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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部1年後期編
124/368

5-7 とある夢 邂逅

2023/01/04 改稿しました。

ロキは、蒼い世界を、見ていた。


まず知覚したのは、水だ。

さらさらと水の流れる音がした。


目を開けると、鮮烈な光、夏の日差しの差し込む水源のような、そんな風景が広がっていた。水源に行った記憶など、ロキには、前世の記憶以外に存在していない。

水源と違うのは、明らかに人工的に整備された土地でありながら、すっかり寂れて廃墟のようになってしまっていることだろうか。


干しレンガを積んで造られた壁が崩れ落ち、蔦に覆われている。

ロキは小さく息を吐いた。


空が青い。

夏の空。


もう、ロキの中では過ぎ去った季節のはずなのだけれども、まだそこには夏が続いている。ロキは流れる水の音を追って、足を踏み出した。


どうやらロキは、とても簡素な、ギリシアのトーガのような物を身に纏っている。靴もサンダルも履いてはおらず、ここがどこなのかもわからない。


さらさらさら、川とは少し違うけれども、確かに流れていく音がしている。

ロキは音を頼りに瓦礫と蔦の広がった道を進む。道と呼んでいいのかも怪しいようなそこは、確かに人のいる気配のない、けれどなぜか美しいと、そして懐かしいと感じる場所だった。


風が吹いた。

ロキの銀糸の髪が揺れる。

ひたすら歩いて、ロキは水路のような場所を見つけた。


石造りで、段数の少ない階段がある。

階段を降りるとすぐに水に触れられる程度の所まで近付くことができる状態だった。


ロキはしゃがみこんで水を覗き込む。

恐ろしく透明度の高い水だった。

水源、とロキが思ったのはあながち間違いではなかったのかもしれない。


よく見ると、流れている水は酷く浅かった。浅いとはいっても、ふくらはぎのあたりまではない、くらいの高さである。

どこへ続いているのかと周囲を見渡せば、右手側から小さな川になっているらしい。それを追っていくよりは、と、この水がどこから湧いているのかと、ロキは水に足を踏み入れた。


