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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部1年後期編
134/368

5-17

2024/04/01 改稿・編集しました。

たとえばそれは、風であった。


まだセトが初等部に通い始める前のことである。

ファリアは3人の妹と共に暮らしており、バルフォット領のギルドでクエストをこなして生計を立てていた。


剣術に覚えのあったファリアはバルフォット騎士爵ゲブ・バルフォットの許で研鑽を積んでおり、息子であるセトとも面識があった。

現在セトがきょうだいとして認識しているのは妹だけだが、実際は兄がいることを告げておかねばなるまい。


セトとは双子であるものの、兄の方はヌトとゲブの一族の故郷であるハルヴァリア王国の親族の家へ預け、セトとは引き離して育てることになっていた。理由としては、加護の相性的な問題である。


セトが幼い頃から、ファリアはセトにはナイフを使わせた方がいいのではないかとゲブに進言していた。そしてそれは聞き入れられたものの、騎士としての在り方に誇りを持っているゲブにとっては、やはりロングソードを使ってくれた方がいいと思っていたのは否めない。


セトは結局ナイフと共にロングソードを与えられることになった。

セトは喜んでロングソードを振っていた。致し方ないだろう。ナイフでは騎士として大成したゲブのような打ち合いは向かないのである。


「父上のような立派な騎士になるんだ!」


幼い頃からセトはそればかり口癖のように言っていた。セトという神霊は、戦争を司る神でもあったためだ。

そのころのセトはまだ知らなかったのだ。

セトという神霊が非常に暴力的な面を強調される神格であることを。


セトに剣術を指導しながら、ファリアはセトが周りに纏っている魔力の色が緑と黒として見えていた。それが風と闇を表すのであろうということに気付いたのは、ギルドで同じような色を纏った人間が緑なら風、黒なら闇の魔術を使用するのを見たためである。


「セト様」

「なんですか、ファリアさん」


まだ9歳になる前だったセトはファリアに教えを乞うことにも抵抗はなく、ナイフの方が合っていると言われても、ロングソードが使えないわけではないだろうとロングソードを手放すことはなかった。


「セト様の魔術の属性が分かったからお伝えしようと思って」

「本当ですか!」


セトはまあ、それでも風だろうくらいにしか思っていなかった。

けれども伝えてこようとするのだから何かあるのだろうとは思っていたのだ。ただ、それはショックが大きすぎた。


「セト様の適性は風と闇です。特に、闇の方が強い。ああでも、闇属性は――」

「――!!」


セトが真っ青になってしまったことにこの時ファリアは気付けなかった。生まれて初めて自分が関わった、闇属性の適性の高い相手だったのだから仕方がない。興奮していたといえばそれまで、しかしこれは、カドミラ教蔓延るこのご時世では辛い一言だったのだ。


カドミラ教において、闇属性というものは忌み嫌われるとまではないものの、あまり良いものとしては扱われないことが多いものだった。黒髪黒目の者は国を亡ぼすであるとか、国家転覆を目論む加護は闇属性であるとか。


「ッ」

「あ、セト様!?」


セトは逃げ出した。ファリアは自分以外の闇属性という事で、少し仲間意識もあったのだとは思う。しかし幼少期の自分が多少なりとも苦しんだはずの闇属性の扱いそっちのけで口に出してしまったことに気が付いた時にはもう遅く。走り去ったセトの後を追うこともできず、ファリアはそれ以降ほとんどセトと顔を合わせることはなく。


魔術適性も風よりも闇が強いことをセトに告げた結果、セトはファリアを避けるようになってしまったのだ。

セトには受け入れられなかったのだろうとゲブに言われ、ファリアはセトを傷つけてしまったと後悔した。


リガルディア王国でよくある話なのだが。

平民は宗教に触れる機会より魔物との戦闘経験の方が豊富だ。その為、戦闘に手を貸すような、現場で動いている平民は基本的にカドミラ教に触れることは少ない。とはいえ平民の多くはカドミラ教徒であり、触れる機会が少ない者も周りに流されることが多いのも事実である。結果的に、闇属性の子供は少しばかり遠巻きにされる傾向にあった。


ファリアの実家付近はそこまで闇属性への差別が強くなかったこともあり、セトのこれまでの経験についてあまり詳細を想像できなかったのも原因だったろう。セトは闇属性が強い事実を認められず、ファリアは闇属性が強いことがそこまで重い事実だと認識できていなかったのだ。


ぎくしゃくしてしまった関係の修復をする前に、セトは王都の王立学園初等部へ通うためにバルフォット領を離れた。教えられることはとにかく教えたけれども、どれだけセトの身になったかは怪しい所。


