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2024/06/16 加筆修正しました。
ロキたちが宿泊予定の宿屋には露天風呂があった。
まあ、火山と全く関係ない地形というわけでもない。温泉くらい湧くだろうとはゼロの言である。
ロキたち男子勢は時間を合わせて入ることに決めていた。
ちなみにこの時代、男女は混浴である。どこの古代ローマですかとエリスがツッコミを入れていた。
そんな中に、1人、背の低い少年がいた。
本人は酷くそのことを気にしているため突っ込んで聞くのはご法度なのだが、見事に周りの視界から最悪消える130センチの低身長である。これは彼の出身が人間と小人族系のハーフに始まった家であるためであり、本人に非はない。
オート・フュンフ、フュンフ子爵家の三男である。
もっと幼い子供と間違われるのはいつものことだが、定期的に皆の視界から消える。
セトは現在168センチと中学1年男子としては少々高い部類に入るためたまに本気で蹴る。大体その先にカルかロキかレオンがいるため、そちらにオートが倒れ、王族と公爵家にびくびくしながら毎度謝罪を繰り返していた。
初等部から実はロキと同じクラスに居た彼であるが、ロキと話すときはほぼ前述の事故の後である。ロキは気にしてはいないが、普通は気にする貴族が多いのでオートのビビり方はけっして異常というわけではないのだ。
なお、初等部から全く背が伸びない彼を憐みの目で見ている生徒も少なくない。これ以上ちゃんと伸びるのか。自他共に認めざるを得ない低身長である。
髪は孔雀石色、瞳も孔雀石で典型的な風属性の持ち主だが、残念なことに魔力量がそこそこ多いにもかかわらず本人は機械や絡繰いじりを好み、自分の魔力を棒に振っている節がある。
ロキやソルは、オートは地球に生まれればよかったのだと呟くことがあり、ハンジ、シド、ヴァルノスやロゼもそれには同意を示すのだった。
現在、風呂、というか、銭湯。
露天風呂に男女を問わず入ってきている状況に、ハンジは頭を抱えた。
ハンジはむしろ農村出身で、銭湯など入ったことがあろうはずもなく、学園では男女で時間が分けられていたため、貸し切りでもない旅館の銭湯にはごく普通に一般客がいるわけだ。
オートに関して残念なことと言えば、湯気に隠れることだろう。現在は散々渋った末にロキに抱えられている。さっきまでは恐らく巨人とのハーフであろう3メートルほどの巨漢に蹴られそうになって悲鳴を上げていた。
「ねえフォンブラウ、もう降ろして!!」
「また蹴られるだろ」
「無慈悲!」
ロキの身長も高くはないが、それでも155センチはあるのだ。それに銀髪というのもあり、現在すでに日が落ちかかっており暗いことと、黒っぽい石で作られた露天風呂ではかなり目立つ。巨人は人間からすると耳が悪くマナを見る力が弱いが、その分色にはかなり敏感に反応するので、蹴られかけたオートをロキが庇いに動いたことで初めてオートの存在に気付いた。巨人は単純に人間と聞こえるヘルツ数が被っているものの、人間よりは低音域を聞いているだけの話である。
「湯の中でまで捕まえておく気はないよ。大人しくしてろよな。お前のために男子全員で集まってるんだからね」
「お心遣いありがとう!! でも王族と公爵家邪魔!!」
「そんなの俺が一番分かってる!」
ロキとオートのやり取りにカルの悲痛なツッコミが響く。イミットの宿では基本的に身分は関係ないのだが、流石に金髪碧眼でカルなどと呼ばれる人物は国内にはカル・ハード・リガルディアしか存在していない。分かってしまえば自然と皆頭を下げるわけで、それが何とも彼らに苦しさを感じさせていた。
「カル、レオン、俺たちはあの岩陰に。セト、シド、ハンジとこいつを頼む。ゼロ、お前は来い。あとアッシュ、あまりヴォルフを虐めるなよ」
「「了解」」
「ああ」
「はぁ。分かりましたよ」
「なんでそんなに残念そうなの!?」
「やだなあ、ヴォルフを主人がお世話になってる方からつつくなと言われたらつつけなくなるに決まってるじゃないですか」
またいつものが始まったと皆はアッシュとヴォルフを見て苦笑を浮かべた。
オートをセトに預け、ゼロと共にロキは岩陰に向かって行った。
オートはようやく解放してくれたロキをジト目で見送り、今度は自分を小脇に抱え直したセトを見上げる。
オートは初等部でも小さかったが、その時のロキはまだ130センチあるかないかくらいでものすごく小さかったのである。
オートはさらにもう少しばかり小さかったのだが、同じくらいの身長の人間を始めて見たもので、銀髪綺麗だなあくらいに思って話しかけたことがあった。
その時オートは本当に田舎の貧乏貴族の子弟で、何も知らなかった。銀髪と言ったらロキ、くらいにロキが有名人状態だったことも。
ロキ自身そういうことを鼻にかけるタイプでもなかったため、知らされるまでわからなかったというのも大きい。機械いじりが好きで変わり者扱いされ、部屋に引き籠ってばかりで社交に参加して情報の一つも手に入れようとしてこなかったツケだった。
