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2024/07/01 改稿・編集しました。
「やっほー、ナツナ」
「久しぶりだなー、ドルバロム」
ドルバロムが出迎えた少年。外見は12、3前後と言ったところだろうか。
藤色の髪は無造作にまとめて結んでおり、群青色の瞳。光が当たると白群に見えるという不思議な瞳をした少年である。
ナツナと呼ばれた彼は、視界に映った鮮烈な赤を見て笑みを浮かべた。
「久しぶりだな、ナツキ」
「あーもーその名前くすぐったいからやめてくれないか、兄者?」
「えー。いいじゃないか、どうせすぐ呼べなくなるんだし?」
ナツナ、またはライフレイカと呼ばれる彼は、デスカルの双子の兄だった男である。
つまるところ、デスカルの関係者であり、それだけが今回は大切なことだ。
「ネロキスクは?」
「もうじき俺の仕事も終わりだ、だとさ」
「……もう、ネロキスクも結構ガタが来てるもんなぁ」
「それでも過去に遡ったのはアイツだ。器があったとはいえ強欲すぎやしないか?」
「人間なんてそんなもんだろ。ましてお互い知り合いだったんだからさ」
ナツナはデスカルではわからない人間たちの薄暗い感情を伝い、感じ取り、読むことができる。お互い人間になっていた時期もあるというのになんだこの差は。理不尽ではないかとデスカルは思った。
逆に、そんなごく一般的なものに近しい力が無かったからこそデスカルの方が破壊神という中立の立場に据えられてしまったのであるということも理解してはいるのだが。
デスカルが小さく息を吐いて、肩を落とす。ドルバロムはナツナの後ろにこそっと立っていた少女に気付いた。
「あれ? カルディア?」
「見つかっちゃった?」
少女は金髪碧眼で、腰に剣を下げている。緑の冒険者らしい服装は、彼女が上位者だと言われなければ見わけもつかない。
「一緒に来たの?」
「うん」
「あ」
ドルバロムは不意に南の方を向く。
「どうした」
「ロキ魔力切れ起こしちゃった」
「当たり前だ。カルディアはアウルムの探知外だからびっくりしただろうな。まああいつならうまくごまかすだろうけど」
「ナツナとの契約のせいにされてる」
「ははは! 妥当だな!」
ナツナ自身笑っているのではどうしようもない。
ドルバロムはじゃあそろそろ戻るね、と言って姿を消した。
「あ、ドルバロム、俺たちはこっちでの依頼が終わったら一度ベゼルフェールに戻る。その時にこいつらも連れて行くからそう伝えてくれ」
『分かった』
デスカルはさて、とナツナとカルディアと呼ばれた少女に向き直った。
「カルディアにはいろいろ聞きたくなることも多いけど、先に何して欲しいかの説明しとくぞ」
「おう」
「はーい」
デスカルは2人にブレスレットを渡す。
「まずナツナ、テメーは分かってると思うがロキの契約精霊として傍で守ること。アイツはあまり力を借りたがってないが、今まで複数回お前と契約を結んでるらしいじゃないか。頼るとしたら一番相性がいいお前だろう」
「雪崩とスノーボールアースじゃ随分物が違うけどな」
「でもお前【ヨツンヘイム】使えたろ?」
「あー、そっちかー」
ロキ個人とそこそこ相性がいいのだ、とデスカルが示せばナツナは苦笑した。覚えているとも。ロキは氷属性を扱うのも上手で、ナツナの出力調整を上手くやれる珍しい人物であった。ナツナはデスカルの目を盗んで何度もロキに手を貸してきた。
デスカルから受け取ったブレスレットを眺めてカルディアが問う。
「それで、そのブレスレット何?」
「ああ、これ通信。上では使ってなかったか?」
「ボクそんなのいらなかったもん」
「そのたびにアルディレスに叱られんのきつくなかったの?」
しょぼん、と効果音の付きそうな顔をしたカルディアから察するに、きつかったらしい。
元々空間を断ち切るような性質を持った剣の所有者なのだ。世界の安寧のために身を粉にして働いていた(であろう)同僚に同情を向けながらデスカルはブレスレットを2人の手首に付けてやる。
「カルディア、今度からは移動はドルバロムを呼べ。この世界はディアステーアを振っただけで壁が壊れる」
「え、脆い」
「下位世界って時点でお察しだ。ネロキスクが一応上位に足を踏み入れた時、この世界はその魔力に耐えきれずに凍り付きかけてたんだ。それを溶かしたのも親父さんの方だけどな。なんであの子名前スルトじゃないんだ?」
デスカルは笑う。
ロキの氷の威力は本人の魔力量に物を言わせたものであり、それは『神殺し』を持っているロキの術を何とかせねばならないという時点でアーノルド以外に止められる人間など居はしなかった。
