6-15
2024/11/26 加筆・修正しました。
「兄者は、50年くらい前にいなくなっちゃったんだけど、それ以来ずっと探してる」
「あれ、もしかしてコウキ君ってめっちゃ年上?」
♢
コウキ・ルディナ、イミット族。ゼロのクラッフォンのように苗字として存在する苗字ではなく、竜型の親の名だという。ルディナは母親の名だとコウキは語った。
「まあまさか、兄者のこと、探してくれる人が他に居ったとはなぁ」
「こいつ、単独で探しに行くと大体死ぬんだもん、ついてくしかないじゃない」
パーティメンバーから当然の心配の声が上がり、コウキは苦笑を零す。話を聞きながらそうなんですね、大変そうだな、など相槌を返していたロキは、コウキのパーティメンバーの1人だけがループを認識しており、他のメンバーは認識していないことを確認した。
「夢だろもん?」
「夢じゃなかとよ」
「夢じゃ夢じゃ。コウキが死ぬたぁ縁起ん悪か。なしじゃ」
この調子だとコウキは覚えていて、パーティメンバーの1人だけ同じく覚えており、他は覚えていないので、コウキ的にはこの1人にパーティに居てほしいのだろう。ロキは改めてコウキに、大変ですね、と返した。
「何で死んだか覚えてないから何とも言えないんだよ……」
「あー……」
探すのには散開した方が良いのだが、相手が相手であるので、皆で固まってドラゴンゾンビを探す。コウキのパーティメンバーは皆大人で、そもそもコウキも大人だと考えれば当然の年齢層だったかもしれない。コウキに実年齢を聞いたらやはり50を超えていたのでパーティメンバーの中では最年長だそうである。
ドラゴンゾンビも魔力を探知はするが、存外脆く、遅いので、コウキのパーティメンバーの魔術師に探知をしてもらいながら進んだ。ある程度の範囲を一気に探知できる魔術師だったので、存外早くドラゴンゾンビを発見することができた。
「いた」
魔術師に探知した方角を指差され、皆でそちらを見やった。ソルが目を凝らした。
「いたわ」
流石は太陽神の加護、視界が広い。ソルの視界というか、視力の良さに驚愕を隠せないコウキのパーティメンバーと、太陽神の加護持ちですからね、とあたりさわりのない回答をしたソルを横目に、もう少しはっきり確認できるところまで行こう、とルナは言い、また歩き出した。
今回ロキは、コウキが兄を探しているという割には軽装なので、ゾンビ化のリスクを把握していない可能性を考慮している。早い話、コウキはゾンビ化すると前後の記憶が無くなるのではないかという話だ。実際話をしてみてその線が濃いと考えたロキは、フレイに自分がやろうとしていることを伝え、コウキ及びパーティメンバーにも強化魔術でのサポートを行うことにした。移動速度を上げたり、他の魔物に見つかりにくいようにするなど、サポートの幅は広い。
フレイとレインはロキがあまり魔力を消費しすぎることを警戒したが、ロキはこれくらいなら大丈夫と言い切った。ソルとルナも気にはしているので、誰もロキがかなりの魔力を毎秒消費していることについては忘れていなかったらしい。
だからこそ、ロキはコウキの兄を早く見つけ出すべきだと言った。早く街に戻りたい、と。
調査が目的とゼオンに言った。でも本当の目的は、ドラゴンゾンビ本体の浄化だった。そうしなければ、新鮮なドラゴンゾンビが生まれる。そうなってからでは遅い。
ドラゴンゾンビの居る方へ歩いていくと、少し遠くに大きな穴が見えた。そこからこの近くまで来て、今向かっている方向へ方向転換したらしい。ドラゴンゾンビが歩いた跡が、黒くしなびたまばらな草が、茂ってまでは居なくとも確かにあった下草を枯らし、腐らせ、植物のものだけではない腐臭を放ってそこに広がっていた。
