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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部1年春休み編
155/378

6-6

2024/09/20 加筆修正しました。

「え、コレーに婚約の打診?」

「ええ。どうするかはまだ分からないけれど、コレーちゃんの加護とも相性は悪くないから、受けることになるんじゃないかしら」

「へー」


スクルドはロキとレインを伴って冒険者ギルドへとやってきた。本当はフレイたちもついてきたがったのだが、スクルドはロキとレインに絞ったのでちょっとむくれていたのは致し方ない。

スクルドから異母妹コレーの今後についての話を断片的に聞いて、ロキはそうですか、という反応だけ返した。コレーは加護の等級はレベル4だがそこまで面倒な加護ではないので特段問題が起こるとは思わなかっただけなのだが。


加護持ちには面倒な加護と面倒では無い加護の2種類がある。面倒と言われるのは加護によって加護持ちの人格に影響があった時に、縛ることが難しいであるとか、倫理観やモラルがぶっ飛んだ人格形成が行われる可能性がある加護の事である。分かりやすいのは豊穣神系の加護持ちで、豊穣と多産がくっつくことが多いせいか貞操観念がゆるゆるな人格になりやすいのである。ロキの兄たるフレイもその部類だ。


これはコレーという女神の性質で扱いにくい所は特にないので大丈夫なはず、と思っている、という話である。


スクルドがギルドに踏み入れたのと同時に、中に居た男たちの視線が一気にスクルドに集まる。スクルドは現在カッターシャツにストレッチパンツという実に簡素な姿で来ているが、立ち振る舞いの高貴さは消えない。不躾な視線が多いのをレインは見咎めていた。


しばらくスクルドを見ていた視線がじきにロキとレインに移ってきた。こういうのは気付かれないように見るものじゃないのだろうかとか、それにしても不躾だなとかロキが思っている内にレインがロキの傍に立ってひとりの視線を遮った。レイン的に我慢ならない見方をされていたらしい。


「もうちょっとはっきりわかりやすくやってほしいんだけどな……」

「まあ、母上と一緒に来たから余計に見られてるんじゃない?」

「だとしてもロキへの視線が不躾すぎ」

「切ってくれてありがとうね」


スクルドがロキとレインにここで待つように、と言ってカウンターへと向かって行った。ロキとレインは集会場の方でぼんやりとスクルドを待つ。

冒険者というのは案外情報の周りが早い生き物で、王都の方でロキがやったファリアの一件のことが伝わっていてロキを凝視する視線が多い可能性は十二分にあった。


ロキとレインは質素ではあるが上等であると分かる素材の服を着ている。ロキがギルドに出入りするときの服装よりも質素なくらいだが、このままでも依頼を受けたりちょっとした薬草採取なんかに出て行くことも出来なくはない。質素だなんだというのも貴族ならではであり、平民ならこれくらいの服装で城門の外に出ることも珍しくはないのだ。


ロキとレインを見ている視線は大半がそれなりに良い装備を着ている者たちで、ロキとレインもさっと集会場全体へ視線を走らせた。


「……レイン」

「ん?」


ロキが軽くレインをつつく。レインがそちらを見ると、こちらに近付いてくる女がいた。黄色と緑を基調としたそれなりに良い装備を着ていることと、大振りのワンドを所持している所から見て、魔術師だろうか。髪は緑で、胸元に銀のタグが掛かっている。