足元はどうやら砂のようで、踏めば砂の粒が舞って少し流れては沈んだ。

ここにはあまり泥がない。

ロキはそんなことを考えながら静かに歩を進めた。


水草の類はなく、普通に地上に生えているような草が生えているのが見える。水が流れているのは左側からか、とロキはそちらへ視線を向けた。


それが見間違いでなければ、井戸、だった。


レンガに見えるが白い石で作られているらしい。

ぱちゃぱちゃと水が跳ねる。冷たいと体感できるのが不思議だった。


井戸に近付いて、そっと覗き込めば、目を見開いてその青に見惚れた。

そして目を凝らし、中に誰かいるらしいことに気が付く。

誰だろう、と思って目を凝らした。

その人物はどうやら、青年らしく、


「……俺……?」


ざぁ、と風が強く吹き、水がロキの足を掬った。


「!?」


ロキは水しぶきをあげて倒れる。

服は水に濡れた。髪も水に濡れて重くなる。唐突に腹部も濡れてロキは身震いした。寒さを感じてしまうほどに水が冷たい。

水に足を踏み入れた時よりも格段に冷たくなっている気がして、ロキは身体を起こす。


もう一度井戸に近付いて覗き込めば、ぱちり。


ラズベリルの瞳と、目が合った。


『……驚いた。もうここに来れるほどに魔力量が増えたのか』


自分の声だ、と理解すると同時に、令嬢ロキの時と異なる、温かなものが胸に広がった。ロキはふと、その名を紡ぐ。


「ネロキスク……?」


ぱしゃん。


水が、弾けた。

井戸の中にいるロキ――ネロキスクとロキが呼んだその青年は、『ああ』と、答えた。


青年が、井戸からそっと抜け出してくる。

そして周囲を見渡して、ああ、良かった、と小さく呟いた。


『どうやら、ビアンカルヴとレイリヒトは()()()に移れたようだな』

「……アッシュとヴォルフガングのことだな」

『ああ、その通りだとも』


ネロキスクは井戸のすぐ傍に座る。浅いプールの中に座っているような感覚だろうかと思いつつ、ロキも腰を下ろした。どうせもう濡れているのだ。今更ではないか。


『ロキ・フォンブラウ』

「?」


名を呼ばれ、ロキはネロキスクを見る。

自分よりも3つほど年上と見えるネロキスクは、どことなく愁いを帯びた目をしていた。ロキを見た瞬間に弾けた喜色の浮かんだ瞳の方がずっとずっと、綺麗に見えたのに。


『ここまでたどり着いてくれて、ありがとう』

「……支えてくれた人が、たくさんいたからね」


ネロキスクがロキの頭を撫でる。

ロキは思う。それは違うだろう、と。


沢山の人に支えられて生きてきた。支えて欲しいということを言ったこともあった。衝突もした。最終的には皆が受け入れ、仕方ないというようにロキを支える形になっただけ。


ロキとしてはそれでよかったと思っている。

これからしっかりと彼らに何か返せるものを精一杯返していきたいと思っていた。


思い浮かぶのは、何度も何度もソルを引き剥がすことになったルナである。

彼女はロキの事を嫌いだと言った。

今は普通に接しているが、もしも彼女がいらないと言ったとしても、やはりロキはルナに何か返してやりたいと考えてしまう。


「なあ、あんたは、」

『俺は、なりそこないのお前だよ』


ロキが紡ごうとした言葉を、ネロキスクが遮った。


『惚れた女1人救えやしなかったんだ』

「……」


こいつと俺は、ずいぶんと違うものなのだなあ。


愁いと悔恨とが綯交ぜになった色は、見ていてとても悲しくなる。自分もこんな表情をするものなのだなと、遠く、思った。


『おかしな話だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のに、俺たちは先に終わってしまった』


ネロキスクはそっとロキを抱きしめる。ロキはされるがままになった。そしてふと、ネロキスクの右目が動かないことに気付く。


「……アンタ、右目見えないのか」

『……ああ。シグマに潰されてしまった』


難儀なものだなあ、とネロキスクは笑う。


『お前は、死徒列強と仲がよさそうで何よりだ』

「……ロードたちも、思うところがあるらしくてな」

『そうか。ならば俺たちバッドエンド組も無駄ではないな』


バッドエンドと明確にネロキスクが銘打ったものには何らかの理由があるのだろう。彼の言葉の意味を考えて、まだ終わっていない始まった場所というものが、デスカルたちの言っていた、その内接触するであろう来訪者たちの事かと辺りを付けた。


それにしても、このネロキスク。随分と暗いことばかり言う。


「アンタは随分と暗いことばかり言う。シドやデスカルの話を聞いてる限りは、ずいぶんと楽天家に聞こえていたんだけど?」

『擦り切れたとでも言えばいいのか? まあ、なんだ。もう、疲れた。それだけだ』


ネロキスクはロキを放す。


『もう帰る時間だ。皆を大切にしろ』

「言われなくとも分かっているよ」


随分と一方的ではあるけれど、ロキは立ち上がる。

ただ、これだけは言わねばならないと、ネロキスクの方を見た。


「おいネロキスク」

『なんだ』

「お前が、誰を守れなかったのかくらいの想像はつくよ。俺はお前がどんな道を体験したのかなんて知らんし興味もない。けどな」


もしかしてもしかしなくとも、ロキはこのロキ(ネロキスク)と話すためにここに来たのだろう。条件があったらしいことも伺えた。きっと前に進めている。自分ぐらいはそれを信じてもいいだろう。