フレイは直感的に思う。自分にとってはこれは良くないものだと。
「……フレイ兄上、直接触れる様なことだけはしないでくださいね」
「……ああ、分かった」
植物を枯らしたその力は、豊穣神には大きなダメージを与え得るものなのだろう。ロキがフレイが来ても危ないといった意味を漸くちゃんと理解できた。
土が腐っていく。大地が死んでいく。黒く染まっていく地面は広がり続け、ドラゴンゾンビの放つ瘴気の範囲も広がっていく。小さくコウキが呟いた。
「なんだよこれ……」
コウキのパーティは今日、薬草の採集クエストを受けて外出していたらしい。つまり、ドラゴンゾンビとやり合うにはコウキたちは軽装過ぎる。そもそもコウキからすれば50年も前に居なくなってしまった兄が見つかればいいなくらいの感覚で探しているだけのようなので、致し方ないのだ。
古戦場は基本的に戦闘が避けられる場所ではない。そもそもアンデッド系の魔物は生命力探知といって、ゲーム的に言えばHPが削れている状態、現実的には走ったり戦闘後で疲労していたり、怪我をしているなどの状態になっていると近寄ってくる性質を持っている。その中でもドラゴンゾンビは生命力探知に加えて魔力に反応しやすいので、魔術を近くで行使すると位置がバレる。
「……もうすぐかけたバフが切れます。離脱するなら今の内ですよ」
「……ここで離脱したら、また兄者を見失う」
「コウキ、それで毎回死んでんの、せめて聖職者と一緒に来るとかしないと駄目」
ロキの言葉にコウキは引かず、魔術師が眉根を寄せた。フレイが口を開く。
「ロキ、今回は調査が目的だったが、どうする」
「このまま浄化まで持って行きたいな。一応聖水は持ってきてるし」
ロキは道具の準備をしっかりしていた。もともとロキ本人はここでコウキの兄をどうにかするつもりでいたのだから当然だが。ロキはレインの方を見る。
「レイン、一応お前にも伝えはしたけれど、どうする、ここでこのまま交戦していいのか、どうか」
「……」
レインはドラゴンゾンビを見つめたまま少し止まって、その後ロキに視線を移した。
「メルヴァーチ領は寒冷だから、どうせあのドラゴンゾンビが移動していったところで腐って破損したり欠損による弱体化は望めない。それにあんなに瘴気が強いんじゃ、障る人が出てきてもおかしくないよね」
「ああ。俺もここまで瘴気が濃くなっているとは思わなかった」
「メルヴァーチ領に【ターンアンデッド】が使える神官は今いないはずだ。思ったより移動速度も速いし、ここでどうにかしておきたい」
「分かった」
レインとロキのやり取りで、この場をどうするかは決まった。
ロキはソルとルナの方を見る。
「ソル、ルナ嬢、あのドラゴンゾンビをここで仕留める。いいかな?」
「分かったわ」
「はい」
腐敗の範囲が広くなるほど戦闘にも支障が出る。ドラゴンゾンビの腐敗は闇属性に起因し、呪いのような効果も持ち合わせているのでとても厄介だ。この場でドラゴンゾンビの腐敗が効かないのはロキのみである。
「……同胞がああなっているのは辛いかい、ゼロ」
「……ああ」
ロキがアイテムの最終確認をし始めたのでフレイはふとゼロの方を見た。もともと無表情に近いのでわかりにくいが、多分しかめっ面に近い表情をしている。
ドラゴンゾンビももともとイミット族とのことなので、思うところがあるのかもしれない、と思ったフレイはゼロの背を擦ってやった。
「……俺も、ああなるのかな」
「……!?」
ゼロの呟きにフレイは目を見開く。そんなことがあるというのか。ロキが付いているのに?
