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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部1年後期編
130/375

5-13

2024/03/13 加筆修正しました。

ヘンドラは結界の起点の一つに足を運んでいた。

どこの結界が破られたのかと探しているところなのだが、おそらくこの付近であろうと大体の目星はついている。


そうでなければ、魔物が一般平民の子供よりも先にゾンビに襲われることなどあり得ない。


魔物たちは生きている。生き物である。それは人間も同じだ。

しかし、死徒と呼ばれる種族の者は、どちらかというと生き物よりも死者寄りの存在である。リガルディア王国の貴族は基本的に死徒に列される種族の者が多いので、魔物よりも生き物としての性質が薄いのだ。


ゾンビに限らず、死徒は生命力感知や気配察知のスキルを持っていることが多い。そしてそれは死徒が食うための獲物を探すのに良いスキルである。ではそれを同種のものに向けるとどうなるか。


感知能力の優れた個体でなければ、人刃や吸血鬼といった死徒系列の魔物を生き物と捉えることは難しい。その結果として、普通の魔物に向かった。そういう事なのだろう。


魔物の方が生き物としてちゃんと判断されるとはなんという皮肉か。

ただ、その分貴族の子供たちはいざ感知された時の対処法をよく知らない。今回のパニックもその一例と言えた。


ゆら、と魔力が集まったことに気付いたヘンドラは振り返る。2メートルほど離れたところに銀糸を揺らして少年が降り立った。


「ロキ君」

「ヘンドラ先生、お疲れ様です」


ロキはヘンドラに労りの言葉を掛ける。これから詳細を調査するところだが、どうやらロキも付いてくる気であるらしいことに気付いたヘンドラは息を吐いた。生徒にはこういう現場に出てきてほしくはないのだが。


「ただの調査ですよ?」

「いい加減耄碌爺――んン、学園長に動いてもらわなくちゃいけないでしょう?」

「まあ、そうですね」


ヘンドラは苦笑する。

ヘンドラがどれだけ他の教員たちと共に進言しても受け入れられなかった、結界の強化。


本来結界を張るときに使われる属性は光であり、そこに別の属性を混ぜることで強度が増すことが分かっている。とはいえ光属性と相性が良いのは闇属性であるので、通常の結界は光属性のみ、強力な結界であれば光と闇の2属性が使われている。


これまで光と闇以外の属性を混ぜ込むのは難易度がかなり高かったため、研究はされてきたが、最大でも4属性が限界だった。それが実用レベルで完成されたものが奏上されたのがこの夏の事である。


現在学園に張られている結界も光と闇の属性を使って張られた強力なものだが、実は闇属性を十全に扱える魔術や魔法に特化した者や、死徒には効かないのではないかと以前から議題に上がってはいた。ヘンドラはそれを知っているが、ロキは知らないはずである。


逆にロキからすれば、こんなイベントを事前に知っていた、だから早く結界の導入を進めてほしかった。ソルやヴァルノス、ロゼに頼って事前に情報を手に入れ、シドとナタリアの協力を得て対策を立てようとしていた。子供の身でできることは少ないので早く動こうとはしていたのだろうが、如何せん今回は時間がなかったと言う他無いだろう。


「今現在死者こそいませんが、万が一にもあのゾンビ共の魔力に中てられた者がいた場合、その者はゾンビ化しますよね? 俺はこの後そちらの浄化に向かいます。エリスやルナだと反発があるかもしれませんから」

