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2024/08/23 改稿しました。
ロキとレインはメルヴァーチ侯爵家の図書室へと足を踏み入れた。
メルヴァーチの図書室の蔵書数は学園は勿論、フォンブラウ公爵家の図書館にも及ばないものの、かなりの規模を誇る。
ロキはフォンブラウ公爵家の王都邸宅にあった図書室の本は全て読んでしまった。流石に増えた本やフォンブラウ公爵領にある本は読む機会が少ないのでなかなか全読破に届かなくなっている。
「すごいな」
「うん、僕はまだ読破はできてないかな」
レインはそう言いながら、ロキが読んではいけない書物のある区画を示した。
こういった領地にある書物類はものによっては領主一族以外は見てはいけないものだったりもする。
ロキはあくまでも領主一族には含まれないので基本そういう収支やらなんやらという書類に関しては見には行かない。そんなもの、読めるのは良いが政治の場に行こうとしていると思われたらロキ的にはよろしくなので離れていく傾向にあった。
「この棚の巻物系は駄目」
「はいはい」
ここがダメなのね、と把握してからロキは早速本を端から読み始める。読んだことがある本は飛ばしながらだ。何冊か飛ばして、これ知らない本だ、と手に取る。
「あ、すげえ、これ軍神の壁の向こうの旅行記だ」
「そんなのあるの?」
「あるけど、古いやつの写本じゃないかな? あ、やっぱり」
ロキは本の書かれた年代をチェックして呟いた。
「もともとは旧帝国時代の本みたい」
「それ帝国語に翻訳されてる?」
「ああ、これは帝国語だね」
この本初めて読む、と言いながらロキはそれを読み始める。レインはロキが帝国語を既に読み書きできるレベルで習得しているらしいことを理解して、目を見張った。こいつ本当に僕と同い年か? という疑問が出たのは致し方ない。ロキは転生者だが一方で帝国語は前世には存在しなかったのでこちらに来てからの勉強だ。よってレインの方が不利かと言われるとそうでも無かったりする。ロキは本を読むのが好きなこともあいまってか、言語の習得が早いのである。
「……翻訳スキル使ってたりしない?」
「翻訳スキル使ったらこの本の音読できないぜ」
「それもそうか」
この本は結局レインも読んだことがなかったので、ロキとレインで席に着いて読み始めた。
2人で今習得している範囲の帝国語で読み進めて、分からない単語が出てきたら辞書を食って調べながら。
2人は結局使用人が夕食に呼びに来るまで本を読み続けていた。
♢
メルヴァーチ侯爵家の当主はリーフ、レイン、クラウドの父ゼオンである。青い髪、青い瞳、瞳はよくサファイアに例えられる男であるのだが、彼には姉が3人いた。上から順に、ウルド・ノルン、ベルダンディ・ノルン、スクルド・ノルンである。3人は3人とも戦闘向きであったり加護持ちであったりと、当主になるのにこれ以上ないほどの候補だったはずだ。何故3人を差し置いてゼオンが当主になれたのか、疑問が残る点である。メルヴァーチ侯爵家はなんだかんだと跡取り問題が発生していない家であり、後継を決める絶対的な基準があった。
それは、メルヴァーチ一族内部で付けている得点表である。この得点表で一番点数が高かった子供が次期当主となるのだ。様々な指標があるのだが、直接の戦闘向きではないゼオンが当主になった例があるように、いろいろな観点で評価が下される。
その中で、一番比重が置かれるのは魔術戦だ。つまり、魔力が多い子供は元々つけられているポイントは高めになり、基本的にハンデがあるようなものである。その子供が戦闘向きかどうかや接近戦と魔術戦どちらを得意とするのかなどでいろいろと変わってくるが、概ねこのポイントが一番高い子を次期当主とするのだ。因みにメルヴァーチ一族から他家へ嫁・聟・養子に行くとポイントは大幅にマイナスされる。
「そんな基準あるんだ」