「……ゼロ、それはどういう」
「……俺も、ああなるかもしれない。ロキたちを、害するかもしれない」
ああなってしまったらきっと、もう何もわからないんだろうな、とぼやくゼロに、フレイは二の句が継げなくなった。するとロキがアイテムの確認を終えて視線を上げる。
「ゼロ、お前がそうなったらきっちりケリを付けてやるよ。ただし」
ゼロも視線を上げた。ロキはゼロの目の前に立つ。
「ヘル女神がついてる俺以上の死霊術師なんざ居ねえけどな?」
「!」
ゼロが少し安心したように表情を和らげた。ソルとルナもアイテムの確認が終わったのか鋭い声が飛んで来る。
「ロキ! ゼロとイチャついてないで行くわよ!」
「準備完了です!」
「ああ、悪いな。行こうか」
ロキ、ソル、ルナが走り出し、その後に続くようにレインとゼロ、フレイも走り出した。コウキのパーティも後から追ってくる。
ロキたちに尻尾を向けていたドラゴンゾンビは、ロキたちの接近と共に振り返った。恐らくだが、ゼロとコウキの竜の気配のせいだろう。竜種は存外同族の気配に敏感で、ドラゴンゾンビになっても、近くに同族が居ることくらいは分かってしまうらしかった。
近付いて見るドラゴンゾンビは、50年前にゾンビ化したにしてはまだかなり肉が残っている。赤い眼光は、元々赤目だった名残だろう。黒い鱗は黒かったというより変色したようだ。方向転換のためにその場で足踏みするだけでどしん、どしんと地面が揺れる。
「それ以上来るな!」
ロキが声を上げ、コウキが止まった。ソルとルナが左右に分かれる。ドラゴンゾンビの赤くぞわぞわと悪寒を這わせる視線に中てられた。咆哮とともに腐肉が飛び散り、酷い臭気が辺りを覆う。わずかに覗く肋骨の間から、人の手のような細く白く長い手が飛び出してきた。ロキは魔力の配分を考えながらドラゴンゾンビへと火球を放つ。
「兄者ぁ……!」
コウキが声を上げると、ドラゴンゾンビがコウキを見た。
「げ!」
「声に反応したわね」
「拙いでしょこれ!」
レインがコウキの手を引っ掴んで走る。ドラゴンゾンビはコウキが居た所にめがけて走り込んできた。
「うわ」
「ひえ……」
コウキの足が砂地を引き摺る。レインはここにあまり長居したくない。ロキたちが策があると言っていたのでついてきた。ドラゴンゾンビは早々に浄化するべきだと頭では分かっているから。
「レイン様、コウキさんを連れて逃げててくださいね!」
「あーもう、ゲームのイベントとリアル戦闘って勝手が違うのよね!」
ルナとソルの言葉にレインはコウキを引き摺ってそのまま後退した。敵はドラゴンゾンビだけではないのがなんとも言い難い所である。いつの間にかレインの後方に居たアンデッド型の魔物に気付いたコウキが魔物を吹き飛ばした。
「! ありがとう」
「いやいや、こちらこそ。ちょっとあれは正気を失いそうになるね」
「そうですね」
レインとコウキは改めて武器を構える。ドラゴンゾンビの相手はロキ、ソル、ルナがやるらしい。名前を聞いた限り3人とも加護持ちで、それならばドラゴンゾンビ1体ならばどうにかできるとこの場の全員が思った。だからそれぞれ対処を別のものに絞った。
フレイ兄上はコウキさんのパーティの所へ、とロキが言うのでフレイはコウキのパーティメンバーの方へ寄って行く。本当は弟たちのサポートをしてあげたかったのだが、どうにも今回はあまり役に立てないらしい。
ロキはサポートに徹するためゼロが護衛で付いて回る。囮になるときは少し前に出て、得物の刀でとんで来る細く白い腕を切り飛ばした。切り飛ばされた腕はそのまま霧散するが、次の手が新たに生えてくる。
ドラゴンゾンビが緩慢且つ豪快に腕を振り上げた。巨躯から繰り出されるそれは、受けたらひとたまりもない。ゼロは飛び退きロキも横に回避行動をとった。振り下ろされた手の周囲が黒ずむ。砂を構成するはずの小さな粒が砕けていく。地面が砂から乾燥した泥のようになっていく。辛うじて生えている草が腐敗した。
「思ったより近付けないんだけど!」
「尻尾と羽が残ってるのが面倒だよぉ!」
ドラゴンゾンビは元の種類が何であれ光属性及び火属性を苦手とする。とはいえ、元々火属性の竜には光属性や火属性は効きにくく、ドラゴンゾンビになったとしても高い耐性を誇ることを忘れていると痛い目を見るのだ。コウキは火属性に分類されるバハムート型であり、兄も同じくバハムート型だという。【ターンアンデッド】自体が効きにくい可能性が高かった。
