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2024/01/31 加筆修正しました。
冒険者ギルドにおいて、12歳以上の子供が来るということはそう珍しいことではない。
シドが順番を取って来て、丁度セトとシドの順番が呼ばれる頃、ロキは戻って来た。
「あ、ロキ、今呼ばれた」
「そう」
シドがカウンターに向かい、セトとロキがその後を追った。
「今日はどんな用事ですかー?」
カウンターにいたのは若い、青い髪の娘だった。ロキは小さく礼をして用件を伝える。
「王立学園中等部の生徒です。自領で登録を済ませているので、こちらで一旦確認をしていただきに参りました」
「はい、わかりましたー」
娘はそっと3人の前に小さな木製の皿を出した。ロキはポケットに手を突っ込んで、【アイテムボックス】からギルド印章を取り出す。シドとセトも同じくポケットからギルド印章を取り出し、皿に置いた。
「お願いします」
「はーい。ちょっと待っててねー」
娘がカウンターを離れ、姿を消す。
「……すっげえ子ども扱いされてるな」
「13歳なんて、18年生きた感想からするとマジでクソガキだからね。やたら口はまめるし無駄に知恵回るし正論を認めない感情的に否定するしまいにゃ環境破壊の原因はお前だのいらないから死ねだのとよくもまああそこまで暴言を考え付くものだと感心すらする」
「やばいロキの台詞がクソ重い」
シドが憐みの目をロキに向けた。
「待て待てロキにそんなこと言ったらダメだろ」
「前世で見聞きしたことがあるだけだよ。気にしないでくれ」
「余計気になるんですけど」
セトの言葉は尤もだが、今は脇に置いておこう、とシドが言う。
「……待てロキ」
「ん?」
「お前いつ上脱いだ?」
ロキは首を傾げた。セトがロキを改めて見ると、ロキは上着のジャケットを着ていない。
「戻ってくるときに脱いだけど」
「……やたら子ども扱いされるなとは思ってたが、お前が脱いだせいか……」
「なんだよ、貴族の子供を子ども扱いしてはならないなんて誰も言ってないぞ。第一それを狙ってやっているんだからいいだろ?」
「そうかもしれんけどなー……!」
シドは指摘するのを諦めたらしい。ロキはくすくすと小さく笑って、戻って来た娘が返して来た印章を受け取った。
「今から、そのギルド印章で普通に、自領でやってた時みたいに依頼を受けることができるよ。頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
「あ、それと、地下で訓練やってるのを見ていったらいいと思うよ。あっちのカウンターで受け付けして、その横の階段から降りると着くから」
「はい。行ってみます。ありがとうございました」
娘が教えてくれたカウンターへと真っ直ぐロキが向かった。シドとセトは顔を見合わせて、娘に礼をするとすぐロキを追う。
「……こんなガキまで来んのか……」
カウンターに座っていたのは細身の男――黒い髪を短く切り揃えている優男だった。
「……お勧めしねえよ、この先は。見たとこまだ15にはなってねえだろ」
「問題ない、と言いたいところですが、訓練が目的ではありませんから」
「あん?」
「バルフォット領出身で最近こちらへ出てきている方がいらっしゃるようでして。その人を探しているだけです。集会場にはいませんでした」
だったら地下か出かけているかでしょう。
ロキはそう言って男を見上げる。
「……はあ、分かったよ。くれぐれも怪我してくれんじゃねーぞ……貴族サマのガキとか怖くて訓練どころじゃねーや」
「聞こえてますよー」
「ほれさっさと行け」
受付をちゃんとしてくれたらしい男に急かされて3人は階段を下りた。
「なんなんだあの男は」
