイドルや俳優、声優を応援こそすれど、身近な人と深い仲になったことはなかった。専門学校に行ってから考えようと思っていた。


という事で、持っている知識は前世で見ていた他人事としての知識のみである。

人気のある異性は競争が激しいものだ。嫉妬ややっかみにより犯行に及ぶ人もいるだろう。それを考えるとソルの周りには美男子ばっかりなので別に競争率そんなに高くはないんじゃないかとか思ったりもするが。


前世ではたった一度だけ「アンタ涼君の何なのよ!」と言われたことはある。「双子の姉だが?」で終わった話だ。


何を隠そう、ロキの前世である”高村涼”は女子人気がとても高かった。色んな意味で。

顔良し、性格良し、男子高校生のノリもあり、オタク文化にも詳しいと来て、友達が多かった。家ではいつも無表情だったけれど、学校では作り笑いでもなんでも表情があったのでわかりやすかった。あとよくふざけて明を「姉ちゃん」と呼んでいた。涼は双子であるあるだと言われるどちらが上か問題は起こさなかった。


ちょっと懐かしくなってしんみりしたところで現状について改めて頭を回す。

現状ソルの周りに居るのはロキ、カル殿下、セト、ゼロ、シド、アッシュ、ヴォルフガングとなっている。ソルがカル殿下を狙っていないのは明らかなので、この嫌がらせが嫉妬によるものならロキ関係かな、と思った次第である。


逆に、ロゼやヴァルノスの側にくっついているのを嫉妬されている可能性も考えてみる。これはこれでありそうだ。

ロゼは王妃の姪ということで誰が傍に行っても拒んだりしないが、ヴァルノスの方は割と好みがはっきりしている。気が強い子とヴァルノスはあまり付き合わない。


エリスは自力で身も守れるんじゃないかと思えるような強かさがあるが、ヴァルノスの側に隠れて身を守っているのは間違いない。ルナとナタリアは気が強いとまでは言えないため、余計な争いや諍いの火の粉をヴァルノスに払ってもらっている状態だ。ソルは言い返してしまうのであまりお世話にはなっていない。後始末で世話になることが多くてそのたび自重しなければと思うのに全く自重できないのがソルのいけないところである。


ということで今回の嫌がらせにもソルはちゃんと対応することを決めた。ここで殿方に泣きつけば可愛げもあるのだろうが、そんなのはソル的に面白くない。ソルはやられたらやり返すタイプである。先に手をあげた方が悪者だ。


とはいえソルに嫌がらせをしてくるグループはいくつかある。

単純にソル自身が敵を作ってしまったパターンもあり得るのでソル自身このグループの動向を見守っている。自分が悪いならそこは直すべきだろう、くらいの考えはあった。


直接言ってこないので放置状態になっているが。


フォンブラウ家の保護下に入ってからは嫌がらせ自体は目立たなくなってきている。ルナに聞けばルナ自身は特に虐められることも無いらしいので良かったとソルは思っていた。


一方エリスには多少虐めがあるらしいが、これは私が庶子で光属性だからだと思います、とエリスは分析していた。ソルが虐められているというのは正直あまり表になっていない。ヴァルノスとロゼに動いてもらうのも気が引けるし、何よりソル自身が正面から来いや! と思っているのが一番大きい。


所持品の紛失は、正直ロゼやヴァルノスにバレやすいのでやめて欲しい所だ。しかも、フォンブラウ公爵家から与えられたお金で買っているものもあったりするので本当に止めてほしい。フォンブラウ公爵家に報告しなくてはならなくなる。


教科書は、ぶっちゃけた話高級品だ。ハードカバーだし、分厚いし、活版印刷があるとはいえ印刷機がソルの前世が過ごした地球ほど発達しているわけでもないし、まだまだ高級品なのは間違いない。


ソルの教科書はフォンブラウ公爵家が金を出してくれたものである。見つけないと拙い状況だ。

ロキにバレたらまず教科書を探される。そして相手の家はきっとお取り潰しになる。ソルとルナがフォンブラウ公爵家の後見を得ていることは学園で大々的に知らされたことはない。知らない子が居てもおかしくはなかった。