ロキ(ネロキスク)が何も信じられなくなってしまったロキの成れの果てなのだとしても。


最適解を選べなかったその先の事なんて、ロキは知る由もないのだ。だって普通はそうだろう。

選択なんて、結果を見てから良かったか悪かったかが分かるものだ。


暗い事ばかり言うとロキはなじってみたけれど、疲れたと言われればそれ以上に言う事なんてない。お疲れ様と言ってさっさとその手のバトンを渡せと迫るべきか。終わったと言っている彼の手にバトンなんてあるのだろうか。


だからといって、自分の成り損ないを自称する彼を放置して行きたくはない。このままは後味が悪い。ロキは気に入らないことには基本的に食って掛かるタイプだ。何もできないことが分かるまでは足掻きたいタイプである。


「お前だって何もしなかったわけじゃないだろ?」

「……そう、だな」


結果が出なくても、何かをやったことにかわりはなくて。結果が出なくて何より悔しかったのはこのずぶ濡れ野郎だろう。


「俺が、信じられなかったから。ただそれだけで、全部しくじったんだ」

「信じられるかどうかは相手とお前次第だと思うけどなぁ」


ロキは何かと皆に信頼を寄せている。別に信頼に応えてくれとは思っていない。応えてもらえたら嬉しいだけだ。


相手を信じられないのは普通の事ではないのか。

ロキは何もおかしいと思わない。


「……“次”も、信じられなかった」

「……」

「俺は、自分で未来を断ち切ってしまったんだ」


回帰の先を、未来へ進めると、信じられなかった。


「……それも、お前の選んだことだろ。信じられなくても、良いと思うよ」


ロキはそう言うしかない。誰かを信じるのではなく、回帰によって巻き戻る世界の事など。ロキにはまだ正直想像がつかないし。


「まあでも、今までの俺は“次”を信じて来たんだろ?」

「……ああ、それを引き継げなかった。俺は慌てて閉じ籠った」

「次への道を潰えさせないため?」

「こっちに来るなって、警告のためだ」


それは道路でいうガードレールに他ならないのだろう。街道の案内板のようなものなのだろう。魔物へのささやかな抵抗のための柵のようなものなのだろう。


ロキは小さく息を吐いた。

うだうだ悩むのは得意だが、あんまり悩んでも思考は悪い方へ廻ると知っている。ならばそこまで悩む前に動いてみるのが良い。


こっちに来るな、なんて言われたって、どの道がどうそこへ至るのか分からないから、どうすることも出来ない。引き返すルートを残す他無いのだ。その手助けを彼がしようというのなら、ロキは喜んで受け取る。


「……閉じ籠って、動かなくなったらそこで終わりだ」

「それ以上道はないのに?」

「戻る道は、無かったのか」

「無かった。退路は自分で切ってしまった」


ロキ・フォンブラウはそういう男だと、誰かに言われた記憶がある。あれはシドだっただろうか、他の誰かだったろうか。


「んでその先が無くなって、戻れず進めず立ち止まった?」

「ああ」

「で、自分が進んできた道も信じられなくなった?」

「ああ」


ロキの問いに少し悲し気な色を浮かべたロキ(ネロキスク)は頷く。信じられなくなった、だから今がある。未来へも繋がらない袋小路に迷い込んで、戻ることも出来なくなって、そして彼は今も後悔を抱えたまま、こうして条件を満たしたロキの前に現れた。


ロキは静かに告げる。


「んじゃ、俺を信じてみろよ。俺は、お前が危険を知らせて尚、お前と同じ轍を踏むのかい?」

「それは、きっとないな」


今までの俺もそうだったらしいから、とロキ(ネロキスク)は言う。ならば簡単な話だとロキは笑う。


「お前も俺だっていうんなら、信じてみせろよ、俺を。俺は、お前が望んだ“次”だろ?」

「ああ」


未来を望め。

祈り託せ。

貴様(ネロキスク)は何のためにここで何かを待っていた?


