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2021/07/06 大幅に加筆修正しました。
「カイゼル伯爵家から招待状が来てたよ、ソル」
「はーい」
朱色の髪の少女が、双子の妹と図鑑を見ていた。父親がそこに声を掛けると、2人とも図鑑から顔を上げる。
セーリス男爵家、有数の薬師を輩出してきた血統を組む彼らの髪は、赤い。リガルディアでは当然だが、赤い髪は基本火属性を発現する。
双子の妹の方は、蜜柑色の髪が美しい。双子は顔はそっくりなのに属性が分かれてしまった、なんて話はよくあることだ。この双子もそうだった。蜜柑色の方は、光属性が出るだろう、と父親は推測している。
ソファに座って招待状を眺める朱色の髪の少女の手元を覗き込む蜜柑色の髪の少女。仲の良い姉妹。双子を忌み嫌う国でなくて本当によかったと思う。
「しょうたいじょう、ソルだけ?」
「うーん、そうみたい」
招待状に目を通した朱色の髪の娘は妹に告げる。
「これ、私だけで行く」
「やー! ルナもつれてってー!」
双子だが、姉・ソルの方は随分と大人びている。ルナは甘えん坊で、ソルにべったりだった。もう5歳は迎えているのだが、ソルがしっかりしている分甘えたになってしまったようだ。ソルはそんなルナを撫でて、手紙の縁の装飾を指でなぞる。
「ソル、少し見せてくれるかい」
「良いですよ、お父様」
ソルの父――リンブル・セーリスがソルから手紙を受け取って、縁の紋様に視線を落とす。
「……シンシア、この部分はメッセージのようだ」
「まあ、なんですって?」
母親――シンシアが驚いて手紙の紋様に視線を向けた。読めない、が、文字が書かれていることだけは分かる。知らない言語の文章のようだ。
「……ソル、もしかしてこれが読めるの?」
「はい。前世で使ってた言語ですし、その手紙を出した方に心当たりがあるので、できればルナを置いて行きたいんです」
「……」
ソルは転生者だった。割と転生者の多い国であるリガルディア王国で、よく転生者として覚醒するのは位の高い貴族ばかりであったからうっかりしていた。男爵家であるセーリス家も元はと言えば高い位の貴族だ、転生者が覚醒したっておかしい話ではない。少なくともカイゼル伯爵家の令嬢が転生者である可能性を露呈させてまで送ってきた招待状である。無碍にはできない。
やだー、とルナが声を上げる。シンシアはソルの目を見て、小さく息を吐いた。ソルの目には強い光が宿っていて、こうなったらてこでも動かないことをシンシアは嫌というほど知っている。
「……ソル、相手は伯爵家だからね」
「はい、分かってます」
「……よろしい。必要な物はある?」
「あ、では緑の便箋を」
シンシアとリンブルでは読めない文章の中に、便箋の色指定があったようだ。家を支え、尽くしてくれる老年の執事に言うと、彼は便箋を買うために家を出て行った。
♢
ソルが行くことが決まったカイゼル伯爵家の茶会は、他にロッティ公爵家の娘ロゼと、フォンブラウ公爵家の子ロキが招待されていた。ロゼのロッティ家はこの時期領地に帰るはずだとリンブルが言うので、ロッティ家の参加はない可能性が高い。逆に、フォンブラウ家のロキもまた茶会への参加は初めてになるので、参加するかどうかわからない、とも。
カイゼル伯爵家は皇名家と呼ばれる特殊な家の1つだ。階級はそこまで高くないが、代わりにリガルディア王国内のポーション類の生成法の特許の半数以上を保有していることで知られる。薬師の系譜にあるセーリス家にとっては好敵手でもあった。
とはいえ、ソルにとってはまだそんなこと関係が無いし、まして前世からの知り合いともなれば、ソルの警戒心が薄れるのは仕方がない。シンシアが茶会までに階級が上のカイゼル令嬢とフォンブラウ、ロッティの子供に失礼を働かないように、マナーのおさらいを始めた。リンブルはそんな妻と子供たちを見守りながら、ソルが受け取った手紙に目を通す。
カイゼル伯爵令嬢は第2王子殿下の4歳の誕生日パーティの時点で参加していたので顔は知っている。胡桃色の髪とカイゼル特有の蜥蜴のようなスフェーンの眼の少女で、大人しいが利発そうな娘だった。