本来ならば高等部で起きるはずのことが前倒しされている状況に、ソルは焦っている。

ソルはあくまでも隠しキャラ。故にソルでヒーローたちを攻略し始めない限りこんなことは起こらない。

故にソルはどう対応したものか思い悩むのだ。


ソルは周囲を見渡して近くに人が居ないことを確かめるとゴミ箱をこそっと確認した。リガルディア王国の御令嬢たちは皆お行儀が良いので人の物を盗んで破り捨てるなんてことはしない。多少卑怯な人でソルに加護の影響を受けた武具の使用を禁じて決闘を挑んでくるくらいだろう。人の物を盗むのは、残念ながら平民がやるやり方だ。ソルを下すのが難しいのは目に見えているし、貴族令嬢よりブルジョワ的な平民階級の娘の方が荒事に慣れていない。


人を使って倫理的にどうなのかと疑問を抱きたくなるようなことをすることは、リガルディア王国の貴族ならば親の方針によるかもしれないが、大抵の場合は折檻ものである。娘に折檻を受けさせる貴族はなかなか居ないだろうが、折檻でなくとも剣術指導だと言えば…と考えたところでソルは思考を止めた。


分かっている。


貴族だからといって必ずしもソルたちが受けてきたような教育を受けているとは限らない。特に成金型の新興貴族や文官型の貴族はその限りではない。

つまり、ソルが親しくしている相手でないのは確かだった。ソルはそもそも伝統的な貴族家の出身だから、その派閥に属している。


人気のない校舎はいやにヒールの音が響いた。ソルはとりあえずゴミ箱を一つ一つ確認していく。ビニール袋とかいう便利なものが無いので、ゴミ箱は清掃を担当する雇われ人員がどうにかこうにか焼却炉まで持って行くのだ。基本ゴミ箱を直接使用するのは平民か使用人だけなので割れたガラスとそれ以外という分け方をされている。割れていないガラスは別で回収場所がある。


閑話休題。


ソルは大事になるのを避けたくてロキにもロゼやヴァルノスにも相談していない。勿論ルナにも。

ソルは寮ではルナと同室であるため、寮に帰ってからあれこれ考えたり対策をしたりすることはなかった。表に出したらルナが心配するだろうから。


今日校舎に人が少ないのは理由がある。数日後に第2王子殿下カル・ハード・リガルディアの誕生日が迫っている。小規模とはいえ開催されるパーティのために服の準備や小物の準備で皆出払っているのだ。学園に王子王女が居る場合は誕生パーティ用の衣装を準備する時期がおおよそ予測できるので服飾店は準備していることが多い。直前で駆け込んでもある程度色んなデザインが揃っている、というのがすっぽかし御令息が多くなる理由のような気がするが。


ソルはゴミ箱をこれ以上確認するのを諦めた。見つけたら誰かが言うだろう。

というか、そもそも何故ソルを意地悪の標的にするのだ。きょうだいがいたら普通バレると分からないだろうか。ソルが隠しているからバレていないだけである。なんだかことを荒上げたくないと思っている自分自身が馬鹿らしくなってくる。


もういいよね、ヴァルノスに相談しよう、と思考を打ち切ったソルは、自分の支度の確認のために寮へと足を向けた。


ソルはあらかじめドレスの準備はルナと合わせてスクルドに相談していたので早い段階でドレスの完成品が届いていた。宝飾品はもともと持っていたものを着けようとしたらスクルドに折角だからルナと新しいものを色違いで買ったらいいと言われてお言葉に甘えることにした。


ソルが選んだドレスはベースが暗い赤で白いレースで縁を飾ってあるドレスで、上から同じ暗い赤のジャケットを着るタイプのものだ。集めの布地に金糸で控えめながら美しい幾何学模様のパターン意匠が施されている。宝飾品は、大粒のアメジストに金細工を合わせたものだ。


ソルだけではないが、ソルに関してはエングライアに貰った琥珀のブローチも身に着けなければならない。中等部の入学の時にも身に着けたものだ。


寮の自室に戻ってきたソルは、ルナが居ないことを確認する。ルナはエリスと一緒に光属性ということで呼び出しを受けているので戻ってくるにはまだ時間があるはずだ。


寮室の備え付けのクローゼットを開いて、わざわざスクルドが口出ししてくれたドレスの出来を改めて確かめる。子であるロキ自身もかなり身につけるもののセンスがいいが、スクルドとアーノルドはさらに洗練された印象を受ける。長年の蓄積であろうことは分かるが、善意による「こっちの方がきっといいわ!」がなんとも面映ゆい。ロキのセンスを磨いているのはスクルドとアーノルドなのだろう。


