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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部2年前期編
172/368

7-3 とある世界線の話

2024/12/12 加筆修正しました。


ロキの裏切りを知ったヘイムダルが動いた。

メルヴァーチの血統はメルヴァーチで決着をつける。そう言ってヘイムダルは愛用のグレイブを持って飛び出して行ってしまった。


死徒列強と相対しているこの状況でロキに内部を崩されてはたまらない。そう言って皆はロキの裏切りが知れ渡る前にヘイムダルとロキをぶつけた。ヘイムダルはロキが街中ではなく人里離れた場所を指定したことが気になっていたのだけれども。


「何故裏切るのか、聞かせてはくれないか、ロキ」


曾孫と最後の会話だ、そう思ったヘイムダルは口を開いた。

けれどもロキは小さく首を左右に振った。ヘイムダルの曾孫であるロキは、神話のロキと違って、実直すぎる男だった。


何も話すことなどないと、言ったのだ。

でも、だからと言って楽しんでいるわけでもないのだと、何よりもロキの濃桃色の目が物語っていた。


ロキは先端の太くなっていくグレイブ――薙刀の鞘を払って構えた。ヘイムダルもグレイブを構える。


「何故何も語らない」

「分からん」

「答えになっていない」

「知ったことではない」


敬語を使わないのは対等な位置にいると認識しているからだ。ロキが自分をちゃんと敵と見ていることを確認できたヘイムダルはそれでも、やはり言葉を紡がねば何も分からなかった。ロキが最も得意とするはずの言葉を操る、その手段を切り捨てている理由は何だ。考えろ。


転生者としてふらふらしていた彼を見守り続け、導いてきたつもりであった。

それなのに最後にはこの仕打ちか。


「親はどうするのだ」

「――」


ロキが目を細める。


「きょうだいは」

「――」


気にしているのだと言わんばかりの表情をするくらいなら、何故裏切った。


「友は」

「……」


きっと結ばれた薄い唇。

ぶつかることに変わりはないけれど。


「お前が愛した娘は。皆を裏切って、それでもフォンブラウの子か。名になど縋るな! 名はお前の全てを決めるものではないだろう!」

「……」


ロキが目を閉じた。

やはり彼は何も、語らない。


「……どうせヘイムダルとぶつかる時点でロキの命運は尽きたのだ。俺は俺にできる精一杯のことをする」


ロキはあらためて薙刀を構え直した。口で語る気はないらしい。ロキ神の銀の舌が泣く。ヘイムダルはこれ以上言葉を尽くすのは無駄と悟り、一呼吸後、ロキに切りかかった。


「ッ!」


ロキは細い。どれだけ鍛えても筋肉がつかなかった。それはおそらく彼が魔術に適性が振り切っているためだとアーノルドは言った。

今はそのおかげでロキをこの老いぼれでもパワーでゴリ押しができるのだ。


ヘイムダルは長身だ。振り上げられたグレイブが大地を叩き割る勢いで振り下ろされ、ロキはそれを躱してヘイムダルに突きを繰り出す。ヘイムダルはそれを躱して少し体勢を崩す。ロキの足を払えばロキはナイフでヘイムダルの顔を切りつけ、そのまま倒れた。片目は血が掛かってきて目を開けることができなくなってしまう。


素早く袖で拭ったが顔の傷は開きやすいものだ。体勢を立て直したロキはヘイムダルの死角になった右目側から何度もナイフ、蹴り、薙刀を織り交ぜて繰り出してくる。ヘイムダルも負けじと蹴りと拳を交えながらロキを追い詰めていった。


ロキが体勢を崩したところに走り込めばナイフを投擲してくる。避けられないと判断したヘイムダルは全身強化を一点強化に変えてナイフを防ぎ、弾かれて宙に浮いたそのナイフを手に取ってロキの左目を切りつけた。


「ッ!」

「逃がさんッ!」

「あ゛ッ……!」


後ろに跳び退こうとしたロキの髪を掴んで地面にたたきつけ、その細い腕を押さえこんで肩を外せば苦悶の声が上がった。


ロキは肩で息をしながらも、ヘイムダルが退くのを待っている。戦意喪失とは言えなかった。ヘイムダルは小さく舌打ちして、もう力が入らない手を見る。グレイブはもう握れないだろう。


