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2024/05/29 編集・改稿しました。
件の鋼竜の前に、竜種について、ロキたちが知る知識は以下のとおりである。
まず、鋼竜というものは、群れで生活する珍しい竜種である。
子は親にどこまでも付いて回り、その魔力と、群れの中で発生する脱皮した皮などを素材として親と同じ種類の鋼竜に進化していく。
鋼竜と一口に言っても種類は様々で、鋼のように固い鱗を持つことが由来の鋼竜の名称を持っていても、柔らかい鱗の鋼竜は存在する。勿論鋼以上の硬さを持つものもいるし、他の種類の竜種でも鋼より硬い鱗を持つ種が存在するものなのだ。
鋼竜の幼体は基本的に柔らかい鱗を持つ。大人が守るので柔らかくても問題ないためである。鋼竜の子供は基本的に温厚で好奇心が強く、人間にもすぐ慣れる。鋼竜の子供は竜種に初めて触れる人にとってはとっつきやすい相手であると言える。
さて、竜種には最低でも6段階の進化経過がある。
人間はドラゴンパピー、ドラゴンキッド、成体として呼び分けているが、いうなれば乳児期、幼児期、少年期、青年期、中年期、老年期と6段階の形態があるのだ。これに関してはひとえにガルガーテ帝国時代から続くドラゴンと付き合いのある国であることが理由である。
卵から出てきたばかりの鱗が柔らかく人間に対して全くと言っていいほど警戒心を見せないのがドラゴンパピーの段階で、角はまだ肉に覆われている。ドラゴンキッドになると角が出て来て鱗もだいぶ硬くなってくる。ドラゴンキッドの青年期になると体表だけ見れば成体と何ら遜色ないが、まだ体躯が小さい。
成体になってしまえば人間にはもはや太刀打ちできなくなる――フォンブラウ領の人間は別の話だろうが。
竜種には相性というものがある。その竜種自身の持つ属性にもよるが、竜種には下位下級、下位中級、下位上級、そして上位下級、上位上級と5段階の分け方が存在する。
上位上級、上位下級は所謂上位者たちを指す言葉で、下位上級、下位中級、下位下級が基本的にはアヴリオス出身の竜種を表すが、上位上級、上位下級の竜種はほとんど姿を現さないので、上級、中級、下級の区分けだけで呼ばれることがほとんどだ。
何故上位者を表す方に上位上級と上位下級の呼び名があるのかというと、アヴリオスにおいて最強種であるはずの竜帝が、実際は上位下級に位置しているためである。
上位下級というには強すぎ、上位上級というには弱すぎるというのが竜帝の立ち位置だ。ロキはその間にいったいどれほどの隔たりがあるのかなどという野暮なことを聞くのは止めた。
下位下級ドラゴンといえばまず浮かぶのはワイバーン種である。翼があり、強靭でしなやかな脚を持つ細身のドラゴンだ。鱗はそこまで分厚くない。魔術耐性もそこまで高くないのでドラゴンを狩るといって真っ先に浮かぶのはこのグループであろう。
ただし、やはりただの鉄で斬れるほど甘くはなく、魔力で強化を施した刀剣を使用するのが一般である。
下位中級というと、基本的にはあまり攻撃的ではない大人しいドラゴンが分類されていることが多い。身体もそこまで大きくないため狩るには適さないなどと言われているが、実際は多くの種類が地竜種――つまるところ、防御に秀でている種である。
下位中級ドラゴンはイミットですらつつかない。イミットがつつかないということは、イミットの刀でも斬るのが難しいということである。
イミットのほとんどは下位上級種に属しているため、イミットからは下位中級までのドラゴンは狩猟対象となっているにもかかわらず、である。
そして下位上級は、有名なドラゴン種が沢山いる。バハムート種然り、ファブニル種然り、ムシュフシュやミズガルズ蛇、ヨルムンガンドもここに属する。通常ドラゴンと言われてロキたちが想像するファンタジーの定番ドラゴンはここだ。