――白銀級。


「最近来たお貴族様子弟としちゃ一番大人しいね、君たち」


レインは背筋がびりっとした。スキルを使われた。とはいえこのタイミングでスキルを撃ってくるなら、とレインが考えたところで、ロキが簡略化した礼で応える。


「母と伴に伺いました。ロキとお呼びくださいませ」

「あら、ロキ神の加護持ちなんて大変ね、神子様」

「御配慮願います」

「はいよ」


レインはふとロキを不躾に見ていた視線の出所を追った。男が2人。まだロキを見ている。


「教会とはバチバチやってるところなので、あんまり言いふらさないでくださいね?」

「分かってるよ。あたしだってスクルドに睨まれたら元も子もないもの」


女はそれにしても、と集会場の方へ視線を向けた。


「今時貴族子弟がギルドに顔を出すなんて珍しくもなんともないのに、まだやっかんでるんだから」

「まあ、下手な冒険者よりリガルディア貴族の子弟は強いでしょうから」

「そうそう。実力で勝ってから縄張り示せっての」


まあ他国の人だけど、と女が言うのでロキは自分を見ている男たちのタグを探す。胸元、手首、個人によって着けている位置に差はあるが、概ね見つけられた。

ギルド章は基本素材は統一されていることが多く、発行された国によってデザインが異なる。リガルディアはドッグタグにドラゴンのレリーフが付いているものだ。タグの向きで見えたり見えなかったりだが、女の言う”やっかんでいる”者たちのタグは天秤が刻まれているものや瞳を表す記号が刻まれているもの、水を表す記号の刻まれたものなどがあった。


「……天秤はガントルヴァでしょうか。瞳と水はわからないな」

「天秤は合ってるよ。瞳はセンチネル、水はシルヴィニアだね」

「おぉ、そうなんですね」


他国から来てる人がいっぱいだ、とロキは嬉しそうに言う。ロキからすれば前世でいう観光客に会っているぐらいの感覚なのだ。どうやら女の話を総合すると、彼らは他国から数年前にやってきて、リガルディアで生計を立てている冒険者で、リガルディアは貴族子弟がギルドに出入りするので割のいい仕事がすぐになくなってしまうとぶつくさ言っている状態であるらしい。


「……じゃあギルドが開いてすぐに来ればよくない……?」

「そこはちゃんとやってるわよ。リガルディアの魔物が強くて割のいい仕事が少ないのをぼやいてるだけ」

「そっちかよ」


ついレインもツッコミを入れてしまった。

リガルディア王国は基本的に魔物が他国よりも強力であることが多く、修羅の国とか魔境とか言われるのも日常的だったりする。そもそも弱い冒険者は生きていけない。


「割のいい仕事になるのは危険度が高い依頼が多いからね、リガルディアは。一番割が良いのは、領主様の大規模な魔物狩りのタイミングでメンバー参加してくっついていくことじゃない?」

「よっぽど荷物持ちとかで参加した方が金になりますものね、あれ」

「そうそう。闇属性の領主様とかだとアイテムボックスが大容量なことがあるからあんまり期待できないけど」

「あー」


ロキは身に染みてと言って差し支えの無いような顔をした。


「ニンリル~」


カウンター側からスクルドの声がする。ロキとレインもカウンターの方を見た。


「はぁいスクルド。久しぶりね」

「ニンリルも久しぶりね! 全然変わってないわ!」

「それはこちらの台詞よ、スクルド」


緑の髪の女はスクルドと既知の仲である――しかも割と親しいようである。

再会を喜ぶスクルドとニンリルを見ながら、ロキはメソポタミア神話の伝承が残っている国はどこだったかな、とあまり関係の無いことを考えていた。


「ロキ、どうした?」


レインがロキに声を掛けてくる。


「……いや。そういえばこの大陸にはメソポタミア系がいたな、と思ってね」

「めそぽたみあ?」

「マルドゥク、ギルガメッシュ、イシュタル、エレシュキガル、後は、エンリル、ニンリル……あのあたりの神霊のことだよ」


というか随分遠い所から来ているんだな、山脈の向こう側のはずだけど、とそんなことを考えたロキだが、自分の側からはデスカルたちが行っていることを失念していた。戦闘力には明確に差が出るものの、移動だけならば加護持ちのそれは上位者とそう変わらない。


「スクルド、あらためて聞くけどこの子たちは?」

「うふふ。息子と甥っ子なの。私は貴女がいるから今日ここに来たのよ!」


どうやらスクルドは彼女に会いたかっただけだったらしい。

スクルドが手招き、ロキとレインはその横に立った。


「こっちの銀髪の子が息子のロキちゃん。青い髪の子が甥っ子のレインちゃん」

「ロキ・フォンブラウと申します」

「レイン・メルヴァーチと申します」


スクルドが嬉しそうに笑っている。ギルドでは基本名字は名乗らないのが一般的だ。リガルディア王国において、ギルドは罪人以外の全てを一律冒険者として扱ってくれる、最も平等な場所なのである。