ヘイムダルがぱっとロキの背から退いた。ロキが逃げないわけもない。が、ヘイムダルの目には敵わない。転移用の術式はヘイムダルにかき消された。


「チッ!」

「往生際の悪い!」

「ぐッ……!」


ドガ、と蹴られてロキは呻く。人刃であっても人体とそう構造は変わらない。腹を蹴ればそれなりにダメージは行く。

何が悲しくて、敵とはいえ曾孫をこんな足蹴にせねばならないのかとヘイムダルは思う。


「う、え……ッ」


吐いてしまったロキを見て、ああ、蹴りすぎたかなとぼんやりとヘイムダルは考えた。

美しい青緑に染まった瞳がヘイムダルに向けられていた。


そこに憎しみの色はない。


ロキは激昂していれば、瞳が青くなる。


何故だか、胸騒ぎがした。





戦争の終結は、割とあっさり訪れた。

ロキが倒れたと聞いて、死徒列強がロキの命だけは助けてやってほしいと願い、その代わり終戦宣言が出されたためだった。


ヘイムダルは、個人的にロキが結んでいたパイプが役に立ったな、裏切り者だが利用価値はあった、などと宣う貴族たちの目に晒される曾孫が可哀そうでならない。


車椅子、というものを、ロキが愛した令嬢が作った。故にロキは皆の前を、ロキであるという事実と、車椅子という奇怪な物に乗っているという2点に於いて注目を集める存在になっていた。


あの時。

ロキの片目は失明してしまった。眼球そのものを切り裂いてしまっていたのだ。だから今ロキは眼帯を身につけている。


ロキと親しかった者たちは「アンタ仕組んだわね」やら「気遣われるこっちの身にもなってくださいまし」やら言われていた。

その張本人は、「本当なら首を切られて綺麗に戦争終結の予定だったんだが」などと恐ろしいことを宣っていたのでこれでよかったのだとヘイムダルは思った。


殺さなかった理由はよくわからない。

ただ、漠然と、ロキを殺してはならないと、そう思ったのである。


ロキは余生を王城の牢獄に繋がれて過ごすことになった。

まだ19歳だったのになあと泣いた友人たちのこと、どう落とし前を付けるのだとヘイムダルは問い質してみたが、ヘイムダルにだけはロキは口を割らなかった。


見透かされると、思っていたのだろうということが分かったのは、ロキが死んでからだった。


ロキは元々あまり魔力回路が丈夫ではなかった。正しくは、ロキの魔力回路は放出には不向きだった。なのにあれだけ戦ったのである。魔術も連続で使い続けた。

その結果が、彼の魔力回路の暴走という形で返って来ただけ。


「ロキが儂を?」

「ええ。最期に話したいことがあると」


ロキが愛した赤毛の令嬢は凛とした態度を崩さなかった。その姿をロキが愛したからと言って譲らなかった。


牢に繋がれたロキを見てヘイムダルは絶望した。

なんだこれは、こんなのは聞いていない。


「ロキ!」


晶獄病だなんて、聞いていない。


関節部分から魔力結晶が突き出て血を流しているロキは、あまりにも痛々しかった。手当もできないのかと令嬢の方を見れば、令嬢は小さく首を左右に振った。


「ロキが触れさせてくれないのですよ。死してなお国のためになれるなら、と言って譲らないの」

「ロキ! 魔石の鉱脈にでもなるつもりか!」


怒鳴って、ヘイムダルは、はたと気付いた。

そうだ。おそらく、そうなのだ。

ロキは、魔力結晶をこのまま生成し続けて死んで、けれど死んでも彼の体内にある魔力はまだまだこんなものではないから、きっとずっと、ロキの上質な魔力のこめられた魔力結晶を王家に提供し続けることになるだろう。


