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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部1年後期編
122/368

5-5

2023/11/28 改稿しました。

フレイとプルトスが中等部へ足を踏み入れたのは、中等部の授業が終わったことを確認してからだった。ほんの2年ほど前まで自分たちも生活していた校舎は、特に変わりはない。

教員側から場所を指定されたのでそこへ3人で向かう。

最後の1人はモーリッツ・シスカだ。


「何故オレまで?」

「手紙をレオン君に書いたのだろう? しかし目的の人物の名は教えてもらえず集合場所を指定された、と」

「そんなに信用ないか!?」

「天狗の鼻を折られてすぐに立ち直ればよかったのに俺やプルトスを貶すからこうなるんだ。今度俺たちよりもっと強いやつに会わせてやる。そこでもう一度徹底的にその無駄なプライドズタズタに引き裂かれちまえ」

「フレイ今日機嫌悪くね??」


フレイが悪態を吐きながら集合場所へ足早に駆けていく。

3人の緑のスカーフと黒いローブがはためく。高等部の指定服のローブと、学年色のスカーフだ。


フレイの紅い髪が風になびく。生徒たちが目を奪われて振り返った。


「……お前、やっぱ美形なんだな?」

「才色兼備なんて、スカジが生まれて以来言われたことないぞ」

「僕もだよー」

「お前らの妹そんなスペック高いの?」


モーリッツのこれは失言に近いが、純粋な疑問でもあっただろう。プルトスとフレイはモーリッツの方を見て、声を揃えた。


「「“槍姫”」」

「――」


モーリッツは唖然とした。

“槍姫”と言えば、モーリッツが中等部3年の時に入学してきたやたら強いと噂の女子生徒である。何人もの上級生が大人げなく挑みかかって倒されたと聞いていた。


「……それが、会わせたいっていう?」

「いや、会わせたいのはその下だ」

「その下?」

「あれは、弟でいいな。うん」

「なんかすっごい渾名ついちゃってるって妹からは手紙が来ててちょっと笑ったなあ」


プルトスが苦笑を浮かべたところで、目的の教室に辿り着いた。3人は一旦身だしなみを整えて「失礼します」と声を掛けて教室へ入った。

そして、声を上げた。


「「ロキ!?」」

「久しぶりですね、プルトス兄上、フレイ兄上」


応えたのは銀髪の少年だった。モーリッツは目を見開く。

夕日に照らされてオレンジに染まった教室の中で、その白銀の少年も夕焼け色に染まっている。机に軽く座っていたらしく、降りてプルトスとフレイへ簡単に礼をして挨拶を済ませ、モーリッツを見てこちらにも会釈をする。


「……」

「おい、無事かシスカ」

「駄目だこれ完全にロキに中てられやがった」


停止してしまったモーリッツをプルトスとフレイが揺らす。プルトスもフレイも感じているが、ロキの雰囲気が変わっていた。

とても、優しいものへと。


フレイはふとロキの横にいるヘンドラと、その前の椅子に座っている赤い髪の少年を見る。まずはヘンドラへ礼をし、少年にも礼をする。ヘンドラは簡単にスカートの裾を摘まんで礼を返し、少年も礼をしてきた。


漸く我に返ったモーリッツも礼をしたところで、ヘンドラが口を開いた。


「お久しぶりですね、フレイ君、モーリッツ君」

「「お久しぶりです、ヘンドラ先生」」

「プルトス君は、さっきぶりね」

「はい」


ヘンドラは本来高等部にも顔を出しているのだが、フレイたちが高等部でヘンドラに会うことはほとんどない。プルトスは魔術科に進んだが、フレイとモーリッツは騎士科に進んだためだ。

ヘンドラは魔術科を受け持っている。


「ロキ・フォンブラウと申します」

「モーリッツ・シスカです……」


まだ中てられてる、とはフレイの言葉である。


「……ケビン・シスカです」

「プルトス・フォンブラウです」

「フレイ・フォンブラウだ」


手短に自己紹介を済ませたところで、ヘンドラがフレイを見据えた。


「今回は、ケビン君がロキ君にちょっかいを掛けたのですが、掛け方が拙くて大事になりました。私からの説明は以上です。あとはあなたたちだけで話をして」

「はい。ヘンドラ先生、忙しい中お時間をいただき、ありがとうございました」

「いいんですよ、ロキ君。フレイ君たち、帰るときには声を掛けてくださいね」

「「「はい」」」


ヘンドラが部屋を出て行くのを見送って、フレイたちはロキたちに向き直った。


「フレイ兄上、まず事の起こりから説明していただけますか? 俺はシスカ家と何か関係があったわけでもないのに唐突にちょっかいを出されて、丁度精神的にダメージを負っていた友人のこともあったのであらぬ心配をする羽目になったのですが」