ドレスの確認が終わったので宝石箱を探す。というかいつも鍵付きの引き出しの中に置いてあるのだが。鍵を開けようとして違和感に気付いた。


「……プロテクターが外れてる」


貴重品を入れておく場所の施錠をしっかりしていないわけがない。ソルは備え付けの鍵と別に魔術で3つの保護を掛けていた。

これを破れるということは、魔力量がそれなりに高い人間が部屋に入り込んだということになるのだが。


「……っ」


嫌な予感がして鍵を開けた。宝石箱が無い。

ルナが盗るわけがない。宝飾品は全部あの箱に入れていた。非常に拙い。


ただの宝石は良い。本物の宝石はあまり持っていないし布製のコサージュみたいなものが多かった。だが、エングライアのブローチは問題外である。


ロキもそうだがあまりそんな政治的なものは中等部の日常生活では身に着けない。それに倣ってエングライアのブローチを宝石箱に入れていた。ソルのアイテムボックスはあまり容量が無いので、緊急用に容量を空けているのだ。そして鍵をかけられる寮内は安全だと思って貴金属類も置いていた。


ソルは慌てて部屋中を探す。エングライアのブローチは拙い。本当に失くしてはいけないものなのだ。エングライアのモチーフを皆が知らないわけがない、そのはずなのだ。


部屋の中でソルが失くしているならばまだいい。破損は、ソルがやったなら致し方なし。

盗難は、拙い。ソルを害する意思のある人が居るということになってしまう。エングライアが報復措置に出る可能性は低いが、だとしてもよろしくない。エングライアとの交渉事が今後発生した時にエングライアに有利な交渉が発生する可能性が高くなる。


ソルは室内にはないと判断して慌てて寮を出て探し始めた。


宝石箱は、結局見つからなかった。



「ロキ、やばい」

「何がどうやばいのかはっきり言え」


ソルはしばらく自力解決を試みていたが、その内諦めてロキに相談しに行った。とはいえ日が暮れかけて御令嬢はそろそろひとりで居るのはよろしくない時間帯だ。ロキは他の人の目があるところで、ということでサロン室へソルを呼んでくれた。ロキはゼロとシドが周りをちょろちょろと動き回ってロキのパーティの支度を慌ただしく仕上げていくのを眺めていた。シドが淹れてくれた紅茶をこくり、と飲む。


「宝石箱が無くなってエングライアのブローチも無くしました」

「……」


ティーカップをソーサーに戻してロキは呆れたような表情をソルに向けた。シドとゼロ、アッシュとヴォルフがそれぞれわたわたと動き回って主たちの世話を焼いている。ロキが利用できるサロン室は鈴蘭の間だ。残念ながら他にこの時間利用中の友人たちは居なかった。さて、こんな大事なことの相談をされるとは思っていなかったらしいロキは、無表情の中に多少の焦りが垣間見える。


「……それで、どうする? カルの誕生日まであまり時間がないよ?」

「これでも結構頑張ったのよ。見つからないから諦めたわ」

「気付いたのはいつ?」

「神学の授業のあとね」


今日の今日なのでまだ相談を受けている現時点は早い段階といえるのが唯一の救いか。ロキは少し考え込む。ソルには言っていないことが沢山ある。


「ソル、実はね。エングライアのブローチって、お呪いが掛かってるんだ。盗った子には何か変化とか、あるかもしれない」

「嘘でしょ、私が思ってるより状況悪いんだけど!」


エングライアが得意とするのは薬学に基づく毒物の取り扱いだ。呪いも出来るのは当然だったとして、毒を扱う魔術を使えるのが通説となっているエングライアの呪いなら、毒関係の可能性を考慮するべきだ。


