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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部1年春休み編
159/368

6-10

2024/10/20 加筆・修正しました。

神にはそれぞれ負わされた力と司る対象が存在する。


「――ッ……!」


毛先の跳ねまくった黒い髪の少年は蹲っていた。身体中が痛い。


まったく、世話の焼ける奴らだこと。

少年は歯を食いしばって目の前、巨木の根元で身体を預けて眠っている銀髪の少年を見て思う。


「もうそろそろ、俺も限界だぞ。ったく、こんなことになるんなら、少しでも乗ってやったり、しなけりゃ、良かった……」


頭痛さえする。目の前の少年の姿を見るのは何度目になるだろう。

何度彼はここで生まれて、成長して、死んだ?

それを、どれほど自分が見せつけられて、そのたびに無力さに唇を噛んでいたか知っているか、いや、知らないだろうな、お前は知らない、知ろうともしないのだ。そうでなければならないから。


黒髪の少年は銀髪の少年の頭をそっと撫でる。

手触りのいいさらさらした髪が指の間から零れ落ちていった。


「もうあの子は救えない。あの子の魂は救えても、あの子の人格はもう救えないんだよ、なあ、ネロキスク・シェヴェディ」


泣くなよ、と、涙を零した眠る少年に語り掛ける。

この少年は少し、頑張りすぎたのだ。

自分では救えないと分かっていたからこそ、こんな大規模で面倒なことをやらかしたのだ。


この結末だって分かっていただろうに。

それとも、自分を信じた結果がこれだったのだろうか。

そうだとしたら、不憫すぎる。


「……それとも、全部わかったうえでそれでもそうやって足掻かなきゃやってらんねえタイプか、お前」


きっとそうなんだろうな、と少年は小さく言った。


「……認めてやるよ。デスカルが早々に肩入れしたせいで俺側に負担がのしかかってた祝福を。『破壊神の加護』の発動を正式に承認する。これ以降、人刃化の進化段階が1つ増える。ったく、どいつもこいつも好き勝手やりやがって。……じゃあ、まあ、頑張れよ……」


少年はそれだけ言うとガクリと首を垂れた。気を失ってしまったようである。

銀髪の少年が目を開けた。倒れそうになった黒髪の少年を支え、そっと近くに横たえる。


そして虚空に向けて笑みを向けた。


――俺にできる条件はすべて揃えた。あとは頑張ってくれよ、主要登場人物(メインキャラクター)



「――」


ロキはゆっくりと目を開けた。

ふかふかのベッド、火属性のクリスタルで寒くこそないがやはりまだなんとなく肌寒さはある。魔力の供給量が少々少ないのもあるのだろう。と、言う事は。


窓の外を見れば、もう結構空が白んでいた。おそらく6時半と言ったところだろうか。かなり眠っていたらしい。


ロキが身体をそっと起こせば、さっと洗面道具を持ってシドが現れ、共に入ってきたゼロは朝食のスコーンとベーコンエッグを準備する。

ティーポットの他に果実のジュースや煎茶を用意しているのも見えた。


「「おはようございます、ロキ様」」

「……ああ、おはよう、シド、ゼロ」


ロキはひとまず挨拶を返して、洗面を済ませる。

その頃にはゼロ側の準備も終わり、ロキは朝食を摂った。2人は先に食べたと言って笑った。


「ああそう言えば、ロキ、お前に会いたいやつがいるんだとよ」

「上位者か」

「ああ」


ロキは何となく思い出せそうで思い出せない夢の内容を考えた。

覚えているのは黒い髪と、青い空。木漏れ日。吹き抜ける風。個別では思い出せるのにどうにも繋がらない。


上位者が来るというのなら恐らく人物で間違いないので、誰か、に該当する情報を口にする。


「黒い髪か」

「ああ。なる、夢で知らせてはいるのな」


シドはそう言いつつロキの髪留めを選び始めた。いつも金属ではなく布で髪を縛るのは彼の役目である。正装の時も基本はリボンでいいんじゃないかと言い出したのはアーノルドだっただろうか。そのせいで中等部の入学式は見事にリボンで髪を留められてものすごく浮いていた記憶があったロキである。