「……とりあえず、その友人て、レオン君?」

「ええ、シスカ家と関わるのって俺の交友関係ではレオンくらいですよ? 最近エドガーも加わりましたけど」


ロキは怒っているわけではないのも分かるが、モーリッツに対する威圧感がすさまじいのをフレイとプルトスは感じていた。


「……モーリッツ、お前何したん?」

「レオンにお前なんかにクローディが継げるか! って言った」

「すげえなお前……」

「俺も一応【オーバーシャイン】持ってるしな」


でも金髪じゃないから俺アウト。

モーリッツはあっさり言ってのけた。

もう、そんなことはとっくに受け入れている。

いつまでも周りに言われてうじうじ気にしているレオンが気にくわなかっただけだ。


ロキの威圧が解けた。


「?」

「……それを聞いて安心しました。ナタリアを利用するというなら殺してやろうと思っていましたから」

「やめて。ホントに死ぬ。フォンブラウにやられたらホントに死ぬ」


モーリッツの言葉にロキが小さく笑い、でも、と続ける。


「レオンはどうせ魔力総量が増えてもあのままですよね。これからの4年で限界まで伸ばしますけど」

「伸びも悪いしすぐガス欠になるけど、うまく使ってやってくれよ」

「分かっています。そもそも、ナタリアも使える魔力は闇に偏ってますしね」


クローディ家は、通常の光属性を継ぐ家が赤毛の子供も家督の継承権を優先されるのに対して、光属性は金髪か桃色の髪の子供以外選ばない。レオンは普通に赤毛で魔法を継いだ親戚のモーリッツも候補に入っていると思っていたようだが、モーリッツは最初から継承権など持っていない。これは弟のケビンにも言えることであった。


ナタリア、が誰かよくわからないフレイとプルトスはとりあえず後から聞くか、くらいの気持ちで聞き流す。


ロキはモーリッツが思ったよりも全然話の通じる人物だったことで警戒心が薄れたようだ。


「で、最初は?」

「俺がフレイとプルトスを気に入らなくて喧嘩売った」

「フレイ兄上とプルトス兄上が買った、と。脳筋ですね」

「「お前もだからな?」」

「心外ですね」


モーリッツはケビンに目を移した。

ケビンはずっとむすっとした表情でいる。モーリッツと目が合うと、ふい、と視線をそらした。


「で、こっからが飛躍して、兄が認めきれなくてボロクソ言ってたやつらの弟が同じ学年にいたからちょっかいかけた、と」

「……はい」


ロキは小さく息を吐いた。何かに呆れているように感じられて、フレイが片眉を上げる。


「ケビン、俺と兄上たちを同じ土俵で考えない方がいいんだぜ?」

「最近身に染みてるわ」


ケビンは小さく息を吐いた。ロキとケビンを見ていると、そんなに仲が悪いようには思えない。モーリッツが口を開いた。


「もしかして、ケビンが手紙に書いてたダチってフォンブラウの弟の事か?」

「今更気付いたのかよこのクソ兄貴」


げんなりした顔のケビンの座る椅子の横の机にロキが腰掛ける。


「だが、君も最初はロキに思うことがあったんだろう?」

「まあ、そうですね」


フレイの問いかけにケビンは答えた。


「だって彼、ロキ神の加護持ちじゃないですか。加えて魔力量は多いし、武器も強くてバランスがいいハルバードですし。でも刀も使えるしバスタードソードだって使えない訳じゃない上に強いし。才能の塊か?って感じですし、中等部からは従者2人も連れて来たじゃないですか。結構妬んでる奴多いと思いますよ」


