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2024/11/30 加筆・修正しました。
「まずは、ドラゴンゾンビの浄化に動いてくれたこと、感謝する。危険だったろうに、ありがとう」
「こちらこそ、この後のことを全てお任せしてしまいますが、よろしくお願いいたします」
ドラゴンゾンビの浄化が完了したことをゼオンに報告し、ロキたちは一旦休息を取る。ゼオンはロキたちがドラゴンゾンビの件を解決して帰ってきたことにまずは感謝を示した。
「レイン、ロキ、フレイ」
「「「はい」」」
「……この後のことは任せなさい。ただね、アンデッドの、しかもドラゴンゾンビなんて、君たちが相手をする必要はなかったんだよ。報告してくれるだけでよかった」
ゼオンの言葉の意味も分からない訳ではない。ロキが口を開いた。
「……急を要すると思ったから勝手に動きました」
「うん、そうだね。そうだろうね。ロキ、君は特にそうだ」
ゼオンの言葉にロキは圧を感じる。当然だろう。ロキは進化個体であるとはいえまだ子供で、相手は当主として振舞えるだけの戦力換算されている大人だ。
「ロキ、いくら君たちの前世の知識が使えるもので、君自身が強いからこそ強い魔物の討伐に動いた方が良いと君が思ったとしても、我々はそうは思わない。君はまだ子供だ。君たちはまだ、守られていていいんだ」
ロキが姿勢を正した。ドラゴンゾンビの件そのものは今までも見知っていただろう。ロキが対応したことも、きっと回帰の中にはあったに違いない。
ロキは知っている。その対応の時期が今ではないであろうことも、数年後、ロキがもう大人になってから問題が表出する可能性が高いことも、その時既にコウキ・ルディナというイミットは死んでいることも。
「……正論が全てとは思いません」
「……ロキ、君のそういう聡い所が、危ういと思うよ」
ドラゴンゾンビが増えないのは良いことだ。これはロキの意見。
子供がアンデッド系の魔物に対応するべきではない。これはゼオンの意見だ。
どちらも正しい。正論と正論で殴り合ったところで、答えなんて出ない。
「……ロキ、これを言うのは卑怯かもしれないとは思うが。君は我等人刃族の王種だ。王種が傷付くだけで、我々には混乱が起きる。極力、御身を大切に」
「…………努力します」
「努力義務じゃなくて義務だからね」
「……」
ロキから承諾の返事はこなかった。ゼオンからすれば、理由は分かっている。
「……ロキ神の加護持ち、というだけで自己評価を下げる必要なんてないんだよ。君はよくロキ神の性質を抑え込んでいる。もう少し、自分を大事にして。これは人刃としてもそう思っているし、叔父としても思っていることだから、ね」
「……はい」
普段のロキからは考え辛い部分ではあるが、ロキの自己肯定感というのは基本的に低い。ゼオンがそれに気付いたのは、ロキの言葉の端々に感じられる言い回しや、極力客観的な話だけをしようとするところに気付いたからだった。
いざ回帰の記憶の整理をしてみれば、ロキの自己肯定感の下がるエピソードしか出て来ず、頭を抱えたものだ。今回はマシな方だ。今回で是非とも回帰を終わらせたいところではあるが、残念ながらゼオンは回帰直前の詳細を未だ把握できていない。先が見えず動けないもどかしさ、明確に知識だけをもって解決すべきところの情報を把握している転生者、こういった記憶周りのことで一番頼りになる姉が嫁に行ってリガルディア王国に残っていないこともあいまって、ゼオンは結局動けない。
ロキを王種として認める認めないに関わらず、王種が傷付くと同種の者たちには一定以上の乱れが出る。これは魔物系の種族である以上避けては通れない。公爵クラスが何人も動いて見届けたロキの進化には、それだけの力があったし、この王種、今は雛だが、この雛が死ぬところを何度も見た、気がする。
それはもう見たくないのだ。
王種としてはまだまだ弱いこの雛に、力を付けさせなければならない。だがその役目はゼオンにはない。それができるのは、この雛の父と、選ばれた”近衛”だけだ。
「……ロキ、魔物の討伐参加への口出しが不服だというのなら、私に圧勝してからにしなさい。本業が治癒術師である私ぐらいは倒してから行ってもらわないと、本当に参戦承認なんかできないからね」