「貴族子弟に怪我をさせると面倒なのは事実だからね。今回の場合は俺だろうけれど、状況によってはセトも問題あるからね」
「へいへい」
階段はまっすぐで、下り切った所には広場があった。
そこでは15歳、16歳くらいの少年少女がわたわたと剣を持って振っている。ロキたちが降りてきたのと同時に目があった男がいた。
髪は赤と黒の二色、手は空いていたと見え、すぐにロキたちの元へとやって来る。
そしてセトと目を合わせて少し目を見開き、ゆっくりとロキに視線を移した。
「初めまして。新人さん、とは言えなさそうだな」
「フォンブラウ領の人間でして」
「そうか。……ここではなんだ、ついて来てくれ」
ロキは小さく頷いて男について行く。セトを見やったロキは確信した。
「セト、声掛けに行けや」
「そ、そんなこと言ったって」
緊張してしまっているのだろうか、セトの顔は、探していたのはこの人であると雄弁に語っておきながら声を発せずにいたのであった。
シドが笑いを噛み殺しきれずに笑っているのが分かってしまうほど肩を揺らしている。
ロキは男がぽんぽんとベンチを叩いたのでそこに大人しく座らせてもらうことにしたのだった。
「……ええと。自己紹介からがいいかな」
「……」
「……お願いします」
何で何も言わねーんだこやつとロキがセトの脚を蹴ってみるがセトは相変わらず俯いていた。まあいい、とロキは勝手に話を進めることにする。
「俺はファリア・ケインドル。もう気付いてるようだけど、彼とは知り合いだ」
「ロキ・フォンブラウです。こいつには初等部から親しくしてもらっています。こっちは俺の従者のシド」
「シド・フェイブラムだ」
ほれ、セト、お前の番ぞ。
シドとロキがセトをつつけば、セトはゆっくりと顔を上げた。
「……お久しぶりです、ファリアさん」
「うん、久しぶり、セト君」
ファリアと名乗った男は、セトに苦笑を向けていた。
それだけで何となく2人の関係がうまくいかずに別れていたのだということはロキにも分かった。
ではなぜセトが会いたがったのか。
それは、きっと関係を修復したかったからだろう。
「……また顔を見せてくれて、ありがとう」
「……ッ」
シドがセトの背を叩き、ロキを見やった。ロキは小さく頷いて、セトをシドに任せ、ファリアを連れて少し離れたところへ向かう。
「あー、セト君泣いちゃったかな……」
「嬉しいと悔しいが混じってるんでしょうね」
ロキはシドに慰められているセトを眺めながら、口を開いた。
「あなた、属性判定スキルを持っているでしょう」
「……よくわかったね」
「セトはあまり闇属性を好ましく思っていないようでしたから。俺のメインが闇なのでその辺薄れてくれたようですけれど」
「……そうだったのか」
属性判定を彼がしたときにセトとの間に何か確執ができてしまったと考えるのが最も自然な流れであろう。ロキはファリアを見上げた。
「属性判定の前に属性についてちゃんと教えておくべきでしたね?」
「はは……そこはもう悔やんでも悔やみきれないよ」
両親ともに緑の髪。
ゆえに、突然黒の色彩が出たセトは、自分の属性についてかなり混乱したはずであり、なおかつ、風よりも強力にセトの中に渦巻くこの闇の、黒という色彩を歓迎できなかったのだろう――。
ロキはそんなことを考える。
ロキだから知っていることがある。
前世があるからなんとなくわかることがある。
こちらの世界におけるセト神は、外国の神であるため詳細は不明だが、少なくとも英雄神の類である。狡く、手段を選ばないような姿で描かれることもあるのではなかろうかとロキは思っている。だから、闇が出たのではないだろうかと。
神話に悪はつきものだ。
セト然り、ロキ然り。
悲観する必要はなく、セト自身もロキたちと関わっていく中で何か吹っ切れたから今ナタリアやロキと親しくしており、なおかつ闇属性魔術の訓練に勤しんでいる。
