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2024/12/15 加筆修正しました。
中等部2年になると、新たに取れる授業が増える。というか、絶対取らねばならない科目が増える。その内の1つが神学だ。
ロキはアンリエッタから大まかな話は聞いていたのだが、どうにも、それぞれの教会の話を一度聞いて、どの神学体系を取るかを選ばねばならないらしい。アンリエッタが王立学園の卒業生だからこそできる知識の共有だが、こういうことはどこも変わらないらしいと前世でイベント参加に不安がった自分を引っ張って知識を共有してくれた親友の姿を思い出した。
1つに絞ってくれればいいのにねと言っている青い髪の貴族の生徒を横目に、そんなことしたらお前死ぬぞと心の中でぼやきつつ、ロキは最初の神学の授業のために配られたプリントを眺めた。
プリントには今日話を聞くことができるブースの配置が書いてある。要するに配置図、マップ、案内図。ミニ講和を全体で聞くのではなく、興味のある宗教について軽く話を聞いて、その神話体系について話を聞いてレポートを提出するだけで終わる実は簡単な講義である。眠らなければの話だが。
プリントの中に黒箱教を見つけて「俺はこれ一択だな」と思ったロキだった。
「カル殿下はどのブースに行かれるんですか?」
「まだ決めていない」
「では私たちと一緒に参りませんか?」
「あー……」
早速令嬢たちに囲まれているカルが気の毒である。ロゼが色々と見て回りたいと言って離れていったのだろう。ロゼは自分が威嚇しなくてもカルが自分で令嬢たちを捌けるようになると信じて疑っていない。弟の手綱は何とか握れるようになったようだが、カルはまだ令嬢たちを誘導する手腕は未熟だ。ロキは仕方ねえなと傍に寄って行く。
「カル殿下、どこのブースを見るかお決めになりましたか?」
「む。ロキか。実はまだ決め切れていない」
カルは一瞬だけ喜色を浮かべ、ああ、と小さく頷いた。ロキが来ればそちらと一緒に行く方が自然だ。その辺は流石公爵家の権力、というか、親戚だし同性なので、下手にロゼと回るよりも周りを刺激しないだろう。
「ロゼ嬢は?」
「彼女は自分でいろいろと見て回っている」
「同じものを聞いて回れば良いでしょうに」
「そうかもしれないな」
カルの反応からはあまり感じられないが、マジェスティックブルーの瞳が少しばかり遠くを見た。恐らくカドミラ系を見て回ろうとしたロゼをカルは追わなかったのだろう。カドミラ教会系列はカルにとっては、ロキを捕らえようとしたばかりか、叔母を拘束しており、父王が追い出した宗派だ。否定的な立場をカルがとったとしても、文句を言う者は多分いないだろう。
カドミラ教は世界樹が唯一絶対とする。全知全能は世界樹だと。
しかしそれはこの世界の身に置いての話であるとすればいいのに、世界樹はあまたある世界の全てに根を張っているのだ、とする宗派が今は主導権を握っている。ユグドラシルがモデルだなあと思いつつロキはそのこともあって選択肢からカドミラ教を外した。そもそも自分が行けば教会の人間がどう手を出して来るか分かったものではない。ただでさえメルヴァーチ領でのことで教会と接触してしまった。できれば逃げ出したい。
「ロキはどこを?」
「黒箱だね。あそこは一番信頼できるし」
「宗教を信頼できるとは大きく出たものだ」
「師匠が黒箱教なもので」
ロキが師匠と呼んだことでデスカルのことだと分かったカルは、それもそうだな、と言って、一緒にいいか、と尋ねてきた。
「構いません。まあ、ほら。寝てたら起こしてください。レポートが書けなくなる」
「起きてろ」
カルの鋭いツッコミを受けてクスッと笑い、ロキは令嬢たちの方を見て会釈する。
