5-24
2024/06/23 加筆、大幅な修正をしました。登場キャラが増えています。
ざあざあと雨が激しく岩肌を叩いている。
この時期の風雨は子供には辛い。精霊たちが子供たちの存在に気付いて、なるべく風が吹き込まないようにしてくれるのだが、それでもやはり気温が下がったのは子供には辛かった。
ロキは全く感じていないのだが、それは彼が氷の適性が高いためである。火属性にしか適性のないソルやそのほかの赤毛の令嬢や令息らはカタカタと震えている。一応のためにとシドがゼロと共にブランケットを何枚も持ってきていたのが幸いしていた。
「サンダーバード、どんな感じだった」
雨の降り込まないくらいの奥へ入り込んで、生徒たちは身を寄せ合っている。ロキたちの居る場所まで戻ってきたチームメンバーにルガルが問うと、メンバーの男は首を左右に振った。
「増えてやがる。今は5羽」
「色は」
「身体のでかい赤っぽい奴と青っぽい奴、あとえらく鮮やかな赤紫のがいる」
「王種かぁ」
ハインドフットが呟いた。
聞き耳を立てていたロキは雄か雌かの判断をしたかっただけだが、聞き捨てならない言葉が出たなと思う。
「ハインドフット先生、サンダーバードの王種って、大丈夫なんですか」
「まあ、こっちも王種が居るからなぁ。ちょっと様子を見て来るぞぉ」
ロキは王種、というワードを聞いて少し考えた。
「王種、ってなんですか?」
1人の生徒が質問をする。ハインドフットは一旦止まって口を開く。
「ドラゴンの竜王みたいなもんだぁ。その魔物の頂点、種族的な長のことだなぁ」
竜王、と言われてもピンとくるものはいないだろうな、とロキは思う。
竜帝がそもそも上位の存在であったとするなら、竜王はこの下位世界において最強のドラゴンであると言い表せば良い。
「サンダーバードにもいるんですね」
「あぁ、全部の種類に居るって言われてるなぁ。フェンリルも王種が居るぞぉ」
「フェンリルにも?」
ハインドフットの言葉に、星喰狼と称されるそれ以外にもまだ上があるのかとロキが首を傾げると、ハインドフットは笑みを浮かべた。
「空喰狼という種だそうだぁ。毛の色は分からんが、瞳がそれは鮮やかな青に変わるらしいぞぉ」
ハインドフットは魔物が好きである。資料を探してそんな魔物が居ると知った時には、さぞ心が躍ったことだろう。質問をした生徒は感心したようにすごー、と呟いていた。
「……見てみたいですね」
「おう。見れたら面白いだろうからなぁ」
んじゃ、見てくるぞぉ、と言ってハインドフットはルガルについて洞窟の出入り口の方へと向かう。
ロキは洞窟の中を見渡した。焚火をしていないのは、ここには遺骸が多いためである。下手に焚火をすると燃える可能性があるので、焚火はせずに温度調節の魔術を作動させる結界を起動するための道具を持ってきていた。
そもそも、今現在かなり旅程が伸びている。もともとはこの場に1泊して下山後、また宿で1泊して帰る予定だった。それが、サンダーバードの出現によって既に4泊している状態だ。食料を多少多めに準備してきているとはいえ、全員が満足に食べれる量とは言い難い。
それだけではなく、家に帰れず、まともに寝ることも難しいせいで、特に令嬢たちのストレスが半端ではないのだ。魔物関連の授業なのだし、公爵家の令嬢であるロゼが何の文句も言っていない状態で流石に自分のことを優先させる者はいなかったが、それでも基本自分を優先する環境で育ってきた13歳にしてはよく保った方であろう。
ロゼはそもそもキャンプなどが好きなアウトドア派であった。その行動力は前世譲りで、ロキもある程度は分かっている。だから最低限風呂に関してだけはわがままを聞くことにしていた。これはカルやハインドフットと協議した結果であるため、特に誰も異論はなかったし皆で使えるのだからよかったのだ。
が、髪と服についてはお察しというべきか。
動き易い服装で来ていたナタリアや着替えにズボンとシャツを紛れ込ませていたロキ、カル、ソルらは問題なかった。むしろ半袖短パンで現在ちょっと肌寒い。ロキは長いストールを持っていたのでカルに貸した。
