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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部1年後期編
123/377

5-6

2023/12/29 今年最後の加筆修正です

「皆、おめでとう。皆が頑張ったので教科書の内容が終わりました」


ヘンドラが言った。この講義は魔術入門である。

生徒達は顔を見合わせ、そして、やった、と声を上げた。


ヘンドラは魔力操作、魔術入門、魔術基礎、魔術初級の4つの講義を受け持っている。魔力操作は全員必修、魔術入門と魔術基礎は選択必修、魔術基礎を受講する生徒だけ魔術初級も受講できるようになっており、魔術関連の講義はかなり多い。


魔力操作は理論ではなく実技科目になることと、自分の魔力をちゃんと操作できないと何かと不便であるのでリガルディア王立学園では必修科目となっていた。


魔術入門は魔力操作の次に魔術の基本となる部分であり、自分の属性をよく知り、属性に合った魔術を使うための属性の扱いを学ぶ講義となる。魔力操作は別講義でやっているので魔術入門は理論を先に叩き込む場となっていた。


本来魔術入門は1年かけて属性に関する座学を終わらせて、2年から実践訓練の中で振り返りをしながら魔術を使うことができるようにしていく講義になる。しかしこの学年はカルやロキといった実践レベルで既に魔術を使える生徒が多かったこともあり、実戦を挟みながらの講義だったため、生徒たち自身の気付きも多く、教科書の基本事項の所が飛ぶように終わっていった。


(次の学年からはこの方法で教えていこうかしら)


貴族子弟は家庭教師に魔術基礎まで学んでいる者が多いので、学園の授業進度そのものは魔術に初めて触れる平民向けだったりするのだが、魔術で落ち零れのレッテルが張られた貴族子弟のための補修的な要素も持っている。


ヘンドラだけにとどまらず、リガルディア王国で魔術を教える魔術師は多くが実戦では戦闘訓練の様なことをする。そちらの方が効率が良いというのもあるのだが、それ以外の魔術の学び方を魔術師たちも知らないというのが大きい。


というのも、リガルディア王国に多く居るのは攻撃を得意とする戦闘職型の魔術師である。次点で多いのが神官や司祭などの聖職者であり、彼らは傷を癒すことを得意とする。戦闘訓練をして傷付いた身体を癒す、のサイクルが出来上がってしまっていたのだ。


ヘンドラもその中で学んで来た魔術師だ。それ以外のやり方は知らない。

そこを今回覆したのが、ロキである。


「今年は特に教科書が早く終わってしまいましたね。ロキ君のおかげです」

「そういうものなんですか?」

「はい。私たちですら、こんな魔術の学び方は初めて見ました」


勿論ロキは家庭教師であるアンリエッタに魔術を教わってきた。アンリエッタはフォンブラウ公爵家のやり方に合わせて戦闘訓練とそれ以外の魔術訓練を組み合わせていたのである。ロキは戦闘訓練ばかりでは面白くないので、カルたちを誘って、魔力でいろいろなものの形を作って遊んでいただけだ。初等部では当然のようにレインたちもついてきていたので何も疑問を抱かなかっただけである。


「よく考えてみたら、ロキ君は攻撃より補助魔術に向いていらっしゃるので、こちらの方が良いのは当然でしたね」

「あー、俺攻撃向いて無いんでしたね」

「はい。物理はどうかわかりませんが。以前お話した通り、ロキ君は瞬間的な火力は出にくい体質の方なので、戦闘訓練であれこれ学ぶのは向いていないと思いますよ」


こいつが? というような目を向けるケビンたちを見てヘンドラはくすっと笑った。


「この講義では、理論ばかりではなく、ロキ君が攻撃力の無い属性魔力をその場で展開してくれていたので、皆もやってみようという気になれたでしょう? 攻撃魔術として出力してしまうと、指向性を持たせたり威力調整が必要だったりで、よく考えたら最初の練習には向いてないですね」