「あまりカル殿下を困らせてはいけませんよ」
漫才のノリのままカルを掻っ攫っていくロキに、文句を言う者は現れなかった。少々腐海を足元に広げている令嬢が混じっていた気がしたが、気にしないことにする。前世ではそういうものが好きだった記憶くらいは残っている。後に同士になれるかもしれない令嬢の顔を覚えつつ、ロキはカルと共に黒箱教のブースへと歩を進めた。
「助かった」
「お前俺よりアレには慣れてるだろ? もっとちゃんと拒否ってもらわないと困るんだけど」
「ああ、お前には別に想っているご令嬢がいたな」
「距離が近いにも拘らず向こうも察してくれてて困り果ててんのは俺だけだ畜生」
愚痴を言い合いながら黒箱教のブースへと向かう。
そこにはさらっと黒髪黒目の少年がいた。黒目の少年がいるというのはいただけないのだが、近付いたロキとカルを見るために顔を上げたので黒目だと分かっただけである。ロキはこの少年を知ってはいるのだが。
「【変色偽装】」
「……デスカル、なぜ俺はいきなりネロキスクに偽装を掛けられたんだ?」
「テメーの目の色、黒っぽいからなあ」
「……ああ、なるほど」
デスカルがさらっと一緒に居るところを見ると、彼も上位者らしいということにカルは気付いた。ロキと顔を見合わせ、礼をする。
「ロキ、彼は?」
「サッタレッカの反対にいる破壊神ですよ」
「……マジか」
「じゃあ後でまた自己紹介することになるとは思うが、こいつはスピカ。破壊神」
「スピカだ」
「はい、よろしくお願いします」
ロキが黒髪黒目だった少年――スピカを見て言えばスピカは口を開いた。
「……敬語無し」
「え?」
「敬語は要らんと言ったんだ。ネロキスクに敬語使われるとか気色悪い」
「俺はまだネロキスクじゃないぞ」
「なんだかんだで要望は叶える件」
デスカルのツッコミを受けつつロキはスピカに対しての敬語をなくす。スピカはそれには満足そうに頷いた。
「ネロキスクじゃない、ならなんだ?」
「ロキ。ロキ・フォンブラウだ」
「ロキか」
スピカは小さく「面倒な神格だな」と呟く。
デスカルはそんなこと言いつつ今までロキの面倒を見てきたスピカを知っているため、どの口が、と思ったのだが――言わなかったのは彼女の美徳であろう。
「で、お前ら確定か?」
「俺は確定だな」
「俺はできればここがいいな。相手が上位者なら礼儀も気にしなくて済む」
「煎茶しか出ないぜ?」
デスカルが笑いながら本当に茶の用意を始めた。カルも知り合いがいる方が気が楽なのは分かるが、それでいいのか殿下、とロキは小さく呟いた。ロキにとっても身内がいる状態なので接しやすいというのは利点であるが。
「ロキ、黒箱教に入信するのなんてカドミラじゃ都合が悪い子ばっかりだぞ。普通黒ってのは忌み子の色として嫌われてるからな」
ロキの考えが分かったらしいデスカルがそんなことを言えば、そうなのかと小さくスピカは返した。そんなこと言わなくたっていいじゃないかと思ったのだが、実際カドミラは闇属性を悪とする宗派が幅を利かせている現状があるし、ロキが神子でなかったならカドミラはロキを”必ず裏切る”とか何とか云ってその命を奪いに来ていたことだろう。
実はロキが倦厭するきっかけになったのも闇属性を忌避する彼らの性質が大きかった。ロキは何せ闇属性が一番強いもので。
「しかし、王族が動いてたんだな。やたらカドミラが黙ってると思ったら」
「教会の動きを、総本山のセネルティエに報告した。教皇は『神子を集めろなんて言ってません』とか言って、親がいて返せって言ってるところの息女は家に帰させたらしい」
「教皇猊下って連絡取れたり取れなくなったり忙しいよね」
「派閥争いが激化しているんだろう」
「あーあー、宗教戦争が一番下らん」
「それには同意する」