令嬢たちは基本的に馬に乗っていてもドレス姿であることも多い。今回もそうだったのである。流石に高いヒールの靴で来た者はいなかったが、度重なる魔物との遭遇で靴擦れを起こしたり怪我をしたりとなかなかハードな行程だった。ドレスが破れてしまった令嬢もいる。
「……まあ、だからこそ希望者のみの参加だったんだろうが……」
ロキは呟いていた。
今回の行程には危険が付きまとうということで、希望者のみの参加となっていた。しかしほぼ皆参加した。特に皆用事もなかったということであろう。
侯爵家の子供の参加もあるし、何より、王太子であるカルが参加するのに男子が参加しないわけもない。
令嬢たちは人数としてはかなり少ないし、そこまで問題にならないだろうと思っていたのだが、ここまでくるとちょっと、というやつである。ロキにとってここに居る御令嬢メンバーの大半が友達であるのがロキにとっては救いだが。あまり親しくない令嬢の相手は、端的に言うと疲れるのである。
そもそも令嬢たちは長距離をひたすら歩くということ自体に慣れていないことも多いので、残念ながら今回は靴擦れを起こした生徒が居た。それも2人だけだったのでまだ楽な方である。その2人はヴァルノスがシドと協力して編み上げた魔術【磁力】で浮かべた厚めの板の上に乗せられて運ばれていた。
ヴァルノスが伯爵令嬢なので、この足を痛めた2人はとても恐縮していたのだが、それで歩みが遅くなるのもいかがなものかということでこんなことになっていたのだが、この分だと遅れなくてよかったというべきだろう。採集の時間が短くなっていたに違いない。
皆に協力してもらって回収した鋼竜の素材は現在ロキの【アイテムボックス】の中に在る。ハインドフットが鋼竜の子供が育つところを見たいと思ったからこそ今回の演習もこんな遠くに遠征となったわけで、教員の力ってすごいなと改めて思う限りである。帰ったらコウとコンゴウにこの素材を与えれば、進化してくれると信じている。足りなかったら素材を追加で掻き集めなければならないけれども。
さて、実は今回ヴェンとドゥーがひっそりと付いてきている。ドルバロムのおかげか、サンダーバードと遊んでいるらしいのが伝わってくる。彼女らが遊んでいるからサンダーバードが立ち去らないのではと疑い始めたところだ。
ドルバロムは微笑ましく2人を見守っているようだが、上位者の感覚はよくわからない。ドルバロムとヴェンだとヴェンの方が年上に見えるのだが、実際はドルバロムの方が数万倍生きているというから恐ろしい。デスカルとヴェンだとこれまたデスカルの方が年上だというし。
ロキは自分の周りの精霊たちを思い浮かべたり、家族の顔を思い浮かべたりして、口元に笑みを浮かべた。ロキの横に居たカルが不思議そうにロキを見つめてくる。
「どうした、ロキ」
「……俺の周りの人たちについてちょっと考えてた」
「ふむ?」
リガルディア王国において、”化け物”や”怪物”といった語はその人物の武勇を誉める時に使われる語でもある。他国だとどちらかというと畏怖の意味が強い言葉であるのだが、リガルディア王国は時折、転生者が脳死で強さを誉めたのか?と言いたくなる言葉のチョイスが残っているのだ。この”化け物”も”怪物”もその内の1つ2つの表現である。
ロキは化け物と呼ばれることに不快感を感じたことはない。リガルディア王国内部でも、畏怖の意味で使われることがあるが、要するに強いと認められたことに他ならないのである。因みにこの言葉を公式的に直すと”鬼”という表現になる。
リガルディア王国内部ではあまり聞かない表現となってしまったが、実は長命種と話す機会があれば、武名で鳴らした貴族を鬼と呼称している場合があるので、案外気付けるものだったりするのだ。
「……いろいろ考えてたら思考が散らかったわ」
「ロキってそういうとこある」
「つらつら考えてるだけだとこうなるよね」
「そういうものか」
最初はサンダーバードについて考えていたはずなのにどうしてこうなった。
そしてロキは立てた両膝に顔を埋める。脳裏に縹色が翻る。目を閉じて、煌めく眼光を追う。碧い、碧い、海色の瞳。