その攻撃的な気性のためか火竜種が多く属し、中には光属性のムシュフシュや闇属性のヨルムンガンド、水属性のレヴィアタン、そして金属属性の鋼竜などが属する。彼らは種類こそ多いものの、絶対的個体数が少ないのである。
ヨルムンガンドやミズガルズ蛇に関してはここ数千年生存が確認されていないレベルの話だ。
それを孵す可能性があるロキは卵を抱えさせられるたびに周りがちょっとした騒動を巻き起こしているが、今は置いておく。
大まかなハインドフットによるドラゴンについての解説を聞いたロキたちはしんと静まり返っていた。
鋼竜は上級種であると聞いてしまえばそうなるだろう。
何せ今まで散々皆に可愛がられてきたセトのコウとシドのコンゴウがそれだと言われたのである。
「……こいつそんなに危ない種なのか……?」
「気にすんな」
即斬り捨てるあたり流石上位者、とシドを見てセトが思うのは致し方ないだろう。
「まあ、フェイブラムにとっちゃぁ関係ないかぁ。メタリカの方が硬いからなぁ」
「マジかよ……」
ハインドフットの言葉にセトが天井を仰ぎ見る。
シドの膝の上でコンゴウは丸くなっていた。
シドの肩にはハクが留まっている。かなり大型に育っているので、シドの肩が凝りそうだ、なんてロキは思いつつ、ふと考えたことをシドに確かめるために口を開いた。
「シド」
「ン?」
「お前、竜帝を知っていたりしないの?」
「それ聞くかよ。知ってるけども」
「マジかよ!?」
セトが今度はシドとロキに視線を戻す。ロキの服を掴んだのはゼロであろう。
「フェイブラムは初代竜帝を知ってるのかぁ」
「……ええ、まあ。つっても、リオ、つーかドルバロムの方が詳しいぞ?」
「そうなのか?」
「だって竜帝って闇竜の一種だし」
「「「「「はっ!?」」」」」
シドの言葉にロキも目を丸くした。
まさかそんなことがあり得るのか。
つまり、つまり、ではドルバロムと竜帝が兄弟ということなのか。
というか、とんでもないことをサラッと明かされてしまったのだが。
「初代竜帝っつっても、あいつ名前自体皇竜っつーんですわ。皇帝の皇な。闇竜も後から人間が呼び始めた名前だから、その名前が闇竜についた後に生まれたやつってことだ。ドルバロムが今17ぐらいだからこっちの時間で計算して170万年くらい前? ドルバロムが帰ってた頃に生まれてるから20万歳くらい?」
「年齢の規模が違うな……」
「地球と比べてたら頭保たねェよ?」
「そうみたいだなぁ」
ロキはまあ、こちらに転生してから分かっていた話ではあるが、魔力というものがある分、人間の寿命もものすごく長いことを知っていたが、どうしても地球の感覚で考えることがある。分かりやすいというのもあるのだろう。
そもそもこの世界では5000年前に既にいて英雄になっているアッシュとヴォルフガングもいるのだ。それを言うならロード・カルマが1万年前の人間であることも分かっている。この世界は地球の様に徐々に進化して出てきた生き物ではなく、この世界のどこかにそびえたっている世界の起点である世界樹が全てを生み出したのだ、とされている。
おとぎ話と言い切れないのは、神々が存在し、上位者が存在し、ドラゴンがいて魔術が使えて魔法があるこの世界だからである。
デスカルから伝えられた、この世界は科学が発展しない、という極論にそんなことあるのかと思っていた時期があったが、季節を動かすのが精霊であるなどということがこの世界における科学で証明された時点で科学自体は放り投げられてしまったらしい。気温による空気中の分子の流れよりも精霊の放つマナの流れの方が強いのだからどうしようもない。
ロキはシドとコウ、そしてコンゴウを見比べる。