ケビンの言葉にプルトスが眉根を寄せる。ロキはさも分かっていますと言わんばかりの気にしていない態度のままだ。


「ロキを妬む理由が全く皆目見当もつかないのだが??」

「フレイ、流石にそこはオレでもわかる」

「モーリッツに分かって俺に分からないことがあるなんて……」

「おいあんま馬鹿にするなよ?」


フレイの言葉にモーリッツが顔を顰める。


「ロキ神の加護持ちなんて、偏見で見られて当然だろ」

「うちの弟が何をした!!」

「何もしてなくても悪い様に見られる加護だっつってんだろ」

「プルトスぅ……」

「僕何も言えないからパスで」


プルトスの言葉にフレイは項垂れた。

加護持ちというのは、加護を与えてくれた神様とやらの評価による風評被害に晒されやすいのである。ロキ神以外にも、あまり良い印象を持たれていない神格は存在しており、しかし上流貴族の加護持ちの中で警戒すべき神格はロキだけであった。大人が警戒しているのはもうどうしようもないが、同級生から酷い扱いをされているというのならそこは正さねばなるまいとフレイは口を開く。


「……ロキ、お前はもっと自分の身を守っていいんだぞ」

「うーん……そうは言われても。大体気に入らなければ拒否するしあまり気になってないよ?」

「そこをもう少し気にした方が良いって言ってるんだよ」

「うーん」


いまいちピンとこないらしい態度のロキを見て、ケビンが口を開いた。


「お前の所持品狙われたのもお前が意外と隙だらけなせいだと思うぞ」

「……おいバカタレ」


ロキが完全に無表情になった。ケビンとモーリッツが急激に空気が冷え込んだのに驚いて視線が彷徨う。冷気の発生源を辿ると、プルトスとフレイだった。ロキは蟀谷を押さえて小さく嘆息する。


「それ言っちゃダメだろ」

「ケビン君もうちょっとよく聞かせてくれるかい?」


フレイがケビンの前に立って迫力のある笑顔を向けてきた。ロキが隠していた被害をケビンは口走ってしまったのである。


フレイとプルトスからすると、出来の良い弟がなんか虐められている、という状況だ。しかもロキからは特に報告なし。ロキが隠していたということはロキがフレイたちに報告する必要性を感じていなかったという事だ。


「……ロキはメンタルが結構タフだから何も言ってこないだけなんだ。このままうまく丸め込まれてはいけないからな」

「あー……」


ロキが丸め込んでくる前提で話す兄も相当だというケビンの呟きをロキは黙殺した。


「……もともとはといえば、初等部からじゃれてる程度のものでした。主にロキ様が私を弄りに来るだけなんですけど」

「ケビン、随分他人行儀じゃないか」

「お前は黙っててくれ関係ないだろ」

「兄上たちはこんなところでこんなちっちゃな作法の話をする人たちじゃないよ」


要は手短に話せってことね、と正しく意味を理解したケビンは小さく息を吐いて、再び口を開く。


「……ロキが俺を弄ってるのを見て、子爵級が対立したっぽいんですよ。伯爵級が噛んでたのかもしれないんですけど、うちはクローディ派の中ではそこまで政治的な影響力はないですし、俺が見れる範囲は見てましたし、メルヴァーチのレインとマイルフォーのマルグリッドにも協力頼んでたんですけど、なんか全然違うところから来てるっぽいって報告貰ったとこでした」

「伯爵級じゃない何かが絡んでいるかもしれないってことか」


貴族の家格に級、という言い方をするのはリガルディアにしか見られない。もともと魔物のランク分けの名残だともいうが、“それくらいの権力を持っている層”を指して使うこともある。


「被害は?」

「ロキの所持品が紛失したとしか。それ以外は俺も知りません」


プルトスが少し考え込んだ。モーリッツが首を傾げる。


「ケビン、お前が指示したわけじゃないのか?」

「盗みの権能持ってる神の加護持ちの所持品盗んで来いとか滑稽過ぎて笑う気も起きないんだけど。俺の指示じゃない。……ていうか俺の友達がやったわけじゃないんだけど」

「おん?」

「お?」


ケビンの言葉にモーリッツとフレイが顔を見合わせた。


「お前の監督不行き届きかと思ったわ」

「監督不行き届きなのはお前だクソ兄貴。兄貴の言うことは聞いても俺の言うこと聞く上級生は少ないんだよ! もうちょっと自分に引っ付いてる取り巻きの管理ぐらいしてくれよ!」