「ヤバイ。とにかく早く取り返さないと。エングライアって毒系よね」

「そうだね。しかも御丁寧に家門に掛かってくる」

「私の持ってる情報に無いよそれ!」


ロキから落とされた爆弾発言。正しくは、ソルが想定していた危険物がただの爆弾ではなくダイナマイトでしたと知らされた気分である。


「家門に掛かるならご家族以外にまでに迷惑が掛かるじゃない!」

「盗った本人、きょうだい、父母他家人、下手したら使用人の家系にも掛かるね」

「早く探さなきゃ!!」


ソルの想定の遥か上のヤバさだった。列強は平気でこういう事をしてくるから庇護下にある人はその危険性を知らせるために公的な場では列強から贈られた装飾品を身に着けるのだ。


「ソル、探すって言っても正直現状、全く手掛かりがないんだけれど。俺は女子寮に入るわけにはいかないしね」

「あー、しかも寮ってよく考えたら許可されてるもの以外の魔術禁止だわ! ウルズサイトも使えない!」


ソルはどうしよう、と考え込む、正直ソルだけでは探せないのはもう確実だ。それにソルの考えが正しいならば、ソルでは正直現状手が出せない相手だ。


「……ロキ、私のプロテクト外せる人って誰だと思う?」

「……正直、ソルのプロテクトってそんなに難しくないよ」

「3つかけてたの。1つ目が外れたら3つ目がクラッシュするようにしてた」

「てことは、3つ目のクラッシュを起こさないように1つ目を外したってことか。力技で行ける?」

「使ったのはこの術式よ」


ソルは自分がプロテクトに使っていた術式をロキに書いて見せる。ロキは納得したようだった。


「このタイプの術式なら、伯爵家クラスの魔力がある人に限られるだろうね」

「うぁー、やっぱりぃ?」


ソルの予想は外れていなかった、残念ながら。男爵家のソルでは手出しできない相手の可能性があったが、それどころではなくなったのでやるしかない。


「……ソル、一芝居打とうか」

「えっ」


ロキが一緒に汚名を被ってくれるつもりだと気付いてソルは慌てた。


「いいわ、私だけでやれるから!」

「……好きな女の子の役に立ちたいと思うのはいけないことかい?」

「……はっ!?」


ロキの突然の言葉に一瞬思考がフリーズする。言葉の意味を理解して、何で理解してしまったんだろうそのまま止まっていてくれたら楽だったのにとソルは赤面した。


「ソル」

「! な、何?」


ロキに名前を呼ばれて驚く。急に意識させるようなことを言うのがいけないのだ。夢の中で散々見たのに、分かっていたはずなのに。何でこんなことで自分が緊張しなくてはいけないのか。ロキは目を細めて言った。


「アドリブは得意?」

「え、も、もちろん!」

「そっか」


ロキは満足げに笑みを浮かべた。


「俺は準備をしてくるよ。一応宝石箱は最後まで探しておいて」

「わ、分かったわ」


白銀の間を出ていくのを見送り、ソルはテーブルに突っ伏した。


「……APP19オーバーがよ!!」



カルの誕生日当日、ロキはカルの傍に立つようにと言われていたため、白いシャツに黒いベストとズボン、ジャケット、赤いストールという服装でカルの横にいた。

カルは白いシャツ、ガーネット付きの紅いアスコットタイ、白いズボン、縁に金糸の刺繍がされた青いジャケットといった服装である。


2人とも正装にかなり近かった。


「ロキ、お前ソレギリギリで用意したんだろう」

「何でバレてんだい」

「セトが」

「あの野郎自分もギリギリだったくせに」


カルがロキやセトについて自身の目を一番重視していることを知っているロキとしては、いろいろと取り繕ったつもりでバレているのがなんとも言えないところだ。


「そういえば、セトに髪を伸ばせと言ってみたんだ」

「ああ、魔力が多少使えるのと使えないとでは実力に雲泥の差が出るからな。良いと思うぞ」


世間話のような身内の話題を並べて時間を潰す。


「ああそう言えば」

「?」

「ソル嬢、今日は珍しく赤い色のドレスを着ていたぞ」

「……は?」


ロキは目を見開く。赤い色のドレスは、ソルがこの日のために準備したものであり、ロキもそれは知っている。あくまでも、演技。カルには概ねの流れを共有してあった。


元々ソルは自分の髪の補色になる綠系のドレスを好んで着ている。ルナがみかん色の髪に青い衣装を合わせるのと同じで、ソルは赤い髪に緑を合わせ、煌びやかさではなく上品に見えるように心がけてくれるので、ヴァルノスの傍にいても悪目立ちしない。今回はちょっと某皇帝風のドレスとなっているが、それはそれで美しいのでロキ的には喜ばしい。実はまだ今日はソルのドレス姿を見ていなかった。


