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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部1年春休み編
152/377

6-3 とある世界線の話


「理不尽すぎる……」


金髪の女がそう呟いて、銀髪の女を指差した。


「あなたには良心というものはないのですか、ロキ様!?」


どの口が言うんだと、ロキ――令嬢ロキは思った。

ロキの目の前で喚く勝気な性格の金髪の女。どうして彼女はこうなのだろうか、と思って、空を見上げた。


女は決して悪い人ではなかった。ただ、ロキにとっては邪魔な位置にいただけだ。そしてそれは彼女側からも同じ話だ。でも、きっと自分はこうしなければならないとどこかで感じていた。だから、この選択に悔いはないのだ。


「理不尽、などと、どの口が仰いますの。私にこれ以外の選択肢を残してくださらなかったのは貴女方でしょう、この偽善者」


強い口調で女を罵る。ロキはここに至るまでの間で必死でカルたちを止めようとした。カルは止まった。リガルディアを止めることに成功しようとも、それだけでは意味がない。帝国の影響力は決して小さくなどないのだ。


今回のトリガーを引いたのは間違いなく目の前のこの金髪の女だった。それを責める気はない。もうどうしようもない。列強の侵攻は止まらない。エルフの民に手を出すなんてなんと愚かなことをしでかしたのか。思考の片隅でそんな、リガルディア内では常識に匹敵する共有されてきた情報に思いを馳せた。


自分も所詮は誰かに使われた駒でしかなかったのだなと思えば、この時間はとっくに、本当ならもう終わっていなければならない時間なのだとしたら、ロキの中では全ての整理がつく。誰か、ここにきて証明してくれ。この戦はけして無駄ではなく、決まったことであり、あの場所で、あの世界線でこのロキ()を生かして帰そうとしてくれたあの少年に繋がっていると言ってくれ。


女を睨む気ももう起きない。罵るだけの気力ももう尽きかけだ。けれどせめて、情報を伝えようとは思う。きっと今自分が伝えることで、伝える今現在を過去としてみる彼のためになると信じて。


「お前のせいでみんなは死んだのに」


女に向けた棘を吐いて、ロキは思う。

何で戦神の名を、ヒロインに付けたのだ。というか、何故こいつまでヒロインなのだ。

よりにもよって、この転生者が!


「……何故、私が悪いと?」

「……何が悲しくて同盟を結んでいた列強と敵対しなくてはなりませんの」


こんなことも分からないのかと、めいっぱいの棘をつけて。

ああ、この世界における言霊を司る刃の神ゾーエーよ、力を貸してくださいませ、この女に、みんなを死なせた女に、たった数ミリでいい、言葉を刃にして傷付ける権能をお貸しください!


みんなみんな、大切な、人だったのだ。


恋愛に傾倒したカルの説得は一筋縄ではいかなかったが、前世でよく見た所謂ぷぎゃーをする気はなかったし、カル以上に王に向いている者もいないと思っていたから、問題はなく。

自分がすべての泥をかぶる形でもいいから、列強との戦争だけはしないでほしかった。けれども、公爵家が皇子に嫁いでしまった以上、リガルディアとガントルヴァが同盟国であることは覆しようがない、などと言い募ってきた宰相。宰相の首を晒してやろうかといきりたったものだが、ともかく列強と戦争を始めたガントルヴァに引きずられる形でリガルディアは参戦した。


なれば、いいのだ。すべてを裏切り、家族を殺してでも、リガルディア王家を生かさなければ。それができるだけのスペックを、自分は天に与えられた。父とも約束した。


「リガルディアだけならばまだ列強にも許されましょう。今からでも皇族を騙る者どもの首を狩らねばなりません。邪魔をなさらないでくださいまし。小銀貨一枚ほどの価値もない侯爵令嬢の首に興味などなくてよ」


レイピアを構え、女に切っ先を向ける。女は小さく舌打ちして構えた。


「話の通じない悪役令嬢だこと」

「あら、清らな愛情の前には戦はなくなる? ラブアンドピース? 恋愛で戦争が止まると思っていますの? 火種にしかならないなんてギリシャ神話のトロイア戦争も御存知ないのかしら、貴女の頭の中身はおがくずでも詰まっていらっしゃるの??」

「ああもう、だって知らないわよ、攻略対象狙って何が悪いの!」


女の言葉にロキはさらに刃を吐き出した。


「私をキャラクターだと思うのは御勝手にどうぞ。でも思い通りにいかないからってキャラクターならこう動くべきでしょって言うのやめてくださらない? 私たちは貴女の生み出したキャラクターでもなければ、二次元の存在でもありませんわ! いい加減にその緩いおつむでも理解なさってくださいまし! ここに至るまで私は貴女に2年かけて言い募ってきましたわ! 情報の更新されない情弱なのかしら。攻略の進捗が遅いからって目を掛けて差し上げましたのに、貴女の所為でこの国も帝国も、貴女の大切な人もすべてがミンチになるか腐肉になるか、はたまた自律意思を奪われた人形か、蟲の苗床か、生きたままアンデッドモンスターに文字通り頭から喰われるかどれかでしょうね!」