「うぐ」
「メイスを使ってない義兄上と多少やり合えたくらいで調子に乗ってもらっては困るよ」
ごもっとも、とロキは小さく呟いた。ゼオンやアーノルドは加護持ちではない。それでもまだ加護持ちとはいえ子供であるロキに悠々と下されるようなことは、無い。ロキにとって家族は大きな超えるべき壁であった。
「子供の内から戦場に出るとかアンデッドを倒すとか、そういうのはそうだね、スクルド姉上に勝ってからにしようか!」
「どんどんハードルが上がってませんか、ゼオン叔父上」
スクルドは加護持ちであり、戦乙女であるスクルド女神の加護を持っている。戦女神は強い。軍神に分類される以上、戦乙女スクルドは人刃族と最も相性が良いタイプの神格であり、魔術型のロキ神の加護で越えるのは骨が折れる相手だ。だからこそ、ゼオンもその名を出した。スクルドに勝てるなら、逆に言うなら、何も心配いらないのだ。
「レイン、フレイ君も、ロキ君の無茶は止めるように。君たちが居ながらどうしてドラゴンゾンビに突っ込んだのか甚だ疑問だけれど、まあ多分ロキ君扇動系のスキル持ってるよね。人を動かす系のスキルがロキ神の加護持ちには多いから、気をしっかり持って。レインは、自分の意思で付いて行っちゃったでしょ。渡したアミュレットにはそういう扇動とか洗脳とか挑発とかが効きにくくなるような効果があったし」
一緒に指摘されてレインは縮こまった。フレイもバツが悪そうだ。
「……そして最後に、だけど。ソル嬢、ルナ嬢。君たちは、アーノルド義兄上が、セーリス男爵夫妻から預かった大切なお嬢さんたちだ。危険なことに首を突っ込みに行くのは止めておきなさい。本当に君たちだけでしか解決できないことって、本当はもっと少ないはずだよ。もっと周りを頼って。今回は、それこそ、もっと冒険者を募るとかでもよかったんだから。一番は、君たちだけで倒そうとせずに、戻ってきてほしかったけれど」
ですよねー、とソルとルナもちょっとバツが悪そうだ。加護持ちばかりだとその辺りの感覚が狂うからね、とゼオンは6人中4人が加護持ちであるこの場の子供たちを見やる。そっと守ってあげるのもまた、大人のやるべきことなのかもしれない。
「さて、報告ご苦労様。皆あとはゆっくり休んでね。ロキ君は特に、魔力のこれ以上の消費を避けること。足りなかったら魔晶石のストックをいくつか出すから、ちゃんと言うんだよ」
「……アリガトウゴザイマス」
ロキが最後カタコトになったのは、はいと言えというゼオンの無言の圧力があったからである。
♢
呪い状態を解くのは聖職者の十八番。
ロキは少なくともそう認識している。
ゼオンに続いてスクルドと合流したアーノルドは、ロキの状態を見て愕然としていた。アーノルドが伴って連れてきたデスカルとアツシの面倒ごとを見たような表情は、ロキに自分の状態が思ったよりも深刻であることを認識させるには十分であった。
「……ロキ」
「はい」
「……きつくなったら、解除しなさい。いいな」
「はい」
リガルディア王国では、というより貴族制の国家では基本そうだが、冒険者が貴族の子弟を傷付けることは認められていない。ロキの今回の、所謂呪いの肩代わり行為みたいなものは、ロキが死ねばそれだけでその原因となった冒険者たちをすべて処分しなければならなくなる。下手をしたらパーティ全員処分まであり得るので、ロキもそこまで粘るつもりは最初からなかった。
聖職者と一口に言っても、カドミラ教以外の宗教も存在するので、様々な宗教の神官や司祭が存在している。デスカルとアツシは冒険者ギルドに集められた聖職者たちと、件のヘルファングに噛まれた冒険者たちを眺めながら、ロキを間に挟んでの護衛の任に就いていた。
「ロキ、お前ホント、馬鹿」
「面目ない」
「冒険者なんか庇ってどうするのさ。大体ヘルファングとか、絶対それ以前に死人出てるだろ」
「状況が悪かった。今回はまあ、勉強料ってことで」
「たっかい勉強料だこと」
ベンチにデスカル、ロキ、アツシの順に座って、デスカルにあれこれグダグダ文句を言われているロキは、デスカルが言う事も尤もなので何とも言えない顔をしている。ヘルファングが突然現れたというのも考えにくいとデスカルは言うが、そこは分からないとしか言いようがない。メルヴァーチ領の内部のことなどロキは知らないからだ。