今更ですが気付きました、とヘンドラは笑う。

魔術を得意とする者はいいだろう。ロキもこの部類ではあるだろうが。

しかしそもそも魔力操作が苦手な者が攻撃魔術をまともに発動できるかどうかも怪しいのだ。ならば属性の扱いをする段階で攻撃魔術をわざわざ展開する必要もないだろうという話である。


「ヘンドラ先生、初等部でレイヴン先生の授業を受けていないと分かりにくいと思います」

「ロキ君はレイヴン先生からこのやり方を?」

「はい。レイヴン先生は精霊との対話の時にやるやり方だと仰ってましたけれど、レイヴン先生は魔力操作が緻密でしたし、精霊との対話といいつつ魔力をあれこれ動かす訓練をされたのだと思います」


どうやらヘンドラに大切な気付きを与えてくれたのは同僚の魔法の下準備段階だったらしい。


「精霊にも強力なものと微力なものが居ますからね。レイヴン先生は微力な精霊の力を自分の魔力でまとめて複数の魔法を同時に使ったり、複合魔法を撃つことも出来ますから、言われてみればという感じですね」

「レイヴン先生そんなすごい人だったんだ」

「そんな人が初等部に居て良いんですか??」

「あら、レイヴン先生は高等部の教員ですよ?」


えっそうなの、と生徒たちが固まったのを見てヘンドラは微笑む。


「教えるのがあまりにもお上手なので、初等部でも生徒に魔術入門までを教えてくださいと言われて初等部に在籍しておられるだけで」

「そんな話聞いたことある気がする」

「高等部に戻って早く研究したいってぼやいてたけどそんな状況なの」


何人かレイヴンととても仲良くなっている生徒が居るようで何よりである。


「さて。折角なので、皆さんまずは魔力操作を思い出して、魔力に形を与えてみましょう」


教科書が終わったとはいえ今後は実践訓練をしながら復習をしていく。魔術入門と魔力操作が似たような授業になるが、訓練時間が多くなるのは良いことだ。


「では、訓練場へ移動しましょう」



魔力操作の訓練というのは、魔力を探知するところから始まり、その探知した魔力を手繰り寄せるところまでである。それは魔力を編んで最後に魔術を放出する、といった流れを行うための基本となる。これが今までの訓練の基礎となっていた考え方だ。


ヘンドラは、何か形を与える、といった。では何を作ろうか、となるのは必然で、目に見える形がある水や土の属性の子供たちは割とイメージしやすかったこともあってかすぐに訓練に入ることができた。


「ヘンドラ先生、形を与えるってどうしたらいいんですか」

「魔術を放つときに火や風の流れを思い浮かべますよね? それを指先や掌に集める感じです」


むむむ、と唸っている生徒が割と多いのは、魔術を放つときの感覚と上手く切り離せていないという事だろう。ロキはというと、右手と左手にそれぞれ小さな火と氷の粒を生成していた。


中等部の教科書で学ぶのはやはり基本的な部分が多い。高等部に上がったらもっと詳しい魔術理論や術体系の異なる魔術、果ては学派による魔術の術式の違いなども出て来るので、まだまだ序の口というやつである。


なお、リガルディア王国の各貴族家当主は単一属性が好ましいとされている。まともに単一属性の人物などほとんど存在しないので理想論扱いされている。通常火属性しか利用しないアーノルドでさえ実際に扱える属性は火、水、光の3属性だったりする。


スクルドも氷ばかり使うだけで水も扱える。単一属性が尊ばれるのは、ガントルヴァ帝国の魔術師の考え方だ。ヒューマンの短い寿命では、1つの属性を極めることができればよい方、という状況に即した考え方であり、長命且つ魔力量が多い者が多いリガルディアにはそぐわない考え方だが、ヒューマンには丁度良い考え方であるのも事実なので、大半のリガルディアの住人はこの考え方を持っている。