「赤か……個人的には黒も似合うと思うんだけど」

「お前妙に艶っぽい衣装が好きだな」

「ソルの肌は健康的な色だからね。黒でも生き生きとして見える気がする」


あ、いた、とカルが示した方に視線を動かすと、居た。ソルは髪よりも暗い赤いジャケット風のドレスを着ており、いつもよりもはっきりと目立っている。ああ、いい。服に着られている風でなく、しっかりとソルの色と背格好に似合っている。ソルの身長は160センチ前後あるが、そこにハイヒールを履くためかなりの長身に見えるのだ。ジャケット風のドレスはそんなソルの体型をきっちり引き締めてくれていた。


「……おや?」

「どうした」


ロキははて、と自分の左胸に大量に付けているブローチとチェーンを見て、ソルに視線を戻す。

ソルがヴァルノスとお喋りを始めたのが見える。

ヴァルノスは相変わらず光が当たれば金と見紛うほど色の薄い茶にポイントとしてグリーンのあしらわれたドレスを着ている。髪にはエメラルドとダイヤモンドで装飾されたバレッタを着けていた。


「どうした、ロキ?」

「……ない」

「……何が?」

「アクセサリがない」

「……」


ジャケットの前部分に装飾が無いのは、何かを付ける前提があったからだと推測できる。胸の辺りを見て、エングライアのブローチが無いことを確認した。


「……普段は付けていないよな?」

「家ではガラス製のイミテーションを付けているよ。公爵家にいるのだから恥じぬ格好をと言っていたけれど」


ならば、パーティの場で付けていないのはおかしいだろう。

ロキの小さな呟きに、近くに待機していた空色の髪の令嬢がチラッとロキを見た。


「……まさかもう……」

「?」

「カル、1つ問いたい」

「なんだ」

「……ここでは政治的に意味のある物を身につけることは許可されているよな?」

「何を今更……お前がじゃらじゃら死徒列強のを付けているじゃないか」


カルは答えて、あ、と。

ソルを見直す。


自分たちの入学式の時、彼女は琥珀のブローチを付けていなかっただろうか?


「……許可というより義務に近い。公式行事なら余計にな」

「……だよね。アイツに限って無くすなんてありえない。エングライアを蔑ろにしたとされてソルが処刑になどなってみろ、俺は立ち直れないぞ!」

「わかった、わかったらからしゃがむな、髪が床につくだろう! セト! ちょっと来い!」


ロキの演技に驚いているところだ。ある程度の演技ならばカルも出来る自信があったが、ロキの演技はもはや道化と言う他無い。セトを呼んで、打ち合わせ通りの動きに持っていく。


「なんでしょうか」

「ロキを引っ張ってきてくれ。俺は先にソル嬢の所へ行く」

「どうかしたんですか?」

「彼女、エングライアのブローチを付けていないんだ」

「うわ、処刑ものじゃないですか」


カルは声を掛けてこようとする女子生徒達を「用事があるのでまた後で」と軽くあしらってソルの許へ歩を進めた。

ヴァルノスが先に気付き、カルに礼をする。傍にはいつの間にかロゼもいて、気付いたソルも礼をした。


「こんばんは、ロゼ、ヴァルノス嬢、ソル嬢」

「こんばんは、カル殿下」


ルナはいないようだなと少し辺りを見回す。周りの女子生徒はロゼが近くに来たからだろうと思ったのかおしゃべりに興じ始めた者もいるが、こちらを注視している者もいる。

少しして、流石に引き摺られるのは恥ずかしかったのかセトの前をちゃんと歩いてきたロキが同じように挨拶を軽く交わした。


流石にソルに声を掛けるのはロキでなくてはと思ったのか、カルは少しロゼを借りる、と言ってロゼと2人でソルとロキから離れた。


「どうなさいましたの?」

「ソル嬢がエングライアのブローチを付けていないようだが、どうしたか知っているか?」

「っ……」


ロゼの表情が陰った。

演技力に驚かされてばかりだが、事情を知っているのはカル、セト以外にロゼ、ヴァルノス、エリス、ナタリア、レオン、レインと協力者の10人で、無論ロゼのこれも演技だ。いや、事情を打ち明けられた時は確かに顔を顰めていたのであれは本当の表情だったのだと分かっているのだが。