「分かりました。手早く済ませましょうか」


ヘンドラはあまり時間もないと判断してすぐに結界の起点へと向かった。ヘンドラより悲しいかな、ロキの方が魔力を見る眼は良いのである。





結界の起点になっているのは、魔力を内包した石である。

魔石、魔力結晶、それらを使ってのものであり、交換には多少時間が掛かる。しかし現在、これ以上の結界の触媒は存在しない。故にずっと用いられてきた手法である。


ロキとヘンドラは小さく舌打ちした。

よく言えばビンゴ、悪く言えばやっぱり、といった風である。


「魔物舎側から侵入されたとは思っていましたが、ここまで手酷く」

「かなりの手練れですね。自分の魔力を魔石の魔力でかき乱して……まあ、追跡対策できなきゃ死霊術師(ネクロマンサー)やってねえか……」


死霊術師(ネクロマンサー)は各国で基本的に禁止されている学派と言って差し支えないが、法律で禁じている国と警戒程度の対策の国とがあり、リガルディア王国は警戒程度の対策の国の代表である。


リガルディア国内においても死霊術師(ネクロマンサー)はあまり日の目を見る存在ではない。リガルディアではある程度死徒血統の血が薄まるまでは貴族たちに死霊術(ネクロマンシー)が効かなかったという事実も記録で判明している。

現在は相当な先祖返りか、進化して血統的なものとしては初代と同等になったロキ、未だに血を色濃く残しているバルフォット家などでなければ死霊術(ネクロマンシー)でゾンビ化するであろう。