「そういえばヘンドラ先生って風属性以外の魔術を使うことはあるんですか?」

「ありますよ。属性は幾つか使えた方が有利に事を進められる場面が多いですからね」

「え、風以外も使えるんですか!?」

「同系列の雷属性を、ほんの少しですが。風よりも雷の方が破壊力もあるので、冒険者時代や外国に旅行に行ったときには重宝しましたよ」


ヘンドラの柔らかな黄緑の髪を見て風属性をイメージするのは容易いが、まさか雷まで撃つとは皆思わなかったようだ。ロキは何か思い出したように少し考え込んでから口を開いた。


「もしかして、やろうと思えば誰でも全部の属性使えるんですか?」

「ロキ君は毎度凄い所に気が付きますね。その質問、答えは概ね、です」

「概ね、ですか」

「はい。近い性質の属性ならば使うことができるものも多いです。ただし、元の自分の魔力の属性から遠くに手を伸ばす感じになるので、その手が届くだけの魔力量が無いとその属性は使えません」

「ある程度の魔力量が無いとどうにもならないってことですか」

「そうなります。でも、理論上は全ての属性から他の属性を使えます。光と闇もそうです」


そこまで入るんや、と何か感動しているロキとは裏腹に、ソルは驚いていた。


「火から光とか氷は予想つきますけど、風とか土とか使えるんですか??」

「火は光と氷に近い属性になります。風や土は遠く、闇は最も遠い属性なので、使うことはできますが効率最悪、といったところですね。ただ、闇属性に分類されている精神干渉系の魔術なんかは、火属性の魔力を伸ばしても繋がりません。火から光に行って反転、といった具合ですね」

「難しそう」

「この論に関しては中等部で習うことはないですね」


ロキの質問のせいでどえらいもん出て来た、とソルは呟いたが、よく似たことならお前イザーク先輩と一緒にやったやないか、とロキがぼやいたのでエリスが苦笑した。


「リガルディア王国の魔術体系は、旧帝国ガルガーテから引き継いだものが多いです。かれこれ4000年も研究されていれば、複雑化していてもおかしくはありませんよ」

「4000年は確かに長い」

「それはそう」


そも魔術そのものが4000年以上前から存在するのだ。そりゃ複雑にもなるだろう。


「複数の属性が扱える人というのは、それだけ魔力の変換効率が良いということも出来ます。ロキ君の場合なら、火、氷、闇はそのまま使えるし、多少弱い風と土も、風は氷を分解する、土は火から伸ばせば簡単に使えます。光は、ロキ君は火から伸ばした方が無難でしょうけれど、闇から反転することも出来ますね」

「属性変換そのものも、違う色の糸の掛け合わせて布が混色に見える的な意味か……」

「ロキ戻ってきて頂戴、早く練習しようよ」

「ああ、悪いね」


将来魔術に造詣の深い若者が出て来る未来が確実なものになった気がして、ヘンドラは笑みを深めた。


さて、ロキは自主訓練での魔力操作の際、火を氷で包んでカンテラを作ることが多い。ロキが作る氷は透明度が高いので、透明なガラスのようなカンテラの中で火が燃えているというなかなかに幻想的なものが出来上がる。


ロキと共に魔力操作の訓練をやっていた生徒たちはヘンドラがやろうとしていることをすぐにできたので、ヘンドラは他の生徒の補助をしながら生徒たちを見て回った。ヘンドラ自身は風属性が最も得意であるので、人に見える形にはなりにくい。ロキたちの視覚にはっきりと映る魔力操作は生徒たちに良い刺激になると考え彼らを見ておくよう促す。