言いたいことを言いきってすっきりした。

多分だが、一番可能性が高いのはぶっちゃけると蟲の苗床だろう。女の胎でも魔物ならば孵る。列強第12席、『蟲王子』クーヴレンティは喧嘩を売られようが売られなかろうが関係なく襲ってくる。


は、と息を吐いて呼吸を落ち着けたロキは女を見据える。


「……イナンナ様。貴女はまだ男爵令嬢です。ええ、攻略が遅くてよかったですね」

「! あんた、転生者……!?」

「ええ。ナタリア・ケイオス様やシド・フェイブラムもですよ」


妨害にかなり時間を割きましたので。

ロキは微笑みかけてやった。


「もしも婚約の発表があっていたなら、もしあの時婚約破棄のイベントを起こしていたら、ここで貴女が逃げるという選択肢はありません。お判りいただけますね、軍神の加護を持つ貴女なら」

「!」


明らかにイナンナは困惑した表情を浮かべた。


「他にもヒロイン転生している方たちはおられました。エリス・イルディ男爵令嬢やプラム・セネルティエ様もそのメンツの内です」

「……でも、御二方は戦死なさったと」

「ええ。自分たちが掻き回した後だから責任を取ると仰って最前線へ向かわれました。エリス様に至っては、戦闘能力は皆無に等しかったのに、治癒術師(ヒーラー)であるから、と」


王族も貴族も男も女も関係ない。戦なのだ、戦って死ね。

それが、リガルディアだ。セネルティエだ。センチネルだ。ガントルヴァだったのだ。


それが、死徒列強を祖に持つ彼らの宿命だ。


「選びなさい。ここで見つかれば貴族一同皆ギロチンです。私は逃げません。私は知りましたから」

「……何を」

「この世界は、とっくに終わっているんです」


見てきたから。

きっと、これを見せる意味も、シグマにはあったんだろうな、とロキは思った。

同郷の、彼を。


「終わっている?」

「世界回帰、いわゆるループってご存知ですか」

「ええ……言葉としては……」

「それで充分です。……この世界はとっくに終わっていて、別のループが始まっているとしたらどうです?」


イナンナは理解した。

イナンナは元々転生者として記憶があったわけではないけれど、事故の結果記憶が戻ったような状態になり、今まで以上に勝ち気になった、というところか。

ただし、ちゃんと理解できるところは理解したのだ。


別に彼女は頭が悪いわけでも、頭が回らないわけでもない。


「……未来に行ったと仰いますか」

「私が昏睡状態に陥ったのはご存知ですね」

「……『狂魂喰(ベルセルク)』シグマのせいだと」


イナンナの答えにロキは頷いた。


「彼に、いつかの自分の所へ飛ばされました。とても元気そうでした。私のせいで魔力が絡まって晶獄病など発症していましたが」

「……」

「……もう、この世界線は終わったのですよ。『狂皇』が参戦しているでしょう? ……じゃあ、私はもう行きます。貴族としての決断をなさってくださいませ。所詮は元敵対国家の公爵令嬢と男爵令嬢ですもの」


さっさとお行き。


ロキはイナンナを振り返ることなく移動を始める。

イナンナは見ていた。ロキが周辺一帯を焼き払ったところを。


けれど、その時の焼かれていった者たちの表情が何とも幸せそうで、悲しくなった。


『皆様、もう大丈夫ですわ。私が全部背負いますから。だから皆さんは、先にヴァルハラへ行ってお待ちくださいまし』


何とも身勝手な女だった。

それでもその優しさをイナンナは知ってしまっている。


イナンナはセネルティエ王国の男爵令嬢の身分を持っている。この世界はイナンナの前世の少女が遊んでいた古いゲームにそっくりな世界観で、少女が好きだったキャラクターを見つけることができたのは僥倖だった。そんなイナンナに立ちはだかったのが、ロキである。


イナンナの起こしかけた婚約破棄イベントはそもそも、彼女(ロキ)の乱入で止まって流れたのだ。本来あった流れとは少々違ったのは、彼女が転生者だったからだとイナンナは理解した。大々的に発表されるまでお預けとなっていた婚約発表だが、発表前に開戦した。発表していたら、婚約破棄を行っていたら、今以上に敵を多く作っていた可能性が高いことくらいはわかるのだ。

つまりイナンナはロキに救われた形になっている。


それが分からない程度の教育しか受けていないなんてこともなく。

イナンナは目尻に浮かんだ涙を拭う。


(私がイベントを起こさなければ、あの方は友人たちを手にかけることはなかった?)


