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2024/07/25 改稿しました。
鋼竜の巣から戻って一週間ほど経った日のこと、剣を振る男子生徒たちと、それに付き合っているらしい女子生徒たちの影がちらほらと見える訓練場にて。
「やっ!」
「ん!」
光属性を示す金髪が翻る。濃い黄金と薄金が靡く。朝日を受けて煌めく金を眺める生徒たちの影も多い。早朝から組手をしている生徒は少なくないが、積極的に金髪が踊っていることも少ないので皆の目を引いている。
「ッ!」
「甘い!」
薄い金が濃い黄金に投げられた。空中で体勢を立て直して着地したものの、黄金の追撃が早い。
「……レオン、荒れてんな」
「……そうだね」
セトの言葉に、ロキは小さく肯定を返した。レオンが大荒れしたのは夏休みの終わりごろだったとロキは記憶している。親戚が元々あったレオンの地雷を分かって踏み抜いた。その時と似たような荒れ方をしている、とセトはぼやく。
レオンと組手をしているのはカルで、カルとレオンだとカルの方が膂力も速度も上なので何とも言い難い状況になっている。
レオンはそもそも暗殺系のステータスをしていると考えられていた。父親はあまり戦闘向きではないが、クローディ公爵家はもともと暗殺系の戦法を好む者が多く、レオンもそれに倣っている。レオンの母親はもともと暗殺者ギルドと区分されていたギルドに所属していたというし、暗殺者系に適性があるのは間違いないだろうと考えられているのも当然と言えばそうだった。
「ふッ!」
「いっ……!」
レオンの腕をカルが当然のように叩き落とすのを見ていると、レオンが可哀そうになってくる。ロキは軽く眉根を寄せた。
「ロキ、どうした?」
「カル殿下、今レオンの腕思いっきり叩き落としたぞ」
「え、そうなん?」
凄い音がしたわけでもないけど、とセトが言うので、ロキは少し首を傾げた。
「違ったか……?」
カルとレオンが取っ組み合っているのを見ていると、なんとも言えない気分になってくる。
――殿下、これからは俺がお傍で御守りしますからね!
――ロキ、お前の手を借りるまでもない!
――後ろに下がってろ!!
「……この違和感……なんだろ……」
「?」
セトが覗き込んでくるのでロキは観念して口を開いた。
「なんか……レオンって暗殺者以外の戦闘スタイル抱えてる気がする……」
「奇遇だな、俺もそれは前から思ってた」
「何で俺の口を先に割らせた……」
「いや、ロキが言うなら確実かなって」
感じてたならその違和感レオンに教えてやれや! というロキのごもっともな言葉にセトは苦笑を返した。
「いやー、なんかこれ言っちゃいけない気がしてさぁ」
セトのその表情に、ロキは悟る。小さく息を吐いた。レオンがかつて回帰の中で支払ったものだったのなら、その指摘は確かに危ういだろう。
ロキは基本的にゲーム脳である。これは、前世から引き継いだものというよりも、ロキの思考を前世の感覚で理解しようとした場合そうなる、と言った方が正しい。カルたちの要請によってゲームのような言い方こそしないようにしているが、ゲームのシステムは状況の理解や適性の理解という点においてはこれ以上ないほどに都合の良い物差しとなり得た。
「……ちなみにロキの見立て的には?」
「……回帰のどっかでレオンが自分の盾職適性売っ払って何か貰ってる」
セトはふんふん、と聞いているだけで、ロキは言ってしまってからこの思考お前理解できねえだろ、とセトに悪態を吐いた。
「でも一個一個メモっていったら何となくわかるようにはなって来たぞ?」
「お前意外とマメだよな……」
「ターニャとアルトリアのおかげかなぁ」
セトから出たセトの幼馴染の名にロキは口元を緩めた。
レオン・クローディは基本的に、暗殺者適性が高いかと言われると高いがベストかと言われるとベストではないだろうということが予想できる。双子であるナタリアも暗殺者適性が高いらしく、レオンもナタリアも得物はワイヤーだ。暗器と言いつつワイヤーなのは何故かと聞けば、分かりやすい武器よりも仕込める物の方が良いとナタリアは答えた。