「ロキ君たちの魔力操作を見ていてくださいね」

「ヘンドラ先生、プレシャーが」

「ロキ君たちは慣れているようですからね。見られた程度で魔力操作が乱れるようではいけませんよ?」

「ひええ」


ヘンドラとロキの掛け合いに全然緊張なんてしてないくせにとぼやくケビン、でもあれ楽しそう、と呟く生徒たち。ロキは一旦カンテラを横に置いて、指先に火と氷を浮かべた。


「ロキ、何やる?」

「とりあえず何かいつもみたいに作ったらいいんじゃないかな」

「じゃあいつものやるか」


魔術未満の生成されただけの属性をエレメントと呼ぶ。

レインがロキに声を掛け、カルの言葉で10名程度の生徒が指先に魔力で生成したエレメントを浮かべた。


カル、バルドル、ルナ、エリスが光の玉を浮かべる。こういった細々したことができないレオンは見学である。


指先に灯を浮かべたロゼ、ソル、エドガー。土塊を浮かべたヴァルノス。水の玉を浮かべたレイン。小さく千切った髪を用意して指先の風邪でまとめたクルトなど。

ヘンドラが受け持っている生徒の中では結構な人数である。


カルが浮かべた光の玉の色を変え、身体の周りをふわふわと漂うように移動させた。バルドルは光の玉の個数を増やして一定間隔で動かす。ルナは兎の形を作った。エリスは小鳥を作って動かす。


「暗くします?」

「お願いしようかな」


ナタリアがバルドルに声を掛け、バルドルが承諾したところでバルドルの周りが薄暗くなり、光の玉の光が少し強調された。


クルトの傍に寄って来た浅葱色の髪の少年が一緒に紙を風で巻き取って風の渦を作り始める。ロキはレインと一緒に水と氷でそれぞれ花を作り始めた。

その横でソルが灯を蝶の形に変え、ひらひらと舞うように動かし始める。ロゼが火で花を作ったので、そこにとまる蝶のような演出をすると、ロゼが嬉しそうに笑った。


「セトどっちやる?」

「……風で」

「セト闇の魔力嫌ってて俺悲しい」

「ロキほど加護について割り切ってる奴そう居ねえと思うわ。闇やればいいんだろ」


セトがロキ、ソル、ロゼの所へ近付いて行って周囲をほんのり暗くする。周りが暗いと火も幻想的に見える。お得だ、と何に対してかわからない感想を述べたソルと、何のことそれ、と笑うロゼとヴァルノス。ヴァルノスはこれまた近くで土を砂に変えたり石に変えたりしながら皆の様子を眺めていた。


「皆すごいですね」

「こんなのできるかなぁ」


ロキたちを見ていた生徒たちが自分の魔力を弄り始める。魔力操作は体内でやることが多いのだが、魔力を外に出してそこからあれこれ弄っていくのは、ロキが魔力結晶を生成していたのを知っている生徒は目で見ていたことだ。


「見て見て」

「本物の蝶々みたい」

「飛び方めっちゃ観察した」


ソルがロゼに火の蝶を自慢している。ヴァルノスが砂の粒を石英にして形を猫にしたり幾何学模様を組んだりし始めた。ロキは火を弄るのに飽きたのか、細い同じくらいの太さの氷の棒を作ったり、薄い透明な氷を生成したりしてレインと遊んでいる。


「ロキ、何でこんなに一定の細さの氷作れるのさ?」

「んー、俺は目分量でやってるけど。これくらいの細さでって」

「ロキってそういう細かい調節得意だよね」

「それはなんかそう」


他の水属性や氷属性を扱う生徒たちがロキとレインの真似をして氷を生成し始めた。

風属性の生徒たちも各々葉っぱや紙などの風に巻き上げられやすいものを用意して渦を作る練習を始める。ちなみに彼らの間でぐるぐると渦を巻いている風の中に入って遊んでいる幼い精霊たちがいるのは御愛嬌である。


アッシュとヴォルフガングの傍にアルバが控えていた。

森からロキたちと共に学園へやって来たアルバを一番最初に3時間ほど正座させて説教をしたのはヴォルフガングの方だった。無論アッシュからはその倍の6時間の正座を言い渡され、しかも実体化させられて脚の痺れに悶えていたのをロキは知っている。


ヘンドラも最初はアルバの存在に目を丸くしていたものだが、慣れて来るとこれがなかなか存在感があるのもあって、ヘンドラの研究者魂でも疼いたのか、アルバ及びヴォルフガングとアッシュが連日質問攻めにされていた。ある種畏怖の念はあるのだろうが。


