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2024/04/16 編集しました。
アーノルドは唐突に転移魔術で送られてきたラックゼートに驚いた。しかし、ラックゼートの方は訳知り顔で普通にアーノルドたちに合流し、グレイスタリタスと情報の交換を始めた。
アーノルドが足を運んだのは、通称“死者の立つ岡”――正式名“ダルガカット・オシリス神殿跡”。
ここは遺跡群の中央が丘になっている。
ダルガカットという地にあるオシリスの神殿跡。ただそれだけのことである。
アーノルドが単騎で出撃するようにとグレイスタリタスとラックゼートは意見をまとめて言ってきた。これは流石に驚いたのだが、じきにロキからの連絡が入る。
「――兄弟喧嘩、か」
『はい。ファリア殿から話を聞き出しました。連れて行くならば騎士団長が良いかと』
「……兄弟喧嘩にしては随分とやることが面倒だったな?」
『真意は不明ですが、おそらく挑発と、何故自分が表に立たせてもらえなかったのかという父親への訴えではないかと。父上はなるべくミイラを焼かぬよう魔力衝撃波のみで対応してください』
「……分かった」
精一杯の忠告とおそらく何らかの意味があるのであろうアーノルドが最も得意とする火を封じる指示を飛ばしてきた息子に、アーノルドは了解を意を伝えた。
ミイラという聞き慣れない単語が出てきたが、おそらくアーノルドたちがよく死徒と称してゾンビを表すのとはまた異なる種類のものが出現するということなのだろうなとは予想がつく。
一応王都を守っている存在である騎士団の団長が不在なんてそれでいいのかと思うところはあるが、一応精霊を介して連絡を取れば、割とあっさりとジークフリートはゲブ・バルフォットをアーノルドの許へ寄越した。
「お久しぶりですね、アーノルド先輩」
「ああ、こうして甲冑越しでないお前の顔を見るのは久しぶりだな、ゲブ」
こうなったら本当に指示通りラックゼートとグレイスタリタスを連れてこの4人だけで突っ込むのが一番であろう。どうせ向こう側にはこちらを殺す意思はないのだ。
ではなぜ死徒を校内に放ったのかという疑問は残るが、それは後から問えばいいということにしておく。
今はひとまず話を聞きに行くのが先決だ。
アーノルドが先頭に立って歩きだす。連れてきた騎士たちはその場にとどめ、遺跡に足を踏み入れた。神殿跡と言っても大規模な街が周りを囲んでいたらしい構造をしている此処は、なかなか歩く距離が長いもので、10分ほど歩いて中央付近に辿り着いた。
祭壇跡と思しき場所には黒いローブを纏った少年が腰かけている。髪は黒く、やたらと肌は生白かった。
「……オシリス」
ゲブが口を開いた。向こう側を向いている少年はゆっくりと振り返る。その瞳は緑色だった。
「……どうやら、回答に辿り着いた方がいたようですね」
まあ、気付いてもらえただけマシかなあと少年は言った。祭壇跡から立ち上がり、少年はアーノルドたちに対して礼をした。
「オシリス・バルフォット……いえ、今はバルフォットではなく、サジェスタといいます」
「……アーノルド・フォンブラウだ」
回答に辿り着いた人はここにはいないのですね、とオシリスは言う。アーノルドは小さく頷いた。
「回答に辿り着いたのは私の息子だ。あの子はここにはいない」
「会ってみたかったのですが……残念です。……あとはお好きなように、いかようにも、と言いたいところですが」
オシリスはすっと手に持った金と青の二色の、先の曲がった杖を掲げ、地面から黒い靄の人型が現れる。
「!」
「ここまで来て戦わないなんて、そんなのはリガルディアじゃない」
でしょう?