火も同等のものであり、おそらく火の方が実際の力は強いだろうと考えているデスカルからすれば、ロキを止められる存在など今はもう自分以外無いに等しいのである。
カルディアはしばらく腰に下げている剣を見ていたが、デスカルに視線を戻した。
「ねーデスカル、僕の扱いってどーなるの?」
「客将ってとこだな。ああでも、くれぐれも礼節を怠らないように。お前は残念ながら俺たちと違ってこの世界の攻撃で結構ダメージ食らうからな」
デスカルの説明に不服そうな表情を浮かべたカルディアは尋ねた。
「……なのにディアステーアは振っちゃ駄目?」
「振ってもいいぜ? すぐ直せるなら」
「……ここマナが多すぎて無理」
「「「じゃあ諦めな」」」
ナツナの言葉に乗って辺りのマナを探ってみたが、カルディアの体質ではこの世界ですぐに魔法を発動させるのは難しそうだった。
「……僕礼儀作法あんまり詳しく知らないよ?」
「あー、お前は種族のごまかしがきかんからな……どうする?」
「オイラもナツキ……そんな怖い顔するなよ……デスカルも、アツシもドルバロムも、一応括りは王族で為政者だから……でもよく考えたら傭兵なのにこれ変じゃね?」
「上位世界にも同じ騎士の括りがあるというのはもう知れ渡ってる。俺らの場合同じ種族は最悪皆同じ血統だったりするけど、人間はそうもいかない。よし、カルディアにはテマノス流を叩き込んでやる」
デスカルの言葉にカルディアは息を吐いた。
「テマノスはデスカルの国じゃなかったと思うな」
「俺がきっちり知ってんのは鳥人と魔族、後はトルマノスだな。トルマノスのガッチガチの狂戦士共のやり方は嫌だろ」
「願い下げ」
「じゃあやっぱテマノスだな。ナツナも知ってるし」
「なんだかんだ一番滞在期間長いしな、あの世界」
他の世界にも移動しているらしいことをさらりと証言しつつ、これからの予定を固めていくデスカルである。デスカルとしてはもう少ししてからカルディアが来ると踏んでいたので少し予定を立て直している所だ。
「ねえデスカル、さっきから何か呼びかけみたいな声がするんだけど」
「あー、この世界の世界樹だろ。アヴリオス! 何の用だ?」
デスカルがかわりに受け応える。すると聞こえてくる、それは音ではない。漠然と伝わってくる意思のようなもの。
「……ちょ、僕はネロキスクを殺したりしないよ!」
「ディアステーアめっちゃ警戒されてるな」
「だって一応『時空断裂剣』だぜ? いくら必要だからって流石に怖がるだろ」
「だからこうしてカルディアにディアステーアを振るなと言い含めてるんじゃねえか」
カルディアはわざわざこうしてデスカルが延々と時間を取って自分に説教をした理由が分かったので息を吐いた。そこまで自分は聞き分けの悪い子供じゃない――と、思うのだが。
そりゃあ、デスカルにとっては誰だって幼子みたいなものだろうが。
「……分かったよう。アツシ、なんか軽いの作って」
「分かった。ショートソードとナイフどっちがいい?」
「ショートソードで!」
アツシのことをアストと呼ぶのは下位世界の住人ばかりである。上位の者なら皆アツシと呼んでいる。そんなことをふとデスカルは思う。
ロキの前では合わせてアスト呼んでいることがあるのだが、ロキはアツシと呼んでいた気がする。そもそもアツシの名称の方が古いので当然かもしれない。
「ああそうだ、アツシ」
「ん?」
「次戻った時、ロキにネロキスクが場所だけ取ってるあの空間押し付けようぜ」
「言い方に甚だ疑問を覚えるな?」
「気にすんな」
♢
カルディアにお願い事を伝えて一息吐いたデスカルに、ドルバロムが声を掛けてくる。
『ねーねーデスカル』
「ん? どうした、ドルバロム?」
『なんかロキたちの方が面白いことになってる』
「どういうことだよ」
デスカルは風の精霊を見かけたので声を掛けた。
「あ、ちょっと、そこの中級風精霊さん」
『はーい? あら、フレイライカ様』
「ばれたか」
『すぐにわかるわ。それはそうと、何か用があったんじゃないの?』
「リガルディアの王都近くの鋼竜の巣に知り合いが行ってるんだが、様子は分かるかな」
『お安い御用よ。ちょっと待ってて』
さあっと上空へ向かったエアリアルを見送り、デスカルはカルディアとナツナに告げる。
「カルディア、ナツナ、俺は“ロキがバハムートに絡まれた”に賭ける」
「じゃあオイラは群れを作ってるジャベリンワイバーンが来る!」
「僕はそいつら皆王都に帰る時ドラゴンに乗るに賭けるよ」
たぶん全員当たるなこれ、とデスカルは言いつつエアリアルの報告を待った。