「氷が既に使える人は分かりにくいかもしれませんが、氷属性は“複合属性”ですので、扱いは他の属性より少し難しいです。雷も同じことが言えますね」


水と氷を使う子供が案外多いこともあってヘンドラは属性の扱いやすさの話をし始めた。

魔術の属性には基本四属性、双極属性、希少属性、それ以外に“複合属性”または“上級属性”という呼び方が存在する。


基本四属性と双極属性の合わせて6種類の属性の中に、希少属性含めたすべての属性は分類ができる、とされている。その中に、風と水の複合で氷、風の上級で雷といった具合に突然出現する強力な属性が存在するのだ。

ロキの弟であるトールの雷は火と水の複合属性として雷が出現した形になる。――正確には明らかに雷帝トールの加護の所為だが。


「ヘンドラ先生、他の人と協力して何か作ったら練習になりますか?」

「そうですね。もともとリガルディアでよく行われている魔力操作の訓練は環状魔力操作とも呼ばれるもので、誰かと手を繋いでお互いの魔力を相手に渡す、受け取る、というのを繰り返します。調整をしくじるとお互い痛いので親子で訓練でやっている子が居ますね」


ロキは以前アツシやドルバロムがやってくれたあれか、と思い返しながらヘンドラの話に耳を傾ける。


「その練習やったことある」

「姉様とやったらめっちゃ痛がられた」

「魔力を感知するのが苦手な子の魔力操作の基本として行うことも多いです。もしかしたら、ロキ君はやったことがあるんじゃないかしら?」

「はい、ありますね。でも結構時間をかけてやらないといけなかったので、父上や母上ではなく上位者とやりましたね」


ヘンドラの目がキラッと輝いた。上位者と会う機会は滅多に無いので会ってみたいというヘンドラの意思を感じられてロキはふっと笑ってしまった。ロキにとっての非常事態でなければ、デスカルたちに会うのももっと楽しめていたかもしれないとアーノルドが言っていたとドルバロム伝手で聞いたことがある。リガルディアの魔術師は研究者気質の者が多いのだろう。


「自分だけで魔力操作をやるより、他の人と協力した方が魔力操作は格段に上手になります。けれど、調節が上手くできないままで他の人と魔力操作をやろうとすると、怪我をしかねないので、気を付けてくださいね」

「「「はーい」」」


ロキとレインが既に2人で遊んでいるのでやるなとは言い辛かったのだろうなとロキは思った。先走り過ぎたらしい。


「あんまりやっちゃダメだったんだね」

「そうらしいね」


顔を見合わせたロキとレインは、それでも他にやることが無いので2人で氷の細い柱を作り、そこに模様を刻んで小さな彫刻を作った。


「透明な氷を作ろうとするだけでも結構訓練になるけどね」

「レインは元が水だから余計にな」

「そのせいもあるか」

「ロキ様ー」


エリスがヴァルノスと共にロキの傍に寄ってくる。


「どうしたの、エリス嬢」

「カンテラ貸していただけませんか?」

「いいよ。維持はどうする?」

「引き継ぐわよ」


ヴァルノスが手を出し、ロキは足元に置いていたカンテラをヴァルノスに渡す。

リガルディア王国の魔術の不可思議なところで、誰かが作動させた術式を、別の誰かが引き継ぐことが可能だ。


実は自分では使えない属性の術でも、他の誰かが必要な属性のマナを先に注いでくれていれば誰でも使えたりするのである。ロキはそれに気付いた時背筋を何か冷たい感覚が這って行った気がしたものだ。