その中で、少しでも安全に術を行使し浄化するためには、動きを止めなければならない。そこで出て来た問題が、ゾンビ化しているにもかかわらず五体満足に近い身体を残しているドラゴンゾンビであった。
翼が片方無くなってはいるが、両手両足は健在で、尻尾も残っている。正面に居ると酸性のブレスを吐いてくると事前情報を持っていたソルとルナは側面に回り込んだのだが、近付こうとすると羽を尻尾をばたつかせるのでなかなか近づけなかった。
「弓の方が良いかしら?」
「弓射る時間ないよぉ!」
ソルとルナでは近接戦はソルの方が遥かに強く、弓のフレームで攻撃をある程度捌くことも出来るが、ルナはそこまでの近接戦闘能力は備わっていない。【ターンアンデッド】は光属性の魔術であり、ソルは使えないので結果的にルナに無茶をしてもらうことになってしまうのだ。ソルが盾になってもルナの弓ではドラゴンゾンビに対して火力が見込めず、術の準備も考えるとルナが前に居た方が良い。が、ルナは盾になれないのでどうにもならない。
フレイは湧いてくるアンデッドを切り捨てながら様子を窺っていた。ドラゴンゾンビが腕を振り上げ、同時に尻尾を振り回しているのでソルもルナもロキも上手く立ち回れずにいる。ロキは気付いているようで、ゼロに何か指示を飛ばした。
ゼロが尾の方へ回り込む。次の瞬間、尻尾がちぎれたように吹き飛んでいった。
「!」
「やった!」
「ルナ嬢、ゼロに【キュア】を!」
「はい!」
ゼロがドラゴンゾンビの体液を被ったらしいことを察する。処置が遅れるとゾンビ化するし、粘膜をやられると助からない。一旦離脱したゼロには状態異常の回復ができる【キュア】の効果が掛かっていた。ロキから小瓶を渡されて中身を被っているのも見える。
改めてドラゴンゾンビを見やると、肋骨の間からほっそりとした生白い手が一本突き出ているのが見える。恐らくだがその腕の持ち主が、コウキの兄なのだろう。それ以外の腕がぼんやりと幽霊じみていることを考えると、物理的に存在していそうな腕は、それが本体だと主張しているようにも見えるのだ。
本来であれば全て焼き払うべきだが、相手は焼き払うのに時間がかかる火に耐性のあるバハムート種のドラゴンゾンビだ。ロキが一番火にもこの腐敗の原因たる闇にも耐性があるのでロキが残るのが望ましいが、魔力配分上よろしくない。ここで完全浄化が望ましい。
尻尾が無くなったことでどうにか体勢を立て直せたソルとルナがロキの所へ寄ってくる。ロキはできれば羽も切り落としてしまいたかったが。
「ソル、ルナ、やれそうか」
「私じゃ滅茶苦茶時間かかるわよ。30メートルもあるなんて聞いてないわ」
「流石に一撃でターンアンデッドとはいきそうにありません」
ロキの問いにソルとルナはそう返した。わかっていたが、どうしようもない。リアルだと水属性がいたところで役に立たないのもそうだが、ドラゴンゾンビをリアルで倒せなどと言われてもゲームではないのだからサイズも間合いも自分たちでどうにかせねばならない。
「ロキ様、氷を鏡みたいにはできない?」
「ん、できるよ」
「光を集めて補助にします」
「あ、了解」
ルナがやたら真剣にドラゴンゾンビに対処しようとしているのを見ていると、ルナがコウキにドラゴンゾンビになってほしくないと思っているのだろうなと予想がつく。
それにしても、ロキは小さく息を吐いて顔をしかめた。腐敗臭が、鋭敏化しているロキの嗅覚にはきつすぎる。
バハムート種は火を吹くが、ドラゴンゾンビは一般的に毒を吐く。毒は様々だが、酸を吐くこともあるので人刃とて血が薄まっているなら警戒するほかない。ロキは状態異常無効ということで、まず効かないのだが。そしてソルとルナのおかげで、このドラゴンゾンビは酸のブレスを吐くと事前に分かっていたので正面を避けての戦闘となっている。
ドラゴンゾンビの身体に生えている無数の腕は何かを求めるように蠢き、近くに立っている人間の気配を察知してかソルとルナに向かって伸びる。
「風はなく、水面は澄み、遠目に眺む。【凪】」
「光をドラゴンゾンビに集めて! 日中だから光さえ集められればなんとかできるはず!」
ロキは透明度の高い氷を生成して角度を付ける。氷の器も作って地面が水を吸い込んでしまうのを防ぎ、さらに氷から水を生成して光を反射できるようにしていく。ルナの言葉に従うのが今は一番良い。ロキは光を扱えないこともないが、魔術適性が真逆なため、あまり燃費が芳しくないのである。光を扱える人間は、どう足掻いても希少なことに変わりはなかった。