「わかんねーからお前に投げてんだけど」

「もうちょっと! 努力を! しろ!!」


モーリッツの言葉にケビンが騒ぎ出す。フレイは大体どういう状況でケビンが疑われたのかを察することができたので、ロキの方を見た。目が合ったロキは苦笑する。最初から全貌がある程度予想がついていたらしい。


「そういえば、ロキの従者はもともと商会の人間だったか」

「シドですね」

「フェイブラム商会の跡取り息子だっけか? 結局セーウネスが一旦買収したやつだろ?」

「兄貴が思ってる以上にフェイブラムの人脈やばいんだって」


シドの情報網と契約した上位者の力で答え合わせまでやっていてもおかしくない――などと思ってロキに問いかけたらそんなことしてないと笑って返された。


「というかフレイ兄上思ったより俺が暗躍してると思ってないです?」

「思ってる。お前が何をやってても俺は変だと思わない」

「言い過ぎです」


話が脱線したけど、とここでプルトスが話を元に戻すために口を開く。


「ロキ、無くなったものは何だったの?」

「ペンケースですね。中身は鉛筆ぐらいしか入ってなかったですけど」


まあ、今更何をしようとプルトスまで出てきている以上今回の主犯が見つかるのは時間の問題といえる。

プルトスは特に、今では多少軽減されているとはいえ、絶対的な善悪の裁量権を持っている加護持ちだ。これでロキ神の神格に左右されずに善悪の判断を下したら、逃れる術はない。


鉛筆はここ数年で流行り出した筆記具だ。書き直しがきくということで、手習いに幼い子供が持っていることが多いのだが、ロキは羽ペンを使うのが面倒くさいという理由でアーノルドに購入してもらったモノだった。


「……ノートとかは大丈夫なんだね」

「ノートは取ってませんからそもそもないです」

「このチートスペックが。何でペンケースだけ出してんのさ」


プルトスが苦笑した。ロキは思考をまとめる時にあれこれメモをする程度で、授業内容をノートに取ることはほとんどなく、勉強のために記憶を頼りに情報を書き出し、友人たちのノートと見比べる、教科書を読み込み直す、自分の記憶に定着させるために一緒に勉強をする友人たちに説明をするなど本当にノートを使う機会がそこまで多くないのである。


「いやあ布製だしそこまでお高いものでもないので場所取りに使っちゃいましたね」


前世の癖がちょっと出てしまいました、とロキは苦笑した。結構大事に使ってたんですけれどね、と付け足したロキに、フレイは小さく息を吐く。


「お前の所持品に席番させるなよ。せめてゼロかシドどっちか置いて行きなさい。お前の前世程治安良くないんだろ?」

「まあそうですけれども」


見た目はそんなにお高そうには見えないので大丈夫かなと思ってましたね、とロキが言うので、フレイが一発ロキに拳骨を喰らわせた。


「もうちょっと危機感持て」

「はぁい……」


いてぇ、と小さくぼやいたロキが打たれた個所を押さえながら姿勢を正す。


「でもロキが持ってるペンケースって」

「はい、そうですけど、だからこんな大事になったんですね」

「……そもそも、取られた物をケビン君に言ってなかったのは何で?」

「ケビンの所為じゃないって何となくわかってましたし、狙われてるのが俺及びフォンブラウじゃなくてシスカ家なら最悪レオンにも影響が出るかなと思って」

「お前は色々考え過ぎだよ……」


プルトスの言葉にロキはにこやかに答えるが、逆にケビンが問いを口にした。


「ロキ、結局そのペンケースってどういうものなんだ? 布製である以外の事何もわからないんだけれど」

「父上からの贈り物だよ」

「すぐ探すわ」


公爵の耳に直通で行っていてもおかしくない案件だったことにケビンは身震いする。ロキが危惧したのもこれだったのは想像に難くない。


「……とはいえ、さ。ロキ、何で報告しなかったんだよ? お前の思考を掻い摘んで説明されても分からん」

「んー。この件を兄上たちに言う、または父上に報告した時点で大事になるのが目に見えてるだろ?」

「まあな。現にこうなったわけだし」

「そう。で、さっき言ったけどこれが俺への直接の嫌がらせならまあいい。俺はそこまで気にならないしフォンブラウへの攻撃だったとしても別にいいさ、腹は立つけどね」


ロキが自分の思考をちゃんと口にする機会は少ない。フレイとプルトスが聞き耳を立てていた。


「その思考、貴族の中では異例だと思う」

「常識的な行動が必ず、絶対的なものだと信じ続けるのは愚かなことだ――とまではいわないけれど、まあ、異常でも異例でもそれが良いと思ってやる分には問題ないと俺は思うよ」