「他にも作っていただけませんか?」


ロキにエリスが注文を付け始めた。何に使う気なのかは見てからの楽しみだ。


「いいけど、幾つぐらいいるのかな?」

「とりあえず10個で!」


遠慮なく注文をしたエリスと、それを見て笑うロキとヴァルノスでその場はほんのりと温かい雰囲気に変わっていった。

ロキがパキパキと小さな音をたてながらカンテラを作っていく。


「ロキ君、他の子にもやらせてみてくださいませんか」

「分かりました」


ヘンドラの言葉にロキは小さく頷いて、近くの氷属性を持つ生徒の方を向いた。軽く首を傾げ、表情がなるべく柔らかく見えるようにと務める。

氷属性を扱う子供たちはそろりと寄って来てロキの傍に輪を作った。


「皆さん、頑張りましょう?」

「「「「「はい!」」」」」


皆の返事に力がこもっているのはなぜだろうかとカルはこの時思ったのだと、後日ロキに言いに来る案件である。


「普通のカンテラではなく、後から光魔術で灯を灯すので、中の光がよく見えるようにしましょう」

「ロキ様が作っておられるあのキラキラしたのは難しいんですか?」

「……あれは、元の形を知っていないと難しいかもしれません」


ロキは努めてゆっくり話す。

ロキがカンテラのガラス部分に充てた氷には、切子細工のように氷を削って模様を入れていた。レインとロキしかまだできない。これを皆は綺麗だと、そういったのだ。


そもそも、後から削るのではなく、元々その形に削れた状態で作っているロキがやっているのは、デザインをパソコンに取り込んで設定して3Dプリンタで立体を印刷するようなものだ。


「……一応、やってみましょうか。一度お見せしますね」


ロキは右の掌を下に向け、カンテラを握る形で止まる。

そして、某ノベルゲームよろしく丁寧に確認を始める。


「――骨子設定、確認。属性、氷。そうですね……蓮。【具現化(エンバディ)】」


ガチガチガチと氷のマナが固まり、氷を生成する。カンテラのガラス部分に蓮の花が刻まれたものが出来上がった。


「……今、骨考えてたよね……?」

「頭に設計図入ってんじゃね?」

「そんなの見ればわかるじゃない。カンテラは金属の骨とガラスだけなんだよ」


平民同士で言い合っているのはロキがやったことの意味が分かっている者たちだ。

エドガーが口を開く。


「ロキ様。今のは、何場面ほど想定されたのですか?」

「もう結構回数こなしてるからな……今のは4だ」

「……横、上、下、斜めに普段見る姿、でしょうか?」

「ああ」


エドガーは分かりました、と言った。


「自分もやりますね!」

「待て。お前がやったら本当にただのカンテラができる」

「色付きガラスでいかがでしょう?」

「魅力的だが今は、カル殿下たちの光をいかに魅せるかに焦点を当てる」

「分かりました」


エドガーはロキに慣れたためかちょくちょく暴走するようになり始めたらしく、ゼロよりも手綱を握るのが難しいとロキに言わしめる存在と化している。


灰色の髪、というのは、元々鋼を表すもので、火と土の魔力を持って生まれる典型例である。貴族の子であればロッティが欲しがっただろうなとロキやロゼが思っているほどの逸材であることもあり、エドガーは平民出身といえど貴族に近い待遇を受けている節がある。

本人は貴族子弟に商魂逞しく実家の商品を売り込むチャンスくらいにしか考えていないところがあるが。


「ああ、でも本当にロキ様の作るこういうものどうにか作れませんかね? 絶対売れます」

「中に魔石でも浮かべてみるか?」

「そうか、そうすれば平民にも手が届きますね」


カンテラなんぞ家の軒先に掛ける以外暗い所に出かけるくらいにしか使わんだろうに、とはカルの言である。エドガーが何かと商品を作ろうとするのはもう仕方がないのかもしれない。