「そこのグラフがそれね」
「あ、これか」
レインはメルヴァーチ家にこの基準があると知って大人しく勉学や訓練などに励んでいる。ロキは今回初めて知った。各メルヴァーチ侯爵邸のどこかに絶対あるらしく、概ね当主の執務室にあるとレインは言う。
「ここは本邸だからあちこちにあるけどね」
「そうなのか」
ところで何で俺の名前もあるん? とロキが不服そうに問うと、ロキは神子だから一応カウントしてるみたい、とレインは返した。ロキのポイントがそれなりに高いのがなんとも言い難い所である。横にあったスクルドは嫁に行ったためかかなりポイントが落ち込んでいた。
「まあ、こういうのがあった方がお家騒動とかは起きないよね」
「うん。家を継ぎたくないって子は先に申請しておくとレースからは外されるみたいだよ。この人とかこの人とか、なんかマークついてるでしょ」
「おう」
「このマークがついてる人は、当主候補を自主的に辞退した人たちだね。基本魔力が高くて当主候補になっちゃう人が申請するかんじかな」
「本当に、外れるための措置なのね」
グラフを眺めて、ロキはレインが突っかかって来てた頃が懐かしいな、と小さく呟いた。レインはバツが悪そうに視線を泳がせる。
初等部の頃が懐かしい、とロキは笑った。レインとロキの距離が詰まったのは、間違いなく初等部での話。ロキは加護持ちとしての事情を抱え込んでいたし、レインは父親をロキに取られた気がしてロキへの態度が若干悪かった。
「……レイン」
「何?」
「今も、夢は見てるかい」
「……うん」
時折見る夢の話だろう。現実味がないと言えば嘘になる、戦場の夢。ロキが死ぬ夢。レインはこの夢が嫌いだ。何が悲しくてロキの死ばかり夢に見るのか。
「……むしろ、最近増えて来たよ」
「あー……それは、頂けないね」
仲良くなったはずの従兄弟の死の間際は、かなり堪える。
夢の内容を思い出したら辛くなったのだろう、レインはロキに引っ付いてしばらく離れなかった。
食事を終え、湯浴みを終えて、後は寝るだけ、となったところでルナから掛かった招集にロキとレインは応じることにする。レインが寂しがった(意訳)のでロキとレインは同じタイミングで入浴することになったし、あれこれとお手入れされて艶々になったところで丁度ルナの言伝をメイドが持ってきたのだった。
夜、ロキの髪は月光を受けて煌めく。ルナたちの居る部屋へロキとレインが歩いて行く間、長い廊下を通る間、窓から差し込んだ月光を受けて、ロキの白銀の髪は青白く煌めいた。レインはそれをぼんやりと眺める。
どうしたの、とレインの視線に気付いたロキが振り返ると、白い肌と、濃い桃色の瞳が映った。何でもない、と返して、レインはロキより前に出る。
レインは、ロキの髪を青だっと思っていたことがある。メルヴァーチ侯爵家の後継候補の一覧にも名前があるし、自分はちゃんと家を継げないのではないかと勘繰っていた時期があったのである。
長男が家督を継ぐというスタイルをとっている家は下級貴族に多い。そもそも数が多いのだからレインの周りの子供たちも下級貴族が多くなるのは当然のことで、レインは何となく周りの子供たちから聞く考え方を持っていたのだ。長子ならば家督を継ぐのはリーフであるはずだし、自分が候補に挙がっているのは長男が継ぐからなんだろう、という程度の認識である。
グラフの存在を知ってからは、家督を継ぐためには頑張らないといけないんだ、と理解した。同時に他に名前の書いてある同じくらいの年の子供たちをライバルだと認識するようになった。
それと同じくらい、ロキのことを意識していた。
何故か少し違う感覚が混じることもあったけれど。
今となってはもう関係の無いことだ。
レインは思考を切り上げて、応接室のドアをノックする。はい、と声がしてドアが開いた。ルナがドアを開けたのだ。ルナはレインを見て驚いた表情をしていたが、後ろにロキが居るのを確認して、どうぞ、とレインとロキを部屋へ招き入れる。