魔石を割って魔力を放出し、術者の魔力を掻き消してしまえば追跡は困難である。その状況を見ていた精霊さえいなければ。


「リオ」

『なあに?』

「これをやったやつは追えるか」

『追えるよ?』


最近ドルバロムに頼ってばかりだなとロキは思った。上位者の力を頼りにし過ぎるのは避けた方が良いと頭では分かっているのだが。


『仕方ないよ』

「ん?」

『だってお前、俺が手伝わない限りこいつとの因縁は高等部までもつれ込むし』

「……具体的には?」

『高等部でゾンビの襲撃に遭う』


やっぱ今のうちに捕まえるか、とロキは思う。ドルバロムが次の爆弾を投げてきた。


『ネロキスクとか、最初の方はホントすぐにロキが殺してたから何の問題も無かったんだよねえ』

「俺が?」

『そそ、ロキってばすっごい加虐趣味でね。ゾンビにされた人間は可哀そうだって言ってすぐ葬ったのに、術者の方はとことん追い詰めていたぶってたね』


ロキは少しばかりネロキスクに物申したくなった。

それとも、そちらの性格の方が本来のロキ・フォンブラウという人間に近いのだろうか。ロキは生まれた時から転生者の自覚があったのでいまいちわからない。


「ロキ君今よりもっと加虐趣味に傾倒なるんですか?」

「え、ちょ、ヘンドラ先生それどういう意味」

「今でも十分、ゼロ君とシド君を弄っていませんか? あとセト君とかレイン君とかレオン君にもですよね? 皆のこと結構お好きでしょう?」


あれ、俺そんなに皆のこと弄ってるっけ、とロキは自分の行動を振り返る。


『無自覚ドSって言っていいのかな?』

「ドSってサディストのことですか?」

『そうだよー』

「ロキ君はそのきらいがもともとありますからねー」


何でドルバロムとヘンドラが話しているのか――そんな疑問を抱きつつも、まあいつものドルバロムの気紛れだろうとロキは思う。話題が自分の事なのは一旦脇に置いておく。


「……リオはそいつの追跡を。ヘンドラ先生、とにかく今は応急処置をしましょう」

『はいよー』

「そうですね」


足元の掘り起こされている魔力結晶を見て、ロキは小さく息を吐いた。


「魔力遮断系の素材なら、ドラゴンの革かアラクネの糸でしょうか」

「でしょうね……相当な実力者か、ギルドに所属している可能性も」

「……一生徒が今更ですがかなり出しゃばっててスミマセン」

「フレイ君もプルトス君もスカジさんも、強いて言うならアーノルド君やスクルドさんも同じことしてましたから驚きませんよ」


家系か。

というか血統なのか。


ロキは一度自分の親について考え直してみる必要がありそうだなと思いつつ、結晶に魔力を通し直す。

幸い術式は破壊されていなかったためそのまま結界が再度起動する形になった。


「……この結界、起点一個消えても維持できるんですね」

「ええ。結界は多少薄くなったとしてもそこになければ意味がありませんし」

「……ではなぜこれを掘り起こしたんでしょうか……ん?」


ロキは結晶の中に小さな光を見つけた。

これは、と、ヘンドラに見せる。


「……メッセンジャーですね。でももう死んでしまいます」


ヘンドラはそう言いつつ結晶の中からその小さな光を誘い出して掌に載せた。

光は瞬いて、手の形を作ったかと思うと、霧散して消えた。


「……今のは」

「SOSですね」


ロキとヘンドラは顔を見合わせた。SOSを送ってきた人物の特定が急がれる。

これはちょっといろいろと調べなければならないことが増え過ぎた。


「こちらはいいでしょう。あとは学園長に任せておきましょう。皆の所へ飛びますよ」

「はい」


2人が【テレポート】で避難している生徒たちの元へ戻れば、そこにはスカジに諭された生徒たちがカルの指示を受けて芝生に座っている光景が広がっていた。


「異論は認めません。全員光属性の浄化魔術を受けてください。俺とレオンは使えません、先ほども言ったでしょう」


そこに広がっていたのはロキの危惧した通りの光景であった――収束しつつはあるが。

光属性の魔力は治癒や浄化に向いているものの、マナの濃度が濃すぎれば人肌を焼け爛れさせる熱量を持つ。攻撃特化になると言っても過言ではない。


カルとレオンは攻撃に特化してしまい、光属性の醍醐味である浄化、治癒系がほとんど使えない。そもそも光属性が治癒を使うというのは、マナの濃度が薄く力が弱いからであり、強い力は相手を焼き殺すのである。治癒が使えるルナやエリスは逆にカルやレオンからするとかなりマナの濃度が薄く力が弱いということになる。