カルとレオンを比べると、カルの方が僅かに速い。得物はカルの方が重いので、実際の戦闘になったら速度はわずかにレオンの方が速いくらいになるだろう。
レオンの振るった拳をカルが左腕で受け止め、肘で鳩尾を狙ってきたのを膝で弾き上げた。
「ッ」
「せいッ!」
カルの右ストレートがまともに入って、レオンが吹っ飛ぶ。うひゃ、と小さくハンジが声を上げたのが聞こえた。
吹っ飛んだ先に居た令嬢たちがレオンに駆け寄っているのが見える。レオンはすぐに身体を起こして、令嬢たちに礼を言って戻ってきた。
「まだやるか?」
「……ちょっと、休憩します」
レオンの言葉にカルは小さく頷いて、占領して悪かったな、と言ってレオンと共にロキとセトの居る方へやって来る。訓練場のほぼ中央に陣取っていたカルとレオンが居なくなったので、ぞろぞろと他の生徒たちが集まってくる。そしてそれぞれの鍛錬を始めた。
「……レオン、大丈夫かい」
「……俺、こんなんで殿下の影武者務まるのかな……」
レオンはロキの横に座る。ロキは冷やしたタオルを出してやった。
「大丈夫だよ、影武者くらいなら務まる」
「……ならいいけど」
「まあ、そのままだと死ぬかもだけど」
「……」
「死ぬなってことだよ、レオン」
「……分かってるよ」
冷たく濡れた冷えタオルで顔や首元の汗を拭ったレオンは小さく息を吐く。
「……ロキ、お前、俺に合った戦い方とか分かったりしない?」
「俺が? わかるわけないだろ、ステータス見れるわけじゃないんだぞ」
「……それもそうか」
レオンがしゅん、と項垂れたのを見て、ロキは少し考えた。
絶対これがいい、というのが分からないだけで、分かるための手伝いならばできるかもしれない。幸いロキにはその伝手はあった。
「……レオン、よかったら、武器適性を見れる奴を紹介しようか?」
「……! いいのか?」
「いいよ、つっても護衛だから使用人棟に行く必要はあるけど」
「……お願いするよ」
レオンが素直に願い出てくれたのでロキは小さく頷く。この後アンドルフにスキルの使用をお願いしなければならない。デスカル辺りに頼んでもいいのかもしれないが、できる範囲であれば上位者の力を借りたくはないとロキは思っていた。
「レオンって体術の評価どんなん?」
「……中の上だよ」
「……」
「なんだよ、嗤いたきゃ嗤えよ」
セトの問いにレオンは答え、膨れ始めてしまう。ロキはまあまあとレオンを宥めつつセトをジト目で見やる。何で聞いた。いや、聞いとこうと思って。
「言うてセトだってあんまり今の戦法合ってないだろ」
「まぁ師匠からもナイフ戦の方が良いって言われたんだけども」
「ファリア殿が言ってるなら大人しく言うこと聞いたら?」
「今まで頑張ってきたのをポイッとはできねーよぉ!」
ロキは簡単に乗り換えれるのかもしれないけどさあ、とセトが口を尖らせた。ロキはまあな、目的地が違うもんで、とニヤリと笑って返す。レオンは自分を挟んで交わされるやり取りに苦笑を零した。
♢
レオンとロキは実は周りからかなり比較されている。ロキは気にしておらず、振り回されているのはレオンの方だけという状態ではあるが。
ロキはゼロに言伝ててアンドルフの許へ行かせ、鍛錬を終えてハンジのお悩み相談を受け、シャワーまで浴びてからアンドルフの所へ向かった。レオンも支度を終え、帰りがけにハンジの所用も解決してやる予定で動き出す。レオンとは鍛錬場に併設されたシャワールームを出てすぐ合流した。ハンジは図書館で待機だ。
「……本当にいいのか?」
「いいですよって返事が来てるんだからいいんだろ。お前を視るって決めたのは俺じゃなくアンドルフだ」
アンドルフを紹介するとは言ったものの、下手をすれば引き抜きにあう可能性もあったので、まず受けるかどうかをアンドルフには問いかけた。相手がレオンであることも伝えたうえで、アンドルフは見ましょうと言ってくれたのである。これで多少なりともレオンが楽になると良いと思ってはいた。