「お前ら魔力稼働なんだから魔力限界まですり減らすんじゃないぞ」
「……魔力稼働?」
「ロキは知らんか。魔力稼働って呼ばれるタイプの魔物は、魔力が生命維持の限界近くなると身体が動かなくなるんだ。ロキに分かりやすく言うなら、電池切れのモーター付きの玩具だな」
「マジかよ」
自分の状況が思ったより悪い自覚がだんだんと芽生えてきたらしいロキに、アツシがそっと手を握って魔力を渡し始めた。
「アツシ、甘やかすなよ」
「いやぁ、俺からしたら人刃って下位種族だもんよ。可愛いし可哀想だからちょっとね」
「あーあー」
ロキはありがたくアツシの魔力を頂くことにする。
「助かるよ、アツシ」
「いいってこと。デスカルのこれだって、お前さんのこと心配してるだけだしな」
「……ん」
デスカルはなんだかんだ面倒見が良いのでロキを放置はしないだろう、とアツシは笑った。デスカルは小さく息を吐いて、ロキの魔力を眺める。
「……今のロキの魔力量で、保ってあと10日ってところか」
「俺の魔力量でそんなもんなんですか」
「そんなもんだ、これだけの人数肩代わりしてたらな」
ベンチの近くに居た男がデスカルの方を向いて声を掛けてきた。
「その坊ちゃんの魔力量頼みってことか?」
「そうだよ」
「……10日?」
「ああ」
「それを過ぎるとどうなる?」
「ロキ坊ちゃんが魔力枯渇で死ぬ。分かり切ったことを聞くな」
男の問いにデスカルがけらけらと笑った。男は小さく嘆息し、自分のパーティメンバーの方を見やる。男のパーティメンバーは男自身も含めて、治癒術師以外がヘルファングに噛まれていた。比較的元気ではあるが、解呪ができるまでは動けないとここ5日ほどは魔物狩りにも出られないでいる。
「……そこでお貴族様のご慈悲が無くなると俺らは死ぬ、ってことか」
「そういう事だ」
そんなやり取りを見ていたロキはアツシに問いかけた。
「結構おおごとなんですね」
「まあな。そもそも、神子の使う魔法は2つの属性の複合魔法だ」
アツシはロキが積極的にアツシの魔力を受け取り始めたのを確認して話し始める。
「欠損魔法ってのは基本、終わりは欠損が戻るときで、欠損させ続けることに魔力を使う。つまり、本来サクッと一瞬消せば終わるはずの物を、今ロキは3日間消し続けていることになる。相手が魔物だから助かってるけど、これ人間が掛けたやつの時はするなよ。ホント、3日保てばいい方だからな。今回はもうしょうがないけど、5日以上やったらだめだぞ。死ぬからな。アウルムから聞いてる」
「……と、言う事は、やったことがあるんだね、俺」
「お前がそこまで身体を張るとなると、王子か懸想相手かゼロかアウルムってとこだろうよ」
アツシとデスカルの言葉を聞いて、ロキは小さく息を吐いた。きっとデスカルの言う通り、ロキは自分の大切な誰かのために身体を張って死んだに違いない。
「それにこれは確かに一個でも戻すと死ぬ可能性は高いな」
「だから今ヘイムダル曾御爺様が討伐隊を組んで出ていらっしゃる」
ヘイムダルは先ほど改めてヘルファングの掃討戦に出た。この後ロキの魔力が削られることが分かっているので冒険者ギルドでできるだけの対応をするためにここに集まっている。
「ヘイムダルが動いた理由も分かった。んでもってこっちには当の破壊属性持ちがいるわけですがね」
デスカルの属性は破壊と風と死であるといっていい。破壊属性というのは希少なもので、上手く行けば魔法陣や術式の破壊が狙える。デスカルが呼ばれたのは大方このためだろう。ロキは少なくともそう思っていた。そしてデスカルは、デスカルが居ることを認識しながら報告という形で動きもしなかったロキの頭に一発拳骨を落とす。
「!?」
「この馬鹿野郎! こういう時こそドルバロムを動かさなくてどうする! ドルバロムじゃなくても、ヴェンでもドゥンケルハイトでもよかった! 精霊の伝達網舐めんな!」
傍に居なくても呼んでくれればいいのに、とは帰宅後すぐロキの魔力の減り方が尋常ではないことに気付いたヴェンの台詞である。その後ロキはヴェンとドゥンケルハイトに構い倒されてかなり奪われていた風属性のマナの補給をした。
「そう言えば、ヘルファングは風属性なのか?」