ロキの知る限り、回帰する世界で悉く名を轟かせた青い”化け物”。
「……”化け物”を、思い出して」
「……お前の記憶にも、はっきり見えるのか」
「……今世でも、会ってない訳じゃないですからね」
「だいぶ前の話だろう」
「ええ、もう10年以上前に会ったきりです」
少しの間をおいて、声を掛けてきた少年。
「殿下、ロキ君、一緒に居ていいかな?」
「ん、構わんぞ。ロキもいいな?」
「ああ、うん、いいよ」
ロキは目を開けて少年の顔を見る。紺の髪は浅葱色のグラデーションが掛かっており、瞳はピーコックブルー。風属性の特徴を備えた少年だ。
「ウェンティから声を掛けてくるのは珍しいな」
「あー、うん、懐かしい人の話になってたから」
「……なるほどね」
「?」
彼の名は、ウェンティ・ファルツォーネ。ゴルフェイン公爵家の分家のひとつ、ファルツォーネ侯爵家の三男坊である。ウェンティの言葉に状況を正確に把握できたロキは顔を上げた。
「回帰前の記憶があることは、言ってもらわないと俺には分かりかねるよ、ウェンティ」
「あはは、なかなか言い出す機会も無くて、ごめんね?」
多少申し訳なさそうな可愛らしい表情を浮かべたウェンティに、ロキは悪戯っぽく微笑みかける。
「しかし、何でこのタイミングで?」
「今回は皆転生前の記憶もはっきりしているっぽいし、そろそろ皆にちゃんと声を掛けておかないと拙いかなって」
「……本当は?」
「カイウス様があんまりロキ君と相性良くなさそうだから間に入ってきてってゴルフェイン公爵閣下からお達し。僕とロキ君はもう仲良しなのにねえ?」
「ふ、はは、本当にな!」
ロキの横に座ったウェンティは置いて行かれているカルの方をちらっと見て、知りたいですか、と口の動きだけで問う。カルは小さく頷いた。
「端的にお話しますと、僕は転生者で、回帰の記憶を持っています、ってところかな。今、ロキ君がテオ君を思い出してるみたいだったから、この機会にテオ君についてしっかり話しときたいなって思ってお声掛けしました」
「おお、おおう」
情報だけ渡しやがったとロキは苦笑しながらカルを見守る。ウェンティの言うテオというのは、ロキの従兄弟のコンフィテオルのことである。鮮烈な碧い瞳を持つ、回帰の中で武名轟く”化け物”。
ロキはウェンティを見て口を開いた。
「……ウェンティ、無茶は禁物だよ?」
「あれ、ロキ君にめっちゃ心配されてる」
ウェンティはロキと目を合わせて少し目を丸くした後、ロキを安心させるように微笑みかけ、頭を撫でた。
「……僕はもう大丈夫だよ、二度とああはならない、あんなへまはしないからね」
何かあったんだな、とそれだけで察することができたカルは、小さく息を吐いた。回帰の記憶を夢に見るとは言っても、カルの視点では分からないことも多いのである。実際の被害にあった者の記憶を知っているわけではなく、ロキもあまり話してはくれず、ロゼも必要だと思ったこと以外はあまり話してくれない。それが混乱を招かないための方針だと分かってはいても、もっと情報が欲しいと思っているカルにとっては歯痒く。
今回だって、侯爵家と言えばカルの側近候補でもある家系であるにもかかわらず、カルは転生者且つ回帰の記憶がある者が潜んでいたことを知りもしなかった。
「……なんで皆そんなに隠すんだ」
「そうじゃなきゃ身を守れないからですよ」
「今回はロキが居るじゃないか」
「考えなしに言っただけじゃどうにもならないこともあるよ」
ウェンティ撃たれ弱いもんな、とロキが言うと、それ言わないでよぉ、とウェンティは慣れた様子で返していた。ロキとウェンティが仲良しなんて話を聞いたことはないので、カルが知る限り、学年全体の顔合わせぐらいでしかこの2人がしっかり話す機会はなかったはずだ。
「……2人は以前から交流が?」
「ちっちゃい頃から」
「うん。今僕はちっちゃい頃にちょっとお茶会で喋った記憶と回帰前の記憶を頼りにロキ君と喋ってます」
「きょうだいの誕生日パーティでよくついてきてましたしね。でも一緒にお茶したりはしてたよ。あとは、回帰前らしき記録の断片に居るウェンティを思い出しながらしゃべってるだけ」