見ただろう、あの炭化した手を。色の無かった真っ白な肌は魔力枯渇で炭になってしまっていたではないか。


(あの場で出てこなければ、フォンブラウ家はあの方をそのまま生かすことができたはずだった? 生きる選択をできたはずだった?)


見ただろう、あの疲れ切った表情を。この国のためにと奔走し続けていた長年の疲れを読み取れたあの表情は、ずっときょうだいのため、親のため、家のため、国のため、ひたすら突っ走って疲れ果てた者の表情だったではないか。


(――私が、死なせるのか?)


ロキは周りの皆の事ばかり口走って、自分のことなどほとんど何も喋っていなかったけれども。


(……戦って死ぬなんて嫌、なんてもう)


言えないじゃない。


ロキが見せた背中は、ロキが思っている以上に、強く、気高く、そして、何よりも、上に立つ者の背中だったのだ。


「ロキ様、私は戦います。軍神イナンナ――イシュタルの名に懸けて、戦って死にましょう」


それがせめてもの罪滅ぼしとなれば。

ループしているならきっと未来に自分もいるだろう。

その自分に伝わってくれればいい。


二度とこんなことが起きないように。


ガントルヴァ帝国の貴族として。

加護持ちの1人として。

本当は死徒だったことを知った者として。


乙女ゲームを覚えていることは、罠である、と。





ロード・カルマは目の前の2人の女を見た。

1人は銀髪、もう1人は金髪。

金髪の方に用事があったのだが、本人はとっくにもうそのことを解決してしまっていた。


戦力差は歴然だった。

フォンブラウ家のロキ嬢が裏切って、補給部隊が1つ壊滅したという知らせは瞬く間に広がり、混乱をもたらした。


共に戦場に立った2人の女は必至さも悲壮さも感じられず、ただ凪いだ心で戦っていた。

もうこの世界は終わったのだ。

だから、この世界の次に、繋げ、少しでも伝わって欲しいから、この戦場を目に焼き付け、惨劇を二度と繰り返すなと言い聞かせて。


過去は変えられない。

彼女らは過去だ。

しかし彼女らは今を生きている。


だから、今を必死に戦え、過去を確固たるものとするために。


足を切り飛ばされて出血多量で動けなくなったロキ。

右腕以外の四肢が無くなったイナンナ。それでもイナンナは軍神ということもあり浮いていられるので相手取るのは骨が折れた。


「お前たちは気付いたのね」

「……シグマのおかげでね」

「私はロキ様から聞きました」


2人以外に生きているのは一般雑兵だけだ。

ほとんどの貴族は戦死した。


「『神殺し』が効かないアーノルド以外だと、貴女達が一番面倒だった」


ロードはそう言って愛槍の切っ先をロキに向けた。

アーノルド・フォンブラウ。ロキの裏切りを知って、もう終わったのだな、ゆっくりお休み、と言ったのは彼だった。


「次はもうこんなことないかもしれないわね。戦争してない世界線があるといいけど」

「それは、たぶん大丈夫」


ロードの言葉にロキは答えた。


「そう?」

「上位者が介入してる世界線があった。だからきっとそこでは、ここより断然マシなはず」

「……それを聞いて安心したわ。死になさい」

「待って!」


ロキを突き殺そうとするロードを留めたのはイナンナだった。


「私たちの敵は、いったい、なんだったの」


ロードはそうか、と独り言ちた。

イナンナはきっともう大丈夫なのだろう。


「……案外知り合いかもしれない、とは、思っているわ」


ロキはそう答えて目を閉じた。休む暇などないのだとは、言わない。

だってもうこの世界線は終わる。


目を閉じたロキの首を、ロードが刎ねた。鮮血が飛び散り、イナンナの顔にも降りかかる。


――違う


小さく聞こえた声に、イナンナは思う。

そこに居やがったか。


ロードもそちらを見て、小さく息を吐いた。


「本当に学習しない女ね」


――違う、()は、こんなの望んでなかった


イナンナは声に向けて叫んだ。


「私だってあんたに踊らされたようなものだわ!」


――なんでこうなるの、()はただ涼先輩と明先輩を救いたいだけだったのに


前世の名で呼ぶ意味は何だ。

学友の名が出てイナンナは思う。


――ここはダメだった。じゃあ、もう一回。


「あんたが全部ぶっ壊してるってことを知りなさい!!」


イナンナは声を上げる。

この愚か者は殴らねば気が済まない。


茶髪の女がゆらりと立ち上がる。ナイフでもって、己の首を掻っ捌く。


ロードはイナンナに槍を向けた。


「あなたももう眠りなさい」

「……ええ」


目を瞑らなくても、怖くはなかった。

そのまま切り飛ばされた首と、鮮血。


さあ、世界は巻き戻る。


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