「風が一番削られたか?」
「ああ」
「一番は”死”だがな。基本は火属性、ヘルハウンドの上級種だからな、ヘルファングは」
「それで風を巻き込んだのか……」
酸素供給みたいな扱いをされていると分かって、一応安心はしたが。何故風のマナだけ異常に減っているのかわからなかったときは、いくらロキでも恐怖しか感じなかった。
ついでに何やら皆が寒い寒いと言い出して何故か分からなかったのだがロキにレインがブランケットを掛けたら収まったらしい。何故自分なのか分からないロキだった。火属性のマナも一緒に奪われた結果、もうひとつのメイン属性である氷が表に出てきて冷えてしまったのだ。
「ま、効果が切れた呪いの術式からサクッと解除していく。ロキは休んでな」
「分かった」
デスカルに言われ、いよいよかとロキがアツシに寄りかかる。冒険者たちが不安そうな表情でロキの方を見ていた。
「アンタ、腕は確かなのか」
「黙りなクソガキ。ヘルハウンドとヘルファングの差も分からず突っ込んで行って。呪いを受けてその日の晩にくたばってりゃよかったものを、ロキに感謝しろ。お前らの命を繋いでくれてんのが一番教会に晒されちゃならない人間だってことに気付いてんのか?」
冒険者の1人が口を開いて、デスカルに厳しく言い返された。デスカルの言葉はけして男の問いへの答えではなかったが、男は口を噤む。
神子の力をロキが使ったのと同時に教会の人間がやたらロキに接触しようと動いたり、ロキに声を掛けているのを見ていれば、教会の服を着ていなければ誘拐犯以外の何物でもなかったからだ。ロキは「行きません」「いりません結構です」ときっぱり断っていたものの、誘拐犯にはそういうことは関係ないだろうということは男にだってわかる。
自分たちの治療のために教会に助力を得ねばならず、教会にわざわざロキが出向いたらしいことをスクルドから告げられた時は肝が冷えた。スクルドが怒り心頭だったのだ。教会からずっと守ろうと遠ざけてきた子供がわざわざ教会に足を運ばねばならないなどスクルドは激昂するに決まっていた。
それでも行かせたのは危険がないことを予知で見たためだろう。
現在集会場にはロキたち以外に、藤色の髪に群青の瞳の少年と金髪碧眼の少女がいた。2人はナツナとカルディアと名乗り、それ以降彼らは一切口を開いていない。
空気を読んでいるというべきなのだろうが、カルディアに関してはギルド内の雑貨屋を見ているのでそうとは言えないかもしれない。
実際は元々口数が多いため黙っとれと言われて僕が黙ってられるわけないでしょその辺ほっつき歩いとくけどいいよねという会話がデスカルとの間になされていたことをロキは知らない。
「デスカル、お話終わった?」
「ああ」
カルディアが戻ってきて、じゃあ、と言ってロキの方を見る。
ロキはナツナとカルディアを見た瞬間、ああこいつら上位者だなと思っていたのだが、カルディア側からすればロキは既に自分たちの近くまで来ている存在であった。
「下位世界でよくもまあここまで育つもんだよねー」
「ああ、まあここまで来るともうお前らのとこでも生きていけそうだけどな」
デスカルとカルディアは特に目を合わせるでもなくそんな言葉を交わし始める。男たちには分からないだろうがロキには分かってしまう。この2人はかなり付き合いが長い。しかも、結構希薄な、それでいてお互いのことをある程度知っている程度の。
「あ、言っとくけど僕の故郷、普通にミスリルとかオリハルコン高いからね!」
ロキを指差してカルディアがそう言い放ち、ロキは小さく頷いた。つまり、お前らの世界より上だがデスカルたちほどぶっ飛んではいない、ということだろう。
ロキが正確に理解できたと確信したのか、カルディアが笑った。
「これが“黒”になるんだと思うと、変な感じだなあ」
「お前ネロキスクに会ったことあったのか」
「あれ、もう名前バレしてるんだ? 僕の移動法特殊じゃんか。途中でばったり会っちゃったよね」
「叱られたか?」
「ううん。お茶出された」
「ロキと反応が同じだな」
ここにカルディアが出て来た時、実はカルディアはかなり遠くにいたため手持ちの剣を振るって特殊な移動をしてきたのだが、そのカルディアを見たときのロキの反応が、笑顔で「お茶、お持ちしますね」だったのだ。