「カル」

「ロキ? 戻って来たのか!」


カルが安堵の表情を浮かべた。


「状況は」

「数名ゾンビに引っかかれた程度らしいが、魔力を通された生徒もいたみたいでな」

「下手をすれば内部からの浸食を受ける。上級生は習っている分恐怖もひとしおだろ」


浄化を扱える生徒がよりにもよって男爵家に集中しているのがなんとも言えないところだ。ロキはふと白金の髪を探した。


「バルドル」

「ん、どうしたの、ロキ」

「バルドルって浄化系使えたっけ?」

「んーん、使えないよ」


バルドルでもダメか、とロキは小さく呟く。バルドル神の加護はバルドルの加護持ちをこそ守るが、それ以外への影響はほとんど知られていない。


「カルもレオンもバルドルも駄目なら、ルナ嬢とエリス嬢ぐらいしか本当に居ませんよね」

「ああ、もう1人の光属性の御令嬢も使えないと言っていた」

「なら本当に説得するしか。上手く行ってる?」

「なんとか、な」


カルが上手く行っていると言っているならそれでいいかとロキは肩をすくめた。


「とはいえ手が足りん」

「ヴァルノス嬢に頑張ってもらおうか」

「できるのか」

「やろうと思えば」


ロキが虚空から宝石のはめ込まれた短剣を取り出し、丁寧に見てからヴァルノスを呼ぶ。


「ヴァルノス嬢、捜索依頼品」

「あら、見つかってたの」

「母上に送ってもらった」

「あらま」

「巡って巡って叔母上に渡ってフォンブラウにあったっぽい」


ヴァルノスは立ち上がり、ロキの方へ寄ってきた。

事情を何やら説明しながらロキの手からヴァルノスに短剣が渡る。嵌め込まれた宝石は煌いて、恐らく魔力を流せばもっと輝くのであろうことが想像できた。


「なんだか意外だわ」

「お婆様が保管されていたらしいから、元は王家が持っていたのかもね」

「そっか」


カルには何の話なのかいまいちわからないのだが、どうやらロキがヴァルノスに手渡した短剣は、本来カイゼル伯爵家が王家から下賜された物であるらしいことは理解できた。


「ヴァルノス嬢、それは何なんだ?」

「アゾットです。私が浄化を使うにはこれがあった方が良いらしいんですよね」


ヴァルノスは受け取った短剣――アゾットに魔力を込め始める。


短剣は淡く金色の光を纏い、明らかに浄化に特化した魔術的な代物へと変貌した。


「アゾットって確か結構な魔術触媒では?」

「そうですね。錬金術で浄化をするには丁度いいくらいの触媒です」


つまり、それだけ錬金術で浄化をしようとすると相当な力を使うという事だ。


「どう?」

「賢者の石はまだ結構ありますね。一回やってみてからかな」


ロキ、とヴァルノスが指示を求めると、ロキは手前の方に居た青い髪の上級生を指す。ロキはゾンビの術を受けてしまった者を正確に分かっているようだった。


「カイゼル伯爵家のヴァルノスです。先輩、申告してくださらないと困りますよ」

「ッ……」


青い髪の女生徒が表情を陰らせる。ヴァルノスは伯爵令嬢なので、変なプライドのある生徒でも対応しやすい。


ヴァルノスは女生徒の手を取り、光を纏う刃をその手に押し当てる。女生徒の身体全体が緑の淡い光に包まれ、女生徒は驚いて目を見張った。

光が落ち着くとヴァルノスは剣を女生徒から離す。


「はい、浄化完了です」

「あ……ありがとう、ございます」


ヴァルノスは立ち上がって柄の部分を捻って開けた。


「……ロキ様、水銀が要ります」

「足りない?」

「はい、今持ってる手持ちだけでは厳しいと思います」


ヴァルノスの言葉にロキは少し考える。


「シド、どうにかできるか?」

「俺の親父水銀っスよ? マーキュリー舐めんな」

「苦痛は伴わないんだな?」

「ああ、問題ねえよ。むしろ金を生成するとき一緒に作ってるし」


シドの言葉にロキは小さく頷いた。シドがこれだけ言っているということは、問題ないのだろう。


「それならいいけれど」

「問題ねえってば」


ロキが胡乱な目でシドを見ている。シドは苦笑を零しつつ、虚空から鉄瓶を取り出してヴァルノスへ鉄瓶を渡した。


「ほい」

「ありがとう。ちょっと賢者の石錬成してきます」

「いってらー」

「気を付けて」

「はーい」


賢者の石、というアイテムがある。基本的には魔術師より錬金術師が作るのが一般的で、あらゆる錬金術に応用の利く莫大なエネルギーを含む万能の触媒というべき代物だ。


賢者の石の材料には水銀が含まれている。成分として含まれているかは不明だが、ヴァルノスの浄化は賢者の石ありきであり、彼女は賢者の石がなければ浄化を使うことができない。

少し離れたところに向かったヴァルノスを見送り、ロキが小さく呟いた。


「……無駄にレベル高くないか?」

「それな」


浄化という特殊な魔術式は、適性に左右される部分が大きいので、使い手はかなり大切にされるものである。リガルディア王国は特に浄化の適性が高い者が少ないので、保護する方向で国が動くのは当然の流れであっただろう。


上級生にも浄化を使える使い手はあまりおらず、居てもまた爵位が低く、家のことを鼻にかけている生徒たちにとっては苦しい結果となったことだろう。治療をしてくれるのが男爵家の娘たちであるのだから、触れられるのも嫌という顔をしている生徒もいた。


ロキからすれば超絶くだらないことなのだが、彼らにとってはそうではないという話である。ソルはエリスとルナと上級生に魔力回復の薬を飲ませつつ体調の戻った生徒から寮に帰すという作業に追われたのだった。


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