皆一様に金属属性のマナを保有しているため、銀色に光って見えるのだ。
「まあ、精霊の年齢なんて数えるもんじゃねえよ。ちなみにこの世界の成立は俺が生まれるより前。気になるならアイテムボックスの神(笑)に聞け」
「まて、何だアイテムボックスの神(笑)って」
「ドルバロムの親父だ。上位世界を生み出した世界樹の苗床を生成した張本人」
「もう駄目規模がでかすぎて何が何だか……」
先にオーバーヒートしたのはソルだった。
「この辺はロキの方が受け取りやすいかもな。要は、この世界ではそれが普通ってことだ。前世の知識にあてはめて考えるとこの世界じゃ生きていけねー」
「だからといって放置したら浮草病が待ってるんだろ」
「そ。だから享受するしかねェ。理解できる必要もねェ。……竜帝ってこうして考えるとかなりガキだなー……」
シドは思い出しているのか、目を細める。ゼロが問いかけた。
「竜帝は、何故この世界に来た? 上位者だったというのなら、何故」
「そんなん決まってらァ。竜帝は、平和主義者だったんだよ」
「……?」
ゼロには理解できなかったらしい。ロキは小さく息を吐いた。
「……弱かったんだな、竜帝は、個体として」
「ばれたか」
シドが笑う。ロキは自分の考えを口にした。
「弱い個体を守るなんて考えを種族として強い闇竜が持つとは思えない。それに、呼び方も異なっていることから考えられるのは、おそらく司るものが違うんじゃないかな。……闇竜、ドルバロムが全ての属性が扱えるというのなら、親もそうだろうし。アイテムボックスと言っているということは空間と時間は最低限持っている。竜帝はその内どこか一角だけしか受け継がなかった。そして同時に平和主義者であったため、上位世界に残らず下位世界へ居場所を求めて旅立った。――そんなところかな?」
「正解。竜帝が持っている属性は“皇”。まあ、人類がいて支配体制が整わねえと無用の長物だったんだわ」
シドはそう言って笑う。
「だから、人間がいて自分が最強種である世界なら彼は殺される心配も無かったんだ。まあ、この世界はその時はまだちゃんとした姿は持ってなくて、世界樹は殻を作るのに必死だったみたいだけどな」
「世界には殻があるの?」
「自分の空間ってのを切り取らなきゃならないんだ。そうじゃなきゃ世界は霧散しちまう」
「なるほど」
シドの話に皆聞き入っている。
もうこの世界の成り立ち教えるのは精霊の方がいいんじゃないのかと思ったのは御愛嬌だろう。
「その殻の役目を果たしたのが竜帝だ。どれだけ力が弱かろうが、闇竜に変わりはねえ。闇竜の持ってる空間属性、それが上手いこと竜帝の力の及ぶ範囲で殻の役目を果たした。そこからはこの世界は一気に根を張って世界を作っていった。だからこの世界には竜種が多い。世界樹がドラゴンたちに課した役目は世界のバランサー。ガルガーテの国旗知ってるか」
「天秤だな」
「そういうことだ」
それは既に歴史で習った。天秤は調和の象徴でもある。ドラゴンと長らく付き合うに当たってガルガーテが用いたのが天秤であるというのならば、世界の調和を守るドラゴンと共にあろうという意思の表れである、と歴史書に書かれていても何らおかしくはなかろう。
「現在国旗としてドラゴン系の紋章を用いているところも基本は同じだ。旧ガルガーテ3国はこれだな。――俺が知ってんのはこれくらいだ。俺も飛び飛びなんでね」
「――有意義な話が聞けたなぁ。ありがとうなぁ」
最初に礼を述べたのはハインドフットだった。元々歴史などには目がない男である。楽しかったのだろう。
「さんきゅ」
ロキもシドに小さく礼を述べた。
おうふ、と顔を覆ってしまったのは、ロキが普段笑みを浮かべて礼など言わないせいである、と、後日シドは言い張ったという。