笑ったオシリスの顔に血の気はない。
アーノルドはすっとその手に片手棍を握った。ただ静かなだけで事を済ませる気はないということなのか、それとも。
黒い靄の人型ははっきりと意思を持っているというより、オシリスの指針に合わせて勝手に動くタイプらしい。いつの間にか武器を構えたグレイスタリタスとラックゼートが前に出る。
「たまには暴れさせろ」
「やれやれ、私の対が現れることは想定していなかったよ」
人型の数が一気に50ほどに膨れ上がった。大丈夫、殺しはしませんから、とオシリスは笑みを浮かべる。ゲブが剣を構え、オシリスの「行け」という声とともに戦闘が開始された。
人型は魔物と考えてもよさそうだが、ベースは人間のようだ。黒い靄が剣を持っていると気づいたラックゼートが双剣を引き抜いて剣を打ち合わせる。
グレイスタリタスが鎌でもって人型を切り裂いた。霧散していく人型と、続けて襲い掛かってくる人型を蹴散らし始めたグレイスタリタスに呼応するようにラックゼートも人型を蹴散らしていく。
振り下ろされる剣を弾きながらアーノルドも人型を蹴飛ばし、頭を叩き割っていく。50体の人型の殲滅を粛々と進め、オシリスのいる方へと向かう。
オシリスが杖を掲げてアーノルドとゲブの周りに黒い靄を発生させた。
「【ブレイク】」
微かな魔力の流れから該当する術式を予想して、ロキが作った対魔術を発動させると靄が晴れる。アーノルドはなるほどなと呟いて靄を蹴散らし、目の前にやってきた最後の人型を叩き潰してオシリスを見据えた。
「お見事です、フォンブラウ公爵」
オシリスはにこりと笑って、杖を降ろす。青白い顔のオシリスは杖をアーノルドに放った。アーノルドはそれを受け取り、メイスの先をオシリスに向けた。
オシリスは存外簡単にアーノルドたちに自分の身柄を預ける。
まさかとアーノルドはオシリスに断りを入れてオシリスに触れ、愕然とした。
「……オシリス、君は」
「……はい。私は既に、死人となりました」
♢
ロキの知っているオシリスの地球での立ち位置は、冥界の王である。そこに行きつくまでが紆余曲折あるのだが、大まかな流れを言うならば、弟セトに殺され、妻イシスが復活させ、息子ホルスがセトを倒し、オシリスは冥王の座につく、というものである。
ならば、ロキの中で今回の事件がオシリスのみで終わるとはとても思えないのは当然ではないだろうか。
「まさか、ここまで純粋な人刃に会えるとは」
現在学園に押し込められたオシリスがにこにこと穏やかな雰囲気を振りまきつつロキと対面している。北欧神話ではヘルがこの立ち位置にいるため、ロキの立ち位置はどちらかというと親としてなのだが、まあ、同じ世代にいるのでそこは置いておく。
「手前も、この身以外に死徒進化を経た方に会えるとは思っていませんでした」
ロキはオシリスに答えた。
オシリスは簡潔に言うならば、死徒という形で魂が残っているために完全な死者ではなく、あくまでも死徒区分となっている。
「死徒というのはもっと冷たいものを想像しておりました」
「リガルディアでは冷たきものです。けれど、そうだな。ミイラはあくまでも、一時的にいなくなった方々の魂の現世での器。けしてそれは貶められるものではなく、復活を願われた証とでもいうべきかと」
「……随分とこちらのことに詳しいのですね?」
「前世でもよく似た文化圏を見聞きしていただけですよ」
ただし、全てが一緒というわけでもないため注意が必要であることに変わりはない。現代知識がちゃんと当てはまってくれるわけではない。なにせ、地球とは環境が全く異なった地域に分布している文化圏なんてざらなのである。
「それにしても、まさかラックゼート様がそちらにいらしていたとは」
「……列強の間でもいろいろあるらしいですよ。今回はよかったの一言ですね」
オシリスが学園に押し込められたのには理由がある。
まず、彼は魔術を得意とする根っからの魔術師タイプであり、運動は苦手である。また物理攻撃にめっぽう弱い。よって、最も事情説明が簡単に終わる学園内に放り込まれたというのが1つ。
そしてもう1つの理由。
こちらが厄介なのだが――。
「……では、改めて、最終確認ですが」
「はい」
「……本当に、君はゾンビを操っていないのですね?」
「ええ、それは確かです」
そう。
学園に入り込んだゾンビたちが誰かの操作を受けているとロキは探知していたが、オシリスも、その指示を受けていたファリアも、ゾンビを操作するような術は持っていなかったのである。