ロキはソルに小さく声を掛けているが、前世の言葉らしくカルには分からない。


『ソル、お前、エングライアのブローチは』

『……分からない。宝石箱ごとなくなってた』

『アイテムボックスには入れてないか?』

『入れてないわ。最低限必要な食料とか武器とか服とかなら入ってるけど、政治に必要な物なんてまだ要らないと思ってたから』

『寮に?』

『同室はルナよ』

『じゃあ誰が』

『わからないわ』


ロゼがちらりとソルを見た。カルはこういう時彼らの言葉が分からないのが少しばかり悔しい。一部の生徒が少し顔を顰めている。きっと何かソルをロキが責めていると思われかねない台詞を言っているからこんなことになっているのだ。当日はアドリブで行きます、とロキが堂々と言い放った衝撃が忘れられない。


『……探そう。ドルバロムもさすがにこっちに注意していないだろうから、自力になるが』

『……うん』

『……いつから始まってる?』

『……去年の最後からよ。長期休暇が挟まったから半分くらい忘れてたわ』


ソルは悪びれずそんなことを言う。ロゼは小さく息を吐いた。


「……2人はなんと?」

「去年の最後の方から嫌がらせが始まってたみたいですね。ソル様の御両親が亡くなったこと、ひっそりと流れてるじゃありませんか。ゾンビが関わっている以上生徒には周知されませんでしたから、ソル様とルナ様がロキ様と接触が多いのをよく思わない方々がいたようでして」


長期休暇は同じ館に帰るのだから馬車が同じになるのは仕方がないことではあるのだが、その裏事情を周知する必要を本人たちが感じていなかったこともあり、ほとんどの生徒はソルとロキが付き合っているのではないかという噂まで流れている。本人たちはこれからそこまで持っていくために苦労しているというのに――。


「可哀そうなソル嬢……」

「あまり私が動くと面倒なのですけれど、流石に列強が関わってくると面倒です。私とロキ様で庇うことになるとは思いますけれども」


ロゼの言葉はロキも言っていた。公爵家が男爵家を庇うと拙い、と。あまりに爵位が開きすぎている、そこに交友関係があってもいいが、恋愛関係はあまり褒められたものではないから。

ロゼはソルを見る。ソルとロキは睨み合って怒鳴るとまではいかないがそれなりにヒートアップしている状態だった。


『なんでもっと早く言わなかった』

『公爵家に庇われたらそれこそ目立つわよ。皆の不安を煽らないために家のこと伏せられたんでしょ! 今更裏事情を知らせる気!?』

『それは俺が黙らせればいいだけだろう』

『そんなことしたらますますあんたの敵ばっかり増えるわよ!』

『フォンブラウがそんなことで揺らぐものか!』

『そのせいで敵ばっかりになって誰にも助けを求められなくなって死んだやつが何言ってんのよ!!!!』

「――」


とうとうソルが怒鳴ると同時にロキが絶句した。

いや、それ以外にも目を見開いている者はいる。


それは、ロゼであり、ヴァルノスであり、近くにいたハンジ、シド、エリス、そしてナタリア。

ルナが人混みを掻き分けてやってきた。髪が乱れるのも構わずに。


『ソル、何やってんの!』


また前世の言葉だ。

そんなことを思ってカルはロゼを見る。

ロゼは茫然としていて、けれど、ああ、この場を収めなければと動き始めた。


「ロキ様、ソル様を連れて今すぐ退出なさってください。皆さんは私がなんとかいたしますわ」

「……ああ、頼む。カル殿下、誕生日パーティなのに、こんなことになって申し訳ない。ロゼ嬢、この借りはいつか。――ソル嬢、行きますよ」

「……カル殿下、申し訳ございませんでした。ロゼ様、ありがとうございます」


足早に退出していくソルとロキに掛けられる言葉をロゼは黙らせつつ事態の収束を図っていく。

シドとヴァルノスもそれに協力し、カルも共に奔走することになった。

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