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2024/12/12 加筆・修正しました。
「ロキ様、アーサー様とテウタテス様がお呼びです」
「……分かった。ありがとう」
部屋で魔力結晶を作って遊んでいたロキは、呼びにやって来たメイドに礼を言って部屋を出た。
アーサーとテウタテス、ロキにとっては曾祖父と祖父である。
アーノルドの祖父と父ということもあって、アーサーもテウタテスも見事な魔術師なのだが、アーサーに関してはお察しの通り、地球では有名なケルト神話の系列に属するアーサー王の名を賜った加護持ちである。
アーサーという名そのものは割とありがちな名であるため分かり辛いのだが、公爵家でアーサーといえばまず加護持ちである。これは王家がドラゴン系列の血統であることを知っておかねばよくわからない事ではあるが、ロキは知っているためすんなり理解したものだ。
多神教の影響ばかりが色濃く残るアヴリオスにおいて、一神教の影響を大きく受けているアーサー王伝説が加護として成立していることは、ロキ自身、少しだけ疑問を持ったが。過去に何かあってこうなったのだろうか、と思ったりなどしている。ケルト神話と括ると入ったり入らなかったり微妙なラインにある円卓の騎士の物語は、アヴリオスにおいて聖杯というものが存在しないが故に、そこまで強力な加護にはなり得なかったようだ。
応接間の前に来ると、家令がすっと扉を開けた。視線のみで礼を告げ、ロキは応接間に入る。
「ロキです。ただいま参りました」
「おお、ロキ、そこに座れ。ちょっと話があってな」
テウタテスはそう言って笑みを浮かべた。中に居たアーサーとテウタテスはソファに座っている。ロキはあまりこの2人と親しくない。が、それは致し方ないだろう。ほとんど王都にいるロキが、わざわざ危険地帯であるフォンブラウ領へ踏み入れるのはそれこそブートキャンプの時くらいなものである。
ソファに腰かけたロキはやたら上機嫌なアーサーとテウタテスに何かあったと理解して、向こうが話を切り出すのを待った。
「ロキ、お前、もうすぐ誕生日だろう」
「はい」
「それにもうすぐ王都に戻ってしまうだろう? だから先に渡しておこうと思ってな」
ロキの誕生日は学校が始まって1ヶ月ほど経った頃である。だから今のタイミングか、とロキは納得した。
「ほれ」
「ありがとうございます。開けてもよろしいですか」
「ああ」
まずテウタテスから貰った包みを開ける。赤いストールだった。
「美しいストールですね。肌触りもいいです」
絹ではないな、と思ってテウタテスを見れば、テウタテスは得意げに笑った。
「それはな、火竜の琴線だ」
「なんつー素材使ってんですか」
思わずロキが素でツッコミを入れてしまったのは仕方がない。
「ははは。お前ならそう言うだろうとアーノルドが言っていたよ」
「当然です。大体俺はそこまでドラゴンに詳しくありませんが、これを織るためにどれだけドラゴンが犠牲になったか……下手にイミットを刺激しないでくださいね?」
「大丈夫」
テウタテスはそう言ってロキから視線を移した。次はアーサーだ。
「……」
「ありがとうございます」
アーサーは無言で包みをロキに押し付けてくる。元々そんなに口数が多くないことも分かっているので、ロキは受け取ってすぐに封を開けた。実はこの人に構っていると話が進まない。
「……え、あの」
「ドラゴンの角」
「だから何でドラゴンばっか狩ってんですか」
お前ドラゴン系列だろ、とは流石にロキも口にしなかったが。
アーサーは恐らくテウタテスが狩りに狩ったドラゴンの角を拝借しただけなのだろう。
包みの中身は、双剣だった。
「双剣、ですか」
「短い得物も扱えるようだと聞いたのでこちらにした。……ハルバードよりは、フランキスカかとも思ったんだが」
ロキは自分が斧を投擲すると思われていることに気付いて目を丸くした。
だがまあ実際、ガタイのいいアーサーからすると、ロキは細すぎて打ち合いに向いていないと判断されているのであろう。
