5-29
デスカルサイド
2024/08/01 改稿・編集しました。
『デスカル』
「ん?」
ドルバロムの呼びかけに、果物屋を眺めていたデスカルは虚空を見上げた。リガルディア王国王都にデスカルたちネイヴァス傭兵団が戻ってきていたのは幸いだったろう。
『お客さん見つけた』
「! でかした」
デスカルは眺めていたリンゴをひとつ手に取る。
「おばちゃん、コレくれ」
「あいよ! 20リールね」
デスカルは店主の女の手に金額丁度を置いて走り出した。ドルバロムから指定された情報通りに宿屋へ向かう。
「……思ったよりも時間かかったな」
『ついでにしか探してなかったしね~』
あまり急ぎというわけでもないようで、ドルバロムの方からはのんびりとした空気を感じる。なら、とデスカルは近くの店でいくつかの買い物をしてから目的地へと向かうことにした。
♢
世界回帰というのはそもそも、そう何度も起こるものではない。その前提を知っているからこそ、今のアヴリオスの状況は異常なのだ。
ドルバロムによって引き止められ、部屋に留まっている青年たちを見た時、デスカルはまず彼らが回帰の初期の時間軸の住人であることを悟った。
「いらっしゃい」
「どうも。はいこれ土産」
デスカルを待っていたのは7人の青年で、椅子に座って待ち構えていたのが銀髪で顔に縫い傷のある男。肌の色を変えているのがはっきりわかったので、なるほどなと何か感心してしまった。
他に、朱の髪の女、緑と黒の髪の男、黒髪の男、金髪の女、焦げ茶髪の男、蒼い髪の男。見覚えのない顔が3つ。
ナツナとカルディアも既に来ていて、デスカルはとりあえず買ってきたものを出した。串焼きと飲み物を人数分。ありがとうございます、と銀髪の男は礼を言った。
「いいって。とりあえず、いらっしゃい?」
「目的がなかなか達成できず既に年単位で居座ってしまってますがね」
「まあ、そう簡単に尻尾出してたら先にリガルディア王国の公爵たちに討伐されてるだろ」
「それはそうなんですよね」
自己紹介すらせず串焼きにかぶりついた銀髪の男。ベッドの方で待機していた他6人はそろそろと寄ってきて串を手に取り始めた。
「わざわざ買ってきてくれるなんて、ありがとうございます」
「美味しい」
それぞれが礼や感想を述べるのを見て、銀髪の男は改めてデスカルを見やる。
「では改めて。リョウ、と呼んで下さい」
「リョウ、か。よろしく」
リョウはナツナの方に視線を移して、柔らかい表情を浮かべた。ナツナはぐっと何か堪えるような表情になり、デスカルはナツナに声を掛ける。
「ナツナ、なんかあった?」
「……契約切られた奴、こいつ最初のやつだ。生きてたんだ」
ナツナがはぁ、と息を吐いてしゃがみ込んだ。リョウはまた串を摘まんで、リラックスした様子を見せている。デスカルはナツナがあれこれ文句を言っていたのはもしかしてこいつなのでは、と思考を巡らせた。
「ねーデスカル」
「ん? どした、カルディア?」
「この子たち、あれでしょ。並行存在的な奴でしょ? 違和感凄いんだけど」
カルディアの言葉に、せやな、とデスカルは答える。彼らは今この場所からすると並行存在に近しいのは間違いない。
「まあ、正確には並行存在じゃないから余計違和感凄いだろうな」
「あ、そうなんだ?」
「まあな」
カルディアの様子を窺っていた朱の髪の女が口を開く。
「その金髪の方も上位者よね?」
「んー、そうだよ?」
串がどんどん消えていくのを眺めていたデスカルは、復活したナツナが串に手を伸ばすのを見た。
「ナツナ復活したな」
「折角ナツ……デスカルが美味そうなもん買ってきてくれてるんだもん、食わなきゃ損でしょ」
「おー」
食べながらもナツナの視線がリョウを捉えているので、ナツナからは相当な恨み辛みがあるらしい。リョウの柔らかな笑みが苦笑に変わった。
「……ライフレイカ、そんなに恨んでるのか?」
「恨んでるっつーより、自分が情けねえって感じ。オイラ不死鳥ぞ? 何でお前さんに庇われなきゃならんの?」
デスカルはナツナの言葉に、自分の予測が当たっていることを悟る。
リョウーー恐らく『涼』であろう名を名乗った異なる時間軸のロキ・フォンブラウは、ナツナと精霊契約を結んだ後、何らかの理由でナツナを庇って契約の強制解除を行ったのだ。アヴリオス関係でナツナからデスカルに上がって来たことのある相談はそれだけだ。
「オイラ継戦能力には結構自信あったのにさあ!」
「あそこであんたをギアスで奪われたら元も子もないだろう。それに、強制契約は上位者にも負担が大きいと聞く。俺は後悔はしていない」
「反省は?」
「してる」
朱の髪の女の言葉にすっと答えたリョウに、クスッと笑みが零れた。
「……でも本当に、助力には感謝してるんだ。おかげで俺たちは怪我をしただけで済んだ」
「……そうかよ」