ケビンがさらさらとメモを書いて魔術で小鳥の姿に変えて窓から放つ。ロキはそれを見送って再度口を開いた。


「でもまあ、これが、シスカ家を叩くための口実作りだと考えた場合、俺が騒いで被害が出るのはケビンなんだよな。モーリッツ先輩が社交界嫌いなのは兄上たちから聞いて知ってたし、ケビンは頭良いし色々知ってるし、どこそこ茶会に顔を出して情報収集をしているのも知ってる。シスカ家には令嬢が居ないから、情報収集の訓練をケビンがやってるんだと思っていた。で、情報の精査も上手いし俺やカル殿下とロゼやヴァルノスが喋っていて急に話を振っても話に付いてこれるくらいの力もあるし、もうこれ普通にケビンが当主補佐の訓練してるもんだと」

「わわわわわっ、いきなり誉めだすんじゃねーよ! びっくりしたわ!」


面と向かって褒め倒されてケビンは真っ赤になってしまう。ロキは思ったことをそのまま言っているだけなので涼しい顔をしていたが、ケビンの反応を見てニヤ、と口端を上げた。


「いつも思ってるぞ? 話を振る度にそこそこの情報知ってる状態で参加してくれるしな?」

「だぁ! 話を本筋に戻してくれ!」

「ははは。おーけーおーけー」


ロキは笑う。モーリッツは珍しいものを見たと言わんばかりの表情でケビンを見ていた。


「まあ、まずとりあえずフォンブラウか俺を攻撃するのが相手の目的だったとするよ? 俺と割と会話してる人間で俺とそこまで距離が近くないのがケビンだ。初等部の最初の方ならレインがそのポジションだったかもしれないけれど。で、俺との間で何か起きてもおかしくないのがケビンなわけで、俺の所持品が無くなったってなったら俺と敵対とまでは行かなくても仲のよくない奴が疑われる。で、そこで上がってくるのはまあ十中八九ケビンだと思う」

「何で俺?」

「兄上たちとモーリッツ先輩が仲良くないって話がずっとあったのが1つ。んでもって令嬢サイドからはロゼとヴァルノスが派閥作りでそれこそマイルフォー侯爵令嬢巻き込んであれこれしてるせいだね。令息サイドだとレインがやたら精力的に動いてくれてるし、バルドルが一声掛ければ大体の事は解決しちゃうだろ?」

「確かに」

「だから、きょうだいの不仲がそのまま伝播してもおかしくない状況、且つクローディ公爵家派閥でバルドルの力の及びにくい火属性且つ同格のシスカ伯爵家って何かと不利なんだよ」


加護持ちはある種絶対的な指標でもあり、クローディ公爵家を宗家とする家は現在1つの侯爵家、4つの伯爵家がメイン派閥を形成している。伯爵家の中でバルドルの生家スーフィー家はクローディ公爵家の派閥の中では絶対的な発言力を持っており、その発言力はバルドルという加護持ち一個人によるところが大きい。侯爵家の単純な発言力を凌ぐのはバルドルという神格の持つ性質によるものだが。


「バルドルの発言力が強いのはお前さんがいるせいだぞ、ロキ」

「でしょうね。バルドルが暴走してもバルドル神を殺した矢(ミストルティン)を放てる加護持ちが居れば問題ありませんからね」


逆に暴走すればそれは危ういものとなる。バルドルという神格は人々から愛される神であり、それを悉く嫌っていたとされる神格は、少なくともリガルディアで聞ける神話にはいない。


「で、火属性だから俺にはバルドルの影響が出にくいだって?」

「バルドルって神様は光の神で、皆に愛される神様だ。それはまあ、こう捉えることも出来る。――魅了、と」

「!」

「で、そのバルドルをぶっ殺した神様本人は盲目で、バルドルの輝きは見えない。魅了耐性と思えばいいね。で、その盲目の神を唆したのが、火の神であるロキ神だ。俺が居て、俺の性質上、ケビンはバルドルより俺の影響下に居る可能性が高いんじゃないかな」


単にロキの加護レベルはバルドルの加護レベルと同等以上であること、そしてロキが王種であるという事実からの推測でしかないものの、真実から遠くない気がする、とロキは言った。