「ロキ様、ロキ様!」

「ん」


エリスが呼ぶのでロキがそちらを向く。エリスは掌に光の小さな兎を乗せていた。


「兎か」

「はい!」

「薄でいいか?」

「あ、それです! はい!」


エリスの思考を読めるなんてすごいなとセトが割と本気で言うと、ロキは軽く肩をすくめてみせた。

皆の目の前でほんの2秒ほどでガキガキと氷が組み上がる。


「エリス嬢」

「ありがとうございます、ロキ様!」


エリスが目をキラキラさせながらカンテラを受け取る。中に光の兎を入れてカルたちの方へ向かった。

ロキはカンテラを組み始めたほかの生徒達に目を向ける。


ロキ的には、もっと初歩的なところからせねばならないと思っていたのだが、ヘンドラ先生も酷いものだな、と内心愚痴った。


「あれ?」

「どした」

「泡が入っちゃった」

「私もー」

「俺もだ」


カンテラの骨よりも、ガラスの如く透き通った氷を急速に作り上げる方がずっと難しい。

ロキはそれを全部急速に作り上げているのだ。恐ろしく高いレベルで魔術を行使している証拠であった。


「ロキ様のには泡入ってないよ」

「何で泡入るんだっけ」


泡を取り除かねばとうんうん唸り始めた生徒たちにヘンドラは笑みを深めた。ロキを見れば、ロキと目が合う。苦笑を浮かべたロキは、生徒たちに声を掛ける。


「何故氷が雷と同じ複合属性、または上級属性に分類されているのかを考えてください。それだけ扱うのも難しいという事。使えるだけでも十分ですが、もっと細かいコントロールを習得するならば、まずは透明な氷を作るところからですよ」

「ロキ様、1ついいですか?」

「ええ」

「ロキ様はカンテラを作るのにカンテラの骨子を設定して、透明な氷を作って、氷で作り上げて、って後ろ2つ同時進行でやってますよね?」

「はい」


うわー、ロキ様こえー、と声を上げる生徒がいる。ロキは愉しそうにくすくすと笑った。


「ロキ様、内側から照らせる花なんて作ってみてはどうでしょう!」

「よしお前には氷で作った薔薇を贈ってやろう」

「100本はいりませんからね」

「13本、友情」

「ならばよし」


ロゼが横から口を出してくると、ロキがそれをすぐに拾い上げた。ロゼの提案にロキが乗る形で今度は薔薇の花を作り始める。薔薇の花弁を丁寧に作り込み、花束にしてロゼに放った。


「綺麗ね」

「お前がいつも髪飾りに付けているだろう。日替わりで色が変わる」

「あら、気付いてたの」


ロゼは氷の花束を持ってカルの許へ向かう。先日、中等部を卒業後、大々的に婚約式を行うことが決まった2人である。


「……今の薔薇も透明だった」

「氷を透明に凍らせるってどうするんだよ、時間かけるんだよな?」


手取り足取り教えるタイプではないロキは、ただ何度も、実際にやってみせる。

見て盗めと。

お前たちは、マナがちゃんと見えているだろう、と。


「ヘンドラ先生、申し訳ないのですが、彼らは別の授業中にも魔術を発動させたまま参加させるという方向でいいですか?」

「苦行ですね。構いませんよ」

「では、放課後に書類をお持ちします」

「分かりました」


ロキの言葉が終わるとほぼ同時に授業終了のチャイムが鳴った。が、ロキの言葉を聞いていた生徒たちはロキを凝視していた。


「ロキ様、本気ですか……」

「授業中にも魔術を発動しっぱなしって……」


ロキは頷いた。


「ええ。透明度の高い氷を作るためには水を急速に凍らせてはならない。ならば直接覚え込むまでやらせるだけですとも。俺としては別にいいんです。水が液体として内部に保有している酸素分子を水分子から押し出して気泡を作らぬようにするというのはかなりしっかりしたイメージが必要になりますがやろうと思えば火属性の方もできるようですからソル嬢から教わってはいかがでしょうか?」

「ちょ、ロキ様私に押し付けないでよ!」

「夏休み中散々俺にナイフの如き透明な氷を雨霰と降らせたくせによく言う」

「あれはコントロール利かなかっただけなんだってば」

「楽しそうに俺を追いかけ回しておいて……」

「うおおおおい!? ここでその演技力使うのやめなさいよー!」


ツッコミに通常の口調が出てしまっているソルを特段叱ることもなく、高貴な家の息女はパラパラと解散していった。


この日以降、ちょくちょく氷を頭の上に浮かべている生徒がいたとかなんとか。


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