「レイン様もいらしたんですね」
「来ちゃダメだったかな?」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
ソルはルナをちらと見やりながらレインに言った。何か言いたいことがあってルナはロキを呼んだのだろう。そしてそこが偶然レインの部屋でレインも当然のように一緒に居たので一緒に付いてきた。それだけだ。
「とりあえず、何についての話をしようと思っていたのか先に教えてくれるかな」
ロキの言葉にルナはソファに座って答えた。
「話したいことは色々ありますよ。レイン様についてとか、今後のイベントについてとか」
「レインも何かあるっけ?」
「ロキ様、レイン様が攻略対象だってこと忘れてないですか?」
「あ、そういやそうだったな」
ロキとレインがソファに掛けると、いつの間にか現れたシドとゼロが紅茶を淹れ始める。寝る前なのでおやつ類は少量だが用意されていた。
「それで、話って?」
シド、ゼロ、アッシュ、ヴォルフガングも席に着いたところで、ロキはルナに話を促す。
「まずは、レイン様が攻略対象であることに関してです。これに関してはロキ様がある程度関係改善をしてくださっているので、変に付け込まれたりとかはないと思います」
「なるほど」
「ねえちょっと待って」
レインは慌てて話を遮る。いきなり攻略対象とか言われても、ロキからたまに聞くゲームとやらの話と関係しているであろうことはわかるのだが、それ以上が理解できない。
レインの疑問に答えるべくソルとルナは居住まいを正した。
「ご質問があればどうぞ」
「質問はとりあえず2つだ。1つ目、ロキと君たちがたまに話しているゲームとやらに関係するものという認識で合ってる?」
「合ってます」
「どんな内容なのか教えて」
そういえばレインに乙女ゲームの話をしっかり詳しく話したことはなかったな、とロキは考える。そもそもそこまで乙女ゲームである『Imitation/Lovers』に詳しかったわけでもないのでロキが説明をしないのは当然か。
ルナがレインに乙女ゲームの内容を掻い摘んで話し始める。ロキがよく聞くカル殿下がどうこうという話ではなかったので、レインが攻略対象になっている方のストーリーなのだろう。
「……いくら何でもお花畑じゃない?」
「リガルディア王国の内情が脳筋だってことを上手く隠した凄いゲームです」
「……そうだね」
まあでも、これでレイン様がヒロインちゃんに落とされる心配はほとんどないも同然です、とルナはその話を締めくくった。
「レイン様の次の質問は?」
「ああ、もう1つは、何でロキが関係するのか、ってところ」
「あー、それは、ロキ様って自他共に厳しい人として書かれてまして。なのでレイン様は従兄弟のきついあたりに耐えかねてひねたというか」
「馬鹿じゃないの」
「今のロキ様かなりお優しいんですよ!」
他人にはとても優しくなった、とルナは言う。そのかわり自分にはかなり厳しい男になってってるけれどね、とソルが言った。
「……そうかぁ?」
「相変わらず自覚は無いのね」
ロキが紅茶を飲み干したのでシドがおかわりを淹れる。
「……ゲームをなぞっている、と。たまに言う人が居るのが、ちょっと嫌かな」
「それはカル殿下にも言われましたね」
「そりゃ当然でしょうよ」
現実を見ろ、という事だ。
「……まあ、今のところ警戒対象は1人かしら」
「そうですね」
「警戒対象? それは誰?」
「メアリー・ハンティアっていう子ですね。ロキ様も警戒してましたけど」
「彼女はあんまり礼儀作法が十分とは言い難いかな」
ちょこちょこ顔出してるんだよねあの子、とロキは言う。レインはロキから簡単にメアリーという少女についての話を聞いた。
「ハンティア男爵家の庶子か……」
「まあ、警戒というより、常識のない行動を嗜める方向で良いと思うけれどね。実際俺はそれで何とかなってるし」