リョウの言葉にナツナが少し不満げな表情を浮かべる。これは、拗ねてるな、とデスカルはナツナの表情を分析した。
「そういえば、どっかの枝葉が無くなったんだっけか?」
「ああ、壊れたのはネロキスクの箱庭だな」
「それ何処です?」
「さてね、あそこが何周目なのかは俺たちも正確なところはわからない」
「うーん……」
リョウとデスカルのやり取りを聞いて、自分に分けられていた最後の串焼きを食べ終えた緑と黒の髪の男が口を開く。
「そんなに何回も世界回帰って起こるもんなのか?」
「……まあ、普通はあり得ない。今は普通じゃない」
「それだけ何度も回帰しているという事ですね」
「うわぁ……」
口々に感想を言う来訪者たちは、一応世界回帰についてはある程度知っている様子だった。焦げ茶の髪の青年は小さく息を吐く。
「……それ、大丈夫?」
「まあ、普通は大丈夫じゃないけどな……何とかなってる。アヴリオスが承認した」
「……そんなことある?」
「あるからこうなってる」
なんてことだ……と焦げ茶の髪の青年は項垂れた。
「承認したとは言っても、それはそれで解決しないといけないんじゃ?」
「それは勿論。そこのサポートはやっていくつもりだ」
「僕らに手伝えることはないんですか?」
「さてな、お前さんらの目的次第かね」
食べ終わった串の殻をデスカルが回収し、さて、んじゃ本題だ、と話を切り出す。
「お前さんら、ぶっちゃけドルバロムからも隠れてたろ。わざわざここに飛んできたのには理由があるだろ? 何が目的だ?」
彼らが最初にこちらに飛んできたの自体が1年以上前だというのなら、今の今までドルバロムから隠れて動いていたのにも理由があるはずだ、とデスカルは思っていた。
「……目的は、彼女を連れ戻すこと、ですね」
「連れ戻すこと? 随分と悠長だな」
「連れ戻すことこそ、本来の目的に最も近い達成方法だと思ってますからね」
「なるほど」
デスカルとリョウが話すのを眺めながらカルディアはデスカルが買ってきたジュースの瓶をあおった。
「……世界を救うなんて、本物の勇者でもないのによくやるよ」
カルディアの言葉にナツナが苦笑する。
「友達助けに来ただけなんだろ」
「……よくやるよ、ホントに」
友達の為だったら、こんなに力が出るものなのかな、という呟きに込められていた哀愁に、ナツナは言葉を返すことはなかった。
♢
「そういや見覚えのないのが3人いるが」
「彼らはセネルティエとセンチネルの人間ですからね」
デスカルが知らない顔ぶれについて問えばリガルディアの人間ではないからだとリョウは答える。普通はそれでも知ってるんだけど、と思いつつデスカルは見知らぬ3人の顔を眺めた。
「……まぁ、まさか4国の連合部隊になってたとはな」
「それだけ彼女を殺す以外の選択に賛同してくれているという事ですよ」
「それもそうか」
それなら大丈夫だろう。
デスカルは立ち上がる。概ね話は聞けた。
「デスカル、話し終わった?」
「ああ、終わった。ロキたちのサポートがメインなのは変わらないな」
「そっか」
じゃあ解散か、と各々立ち上がったところで、金髪の少女が声を上げる。
「ロキ様! 本当に、彼らに言う事はそれだけなの!?」
「……俺が言うべきことは特にありませんね」
「彼らが貴方を守ろうとちゃんと動いてくれていたら貴方は顔の傷だって作らずに済んだはずでしょう!?」
金髪の少女の声にナツナが振り返る。リョウは苦笑していた。
「この傷はナツナの所為ではありませんよ。俺が回避しきれなかっただけです」
「……ッ、だからっ、ちゃんと守ってもらえてたらッ」
「俺は強奪系に耐性があるけれど、契約の方はそうじゃない。こちらがあれだけ揮える力を、奪われただけで使いこなせないと考えるのは浅慮でしょう」
リョウと金髪の女の言い合いを聞いて、デスカルはナツナに問いかける。
「相手強奪系だったの? 解除系じゃなくて?」
「んー、あれは多分強奪系だったと思う。ロキは気付いてたけどそこまでにスキルとか強奪されたらしき人に結構会ってたしね」
「まじか」
それは大変だったなあ、とデスカルは今更過ぎる労わりの言葉を掛けた。ナツナの戦力換算はかなり高いので奪われると厄介なのは間違いない。
「こっち奪われるとかあるんだね」
「オルガントの付近は契約だとか忠誠だとかの強奪があるから結構嫌われてるんだよ。ここにはないけど地球でいう”大罪系”もその系譜だし」
「あー、強欲、だっけ?」
「そそ」
どれだけ揺るがぬものであってもごっそり奪っていくので強奪スキルは本当にタチが悪い。契約の強奪は奪われる側が抵抗できる場合があるが、強奪する側が強いとそれも出来ない可能性の方が高いのも特徴である。そして、強奪系のスキルを持っていると強奪系のスキルに対して耐性が付くのも特徴と言えるだろう。
「対策は打っといてやらないとな」