2人とも器用なものである。
「……うん、やっぱりロキ君は口調が変わっててもあんまり変わらないね」
「俺どんな口調で喋ってたのさ」
「えっとね、もっと高圧的」
「それはそれでなんか話しにくそうだね?」
「そうそう。でもその分庇護を求める人も多かったかな」
「なるほど」
カルはそこからしばらくぼんやりとロキとウェンティがロキの従兄弟について話すのを聞いていた。近くでレインが聞き耳を立てていたのは、まあ、致し方ないだろう。件のコンフィテオルはレインの従兄弟でもあるようだった。
カルの脳裏に、ちらつく青。色は海に近いか。王家の青はもっと深く鮮やかな青で、それだけで彼が恐らくソキサニス系の青い色の持ち主であることが伺えて。
レインも巻き込めるということはメルヴァーチか。メルヴァーチと言えばガントルヴァ帝国に嫁に行った娘が居たはずだ。10年会っていないというロキ言葉からして恐らくこの帝国に嫁入りしたメルヴァーチの娘の子供だろう。
――なんで、どうして。
小さな声が聞こえた気がする。ここでこの記憶を思い出すのは拙い気がする。この声に乗っている感情は悲しみと、深い――
――テオ、来てくれるって信じてたぜ
――なんで、どうして
振り上げられた鎌。命を刈り取るそれ。グレイスタリタスの獲物。恐れの理由は少し異なる気もする。
青は碧へ、そして翠に。
――か、……すか
ああ、あの色は、きっと。
――ル……んか、だ……ぶ……す……!?
忘れられない、ぎらついた瞳。
きっと宝石の様な瞳とは、本来ああいう目を言うのだろう。
――カル、起きてくれ。
「――」
「カル!!」
「「カル殿下!!」」
バシッと音がして、頬に痛みが走り、ぐわんっ、と頭が揺れた。目の前にあるのは、白銀と濃桃色、そして紺とピーコックブルー。少し離れて空色とアイスブルー。
「……あ」
「……カルに、テオの話題は刺激が強いか」
「び……っくりしたぁ……」
「エリス嬢呼んでこようか」
「レイン、頼む」
カルはどうやら一瞬意識を手放したらしい。ロキがカルの身体が倒れないように腕で支えている。ロキも焦ったらしく、体温が火属性よろしく上がっていた。
「……心配をかけたな」
「……カル、その話は駄目だと、ちゃんと言ってくれよ」
「いや、駄目というわけではないんだ。ちょっとばかり、刺激的な記憶を呼び起こしてしまっただけで」
皆がカルに注目してしまっている。この状態で心の内を明かすのもよろしくないと判断して、カルは一度話題を打ち切る。ロキとウェンティもカルがどんな内容を思い出したのか何となく悟ったのか、それ以上の追及はなく。
「連れてきたよ」
「失礼します!」
レインが呼んできたエリスがカルの容態を看て、治癒魔術の簡単なものを掛けたところで、ホッと皆が胸を撫で下ろした。
「殿下の体調に万全を期すかぁ」
ハインドフットの言葉に、どうやらサンダーバードたちがお帰りになりそうだということを悟ったカルは申し訳ない顔をした。さらに一泊しそうな勢いだからだ。
「すまない、ハインドフット教授」
「なぁに、生徒の体調を第一に考えるのも教員の務めってもんだぁ」
ハインドフットの言葉を受けて、じゃあもう少しだけ話をしたい、とカルはロキとウェンティだけ残して、ロキに防音魔術を使ってもらった。
「ロキ、俺にとってはコンフィテオルも大切な民だ」
「……ああ、そう言ってもらえると、こっちも気持ちが楽になるよ」
ここに僕残ってよかったの、と小さくウェンティがロキに問いかけていた。ロキはいいんじゃない、と返していたので、ウェンティは逃げられなかったようだ。
「カル、そう言えば」
「ん?」
「先日ね、回帰前の自分に夢で会ったんだ」
ロキはカルに語った。水と廃墟に縛られるように留まった、ネロキスクを名乗ったロキのこと。
ゼロとロキしかいないあの箱庭で、皆先に行ってしまったと語っていたこと。間違いなくそれは彼自身の願いでもあったこと。
「あの箱庭にはもう時間が無いと、彼は言っていました」
