5-12
あくしょんかけぬん……
ロキ、セト、シド、スカジを連れたゲオルグという教員は、ただひたすらに回り道を何度も繰り返した。それを何も疑わずについてくるあたり、ロキやシドは自分について知っていることもあるのだろうなとゲオルグは思う。
ゲオルグは、対象捕捉、ロキたち的に言うと、マッピングしたうえで敵味方を色で識別して俯瞰的に眺めているような状態を作り出すことができるスキルを持っている。魔術としては解析系の下位互換ということになる。
ゲオルグが把握していた敵は4体。すべてアンデッド系だった。アンデッド系の敵は、ゾンビと総称されることが多い。
4体居たゾンビの内1体はロキとスカジが凍らせた。
残り3体が動き回ってゲオルグたちを回り道させているのだ。
「くそっ……」
「ゾンビ系だが我々側に寄って来ている、ということか?」
「いやな傾向ですね。突破しましょう」
スカジの言葉にロキが突破を口にすれば、ゲオルグは目を見開く。が、彼らの実力ならあるいは。
「……あまりお勧めはしませんが、突破するしかないかもしれません」
ゲオルグは小さく息を吐く。教員としてはゾンビ系はあまり子供に相手をさせたくないのだが、いかんせん、ゲオルグは近接系で剣術に偏っていてゾンビ戦だとうまく離脱が利かないのである。
また、ゲオルグは出身が平民であるうえに、移民である。ロキたちへの指示をしにくい、という気持ちもあった。
「この場合、私に寄って来ているかもしれませんね。その場合は私が囮になるので撃破をお願いします、ロキ様」
「分かりました」
ゲオルグの指示にロキは小さく頷いた。わざわざ彼の名を呼んだのは他の生徒にまで手を出させないためである。
ロキの成績を知らぬ中等部教員はいない。
それこそ、あのアーノルドとスクルドの子とはまさしくこんな化け物である、と言っているようなものだ。
中等部にいる誰よりも高い魔力保有量を誇り、下手をすれば国中探しても見つからないであろうその魔術センスと火力には目を見張るものがある。
――スカジにも同じことが言えるので、何とも言い難いが。
「燃やした方がいいでしょうか?」
「ええ、しかし、術式を探るならばできれば多めに捕えたいところです」
「分かりました」
ロキは一旦立ち止まってパキパキと青い魔力結晶を作り上げる。
「水か」
「ええ。俺は水から生成していたのでは間に合いませんから」
「そうか。精霊の力は借りないのだな」
「誰が好き好んで精霊にあんな血生臭い骸に触れさせねばならんのですか」
スカジの提案をロキはあっさりと蹴った。
周りの精霊たちがロキに擦り寄っているが、ロキは気にした様子はない。
「ゲオルグ先生、行けます」
「行きますよ!」
ゲオルグが走り出す。スカジ達がそれに続く。ロキはスカジ達の横を並走する。
ゆら、と魔力が大きく揺らいだのを感じたゲオルグはスカジに方向を指示し、スカジはそれに従ってゲオルグから離れる。ゲオルグは虚空からショートソードを引き抜いた。
ゲオルグが建物から十分に距離を取って揺らいだ魔力の中心に向き直れば、そこには肌のない骸がふらりと現れた。
青い魔力結晶がその肉に食い込み、直後その肉を水が包み込み、瞬く間に凍り付いた。
「よし。次」
「ゲオルグ先生、連結している奴がいます――リオ、情報を寄越せ」
『はいよー』
ドゥーがここに居ないのは致し方ない。
本来精霊は総じてゾンビ系とは相性が悪いのである。
ゾンビと戦うときには、上位者と契約をしていることは利点といえるかもしれない。
「……チッ」
「ロキ、どうした?」
「皆の方に残り2体が向かいました。中心に『狂皇』。戦闘開始したました。応援に向かいます」
「分かった」
ロキが事務的に述べたのをスカジが受け取った。ロキはスカジに軽く頭を下げ、姿を消す。ロキが消えたことにゲオルグは驚いた。
「どういう事かな!? ロキ君は!?」
「ロキは皆の所へ行きました。ここに居た方が恐らく安全です。あとは私が責任をもって彼らを避難場所へ連れて行きます。ゲオルグ先生はハインドフット先生たちの方へ向かってください」
「……分かりました。あまり必要はないでしょうが、これを」
ロキが来る前の中等部最強の名をほしいままにしていたのはスカジであり、ゲオルグよりもスカジの方が戦闘慣れしているという悲しい現実もある。
スカジに緊急用の転移魔方陣を刻んだ魔石を渡し、ゲオルグは走って行った。
ロキがいなくなったことでシドは多少規制が緩くなったのか、ぐ、と身体を思いきり伸ばした後、手足を槍状に変化させる。
「シド、戦うのか?」
「んにゃ、そんなもんは狂皇に任せときゃいい。俺には王水でない限り腐食系が効かねえんだ。お前ら生身のやつの壁になら成れる」
セトの問いに答えたシドはスカジを見る。スカジは小さく頷いた。