「……要は、庇い立てしにくい位置に居るってこと?」

「そういうこと。ま、ここまでいろいろ並べた時に、フォンブラウまたは俺を攻撃するならバルドルにちょっかい出した方が俺が疑われやすいわけだから、そこまで計画的にフォンブラウを狙ってるわけじゃないなって思ってる。俺狙いならあり得る」

「あー……」


ロキはもともと加護の所為で煙たがられていた部分があるので、確かに直接関係のある加護持ちを絡めた方がロキに疑いの目は向き易くなる。ロキは、一概には言えないけど、と付け足した。


「ケビンが狙われてんじゃねって思ったのは、政治的な立場のこともあるけど、俺にちょっかい出してきてるの、商会のボンボンらしいんだよね」

「……お前攻撃されてるの知ってたならちゃんと言わなきゃ駄目じゃない? 気にしなさすぎじゃない?」

「いや、泥水かけられたり階段から突き落とされたりとかないし加護の事詰ってくるだけなら皆そうだし?」

「うっ」


加護の事で詰ってくる人が多いというのは間違いなくロキの経験なのだろうというのが分かる口調だったのでケビンはそれ以上何も言えなくなってしまう。実際自分も最初にそれを言ったし、モーリッツも理解していることだった、実兄であるはずのプルトスすら口を噤んだ。ロキはいつもの事だから慣れちゃったぜ、と笑った。


「それに、家格のこともあって正面から糾弾されることなんてほとんどないしな。今後に期待」

「「期待するんじゃない」学内裁判にかけるぞ」

「えー、俺が居る校舎に兄上たち基本居ないじゃないですかぁ」


4歳離れてるんだから当然である。


「……で、ロキにちょっかい出してるのはどこのボンボンだって?」

「ファンベル商会らしい。エドガーにも嫌がらせが行ってるっぽいんだ。シスカ商会も攻撃対象になったのかなって思ったりした」

「……最近商会潰し横行してるもんな」

「ワーナー商会がある程度緩衝役やってくれてるらしいけど、貴族スポンサーついてる家はワーナー家嫌いでしょ」

「侯爵家潰した噂のある家と仲良くはなれないだろ」


お前らの情報どっから来るの、とこそっと兄たちが顔を見合わせているのは置いておく。


「あれ、でもロキ最近商業ギルドの印章取ってなかったっけ?」

「取ったよ。そこから露骨になったから、単に俺が気に入らないんじゃなくて、商会の子供に喧嘩売ってるだけじゃねって思ってるわけ」

「馬鹿じゃね?」

「馬鹿だと思うよ」


親の仕事の邪魔がしたいのかなあ、ただの考えなしでしょ、とひとしきりこの場にはいないファンベル商会の息子を詰った後、ケビンとロキは考え込んだ。

フレイとプルトスは、ヘンドラ先生は多分ある程度把握してるんだろうなと悟った。でなければこんな子供だけで話などさせるわけがない。多分色々と解決にもう動き始めているのだろう。