朝食を終えたところでゼロが今日の服を持ってきた。2人はあまりロキを着飾らせるタイプではないらしい。ロキがそこまで着飾るのを好まないのを知っている、と言った方が正しいのだろうが、2人と共にいるのはロキとしても非常に過ごしやすい。たまに休日やパーティの時に見せる熱意には負けるが。


「今日会うのって、上位者っつっても上位者の中じゃ中位の方だ。注意っつってももう上にはあの太陽婆とかしかいないけど。まあ、礼は忘れずにな。砕けてる方が向こうも話しやすいだろうが、儀礼系全部すっぽかしてる姉に代わっていろいろ苦労してるやつだからよ」

「名は確か、スピカといったね」

「ああ、覚えててくれたのな」


ゼロの持って来た簡素な服に身を包み、まずロキは応接間へと向かった。

朝食を各自で摂るのは特段珍しくない。特に、今は少々用事が立て込んでいる時期でもある。


細かい彫刻を施された木製の扉をノックし、許可を得てから入室すると、そこにはレインとヘイムダル、スクルドがいた。


「おはようございます、ヘイムダル曾御爺様、母上」

「ああ、おはよう、ロキ」

「おはよう、ロキちゃん」


さあ座って、とソファを進められ、ロキは静かにソファに腰を下ろした。隣に座っていたレインとも軽く挨拶を交わす。


ヘイムダルがマップを広げた。


「早速本題に入るぞ。昨夜スクルドから報告を受けた」


レインとロキは顔を見合わせ、マップを覗き込んだ。昨日ギルドで見たマップと少し違う気がする。


「正確なマップは市井に出回ってはいないのですか」

「さて、どうだろうな。冒険者が持っているものは森の方が詳細だと聞いているが」

「ということは、街道沿いはこちらの方が細かいと」

「ああ」


統一されたマップが出るのはもう少し先の話のようだとロキは思いつつマップを見る。髑髏頭の駒が置いてあるのは昨日ロキたちがアンデッドと交戦した古戦場だった。


「古戦場、あとは、冥王の加護を受けた者の死、か。地下に何かあるのだろうな」

「50年ほど前に大きな地殻変動などは?」

「ヤマサンという地竜がこの付近に棲んでいた。それが暴れたのでここいらにあった山が崩されて更地になったと聞いている」


50年よりも先だったのだろうか、古戦場は砂漠とまではいかないがそれに近い状態になっていたことを考えると流砂などが起きた可能性もなくはないなとロキは思う。


「地下は?」

「地竜の巣がある」

「……」


レインとロキは固まった。本来ドラゴンゾンビは沼地に、地竜はちゃんとした地面のあるところに棲んでいることの方が多いのだ。ロキが詰まってしまったのは致し方なかろう。


「もう一度古戦場付近を調査してみなければわかりませんね」

「現在調査隊の編成中だ。アンデッドの中にペルセフォネの遺体があったとな?」

「はい。装身具は魔力を抜いて、処理はメタリカに任せました」

「うむ」


ならばここは指揮を儂が取るか、とヘイムダルは呟く。ロキはロゼやヴァルノスがここに居たらと思うがいないものは仕方がない。

本来あんな情報を持っている方がおかしい。


「レイン、ロキ」

「はい」

「お前たちには魔物狩りに出てもらう。ロキは一旦ここに残りなさい。レインはリーフたちに出発準備をさせてきなさい」

「はい」

「分かりました」


レインが出て行くと、スクルドも少し遅れて退出した。使用人たちも一旦退出させ、部屋の中には、ロキとヘイムダルのみとなった。


「……ロキ」

「はい、何でしょうか、ヘイムダル曾御爺様」


ロキはヘイムダルを見つめる。鮮やかな瑠璃色の髪は老いを全く感じさせない。魔力が高いにもかかわらず銀髪にならなかったヘイムダルと、銀髪のロキ。ヘイムダルの魔力量は、今のロキよりも随分と多い。それをロキが知ったのは、割と最近の事だ。