「我々は幸い風魔術または土魔術に適性がある。高い台でも作って観戦といこうではないか」
「正気っスか」
「今のロキの口調から見ておそらく避難場所の前に『狂皇』が陣取って最終防衛線になってくれたのだろう。むしろ近付かないべきであろうな」
「……」
セトは一応納得し、スカジの先導に従って避難場所に回り込むルートを走った。
スカジがここで、と言ったところで止まり、スカジの作ってくれた足場へ移る。
目下にグレイスタリタス。この位置ならばゾンビに襲われることもない。生徒たちはグレイスタリタスの後ろで身を寄せ合っていた。
♢
紺色の髪が風になびき、銀色の髪が淡く輝く。
静かに、男は目を開け、その赤い瞳で目の前にふらふらと寄って来た骸を見据えた。
ここに彼がいるのは何となくである。
けれども、こうなることを彼は何となく知っていた。
偶然の重なりでここに居るのではなく、分かっていたからここへ足を向けた。
自分の従者でも片付けられるだろうが、アレは優しい。であるから、戦うこと以外に特に能のない狂戦士の王として、自分はここで血に狂っていればいいのだ。
さあ、権能を存分に振るえ。
この身に降り注ぐがいい。
もう幼い子供に見向かせはしない。
グレイスタリタスは虚空から、自分の身の丈よりもさらに長い柄の鎌を取り出した。
2メートルを超えるグレイスタリタスは、当然武器も比例して大きくなる。長柄の武器を扱うのは、周りを巻き込まぬために威圧の意味が大きかったのに、今ではすっかり手に馴染んでしまっている。グレイスタリタスはこれ以外の武器を使う気はもう無い。昔はもっと、才能の振り切っていた槍や剣を使ってみたいとも思っていたけれども――。
「――血に狂えば肉親も、愛した女も、分からなくなる」
だから、もういい。
全部自分の手で斬り捨ててきてしまったので、何を今更、と。
「――死ねばどれもこれも同じだ」
聞こえているんだろうが。
グレイスタリタスは骸の向こう側にいるであろう者を見据えた。
圧倒的なその力で振り下ろされる鎌は、赤身ゾンビの1体の身体を袈裟懸けに切り裂く。
ふ、と魔力が揺らぐのを感じたグレイスタリタスは、ロキがこの場に転移してきたことに気付いた。青い魔力結晶をもう1体に投げつけ、水の玉で包み込み、瞬く間に凍結したロキはグレイスタリタスの足元に転がった赤身ゾンビを見て小さく息を吐いた。
「やっぱり斬っちまったか」
「駄目だったか」
「いや。もう術者はこいつらを放棄してしまったようだし、関係ないだろう」
ロキはグレイスタリタスを見上げる。
「『狂皇』グレイスタリタス。ここに立ってくれたこと、感謝する」
「……気が向いただけだ」
グレイスタリタスが実際にやったことなどないに等しいのだから当然である。けれども、ロキは小さく首を横に振った。
「死徒と対峙するのは死徒でなければことが穏便には済まない。あなたはこの時点での最善策を取ってくれた」
感謝しないなんてできるものか。
彼からすれば生徒など有象無象の塵芥も同然。それをわざわざ庇う形で立ってくれていたのだ。
「……これ以上はくどいな。後日茶でも振舞おう」
「……味はわからんぞ」
「そこで受け取るのがあなたのいいところだ」
ロキはそれだけ言ってグレイスタリタスに背を向け、避難場所に指定されていたこの場に集まっていた生徒たちの方へ向かう。
銀糸の髪がなびく。グレイスタリタスは目を細めた。
マナがロキの周りに集まっている。
キラキラと、七色とまでバランスよくは行かないが、様々な色の混じったマナに包まれたロキの姿は美しい。狂精霊に魅入られたグレイスタリタスにすら分かるものだ。
「ダリウス先生、戦闘は終了しました。ヘンドラ先生はどこですか」
「え、あ、終わったのか。ヘンドラ先生なら結界を見に行ったと思うが」
「分かりました。ありがとうございます」
ロキはまだ少々混乱している教員にヘンドラの位置を聞く。学校の敷地のギリギリの範囲にいる可能性が高いことが分かった途端、ロキは虚空に声を掛ける。
「リオ」
『魔物舎近く』
「ありがとう。――グレイス」
グレイスタリタスにロキが声を掛ける。そのころにはグレイスタリタスの横にはロイが戻ってきていた。
「なんだ」
「しばらくここに居てほしい。もうこれ以上のゾンビ共の侵入は無かろうが、警戒するにこしたことはない」
ロキの言葉にグレイスタリタスがその場に腰を下ろした。ロイはそれに従ってロキに小さく礼をするにとどめ、グレイスタリタスの世話を焼き始めた。
ロキはスカジ達を見上げる。
スカジはそれに気付いて地面に降りた。
「ロキ、もう行くのか」
「気になることも多々あります。スカジ姉上は皆を纏めて先生たちの指示を通りやすくしてください」
「分かった」
スカジはセトたちを引っ張って他の学生らと合流する。ロキは静かに再び転移で姿を消した。