進む時間を懐かしむ日が来るなんて誰も思っていなかったはずで、けれどその願いを託された皆が今ここに居るのだと、ロキは認識しているらしい。
「……ねえロキ君、ネロキスクって、もしかして、シグマに片目潰された義眼のロキ君のこと?」
「あ、ウェンティ分かるんだ」
「うーん、なかなかあれ強烈だったからね」
後方支援部隊にシグマが殴り込んできて、ロキ君の顔をバッサリいったんだよ。
ウェンティの言葉からするに、割とすぐ近くで見ていたことが伺えた。ロキは、じゃあこの白系の服の吟遊詩人はウェンティかい、と尋ねた。いやそれたぶん違う、メレ先輩だと思うと別の名前が出て来る。
『呼んだ?』
「呼んでないです!」
この場に件の人物もいて、防音魔術を容易く超えてくるやばい人であるらしいことまでわかったところで、ロキがふらついた。
「ロキ?」
「あっ、ロキ君!」
慌ててウェンティがロキを支える。
貧血かな、とロキが苦笑する。思考がまとまらず、止まらないのが傍目にも分かったらしく、ウェンティが慌てて自分が借りたブランケットを敷いてそこにロキを横たえる。
令嬢ロキは、どこかで生まれるかもしれなかった女として生きた自分は、無事に元の世界へ辿り着けただろうか。今頃平和に暮らしているだろうか。
大切な人々には会えただろうか。
戦争は終わっただろうか。
とめどなく溢れる思考にロキは息を吐いた。
寒い。
今度はロキが倒れる番らしい。
「ロキ君、身体がすごく冷たいよ! 魔力が無くなってる、どうしちゃったの!」
「……あぁ」
これ魔力枯渇の症状か、とロキはぼんやり納得した。夢で体験した、レインに魔力をすべて渡した時と同じ、指先が悴む感覚がある。
ウェンティが横たえてくれたおかげで余計な怪我はしなくて済みそうだが。
「く……、」
身体の節々が痛い。
どうしたのだろうかと思い意識をドルバロムたちに向けると、ドルバロムが何か忙しなく動いているのを感じ取れた。
これは上位者同士で何かしてるんだろうな、と察して、ロキはウェンティに言伝ることにする。
「うぇ、てぃ」
「なぁに、ロキ君」
「ちょ、ねる……」
「え、わ」
ロキはそのまま脱力した。ウェンティはああ、ロキ君寝るって言ったんだ、と理解した後、呼吸を確認して、同時に解けた防音魔術を確認する。振り返ってハインドフットを呼ぼうとしたら、件のメレ先輩が先にハインドフットを呼んでいた。
「ハインドフット先生、フォンブラウ君ヤバそうっス」
「おぅ」
ロキからいつもは湧水よろしく溢れかえっているはずの魔力が今現在は空になっている。ハインドフットはロキの傍にやってきて脈の確認をすると、これは回復をしっかり待たないと駄目だな、と結論付けた。
「どちらにせよ明日の出発のつもりだったからいいがぁ……フォンブラウは動けるようになるまでが大変だからなぁ、明日は誰かフォンブラウを担いでもらうかもしれんなぁ」
それは問題ないと言わんばかりのゼロが居たのでまあ大丈夫か、とハインドフットもすぐに顔に笑みを浮かべた。生徒達がいつでも出発できるように各々の準備をし始める中、シドとゼロが慌ててカルとウェンティの傍へやってくる。
「悪ィ殿下、ウェンティ様」
「何で急に魔力切れを」
シドとゼロの言葉にカルとウェンティは苦笑を浮かべ、シドにロキを引き渡す。
シドは一瞬固まった。
「何か分かるのか?」
「……ドルバロムのヤロー、召喚しやがった」
「……それは、上位者を、か?」
「ああ。じゃねえとロキの魔力あんなにあんのに一瞬で持ってくなんざ無理だ。しかもこの感じ……女将も関わってる。ハインドフット先生!」
「はい?」
シドは恐るべき事項を口にした。
無論、分かる者にしか分からない事ではあるけれども。
「氷怪鳥ライフレイカが召喚に応じました。たぶんロキとそのまま契約結んだから魔力切れを起こしてる」
「あぁ、それはフォンブラウは災難だなぁ。……王都に氷の対策ってしてあったっけかぁ、殿下」
「メルヴァーチ侯爵とツァル侯爵が担当している、抜かりはないはずだ」
実はこの裏ではリズとルガルが軽くパニックを起こしていたのだが、それは脇に置いておく。