「アーサー曾御爺様、俺は打ち合いでも負けませんよ」
「……こんな折れてしまいそうな細腕なのにか」
「ええ」
小人じゃないのだからそう負けるわけもない。ロキは苦笑を浮かべた。
それと同時に、やはりアーサーには服の上からでも体格がばれていたことが分かったので心配されていたのだなあとも思う。
そもそもパワー負けしていようと格闘技でロキは負けたことが無かった。セトにはどうしても弾かれるのだが、格闘技でセトがロキに勝ったことは今のところない。
アランやスパルタクスもしょっちゅうぶん投げているのでロキは柔術に感謝しかない。いつでも臨戦態勢に入れるって何だ。小柄でパワー負けする女性の護身術に少林寺などをよく聞いていたが、こういうことかとセトを石の床に叩き付けながら思ったものである。
だが格闘はそれこそ最終手段であろう。武器を奪われどうすることもできないならばやるしかねえと覚悟を決めて使うようなものではないだろうか。何よりこの国では敗走は許されない。許容はされるが、3回が限度だろう。普通は敗走したら次は勝つまで帰ってくるな、である。
「……速さがものを言うなら、持久力もあるお前なら使いこなせるだろう。励みなさい」
「はい。ありがとうございます、アーサー曾御爺様、テウタテス御爺様」
ロキはプレゼントを受け取り、亜空間に仕舞うと応接間を退出した。午後には王都へ向けて出発なのだからさっさと支度を済ませなくてはならない。
「ゼロ、シド」
「「はッ」」
「魔力結晶は放置してるのか」
「はい、一応。荷物の支度はできております」
「そうか」
ロキは呼んでさっと現れた2人にこいつら確実に従者のレベル上げてやがると思いつつ部屋へ向かった。
♢
アーサーとテウタテスはロキを見送って、小さく呟いた。
「随分と安定したな」
「そうですね。でも今は懸想相手がいるとか」
「なんだと」
ロキの結婚まであまり時間がないことをアーサーたちは知っている。けれどそれでは。
「ロキに構う時間が無くなるではないか!」
「その令嬢との婚約を頼みに来る可能性がなくもないので、大人しく結ばせるのがいいかと」
「いーやーじゃー!」
「駄々っ子ですかいい年してんですからやめてください父上!」
アーサーにしろテウタテスにしろ、ロキを構ってやりたかったのである。
なのにロキはサクサクと先に進んでいってしまうし、構ってくれとくっついてくることもなかった。アーノルドに対しても似たような反応だったとのことで頭を抱えている状態だ。
孫が可愛いのは仕方がないだろうが、ロキを大事に大事にしているのは彼があまりに不安定だったからである。不安定だったものが安定した次はもうこっちを見ているだけで輪の中に入っては来ませんでした、では本末転倒なのだ。
「……転生者が持ってきたイベントの中にくりすますとか言うものがあるな」
「次のプレゼントはその時にしましょうか」
「うむ」
ロキって何が欲しいんだろう、全然わかんねえと言いながらアーサーとテウタテスはあーでもないこーでもないと話をしている。
そんなことをしろとさんざん言ったのは妻のフィニアとエメラルディアなのだが。
「……ロキさんちゃんと受け取ってくださってましたわね」
「ええ。私たちは宅配でロキさんの誕生日にプレゼントを贈る。計画ばっちりじゃないですか」
楽しげに笑う赤毛の女2人。
なんだかんだでいまだにずっと心配されているロキなのだった。多分アーノルドの子供の中で一番心配されている。
余談だが、後日、誕生日にロキは一日中カルの傍やら教員たちの手伝いやらを買って出ていたために誕生日プレゼントが届いたことに気付いた事務員が教員たちを止めるまでずっと仕事をしていた。
「え、俺にですか? ……なんかありましたっけ?」
「ロキ様、今日はロキ様の誕生日でしてよ」
「……あ、そうだった」
何でそんな日に仕事入れまくってんだこいつと思われたのは、致し方なし。
これにて第6章中等部1年春休み終了です。