「ネロキスクってどんなやつなんです?」
ロキが問いかければ、カルディアはうーん、と少し悩んだ。
「あんまり喋ってないんだけどね。僕、本体にしか会えないから」
「本体……井戸の中にいるやつですか?」
「ううん。泉のある森の中にいるやつだよ」
「エルドラド泉か」
「あ、そこそこ」
「あいついつの間に本体移動したんだか」
「一個可能性だったものが消えたんじゃない?」
「かもしれんな」
デスカルとカルディアの間で交わされる言葉のテンポは早い。ロキには詳細は分からないが、上位世界の地名で泉の名前なのだろうということは理解できた。そしてそれで考えるなら、おそらく消えた可能性は。
「……令嬢ロキは、だめだったんだな」
「……お前の中にいたあの子だね?」
「……はい」
ぽん、と軽くアストに頭を撫でられる。
「気にするな。あの子だってわかってたさ。もうあの子は終わった世界線、時間軸の人間だった、それだけだ」
「……ああ」
ロキはカルディアを見る。カルディアはネロキスクかー、と小さく唸って、ああそうだ、と小さく呟いた。
「人をおちょくるのがとっても得意だよ。スピカがガチギレしてたし」
「スピカの加護を貰っておきながらスピカをガチギレさせる。なんつー度胸だよ」
「まあスピカは約束を反故にしないからなー」
スピカ、時折話題に上る名であり、ロキも一度は会ったことがある。生真面目な人、というのがロキの印象だった。デスカルたちの口調からして恐らく神なのだろうとは分かる。しかしロキが見たスピカはロキのイメージする神というものよりも浮世離れした感じが何となくしないのだった。
「後は、そうだね、幸薄?」
「お前とアレスにだけは言ってほしくない台詞だな」
「お前から見て幸薄ってどんだけだよ!」
「まああんだけループして擦り切れてたらそう言いたくもなるけどなー」
ナツナまで口を開いた。というかループして公開処刑だのなんだの言われているロキを幸薄と形容して「それお前言えんの?」という反応を返されるカルディアとアレスなる人物の過去について聞いてみたくもなる。しかもそのアレスという名前はフォンブラウの系譜に居なかっただろうか。親戚に居た気がする。何も聞かないが。ここは地雷源のような気がするロキだった。
「だってさー、一番よくても戦争で戦死だよね? ネロキスクの従者から聞いたよ?」
「ゼロのやつ……!」
「あ、あの赤黄の目のやつそんな名前なんだ。戦死、国外追放、首吊、毒杯、ギロチン、これくらいかな? あと婚約者庇って死んだりとか聞いたぞー」
「なんかすごく胸が苦しいんだが……!」
カルディアにいろいろ死因を言われて実際息苦しさを感じたロキだった。うまく呼吸ができないというべきか。これは多分トラウマだ。過呼吸になったりはしないが、何となく部屋の隅で震えていたくなる気分である。
「トラウマになっててもおかしくねえのに何度もそこに進むあたり、ロキってのは本当にお人好しというか。損な役回り進んでやるのやめとけ?」
「……分かっていてもそうなる場合は仕方がなくないか?」
「逃げんな。こう、お前本当に普通の転生者っぽくねえよな! 悪役令息でもないし主人公でもないし!」
「でもメインキャラクターだよな」
「ストーリーに絡むから普通にキャラ紹介に出てくるタイプのアレだわ」
デスカルの言葉に辛うじて返したロキに更に言葉が降りかかってきた。前世の知識でもわかる表現を使ってくるあたり、彼女らが人間に慣れていることを窺わせる。ロキは苦笑を浮かべた。
♢
「――そこで俺がこう、ガーン! っとな、魔術をぶちかましてやったのよ! あいつの顔といったら!」
「わはははは! お前のその話3回目だぞ!」
「じゃあ面白い話なんか持って来いよー!」
「えー、じゃあ俺のとっておきの話してやるよ!」
何もすることが無いので集会場で食事を始めてしまったロキは、なんだかんだで庇った冒険者たちの所へ向かい、彼らに言葉を掛けている。皆で顔を突き合わせているときに辛気臭い顔は嫌だと思ったのだろう、ロキはこの場の全員分の食事代を持つと言って真昼間からエールの樽を開けさせた。