ロキ(ネロキスク)が目を見開いた。

そして、す、と目を閉じる。


「……信じても、いいのか。託しても、いいのか。俺が歩んだ道はそう生易しいものではなかったぞ?」

「お前は耐えたじゃないか」


耐え忍んだ先が袋小路なら、投げ出したっておかしくない。ロキはロキ(ネロキスク)を誇りに思う。彼は間違いなく頑張った後の姿だ。こんなに疲れ切っても尚、何かを伝えるために現れた過去の幻影。


「……お前は、自分をNPCのようだと思ったことはないか」

「正直、ある。そこ予想してるのかよみたいなことあったことある」

「言われたことは?」

「上位者から言われたことはある。でも、それはそれでいいと俺が思っているからだとも思っている」


環境を本気で変えたかったら、どうにかしてしまえるものだ、とロキは思っている。自分の心持ちによっても変わるのだから、環境という外的なものだけが変わることは少ないと。


「俺が変わらないのは、俺がそれでいいと思っているからだ、きっと」


ロキは少なくとも、そう結論付けた。

これでいいのではないかな、と。

所詮はループした記憶がない自分に過去の自分の推し量ることなどできはしない。

ならば自己完結でいいだろう。何を悩む必要がある。


「同じ時代に生きているわけでも、直接託されたわけでもないのに話をしたことすらないような者の考えに思考を巡らせるなど創作物の中か歴史研究だけにしろ。くだらんことで思い悩む暇があるなら、自分の次に来るやつに掛ける言葉でも考えておけばよかったんだ」


記憶の無い過去の世界の自分のことで思い悩んでどうする。

もはや他人並みに遠く離れた存在ではないか。


「お前もきっと、ここに来た当時は俺と同じようなことを言えたかもしれないね。ならば俺にかける言葉は分かっているんじゃないのか。いつまでこんな箱庭に閉じ籠っているつもりだ。愚かにも程があるぞ、ロキ・フォンブラウ!」


ロキの言葉の意味を、ネロキスクはゆっくりと咀嚼した。

なぜ自分自身にここまで言われるのだろうかと思いを巡らせもしただろう。

けれどもここまで言われて、ロキなら――黙っているはずがないと。


ネロキスクは目を開け、ロキを見て、フ、と笑った。


『俺が愚か、か。確かにそうだな。……こんなところまで、ゼロさえ引っ張り込んでしまったのだから』


ここは箱庭。

誰にも侵されぬ優しい場所。

けれどもう、ここから出なければ。


『ロキ・フォンブラウ』

「――」

『ありがとう。けれど、そんなお前だからこそ、俺はまだお前に全ては託せない』

「……そうか」

『ああ』


でも、吹っ切れた。


ネロキスクはそう言って、井戸に手を掛ける。


『言っておくが、俺は上位にほんの少し足を掛けた程度で止まっている。俺がここまで来たのは復讐のためだよ』

「まだ上があると?」

『ああ。まあ、なんだ。デスカルの補助なしでもここまでこれたんだ。お前にならもっと上が目指せるだろう。だから、』


ロキが踵を返す。もう、戻らねばならない。

止まることができない。


『お前のことを、信じよう。次に会う時はゼロと共に還る時だ』


風が柔らかく2人の髪を揺らす。


『信じたいと思ったものを信じればいい』


『間違うとか間違わないとかではなく、後悔の無いように生きればよかったんだ』


『立場とかそういうものに囚われて道を踏み外すなよ』


『――ソルを、守ってくれ』


「――ああ。」


ネロキスクが井戸に再び沈んだ時、ロキもまた、風に攫われてその姿を消した。



たたた、と軽快な音と共に、黒い髪、黄色と赤のオッドアイの青年が姿を現す。


『……今、ロキが起きていた気がしたが……』


小さく呟いて、ふと、蒼い井戸の中の、彼の主が笑っているのを見た。

ああそうか、と、それだけで納得した。

どうでもよくなった。

投げやりな意味ではなく、本当に、もういいのだと。


『……今度こそ、覚めない夢を、どうか。』


盛大なる伏線回ともいう。

今までさんざんぽいぽいしてた伏線を多少回収できていればいいのですが。

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