「そこまで手を回してやるの?」
「情報収集も俺とアツシの業務に入ってるもんでな、大手を振って情報提供できるってもんだ」
リョウは金髪の少女を何とか宥めたらしく、すまない、とデスカルとナツナに声を掛けてきた。大丈夫さ、とデスカルは返して、ちら、と金髪の少女を見やる。
女の目に宿った炎は、リョウを慕っている様子も見受けられて、デスカルは朱の髪の女の方へ視線を移す。朱の髪の女はわかってますと言わんばかりの表情で笑っていた。
「なんだかんだと人望あるじゃないか」
「はは、俺自身何でこうなったのかはよく分かりませんがね」
「ま、大事にしてやれよ」
「……はい」
少し間が開いたな、とデスカルは目を細める。隠蔽の痕を見つけて、デスカルはそこを暴いた。デスカルが軽く手を振ったのでリョウは自分が何をされたのか気付いたらしい。
「デスカル!」
「あ! お前、なんだこのステータス!」
デスカルに何か言おうとしたリョウが逆にデスカルに掴み掛られて驚いた表情を浮かべた。
「……おま、端っから元の時間軸に帰る気なかったな?」
「ちょ、どういうことですか!?」
また声を上げた金髪女にデスカルは答える。
「よく見りゃ身体中ボロボロだ。しかも奴さんを連れ帰るんだとして、その魔力を賄えるだけの余裕がこいつにはない。自分を置いて行くんだったら何とかなるぐらいの魔力しかないぞ。魔力量の上限が減ってるな」
「……特に何かあった記憶はないけれど、急に減ったんです。理由は正直あんまりわかりません」
「……別の時間軸の影響が出始めてるんだ。お前さんのサポート用にこっちもわざわざ助っ人連れてきてるからな、やるときにはちゃんと言え。こっちでお前さんらを死なせたら何が起きるか分からん」
そういう事なら、よろしくお願いしますね、とリョウは言って、デスカルはさて、解散だ、と足早に宿を出た。
あのままだとデスカルは色々と説明させられそうだったので、リョウ自身に全てをぶん投げた。
「……デスカル、説明責任投げた?」
「もともと隠しておっ死ぬつもりだった奴にそれはさせねえってわからせる時間を稼いでやっただけだ」
「さっすがデスカル、わからせ好き」
「おい変な誤解を招く言い方は止めろ!」
実際別の世界線で死ぬのは問題があるだろう。デスカルはそんなもの見たいわけではないから、阻止できるものならば阻止する。
「ところでデスカル」
「ん?」
ナツナが口を開いたのでデスカルはそちらを見た。
「今後ってどうなんの?」
「今後の方針か? とりあえずあいつらがやろうとしてることを考えると、とりあえずあのお嬢ちゃんを俗世と切り離しておく必要がある。セネルティエ王国が都合がいいって言ってたから、セネルティエ王国の黒箱教の教会に保護する方向で行く」
「そんな上手く行く?」
「奴さんがやろうとしてることを考えると、俺の妨害で付いた傷を避けるためには絶対何か起こしてくる。そこに介入する」
「上手く行くならいいぜ」
ナツナは既に計画が汲まれているならいいと視線を戻そうとして、あ、そういえば、とナツナは言葉を繋げる。
「ロキのやつ、『記憶書』取得してるよな?」
「おおぅ、気付いてて暴れなかったのは偉いぜナツナ」
「やっぱり!! あれだけは取得するなって言ったのに!!」
悔しげなナツナを見て、結構危ないスキルなの、とカルディアはデスカルに尋ねる。デスカルからはそうだぞ、と返ってくるだけだった。
「……ロキは、オイラの氷のマナへの抵抗力を失ったんだ。魔力が減ったって言ってたろ? あれは強奪野郎が出て来る前の話で、オイラはそもそも協力してた。でも魔力が減って抵抗力が落ちてたんかな。魔力回路に異常をきたして、あれ以降精霊とは契約できなくなってた」
「……ロキならごめんだけ言ってそうな状況だな」
「……想像に難くねえや」
ナツナにとってその経験はとても苦しいものだと、少なくともデスカルもカルディアも知っているものだから、なかなかどう声を掛けていいかわからない。
「……結局力だけじゃどうにもなんねーんだよなぁ」
「まあ、なぁ」
「ここっていうドンピシャで使える力があればいいんじゃない?」
「それもそうかぁ」
また自分のせいで誰かを傷つけた。
それが、自分を頼って来た下位世界の住人で、でもその契約者を気に入ってしまって、力を貸した。その結果どうなった。
端正な顔に縫い傷のあったリョウ――別時間軸のロキ・フォンブラウを思い返すと、やるせないのも分かる。
「よし、とりあえず俺はアーノルド閣下の所に行ってくる。お前らどうする?」
「僕も行く」
「オイラちょっと買い物してから戻るわ」
「おっけー」
デスカルとカルディアはそのまま王都フォンブラウ邸宅へ、ナツナは買い物のために商店街に残った。
その後、デスカルから報告を受けたアーノルドはしばらく頭を抱えたそうな。