「絆されないでくださいね」
「大丈夫だよ」
ロキは常識的な対応をしているだけだというが、レインは逆に怖くなってきた。
「ねえルナ嬢、その攻略対象とやらは、何か特徴があるのかな」
「そうですね、主に心に闇を抱えているというか、トラウマがあったり、心に傷を負っていたり、いろいろですけれど、簡単に言うと女の子に絆されやすい原因がある感じですね」
「……」
レインはロキを見る。
「なんだよレイン」
「いや、お前虐められてたなって」
「あの程度気にならないね」
ロキは別にいいのさ、と笑った。
「大体、あれも大事にするのが面倒だから相手しなかっただけだし。やろうと思えば今ならエドガー辺りに手伝ってもらって終わる話さ」
「なるほど」
相手の特定まで終わってるのか、なら大丈夫そうだな、と思えるのが貴族というもの。ロキは動いていないだけらしかった。
ルナはそれ以外の質問がないか確認してから、ルナ自身の本題を話し始める。
「レイン様の件も大事だったんですけれど、私の本題としてはこっちですね。メルヴァーチ領でドラゴンゾンビが出現します」
「あ”?」
レインがどすの利いた声を出した。ひえ、となったルナにレインは落ち着いて簡単に自分の心情を述べる。
「ドラゴンゾンビとかメルヴァーチ領がひっくり返るレベルなんだけど? どういうこと?」
「……えっと、イミットなんです、これ」
竜なら把握してるはず、と思ったレインの言葉に的確な返しだった。イミットは人型であることが多いので移動先をはっきり把握されていることは少ない。イミットが、ドラゴンゾンビになった、とルナが言いたいことを悟ったレインは頭を抱えた。
本来ならば、イミットは火葬の習慣があるのでゾンビ化しないはずなのだが、何らかの理由で火葬を免れてしまった骸があるという事だろう。
「ゼロ、お前は把握してるか?」
「多少は」
ロキは少し考えて、口を開いた。
「ゼロ、思い当たる誰かいる?」
「何人か。イミットも竜形態だとドラゴン扱いされてたまに帰ってこなくなる」
「それ狩られてるって」
「親族の誰かの名前が分かればわかるかもしれない」
「コウキっていう弟が居るわ」
「……分かった」
ゼロは少し表情に影を落とす。知り合いか、と聞くと、いや、ただ結構話題にはなっている、と返してきた。
「集会に参加してるのは、母親のルディナってイミットだ。コウキは齢近かったと思う」
「お兄さんは?」
「名前は知らない。でも50年くらい前に居なくなってたはず」
「当時の転身後の体長は?」
「7メートル前後だろう。バハムート系のはずだ」
「……間違いないわ」
ルナはロキとゼロを見て、頭を下げた。
「お願いします。コウキを救ってください」
「……コウキは、兄貴を見つけて、術式に触れる、といったところかな?」
「たぶんそうだと思います」
ルナが言うには、このコウキというイミットは、どうやら『イミラブ』シリーズの攻略対象であるらしい。下手をすれば彼はヒロインを襲う化け物になる。学園に来てしまう事こそないが、それ以上にドラゴンゾンビのことを考えると放ってはおけない。
「……分かった。まあ、皆がいる間に解決できるタイミングで来るといいが……」
「……どうしても、お客様状態の私たちよりロキ様達の方が情報入るの早いでしょうから。私たちお茶会もあまり行きませんし」
「……了解」
ルナの言葉にロキは小さく頷く。
窓の外はもう暗い。そろそろ寝ろとアーノルドが言い出す頃だろう。
「寝るか」
「そうですね」
「ゼロ、レイン様とロキ様連れてゆっくり来い。先に部屋見てくる」
「分かった」
夜は火属性の魔石や魔力結晶を使って部屋を暖めるのが普通である。ロキとレインが一時退室しているので温度の調整が居る。シドが先に走っていき、ロキはレインと共にゆっくりとレインの部屋へ戻った。
「あれ、今日もしかして俺レインの部屋に泊まるの?」
「その方向で調整中だ」
「了解」