「……私は、お前がこの世界に足を着けられなければ、この手で葬ろうと考えていた」

「――」


ロキは目を細めた。

ヘイムダル神とロキ神の神話を思い出したからだ。


ラグナロクを引き起こしたロキ神はヘイムダル神と相討ちになる。

オーディン神はフェンリルに敗れ、フェンリルはオーディン神の息子に倒される。

フレイ神はスルトに敗北。


そんなことをつらつらと考えて、ロキはヘイムダルを改めて見上げた。


「そうなったらヘイムダル曾御爺様も無事ではなかったでしょうね」

「……ああ、全くだ」


ヘイムダルはロキの頭をそっと撫でた。


「――この世界にちゃんと生まれてきたのだと、誇れるように、これからも生きていきなさい」


まるで、過去の積み上げを把握しているのではないかと疑いたくなる言葉に、ロキは目を見開いた。


「――ヘイムダル様」


曾御爺様と呼んでいたのに、それすらも何かはばかられたのはきっと。


「――自分にできるのは、皆を見守ることだけなのに」


それでも何かしたいのだと思うのは、とても恐ろしいことですね。

私ならこうすると理想を語る物語の部外者のようだ。

でもきっとそこに立ったのは、そこに立とうとした自分がいたからに他ならないのです。


何を言っているのかロキ自身よくわかっちゃいなかった。

けれど言っておきたかった。言っておかねばならない気がした。


「――自分を信じて生きてきました。きっと俺はこれからもそうして生きていくのだと思います」


ロキ神の如く生きよ。

それがこの世界でお前に与えられた役目だ。


その役目を果たせるのなら、過程は目いっぱい楽しめばいいではないかと、そんなことを考えていた。

楽しめ、苦しめ、悩め、足掻け、笑え、泣いてもいい、誰も止めたりしないのだから。

けれど、神の人形になるには、転生者は自我が強すぎる。その自我を以って、自分の生を歩みなさい。


「……加護持ちであるからと言って、その加護に縛られて生きる必要はない。自分を縛り付けて、己を蔑ろにする事の無いよう」


ヘイムダルの言葉に、ロキは笑った。

ヘイムダルもアーサーもちょっとばかり不器用すぎやしないだろうか。


「ヘイムダル曾御爺様、叱咤激励の言葉、ありがたく」

「……まったく、すぐ大人になってしまうのが恐ろしいよ、転生者は」

「きっと何か意味はあるかと」


ヘイムダルは行ってよし、と小さく告げる。ロキは応接間を退出し、次の目的地へと向かった。



「あ」

「ん」


シドから指定されていた客間に足を運んだロキは、先にもてなしを受けている黒髪の少年に礼をする。もう来てたのか、と思うと同時に、はっきりと夢の中で見た顔だと思い出すことができた。


「ロキです」

「スピカだ。デスカルが世話になっている」

「こちらこそお世話になっています」


ロキをソファに誘導したシドがスピカとロキの前に紅茶を出す。角砂糖入りのシュガーポット、銀のティースプーン、陶器製のティーカップ、揃いのソーサー。スピカの軽食を兼ねてであろうベーコンとほうれん草のキッシュ、小さめのカップケーキ。


「……ルイが怒らないか、これ」

「黙っときゃどうにかなりません?」

「なるかな」


これまたシドの知り合いかと思うもそもそもデスカルの同僚のような口振りなので知り合いなのもやむなしである。


「……」

「……」


無言の時間が流れる。ロキは彼と直接話すのは初めてなので致し方ない。紅茶を飲み、カップケーキをひとつ取る。シドの作るものは何でも美味しい。勝手にラックゼートがライバル心を燃やしているらしいが、美味しいものが食べられるならロキは何でもいい。


「ん、美味い」

「そいつは良かった」


スピカはキッシュを食べていた。さて、本題は何だろうとロキがぼんやり考えていると、スピカが口を開く。


「ロキ、アウルムーー今はシドだな。彼から聞いていると思うが、俺は上位者、双子神の片割れ。破壊神だ」


ロキは目の前の上位者から無機質さを一瞬感じ取った。事務的な、事実を述べる姿は、まさに無機質というべきか。


「……デスカルから少し聞いています。『破壊神の加護』に噛んでいる方だと」

「ああ。いろいろあって条件を満たしたからな、正式にこの祝福を承認した。余程のことがない限りはシヴァ神の加護だけの破壊魔法は弾けるようになっている。デスカルの力を借りるのも楽になるだろう。破壊魔法も楽に使えるようになっている。ただし闇竜は破壊しないように。ここまでで分からないこと、質問はあるか?」