そう思っても、いいのではなかろうか。
「魔術と武器適性判定スキルを持ってるんだ。ついでにあの子はショートソードや短剣、ナイフの方が得意」
「でしょうね。バルフォットですから」
「それヌトとゲブにも言われたんだが、どういうことだい?」
どうやらこの男はセトの両親とはかなり親しい間柄らしい、とそんなことを思いながら、ロキは笑みを浮かべて答える。
「バルフォット騎士爵。何度騎士爵を賜ろうと、次の代がなぜか後を継がないことで上級貴族の間ではちょっと有名です。元は旅をしていた人刃が祖先だといわれています」
「あ、やっぱり彼人刃なんだ」
「はっきり言って今の公爵家よりも人刃の血はかなり濃いですよ。ヌト殿の母親が確か先祖返りの人刃で、硬質化のスキル持ちです」
「うわぁ」
人刃の話を聞いても特に驚いたりしていないことから、この人はこれからもセトと仲良くしていくのだろうなとそんなことを思う。
セトが泣き止んだらしく、シドが手招く。ロキとファリアは顔を見合わせてセトの所へ戻った。
「泣き止んだか」
「うるせぇ」
「ここからはお前のことだ。俺たちは向こうで待っているからゆっくり話し合って来い」
「……ん」
ロキはシドを伴ってそこを離れる。
セトの隣にファリアが腰を下ろした。
「……不安がらせてごめんな」
「……もう、いいんです。吹っ切ったんで」
セトは顔を上げ、袖で目元を拭いた。
「初等部行ったら、悩んだ俺がバカみたいでしたもん」
♢
属性よりもっとタチの悪い状態に苛まれている奴がいて、そいつは加護のせいで余計扱いが面倒な存在で、しかも家が公爵家で。
なのに転生者で男爵令嬢と仲が良くて、状況を改善していくにつれて魔術も扱うようになって、その時闇属性魔術を教えたのが皮肉にもセトで。
セトは、ロキとの間に起こった出来事を、ファリアに語っていた。
楽になれる気がしたからだ。ファリアとの間の確執なんて本当にどうでもいいことだと言い切ったりはできないけれども、それでも。
「急に会えたからもう、何言えばいいのか分かんなくなって」
「……うん」
ファリアはセトの頭を撫でる。セトは努力を怠らず、昔から真面目によくやっていた。
ここ3年ほど会っていなかったけれど。
「……悩んだ意味は、あったかな?」
「はい。ありましたよ、きっと」
結晶時計を見やる。
たっぷり1時間ほど話し込んでいたらしい。
ロキとシドは喧嘩を売られたらしく買って寧ろ100倍返しくらいにしており、おそらくロキに伸されたであろう貴族令息たちの姿が見えた。
「うわ、ロキのやつ何やってんだ」
「あちゃー、あれはダメだー」
慌てて2人してロキを止めに入る。
というかロキは武器を持っていなかった。さながらバーサーカーである。
「ちょ、ロキ落ち着け? 何があってこうなった??」
「何、気にするな、彼らがちょっとばかりフレイ兄上とプルトス兄上を愚弄しただけで」
「分かった、お前が怒った理由はよーくわかった」
ボロボロにされている貴族子弟など、この後どうなるか分かったものではない。
「なんだよ、あいつらが1人では片方しかできないのは事実だろ!」
「笑止。そこまで言うのであればプルトス兄上に杖を、フレイ兄上にバスタードソードを持たせて戦ってみるがいい。所詮貴様ら程度の実力では1分保てばいい方だろうがな?」
「待って何でロキ君そんな煽り口調なの」
「キレてるときこれデフォルトなんで気にしないでやってください」
シドがロキを引きずって退場する。セトも慌ててついて行く。この場を収束させるべき、彼らを教えていたであろう教官役の冒険者は、どうやらこの生意気な生徒君に下されてしまっていたようである。
「……はあ。もう、これどうなってもしらねー……」
半分ほど投げやりになりながら、ファリアはヒーラーを呼ぶよう近くにいた訓練中の少年に告げたのだった。