いや、本当は、ロキという人物の事は知っていたのだ。オートには上に兄が2人、姉が2人おり、全員王都の学園に通っているのだから、フォンブラウの次男坊と同学年の姉からも情報は得ていたはずだった。オートがロキと姉の話に出て来るロキを同一人物だと気が付かなかったのは、オタクの推し語りを聞いている状態だったからである。姉に連絡を取った時驚かれた。ふぉんぶらうけのろきさま、と聞いた気がするがそれだけで、ロキ、という名に興味を引かれて話を聞くようになったのはロキの所属をオートがすっぽかした後だった。
そもロキが点呼の際“フォンブラウ”と呼ばれていても何も感じていなかったくらいには情報に疎かったのだ。実際王都とオートの実家の領地は小さめとはいえ山脈一つ隔てた先にある。公爵家なんて知らなくても生きていけると言えばそうである。
ただし、しきたりに乗っ取ってオートが学園へ行くとなった時、家族は酷くオートを心配した。先祖返りともいうべき身体の小ささと家族をして変わり者と言わしめたその趣味に理解を示してくれる者がいるかどうかという心配をされたのだ。腫物扱いされていないだけマシというものだろう。
この世界では基本的に身体が小さい種族の方が魔術や魔法を扱うのに長けている。種族によって精霊の加護を受けやすいか否かなど同じくらいの体躯のものの中でも差があるが、概ね人間ほどのサイズならば基本は魔術の方が強い。どう足掻こうが生身の人間では巨人族には敵わない。
逆に小人族にはパワーでは勝るだろうが魔法は向こうに分がある、という状態になる。
リガルディアにおいてもこの法則自体は概ね当てはまり、現在のロキのようなよっぽどの人刃でない限り強靭な肉体と高い魔力を備えていることは珍しい。
オートは湯船に浸かってぼんやりと考える。
ロキたちとは何度もぶつかりそうになるうちに自然と仲良くなってしまった。
気さくな公爵家の人間が多すぎる。
致し方ないといえばそうであろう。
まず第一に、絡繰り、機械仕掛けのものの代表格として挙げられるのは魔導人形の類である。魔導人形を作る方に傾斜していたフォンブラウの令息がそのことでオートをつつかないわけがなかった。
特に、オートのオーバーリアクションをロキが気に入ったらしく、アッシュとヴォルフガングの関係に近いものがこちらでも形成されつつあり、それをやはり皆助けず微笑ましいなあと見守るスタンスを取るようになった。
オートはその空気の中でなら逆に変わり者扱いを受けることなく過ごせているという状況もまたそこにはある。転生者であるロキたちはただでさえ変わり者なのだ。それがこの年に一気に集まっているという状況はかなり異様な光景ともいえる。
何より、ここはこうしたほうがいいのでは、という情報を実はハンジが持っているという異常な光景が形成されているのもその一端だった。
ハンジは現在、国際的にはあまりよろしくない位置にいる。ガントルヴァ帝国にとってはあればいいくらいの駒であり、リガルディアからすれば領地を一つ分潰した原因を作った一端である。このせいでリガルディアは死徒列強側に借りができてしまった。もしも帝国が死徒列強と戦うなどということになったらリガルディアは帝国と戦う可能性が高くなっているのだ。
これはゲームでの設定も同じで、たとえセーリス家が倒れようが、バルフォット家が倒れようがやることは変わらない。どちらにせよ列強に借りがあり、リガルディアは列強側につく可能性が濃厚である。
ともかくとして、ハンジが前世で機械仕掛けに興味を持っていたことがかなりオートと仲良くなる原因となっている。子爵と爵位も低く外見も小さく話しかけやすい相手であるため、銀髪で神々しい(大半の教員や生徒はこう思っている)ロキや、貴族のお手本として王妃になることを見据えての行動をとっているロゼ、貴族としての立ち回りが上手くあまり会話に入ってこないのに繋がりがあるヴァルノスといった前世からの付き合いがあるとはいえ随分と雰囲気の変わった、しかも上級貴族の面々と喋っていることがほとんどのハンジにとっては気楽に話しかけられたのだろう。
最も、帝国の常識と言えば基本は民族至上主義が挙げられ、それに反発はしないが受け入れてもいなかったハンジにとっては、初めて見る亜人系の血統だったといえるだろう。ハンジのことはオート関係で大分印象が変わったという生徒も少なくない。
皆髪を幼い頃から伸ばしていることがほとんどで、髪をロキがまとめてタオルで上に上げたため皆それに倣っている。オートはむしろタオルをロキが頭に載せたためずっとそのままでいるセトの方が気になるのだが。
「……しかし、明日朝から出発だよなぁ」
「……朝風呂とかいいのかな」
「うわー、入りてー」
セトとそんな会話を交わしながらオートは思う。
……もうすぐ試験なんだけどこんなことしてていいんですかね。
「……まあいっか!」
オートは考えるのをやめた。