そこから2年の間、ファリアはひたすら魔物狩りに打ち込んだ。

いつか謝らねばならないと、そう考えていた。そんな中、ファリアに、王都へ出てこないかという提案が回って来た。


もしかしたら、セトと会えるかもしれない――そんな期待を胸に抱いて、ファリアは出発することにした。


その直後である。


当時家に残っていた一番下の妹アトロポスが大怪我を負い、生死の境を彷徨った。

その状態でファリアは王都に行くなどできないとバルフォット領に残ろうとしたのだ。その途中で、黒いローブを纏った少年に会った。


「ねえお兄さん、妹さんを助けたい?」


少年はファリアに尋ねた。無論答えはイエスであり、その為に必要な薬草などを買ったり採ったりとやらなくてはならないことが沢山あった。


「もちろんだとも」


答えた途端、少年が笑った。


「じゃあ、今すぐ王都へ行ってよ。やることはそこから指示するから」

「――!?」


その時にはもう身体が言う事を聞かなくなっていた。

闇属性の上級魔術で身体を乗っ取られたのだと理解するのに、多少の時間を要した。その時間が過ぎ去って、ファリアはなすすべなく王都へと出てきた。


そこから、ゾンビの制作に必要なものが送って来られ、それをただ自分の自由には動かせぬ身体を忌々しく思いながらゾンビを作っていった。

用意したゾンビ自体は6体だったが、うち2体は上手く動かず拠点に放置した。


残り4体を使って学園へ向かう頃にはだいぶ魔術の効果も薄れ、目的は遂行せねばならないが、そこに至る経路はファリアの意思で選べるようになっていた。


そこでファリアは賭けに出た。


ファリアはもともとリガルディア王立学園高等部の卒業生である。

自分が卒業した学園の結界の起点の位置が変わっていなければこのあたりだとあたりを付けて接近し、魔術でその部分の結界を薄くし、後は魔力を断つ素材でできたローブを被って侵入すればよかった。


結界を破壊しなかったのはそれ以上の被害を出したくなかったからである。埋め直すなどの隠蔽工作を行わなかったのは自分を見つけてほしかったからである。


この一連の流れの中に関係ない部分は自由に動くことができたのだ。

だからセトに謝罪をする機会も与えられた。

本当に運がよかった。


そこから先はロキたちの知る通り、ロキたちに会うことができなくなった。ロキたちを避けるようになり、顔を合わせるのが難しくなってしまい、今回シドとロキが踏み込んでくるまで自分では動けなかった。


これがここまでのあらましである。





「――」


ロキは小さく息を吐いた。

案外深刻ではないのかもしれないということに気付いたのだ。


いや、確かに急いで対応せねばならない案件であることに変わりはない。しかし早とちりしなくてよかったとも思う。

初めての経験であるが故に万全の対策で挑もうとした自分を褒めてやりたいくらいだ。


「……実に質の悪い兄弟喧嘩ですね」

「ええ、本当に」

「え、兄弟喧嘩?」


意味が分からないといった風にセトが首を傾げ、ソルとナタリアがうわー、と言って空を仰いだ。ルナとエリスは顔を見合わせ、カルとレオンが額に手を当てて息を吐く。レインとシドとゼロが団子になって安堵の息を吐いているのを見て、セトはやはりわからん、とロキとファリアを見た。


「どういうことだ……?」

「……今回の実行犯はセトの双子の兄――オシリスだろうね」

「……その人のこと途中で考えないようにしたんだがやっぱ関係あるのか」

「大いにあるだろうよ」


ロキは小さく息を吐いた。

よく考えてみればすぐわかることだったかもしれないね、と。


「まず第一に、オシリスという神霊についてだけれど、セトとは仲が悪い。正しくは、セト側が嫌っている形になる」

「俺が?」

「というか、セト神というのは野心家として描かれる。それが嫌でお前は途中で神話学の勉強をやめたんでしょ」

「もう2年も前の話を」

「大事ですテストに出ます」

「やめろお前が言うとマジで出る」


セトはうわー、と頭を掻き毟った。

認めるしかないのだろう。とりあえず今年の内に実は兄弟いたんですよなんて情報が出てくる輩が2人いる時点でこの国の複雑さなどお察しである。


「オシリス神とセト神の神話についてはこの際置いておく。重要なのはオシリス神が紆余曲折あって冥界の神になっているという点だよ」

「あ、ヘルとかと一緒なのか」

「ああ。ヘルは闇属性だろう? オシリスにも言えることだ。そしてこれは少々問題があるんだけど」

「?」


これにはファリアも首をかしげた。


「……同じ神話体系の神の名を持つ者が強力であるほど、対と並べられている神霊の加護を持つ者の力は強大になる。オシリスの場合は太陽神ラーであるから」

「「「ラックゼート……」」」


ロゼ、ヴァルノス、ソルの声が重なった。


「……ラックゼートて、死徒列強の?」

「ああ。彼は太陽神ラーの御御子であり、俺たちのように直接名を貸さずとも十分に加護を受け取ることができた時代の人間だ。……彼を早急にグレイスタリタスに同行させなきゃならなくなったな」


ロキはリオ、と声を掛ける。


「ラックゼートを父上の所へ飛ばして。魔力は俺から持って行っていいから」

『はいよー』


ごっそりとロキから魔力が失われ、おわったよー、と間の抜けた声ですぐに報告を上げてきたドルバロムに、ありがとうと礼を返したロキは椅子に腰かけた。魔力を一気に抜かれすぎて疲れたらしい。


「ここから先はもう父上たちに任せる他ない……けど」


ロキはファリアを見る。ファリアは苦笑を浮かべた。


「相手の目的にも途中で気付いたのであればもっと別の方法もあったでしょうに。俺だって“死者の立つ岡”なんて直接の表現が無ければ神の名は浮かびませんでしたよ。減刑は求めますが、雑用の押しつけは必至でしょうね」

「あははは……」


ふと、ファリアがそっと表情から笑みを消す。


「?」

「もう一つ、言っておかねばならないことが――」


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