酒が入れば冒険者たちは多少なりとも辛気臭い顔は止めて、自分たちの持つ自慢話を近付いてきたロキに聞かせる。ロキは近くでジュースを飲みながらふんふんと話を聞いていた。貴族らしい振る舞いはなりを潜め、酔っ払いと一緒にゲラゲラ笑えるぐらいのこの場への適応力がロキにはある。これを適応力というべきなのか、素が出ているだけと思うべきなのかは、正直分からない。
「あッはははは!」
ロキが声をあげて笑うのを、最初の方こそぎょっとした目で見ていたギルドの職員たちも、そのうち慣れた。酒の誘いと腰に回される手からはするりと逃げて、最後にデスカルとアツシの所へロキは戻ってくる。
「飲んでる?」
「職務中なんで酒は飲んでねえですよ」
「いただいてまーす」
「なはははは! じゃあデスカルは帰ってから飲もーぜ!」
「おい未成年……」
デスカルとアツシで対応が違うのが面白いのか、完全に酔っ払いの空気に中てられているのか、ロキはまだゲラゲラと笑っていた。
いや確かに、何歳未満は飲んじゃいけませんとかそこまで厳しく決まってはいないが。
ロキが元々いた位置にスポッと納まった時、丁度ロキの周りで細い魔力の戦が砕けたようなエフェクトが発生した。
「お?」
「ん、ヘイムダル閣下の方も終わったみたいだな。おーい、そこの聖職者諸君、ちょっと手伝ってくれたまえ」
デスカルはすぐに教会の人間を呼んでロキの周りに聖職者たちを立たせる。デスカル本人も一応聖職者としての技能はあるらしく、今回はメインで解呪に当たってくれることになっていた。
「大丈夫?」
「んー、なんかむずむずする」
「魔力がざわつくからなぁ。楽な姿勢で居ろよ」
「ん」
アツシに寄りかかって納まりの良い所を探したロキが動かなくなると、デスカルはロキに見入っている聖職者の後頭部を引っ叩いて手伝わせ始める。デスカルはある程度ロキが引き受けた術式の解読を終えていたらしく、あっという間に術式は解体されていった。
「よし、ロキ、欠損解除していいぞ」
「了解」
ロキはデスカルの合図でずっと抑え込むために放出していた魔力を止める。ロキの中では、欠損魔術は魔力の消費がそこそこ低く抑えられているおかげで、今回の無茶にも耐えられたのだと理解していた。
『パパ、大丈夫?』
「ん。すごく楽になった」
ドゥンケルハイトことドゥーが心配そうに声を掛けてきたのでロキはそれに応える。どうやらロキの様子が気になってずっと傍に居たらしい。ドゥーを撫でてやっていると膝に乗ってきたので、そのまま膝に乗せて撫でてやった。
しばらくしてヘイムダルが帰って来て、ことの詳細をデスカルたちから聞く。何せ下手したら曾孫が死ぬかもしれないという状況で掃討戦に出て、帰還してみたらギルドに広がっているのは酒の入った冒険者たちなので。
「……うむ。ロキ、御苦労だった」
「お役に立てたのならば光栄です」
「ふむ。では今夜はバーベキューでもするかな。野菜買ってこい」
「「「「「はっ!」」」」」
冒険者ギルドで酒が入ってのびている冒険者たちはまあ、十中八九ロキが潰したか勝手に潰れたかだろうことが察せられる。ロキは特に沢山食べたという事でも無いようだったので、別に病気だったわけではないが、快気祝いでもしてやろうとヘイムダルは考えた。何やら今夜は家族総出でバーベキューパーティになるようだということに気付いたロキの目がキラキラと輝く。そもそもロキはバーベキューも焼肉も大好きな部類の人間だ。主に前世の所為だが。
とはいえちゃんと理由はある。特に、部外者であるため客として扱われ、縦長のテーブルに順々に就くためロキやレインとは全く顔を会わせないソルやルナとも喋ることができるのだ。
「……ロキがこんなに喜ぶならもっと早くやるべきだったな」
「え、あ、いえ、」
「いつもより目が煌いているのが丸分かりだ。さあ、帰るぞ。ネイヴァスの御仁らもいらしてください、人数が多い方が楽しいでしょう」
「ではお言葉に甘えさせていただくとしよう。青いのがナツナ、私の双子の兄だった。金髪のはカルディア。まあ、神剣の所有者だ」
「ヘイムダル・メルヴァーチ。もう当主はとうに退きましたが、曾孫がお世話になっております」
「こちらこそ、お世話になってますよ」
ヘイムダルと共に出ていたレインやスクルドが合流してきてロキは抱き締められる。ヘイムダルと言葉を交わしてデスカルはそのまま場所をレインたちに譲り、メルヴァーチ邸への帰路に着いた。