まずファリアに関しては、オシリスの助力を得なければ死徒をまともに動かすことも、まして生み出すこともできない。肉体と火属性は相性が悪いのである。
そして、ロキ自身引っかかってはいたが、オシリスの担当はあくまでもミイラのはずで、断じて赤身ゾンビではないのである。赤身ゾンビということはつまり腐敗の始まる前の殺されてすぐの状態であるわけなので。
まして今回はホムンクルスに近いものを使ったはずで、何故完全にゾンビ化したのかが既にわからないという状況である。
オシリスも別に学園を危機に陥れたかったわけではなく、単純にどこからかホムンクルスが入り込んで生徒が混乱する、程度のものを想定していたのだという。
ファリア自身、途中でコントロールを誰かに奪われた感覚があったと申告してきたため、別の者に干渉されていた線が濃い、と、アーノルドに伝えてはいた。
「……やはり外国勢力に入り込まれているのでしょうね……」
「そうでしょうね。国内の貴族なら、あなたが死徒列強とパイプを持っていることを知っているはずですから」
ロキがいる学園にゾンビを放つなど、情報を外国に開示していないアーノルドの策に引っかかったとしか思えない。
特に、現在グレイスタリタスが学園に駐在していることも知られていないのだろう。
「……貴方はどこで知ったのでしょう?」
「冥王の加護を持つ者は皆ハデスの所で繋がっています。この世界はハデスの力が最も強く、それを統括しているのがダヌアという死神です。私はヘルから忠告を受けました」
「……これはまさか、俺が最近構ってやれなかったことに対する報復か」
「その代わりゾンビが出てきて酷く混乱しておられました」
「知っています。3日ほど俺から離れなかったから」
ヘルの慌てようは異常だった。ロキがオシリスと戦おうとするのではないか、もしそうなったらどうしよう、などいろいろと考えたようである。
ともかく、何事もなく死傷者が出るほど戦いもせず穏便に終わってよかったと思える2人だ。
今回のオシリスによるお騒がせ事件はむしろ、国内の不穏分子の発見に一役買ったということにされて、学園内に軟禁されるだけという処遇が決まった。
ゾンビの制作者本人であるファリアと合わせてゾンビの解析を手伝う予定である。
「……それにしても、ロキ様は本当に美しいですね」
「……個人的にはあまり目以外は好かんのですがね」
「そうですか? 神子であることを抜きにしても、あなたはどちらにせよ銀髪だったと思いますが」
「……進化前の俺は、流石にここまで魔力量は多くなかったですよ」
オシリスはロキに会って以来やたらロキを美しいと褒め称える。それがこそばゆくて仕方がないロキだ。
「……そろそろ時間ですね。紅茶、とてもおいしかったです。御馳走様でした」
「お粗末さまでした」
迎えの人間が来たのを見てオシリスが席を立つ。ロキはそれを見送り、時を同じくしてやってきたシドに柔らかく笑みを向けた。
「うお、どうした」
「オシリス殿は、いい方だな。まあ、目下の目標は彼の婚約者だというイシス殿の捜索だが」
オシリスは閉じ込められるかわりに、依頼として、消えた婚約者を探してほしいと願い出た。元はと言えば行方不明になってしまった婚約者を探すためにいろいろと首を突っ込んだ過程でオシリスは死んだのだという。ハルヴァリア国内ではもうオシリスは動けない。だから、こそっと手足になる人間を作り、使って、ギルドなどでイシスの捜索をさせていた。その途中でセトをつつくために今回のことを計画しただけだったという。
「俺たちは学生の本分に戻るとしようか。まあ、しばらくはまた平和なんてないんだろうけど」
「ああ、まあ仕方ねえわな。ギルドに入り浸った結果だろ」
「鋼竜の巣か。ハインドフット先生、かなりドラゴン好きだよな」
「今更だな」
鋼竜の巣。
ロキたちはこれから1週間ほど、王都から2日ほどのところにある山の山腹に確認された竜の巣へ向かうことが決まっていた。
理由はまず、コウとコンゴウ――セトとシドの鋼竜の進化に必要な素材を集めること。
次に、竜の巣を見せておくことで、近くにドラゴン系の巣ができたとき避難指示を出せるだけの実体験が必要であるというハインドフットの持論による。
どちらにせよ、ロキたちの後期授業はもうじき終わる。
1週間くらい馬と徒歩での旅だ。
ロキの目下の問題は、ロキを乗せてくれるような馬がいないという点ではなかろうか。
いくらなんでも進化した人刃は強すぎる。馬たちはロキを乗せるのを怖がってしまうのだ。
この時実はものすごく目を輝かせているフェンの話は、脇に置いておくこととする。