おう、おう、情報量が多いような少ないような。ロキは端的に示された情報を理解する。

『破壊神の加護』は実は今まで制限を受けていた祝福で、今回制限がなくなったらしい。シヴァ神の加護だけの破壊魔法、というのは恐らく欠損魔法のことだろう。それ以外だともはやインド神話のアルジュナレベルのものが出てこない限りシヴァ神と関わることなんてない。欠損魔法は自分が使えるからこそロキにはわかる、とても厄介な代物だ。これが効かなくなるのはとても良い。

デスカルの力を借りるのも楽になるということは、デスカルが持っている破壊神サッタレッカとしての力を借りるのが容易になるということを指すのだろう。使うことはないと信じたいが、使えるならば楽であることに越したことはない。

そして破壊魔法、恐らく欠損魔法のことだろうが、コスパが良くなったのだろうか。ロキですらかなりのコスパの悪さに余程のことがない限り使わない。


「……闇竜を破壊?」

「……偶に、やろうとするやつが出て来る。できないから安心してくれ」

「できたとしてもやりませんよ、お世話になってるのに……」


何か見たことがあるような顔をしたスピカに、やっぱり前世で見たラノベに出て来る悪役のようなチートを悪用する奴って存在するんだなとロキは慄いた。


「……お前、ロキ神の加護持ちな上に日本人転生者でチートとか好きだろうによく踏み止まってるな」

「俺に存在する懸念点全部言われた! まぁ、面白そうって事には手が出ますけれど、闇竜は倒すより素材を細工物にしたい欲ぐらいしかないですかね……」

「そこで討伐して素材剥げば良くね、ってなりがち、転生者」

「モ〇ハンじゃねーんだぞ……」


転生者って怖ぇー、とロキはぼやく。スピカはそれを見て小さく息を吐いた。安心したような顔に、ロキは首を傾げる。


「どうされました?」

「……いや、お前変わらないな、と思っただけだ」

「……俺ですから?」

「……っふ、」


ふふ、とそのままスピカは片を揺らした。


「お前は、本当に、変わらないな。最初からずっと、お前はお前のままだ。ああなってしまったのが、残念でならない。今回はそうならないことを願っている」

「……えっと、それは、回帰の話ですね。そんな前から俺たちを御存知で?」

「ああ。俺は1人、別口で加護を与えている。そいつは随分お前に御執心だからな、今回も絶対に会える」

「おぉ……」

「とはいっても、俺たちの籠は戦闘には基本使われないがな。まあ、その子の名前が変わらないように使ってるけど」

「!」


スピカの言葉にロキは目を見張った。恐らくだがロキの周りの誰かがスピカの加護を受けているという事なのだろう。そしてその加護がなければその人物の名前は変わる、ということは別の何かの加護を持っている人物。逆を言うならば、今の時点では加護に関係のない名前を有している人物であるという事だ。


「……うわ、誰だろ……」

「ま、気長に待っていろ。向こう5年以内に会えるから」

「ってことは今の時点ではほぼ会ってないってことだよな……」


誰じゃー、とロキが考え込みそうになったのを、シドが紅茶のお代わりを持ってきて止めた。


「はいよロキ、おかわり」

「お、おう」

「スピカも」

「ああ、ありがとう」


大分人間味が増したな、とシドがスピカに言ったことで、ロキは先ほど感じた無機質さが間違いで無かったことを悟る。無機質な神、というのは存在するらしい。


「ロキ、お前のことは、これからも見守らせてもらう。あまり抱え込みすぎるな、その前に周りをちゃんと頼るように」

「……はい」


何だか今日は心配されていることを自覚してばかりだ、とロキはソファに沈んだ。今まで恐ろしいほど鈍かっただけだとシドに苦言を呈される。そういえばシドにもゼロにも似たような話をされたことがあるとロキは思い出した。


キッシュを2切れ食べ終えたスピカにシドがお土産、と言ってキッシュとカップケーキをそのままランチボックスに入れて持たせ、それでは、とスピカは姿を消した。

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