「新しい世界にね。ロキは、行けないんですよ、曾御爺様」


掠れた声でロキが紡いだ言葉。

それならヘイムダルもトールもフレイも行けないだろうと言いたくなったのだけれども。

ロキが笑っていたから、何も言えなかった。


「……戦争、終わったな、ソル」

「ええ、そうね。貴方のおかげで終わったのよ、ロキ」

「ルナ、エリス、シド、ゼロ、ケイ、ハド、クリス、オート、ミーム、セト、カル、エリオ、ロゼ、」

「うん。皆生きてる」

「コレー……トール……スカジ姉上……フレイ兄上……プルトス兄上……」

「うん、大丈夫だよ」

「ちち、うえ……ははうえ……」


皆生きてる、大丈夫。


テウタテス御爺様、エメラルディア御婆様、アーサー曾御爺様、フィニア曾御婆様。


どんどんロキの声が小さく、細くなっていく。


戦死した名を呼べないのは、仕方がないとして。

ヘイムダルはロキの傍に踏み出した。


「へいむだる、ひいおじいさま」


とぎれとぎれに呟かれた自分の名を、驚くほどはっきりとヘイムダルは拾い上げていた。


「ここに居る」


焦点が合わなくなってきたロキの目。青紫の結晶に包まれていく姿を見て、どうして言ってくれないのだろうと思いながら、ヘイムダルはロキを撫でていた。


「……よか……た……」


満足そうに。

笑って、ロキが頭を垂れた。パキンと音がして、ロキとの間に魔力結晶の壁ができた。


そして。

令嬢が――ソルが、嗚咽を漏らし始めた。


「……ッ、ロキの、バカ……!」


どうして言ってくれないのよ。

何で最後まで他人の心配なわけ。

私はあんたに従ったりしないんだからね。


愛し合っていたというのなら、なぜこんなに深い隔たりがあるのだろうと、ヘイムダルは思う。

死が2人を別つまでとはよく言ったもので、こんな早く別たれてしまった2人のことは、なんと表せばいいのだろうか。



これはこれでいいかもな、とロキが漏らしていたことが後日、セトの口から洩れた。

復興していく国を見て喜んでいたとトールから聞いた。


ならばなぜ国を裏切ったのだと、その問いに堂々巡りである。


答えを持っていたのは、すぐ傍に居たフレイだった。


「ヘイムダル曾御爺様」

「どうした、フレイ」

「この世界が終わってしまう前にお伝えしたいことがあります」


フレイの言葉に引っかかりを覚えたヘイムダルはそれでもそのまま話を聞く体勢に入った。


「ロキについてなのですが」

「ああ」


フレイは遠い空を見上げながら、言葉を紡いだ。


「自分が公開処刑になった方が、国の復興は早かろう、主要都市をほとんど潰された後なのだから王族もとやかく言うまいと言って笑っておりました」

「――」


驚かずにいられるものか。

自分の犠牲を犠牲とも思わず平気な顔をして「そっちの方が復興が早かろう」なんて。

人の愛情を何だと思っているのか。


「そんなこと、」

「あいつは」

「……」

「ロキは。ずっとカル陛下を守ろうとしていました。帝国と同盟を結ぶ時も、スカジが嫁に行ったのは切り捨てやすくするため。けれどカル陛下は帝国側についてしまわれた。死徒の血を継ぐ国として最大の過ちを犯した」


フレイはきっと、全てを知ってここに居るのだ。何かを悟り、ロキを問い質し、ロキが漸く話した事実がそこにあったのだとしたら、嗚呼。ヘイムダルは、もっとロキに踏み込むべきだったのだろうか?

突然地面が揺らいだ。

地平線が割れた。


「なんだっ!?」

「巻き戻しが始まったようですね」

「巻き戻しだと?」

「ロキが申しておりました。この世界は繰り返しているらしいのです。とあるときに戻って、そこからずっと」


国が過ちさえ犯さなければロキはあんな死に方をしなくて済んだのかと、ヘイムダルは口にしようとして、やめた。

曾孫の世代は孫や曾孫の周りに任せておく方がいいと思っていたはずだった。こんな老いぼれに何ができるのか、と。けれど本当は、もう一歩を、踏み出すべきだったのでは?


疑問が浮かび、自問自答する。景色が霞む。

もう、意識が遠くなっていた。


結晶に皮膚を突き破られて血に濡れたロキが、それでも笑っていたのを思い出した。

何で笑っているのだろうと、思った。

痛いと泣き叫んでもよかったはずだ。苦しいと縋ったって誰も文句など言わなかったはずだ。


何故。

何故何も言わない。


何故ロキは、何も言わない。


ヘイムダルの意識は虚空に溶けて消えた。




「なんで、何でうまくいかないの……! こんなのダメ、何でロキ様が死ぬのよ! 認めないんだから……! 絶対ロキ様には幸せになってもらわなきゃ、幸せになってよ、ねえ涼先輩! こんなの認めない!! もう一回!!」


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