ニンリル・メイスティーア、さすらいのしがない冒険者。

――などと名乗ったが、ニンリルという名にロキは聞き覚えがちゃんとあった。


「何が悲しくてメイスティーア公爵令嬢がこんなところに?」

「あれっ、なんか出自がばれてる! スクルドだね?」

「ロキちゃん覚えてたのね」


スクルドが昔話として語っていた思い出の中に、ニンリルの名があったのをロキは思い出した。

ニンリルは元々公爵令嬢である。


「いやー、仕方ないじゃん? 一応政略結婚はしたんだけどさ、その旦那がまあ女癖が酷いのなんのって。別に構わなかったんだけどね。息子いたし」


ちゃんとお世継ぎは生まれたんだ……とレインは思ってしまった。


「でも、彼の女癖の悪さに愛想をつかした従者が2人いてね。青い髪のイミット兄弟だったんだけど、そいつが私のことかけて決闘しろーなんて言い出してさ」

「あー、それで旦那さん負けたんですね」

「そうそう。向こうは私のことなんかどうでもいいって言いだすし? 大人しくイミット側についてきたわけ。ちなみに息子たちは流石に側室たちに殺される可能性あったし連れて来てる」


まあ、ロキ的には聞いてもいない身の上話を語る近所のおばちゃん的な雰囲気を感じ始めたところであるが。


ニンリルのタグには水晶が刻まれていた。メドゥラバ王国のギルド章だ。

イミットといるということは、確実にイミットの子も産んでいるだろうと考えられた。

そして、ロキ的には青い髪というのが何より気になった。


「……不躾ですみませんが、イミットにも様々な髪の色があるのですね?」

「ああ、それは私自身思っていたよ。何でも、黒い髪のイミットは大陸出身またはイミットたちの本国の北方出身なんだってさ」


ああ、これは五行思想かなとロキは思う。


「イミットの本国の都に居るやつらは金髪とかいうんですか?」

「え、なんでわかるの」

「イミットの使う属性についての本を読んだことがあります。でも、方角だけじゃなかったですよね?」

「うん。海沿いにも黒髪のやつはいるし、水辺の近くには青い髪のやつがいる。火山に赤い髪のやつがいて、鉱山付近の奴らの髪は白っぽいらしい」


確実の五行思想の属性に近いものの所に住んでるな、とロキは結論付けた。


「……レイン、大陸のイミットの髪の色がなぜ黒いのか分かるか?」

「研究に僕を誘っているならお断りだぞ、僕は騎士科に進むんだからな」

「チッ」


一緒に研究しようよ、と言外に誘ってみたが断られた。


恐らく大陸側は陰の気が強いのだろう――つまり、イミットという死をまき散らす存在があることによって、陰陽五行の内陰陽の方が強く出ている、ということであろう。でなければ、ゼロのように黒髪であっても火を扱うなど理解に苦しむ。


しかしこれで、ゼロに刀を打ってくれたホウを名乗る赤い髪のイミットの正体が分かった。

彼は恐らく本国から渡って来た火属性のイミットで間違いない。


「知り合いにイミットでもいるの?」

「従者と、ソレに刀を打ってくれた赤い髪の鍛冶師が」

「なるほど」


集会場の一角で子供(14歳である)2人と女2人で喋っていると視線を集めがちではあるが、メルヴァーチの名をレインが名乗ったことでほとんど教養のない平民出身であったとしても相手がどれほどの相手かはわかった。多少教養があれば、ロキが名乗ったフォンブラウの名の方を恐れるだろう。


恐れてほしいわけではないけれども、うるさいのは御免である。

ロキ的には、丁度いいかな、と思ってしまうのだった。


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