使用人棟に貴族子弟が来ることはほとんどないので、ロキとレオンを見た他家の使用人たちが目を丸くしていた。普通は呼ぶか外で待ち合わせの方が多いためだ。直接出向くのは本当に珍しい。ロキは2度目だが。
フォンブラウ家に充てられている大きな部屋の扉の前に立っている菫色の髪を見つけてロキは表情を綻ばせた。ほとんど呼ばないせいでほとんど会わないので、なんだか懐かしくなってしまうのである。
「アリア」
「ロキ様! お早かったですね。アンドルフは中でお待ちしております」
「わかった」
「レオン様、はじめまして。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく」
アリアが扉を開け、中に入るよう促す。ロキとレオンが中に入ると、扉が閉まって、さっとロキの傍に護衛らしき男が立つ。
「ロキ様、御髪は乾かしておいでになるべきです」
「はは、風邪ひくわけじゃないから許してよ、ラファエロ」
こいつ俺の護衛騎士の1人ね、と赤から緑へのグラデーションの掛かった髪の男を紹介され、レオンは驚いた。
「ロキってもう護衛騎士ついてるのか?」
「ん? ああ、まあな。ほら、神子周りは何かと煩いから」
「ああ、なるほど」
ここ座れ、とロキに勧められたソファにレオンも腰掛ける。向かいの席に初老の男性が座っていた。
「レオン・クローディだ。今回は、急な申し出を受けてくれて助かる」
「アンドルフ・ウルカンと申します。フォンブラウ公爵家私営騎士団で教育係を務めております」
「先代の副団長だよ」
「! すごい人じゃないか」
「ああ、アンドルフはすごい人だよ」
レオンの反応に気をよくしたロキはニッと笑う。公爵家は基本私営騎士団を抱えているので副団長がどんな人が選ばれるのかはレオンも知っていた。副団長を拝命していた人ということは、フォンブラウ家に勤める騎士の中で事実上アーノルド公爵閣下に次いで強かった人で間違いない。
「早速視てもらってもいいだろうか」
「畏まりました」
アンドルフがじっとレオンを見て、目を丸くした。
「?」
「レオン様、今お使いの武器は……?」
「ワイヤーだけど……」
「……一番適性がおありの武器は、ワイヤーで間違いありません。ただ、他が大盾のようだったので」
「??????」
大盾と聞いてきょとんとしたレオンを見てロキは小さく「宇宙猫……」と呟く。
アンドルフは少し考え、紙とペンを持ち出してさらさらと図を描き出した。
「ワイヤーの方はこういう形状のもので、大盾はこういう……」
「……ワイヤーは俺が使ってるやつだ……。大盾は、これ、騎士職ぐらいしか使ってなくない?」
「そうですね。特に重騎士が使っていることが多いでしょうか」
と、いうことは。
「レオン様は、恐らくそこまで速度はないかもしれませんね。正面突破型か、隠密一撃型かだと思います」
「……っ」
レオンはソファに沈み込んだ。多分隠密一撃型だ、とレオンはぼやく。
ロキはアンドルフに、レオンが抱えている悩みの一部を告げた。
「レオンはさっきカル殿下と組手をして、速度が足りないとか膂力不足とか考えている状態なんだ」
「なるほど。それであれば、私よりも神官やゼオン様に視ていただいた方が良いかもしれませんね」
「何か違和感が?」
「はい。何、とは言い切れないので、昔ロキ様に視ていたものと同類のものだと思われます」
「そうか」
アンドルフの言葉にロキはやっぱりな、と独り言ちる。
「やっぱりって何だよ」
「回帰が関係してるから今の段階じゃどうにもならんってこと」
「……え、まじ?」
「マジ」
アンドルフに礼を言ってロキとレオンは部屋を出ることにした。
どちらにせよアンドルフだけではどうしようもないことも分かったので、それならば他のせねばならないことをやっていこう。
「レオン、このまま図書館に寄るけどいいかな」
「ああ、グレイルの?」
「おう」
アリアの見送りを受けて使用人棟を出る。ロキは歩きながら小さく呟いた。
「しかし、レオンがタンクだったとはな……」
「え?」
「ん、お前が盾職適性があるなんて思ってなかったって言ったの」
「それは俺自身そうだけど」