ドラゴンゾンビが大きく一歩踏み出した。長い腕がロキたちに伸びる。ドラゴンと違い鱗の耐久性はほとんど失われ、鉄の武器でも切り裂くだけなら可能になっていたようだ。ロキはハルバードを構え、正面から横薙ぎに払われたドラゴンゾンビの腕を切り飛ばした。
ドラゴンゾンビはうめき声をあげる。痛覚はない。片目がどろりと落ちて、べしゃと音を立てた。落ちた片目の付近が黒ずみ、弾け飛んだ何かが更に草を腐敗させていく。切り飛ばされた腕は単独で動き始め、ソルがそれを燃やした。
人間サイズの細い腕が、剥げた体表から伸びている。骨より内側から出てきていはしないか。まるでドラゴンゾンビに縛られたかのような。
「先日のペルセフォネの件以外にも何かあったのかもしれないな」
「そうね。そこはまあ、ゼオン閣下に任せておきましょ」
「ああ」
直接触れられるなよ、とソルとルナに念を押して、ロキはドラゴンゾンビに更に切りかかる。ドラゴンゾンビと自分のいる場所の下に氷と水を張れば、日中の今、日光を反射して、必然的にドラゴンゾンビが照らされた。
「今!」
「ロキ様どいて!」
「死者に安らかなる眠りを、この祈り届かずとも!【偽・死者返還】!」
柔らかな光がドラゴンゾンビを包みこんだ。飛び退いたロキは小さく息を吐いてドラゴンゾンビを注視する。うねうねと動き続ける手が徐々に消えてゆくのが見えた。
ルナは聖職者の類ではないため、疑似的な聖魔術しか使えないものの、かなりの威力を備えている。ソルがあたりを警戒しながら、周囲のアンデッドを焼き払っていった。
「ロキ、アンデッドはあとどれくらい?」
「20くらいか」
コウキとレイン、フレイとコウキのパーティメンバーがかなりの数を相手してくれているので大幅に数が減っていた。ロキも炎で1体ずつ丁寧に焼いていく。ロキが魔術で焼き払ったゾンビは炭化していった。光の柱が収まり、ドラゴンゾンビの遺体を調べるために近づいて行ったルナを見てか、レインたちが戻って来る。
「もういいのか」
「ああ。あとは浄化ができる人に任せるしかないね」
♢
ルナは浄化の終わったドラゴンゾンビに触れる。もともと光属性のため多少の浸食は自力で回復できるのだ。
ロキとソルが周りの掃討をしている間に調査を済ませる。本当ならばコウキから出された依頼で改めて倒しに来るはずの、彼の兄。しかしここで食い止める。ゾンビを増やすわけにはいかないのだ。
ゆらりと揺れて、手が伸びる。白い腕。ルナはその手を握って、「もう大丈夫」と告げた。
白い手はルナの手を握り、そのまま消えていく。泡のような光になって、空に溶けて行った。
ありがとうなんて聞こえない。
そんな力は向こうにもこちらにもありはしなかったのだ。
「終わりましたよ」
ルナが見送った竜の魂と、残された遺骸。コウキが近付いてきて、崩れ始めたドラゴンゾンビを見つめた。黒い靄に覆われて、よく見えなかったその姿だったけれども、彼が兄であることは、コウキには分かっていたらしい。
兄者、と弱々しく口に出した言葉に応える者はもういない。
今回はドラゴンゾンビが増えることは免れたのだけれども、コウキの兄が亡くなったのが50年も前の話では、ロキたちに打てる手などほとんどないのだ。
コウキはドラゴンゾンビが崩れていくのを見ていた。
ロキが合掌して祈る。それを見てレインやゼロも合掌した。
皆でコウキの兄の亡骸を弔うために踏み込めば、小柄な人型の骨がそこにあった。イミットは竜形態になった時、その中に人間の姿の骨格が残る。身長はおよそ150センチ、まだイミットとしては子供だっただろう。
未発達な身体の方が浸食を食い止める手立てが少なく、アンデッドになりやすい。そこから大地に流れる魔力を食って、30メートル級まで成長したと考えると、50年は決して短くない時間だったのだと分かる。
じきに崩れて消えてなくなるであろう人型の遺骨に改めて合掌し、囚われていた魂の冥福を祈った後、ロキは踵を返した。
「戻ろう。これ以上俺たちにできることはないし」
「そうね」
「はい」
ロキが声を掛ければソルとルナが反応を返し、レインとフレイも無言で付いて来る。
ゼロだけがコウキの方を見て言った。
「気は晴れたか」
「……うん。ありがとう、クラッフォンの」
コウキはしばらく泣き止まないだろう。人骨も崩れ始めたことで、何もそこには残らなくなる。風に吹かれて骨が砂になっていくのを見届け、先に去っていったロキたちと同じく、街の方へとコウキたちも歩き出した。