ロキは前世の知識もあるのだろうが、カルもうんざり気味の表情だ。
「ちょっと手続きをしているからもう少し後になるが、エミリア叔母上も戻ってくる」
「父上がやたら忙しかったのもそのせいか」
「ああ。フォンブラウ公爵は嬉々として動いていたがな」
教会に監禁されている従妹が戻ってくるのだから父上が嬉々としているのは当然であろうとロキは思う。一歩間違えばその立場には自分とレインが当てはまっていたかもしれないと考えて苦笑した。
レインのことだから助けようと動く可能性は低い気もする。
「なんだかロキの中で僕がふがいない男として捉えられているような気がするんだが?」
「あれ、レインも来たのか」
「うん」
レインが青い髪を揺らして姿を現した。ロキは薄く笑みを浮かべてみせる。肯定の意だと受け取ったレインは肩をすくめた。カルは周囲に爵位の高い者が集まってきた事で安心したようで、息を吐く。
「まったく、ロキもつくづく僕の過去のことを覚えているよな」
「過去などと言っているが実際のところ5年も経っていないからね。忘れろという方が無理だよ」
「いらない情報は即斬り捨てられるだろう?」
「伊達に精神攻撃系の系統を扱っているわけじゃないんだぜ。記憶はそういう点では案外大事なものさ」
「水と氷の僕には縁がないな」
「そのようだ」
レインとロキが喋っていると、レオンやナタリア、ロゼ、ソルといったいつものメンツがぞろぞろと黒箱教の前に集まってきて、驚いたカルがロキをつついた。セト以外の姿を確認したロキは小さくああ、と呟いた。
「セトはエジプト系に行ったんだな」
「えじぷとが何かは知らないが、自分の名前になっている神だからと向こうへ行ってしまったよ」
ロキの言葉にレオンが答える。ナタリアは確実にカドミラを避けると思っていたロキだが、レオンまで一緒になってこちらへ来るとは。
「ナタリアとレオンの仲が親密になったようで安心した」
「宗家と分家の話を持ち出したら皆黙ってくれたので助かってます」
「婚約者になる可能性がなくもないって言われてるの知ってるわよ?」
「お互い言い寄ってくる相手を散らせるからいいんじゃないのか」
「ええ、ほんとに」
「こっちも大助かりだ」
こうしてみると、案外気楽に過ごせているのかもしれないな、とレオンが呟く。言わずもがな、最近ずっと女子に追われているカルのことを指している。
「ロキは平気か?」
「平気だよ。ループの記憶を夢に見るというとんでもないイベントのせいでまだ告白もしていないのに相手にこちらの気持ちが筒抜けという苦行に耐えている最中だからな。他の女子よりこっちが問題」
「こいつ馬鹿よね。一度やった告白方法はしないとかいう無駄なポリシーが邪魔をしてるのよ」
「ほんとに全部筒抜けじゃないか、ロキ頑張れ」
レオンとロキのやり取りに、ここは恋愛相談所じゃねえぞー、とデスカルが笑った。最終的にはちょっと話を聞いてコレジャナイ感を覚えたらしいセトもやって来た。
時間になったな、とスピカが呟いて、ロキたちはブースの前に用意されていた長椅子に座る。
「これでクラスは確定だ。お前ら本当にこんな細々した教会の話聞きに来ていいんだな」
「構いませんよ」
「転生者だってわかっても不当な扱いしないだろうし」
「何で黒箱教は上位者の中心が柱なのに国教になってないんだ?」
それぞれ口にした意見を聞いてデスカルは嬉しいねえ、と笑った。
「それじゃ、講義を担当するデスカル・ブラックオニキス、こいつはスピカ。他のやつもたまに来るけど、皆俺の知り合いと思ってもらえると助かる。講義なんて言ってもどうせ上位世界とこの世界の魔術、魔法、マナ、精霊とか死徒とかその辺について話すだけだから、寝たかったら寝な。次の講義正座で聞かせてやるけどな」
「「「「「地味に痛いやつだ」」」」」