レオンはロキの言葉にぼやきつつ、ロキに合わせて小走りで廊下を進む。レオンは色々と考えたかったが、今はロキと共に授業が始まる前にハンジの用事を終わらせた方が良いと判断した。相談くらいは、ロキやカル殿下にするべきだと思い始めている、それくらいには、ロキのことは信じても良いと思い始めた所なのだ。
「……おかしいかな」
「ん?」
「暗殺系の家系なのに、盾職適性っぽいの、変かなって話」
レオンの言葉に、ロキは軽く振り返っただけだった。その顔には、「何言ってんだこいつ?」とありありと書かれている。
「変っていう方が変じゃない? 適性なんざ転生者だの加護だのでいくらでも捻じれるじゃないか」
「……あ、そっか」
転生者かつ加護持ちのロキからすればそれくらいの話でしかないのだ。
辿り着いた図書館の扉を開けて、受付の近くにある椅子に座って待っていたハンジに声を掛ける。
「ハンジ」
「あ、ロキ」
もう用事は終わったの、とハンジは読んでいた薄い本を横に置いた。
「レオンは休んでていいよ、すぐ戻る」
「わかった」
ハンジはロキと共に図書館の奥へ向かう。レオンはハンジが置いた本を見やった。
「……旧帝国の書物か……」
銀製の武器について書かれた本は意外と少ないのだが、リガルディア王国にはそれなりに存在している。土地柄アンデッド系の魔物が多くなりやすい事や、刃物を扱うことに長けた種族が支配者層に居ることも関係しているのだろうが、旧帝国から持ってきたらしい書物が意外と現存していた。
ロキとハンジは宣言通り15分程度で戻ってきて、ハンジの手には何冊かの書物。ちらとレオンが見ただけでも死徒対策のための武具の本を読もうとしているらしいことが伺えた。
♢
この世界では、加護持ちの子供に必ずしも加護持ちが生まれるわけではないし、加護はその個人に掛かっているものであるため、子供が似たような性質を示すことはほとんどない。
時折出て来る戦神ばかり並ぶ家系は、神々が勝手にその血統を気に入って加護を並べていることが多いので、途切れる時は一代で切れたりする。そうならないのは苗字に加護が掛かっている場合だけであった。ケイオス男爵家などが代表だ。
稀に親子が揃っている加護が現れることがあるが、こちらは完全に偶然である。
フォンブラウ公爵家はここ100年ぐらいの間に加護持ちが生まれ過ぎだとすら言われているくらいだ。宗家は2代遡ってアーサー、その息子テウタテスともに加護持ちである。アーノルドは加護を持たないが弟タラニス、アーノルドの妻2人が加護持ちで、それぞれの子供たちも全員加護持ちだった。
アーノルドの子供だけ異常なくらいの加護持ち率のため、アーノルドの嘆きを同年代の王宮勤めの役人たちはよく聞いている。
加護持ちの力が強くなるかどうかは親にかかっている部分があるのだが、親が加護抜きで強ければ子供も強い可能性が高く、転生者でもない限りはそこで揃っている要素から予想される未来への投資のようなものとして与えられる、それが加護である。
転生者であればその魂を気に入った神が早い者勝ちで加護を与え、最初に加護を与えた神の名が与えられる。そこまでは、教会の神官たちの研究で分かっているらしい。
加護持ちはその名があるからと言って必ずしも単一の加護でおさまっているとは限らないので、気を付ける必要があるが、基本的には神々は1人につき1柱が加護を与えていることがほとんどである。
また、加護持ちの強みを打ち消す『神殺し』という称号やスキルも存在しており、加護持ちだけに頼ると痛い目に遭いそうな条件があるので考慮すべき点は多い。国家運営という点においては考えるべき点であるのは間違いなかった。
ハンジの用事を終えてロキとレオンは講義室へと足を向ける。ハンジは色々あって雑用の様なことを多くやっているので、ロキたちと同じスケジュールで動くことはほぼない。
「ロキ、お前、グレイルの事結構贔屓してるよな?」
「ん? ああ、まあ、前世からの知り合いだしね」
そういえばそうだったなとレオンは呟く。近くにあった結晶時計を見て、もうあんまり時間ないかもと2人で廊下を走った。