逆にフォンブラウの子は得体が全く知れない。王子の誕生日パーティには全く姿を見せず、男か女かさえ曖昧だ。上流貴族は知っているのかもしれないが、生憎とリンブルにもシンシアにもその辺りを教えてくれそうな上流貴族の友人はいない。神子であることは教会が騒いでいるので知っているが、フォンブラウ当主によってそれ以外の情報をシャットアウトされてしまった。フォンブラウ当主はリンブルの1つ下の後輩にあたるが、かなりのやんちゃ坊主で下町にもかなり顔が利く。家庭教師を探している話も聞いたが、長男の加護に理解のある家庭教師を探すのに手間取っていたという話しか聞いていない。
ロッティ公爵家の一人娘が転生者であることは知っている。父公爵とも母である婦人とも似ても似つかぬ髪の色をした娘。けれど誰一人として夫人の不貞を疑うことはなく、令嬢の赤っぽい髪に同情こそすれど、それ以外は特筆すべきものも無い。土属性の家で花の名を持って生まれたならば、それに類する色を持って生まれてもおかしくないのだから。
茶会は母親同伴であるので、問題は起きないだろうし、フォンブラウの子が表に出て来る初めての茶会になるかもしれない。ロキがどんな子なのかはソルとシンシアに聞けばわかるだろう。
ドレスを選び、小物を選び、土産物を選んで、ルナを何とかなだめすかして、2週間後。
ソルとシンシアは茶会へと出かけて行った。
♢
カイゼル家では、茶会の準備がせわしなく行われている。茶会当日、あと1時間もしないうちに招待客がやってくるだろう。ヴァルノスもワンピースを合わせて髪形を整えている所だった。
「おねえさま、せいぜいはじをかかないようにおきをつけください」
「分かってるわ、マリア。そっちも、気を付けてね」
ヴァルノスの妹のマリアが可愛らしいワンピースに身を包んで玄関に向かっていく。マリアの友人が茶会を開くので呼ばれたのだ。ヴァルノスは主催者側なので家からは動けない。父親がマリアに、母親はヴァルノスについていてくれることになっていた。
「マリア、貴女薄い黄緑が良く似合っているわ」
「……ふん!」
ツンとした態度で出て行ってしまったマリアの後を父親が苦笑いで追いかけていく。マリアのイエローグリーンの瞳は、ヴァルノスにも両親にもないものだ。ヴァルノスにマリアが嫌味を言ってくるのはいつものことで、ヴァルノスが誉めると照れ臭いのか何も答えずにいなくなることが多い。言葉が出てこないのが恥ずかしいだけかもしれないけれど。
「ヴァルノス、今日のお客様たちを呼んだのは何か基準があったのでしょう? お母様ハラハラしちゃったわ」
母親が声を掛けてくる。先に説明しておかないと、とヴァルノスは思った。そもそもお茶会を開きたいですとヴァルノスが言い出してすぐに準備には取り掛かれなかったこともあって、カイゼル夫妻はヴァルノスがどういう理由で3人の令嬢へ招待状を出したのか、その理由は尋ねられていなかった。
「あはは、ごめんなさい、お母様。これから言う事は他言無用でお願いしますね?」
「ええ」
ヴァルノスは母親に笑みを向けた。カイゼル伯爵家は中流貴族ではあるが、その財力も発言力も、上流貴族と遜色ない。逆を言えば、上位貴族とのコネもある可能性が高い家であると言える。
「3人とも転生者です、お母様」
「んまぁ!」
母親の驚きっぷりに笑みを深めて、ヴァルノスは自分の服装の最終確認をした。特におかしいことはないだろうが、ロキがどんな服装で来るのかが楽しみである。
招待状への返信の際、ヴァルノスは便箋の色を条件で指定し、あらかじめ自分の前世の名を書いておいた。理由は単純、ロゼ・ロッティという公爵令嬢が転生者であることを、ヴァルノスは知っている。
ロゼの誕生日パーティに行ったときに知ったのだが、まさか前世からの知り合いの名が出て来るとは思わなかった。それからは手紙のやり取りをしているのだ。ドアをノックする音がした。
「用件は?」
「ヴァルノスお嬢様、セーリス男爵家の御令嬢がお見えです」
「ありがとう」
ソル様が先だったか、と呟いて、ヴァルノスは部屋を出た。
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