「ロキ、ロキの表情が読める奴ってどれくらいいる?」

「40人くらいじゃないか? 俺だって常に表情作ってるわけじゃないし、最近めちゃくちゃ表情筋の反応が悪い」

「進化の所為だってハインドフット先生から皆に通達あったはずだろ」

「知らん奴は知らんことだろうさ。お前もだいぶ俺の表情読める方だしな」

「読み外す俺が読めてる方なら実際に読めてる奴ってもっと少ない?」

「確実に読めるのは10人いないと思う」


それでか、とケビンが呟く。


「何かあったの?」

「ロキの無表情が怖いっていう意見が目安箱に入ってたとか庶務の先輩が言ってた」

「うは。そういや生徒会ありましたな中等部」

「おい、生徒会長お前の姉ちゃんだろしっかりしろ」


まあもうすぐ完全引継ぎですしおすしとロキは言った。


「んで? 生徒会に言ったところで俺には何の通達も無いんじゃが?」

「それこそ会長が関係ないって潰したんだろ。実際学内運営にお前の無表情はまったく影響無いわけだし」

「流石姉上正義サイドの加護持ちの発言力」


まあそうだわな、とロキはすっと無表情になる。


「冗談抜きの話だ。組織運営権を持っている奴が特定個人を叩くようになったら終わりだ」

「お、おお……お前無表情迫力ありすぎん?」

「目付きは悪い方だと思うよ?」


ロキがパッと笑みを浮かべると一瞬固まったケビンの肩の力抜けた。


「まあ、俺に対しての嫌がらせならエスカレートしてきたらどうにかするよ。あと、ケビン、もし生徒会に俺の事を言った奴本人が特定できたなら伝えておいてくれ。“自分の要望を正面から俺にぶつけて来るのではなく、最初から公権力の力を借りて圧力を掛けこちらの意思を折ろうという負け犬根性しかと見せてもらった。直接吠えかけてくることもない様は負け犬以下か。直談判なら聞いてやる、餌ぐらいなら恵んでやる”。こんなところかな」

「ロキめっちゃ怒ってるじゃねーか」

「あ、そんなに怒ってないぞ? でも【蠱毒】モドキはやり過ぎだ。今回はただの魔石を噛んでたし俺の魔力の方が術式の魔力より多かったから抑え込んで消滅させられたけれど、そうじゃなかったら呪詛返しで誰か死んでたかもしれないんだぜ」

「「ロキ!!」」


フレイとプルトスが叫んだ。

びっくりしたロキとケビンがフレイたちを見る。


「【蠱毒】だなんて聞いて無いぞ! 呪殺用の禁呪じゃないか!!」

「大体あれは中等部の子が使えるような簡単な術式じゃない!」

「あー、まああれはモドキですし」

「それでもだ!! イミットの呪術はヤバいのが多いから大半禁呪なんだぞ!」

「ロキ、抑え込み方を知ってたの? いや、ロキもまだ魔法陣(コード)は習ってないよね?」

「失言でしたね! 家の図書館にイミットの呪術の研究書がありました! 和装ぼ……麻紐で綴じられてる本なんて滅多に無いので、中等部の図書館で見かけた記憶があったので司書の人に聞いてもらってます、被害の出ない解呪が出来そうだと思ったから挑みました、近くにゼロも居ましたし!」

「「危ないことに首を突っ込んでいくんじゃないっ!」」

「あー止めてー!!」


兄2人に拘束されくすぐりの刑を受刑したロキを傍目にモーリッツはケビンの前に立つ。


「……お前がやったんじゃないんだな?」

「それは、誓って」

「……ならいい。【蠱毒】はマジでやばいんだ。呪詛返しされたら余程魔力量が多くないと死ぬ。イミットの呪術にだけは手を出すなよ」

「はい。……ちなみにどんなものなの?」

「毒持ちの虫型の魔物を瓶とかに詰めとくんだ。で、生き残った1匹が完成形。生き残ったそいつをぶっ殺したい奴の所に送り付ける」

「いやなんかめちゃくちゃやばそうな作り方だな??」


やり方を聞いただけで絶対手を出すまいと誓ったケビンだった。


「さて」


くすぐられ過ぎて会話に参加できなくなったロキをフレイが宥めつつ口を開く。


「ケビン君、ロキのペンケース、早めに見つけてやってほしい。ロキが持ってるペンケースは暗い青い分厚い布で作られているんだ。」

「あっ、あれペンケースだったのか」

「見たことある?」

「ロキが場所取りでたまに置いて行くので」

「常習犯かっ」

「も、やめッ……!」


くすぐりって拷問に使えそうだよねとケビンが明後日の方に思考を飛ばしかけたところでプルトスが口を開いた。


「あれは、父上がロキの1歳の誕生日に送ったものだ。まあ、紆余曲折あってロキの手元に来たのは5歳くらいの時だけど」

「ロキの安寧の場所って家ですらないのか! いやとりあえず全力で探させていただきます」


ケビンの反応を見てプルトスは満足そうに口元に笑みを浮かべた。さて、とモーリッツはケビンを立たせ、プルトス、フレイ、くすぐりの余韻から何とか立ち直ったロキに向かって頭を下げる。


「今回のこれは解決にはならないが、迷惑をかけてしまって申し訳なかった。解決のために協力してくれるとありがたい」

「疑われるような状況になり、混乱させてしまい申し訳ありません。御協力をお願いします」

「わかった」

「いいよ」

「じゃ、あ、今後ともよろしくね」


モーリッツとケビンの謝罪を受け入れた3人は、解散しようか、と言って教室を後にした。ヘンドラへの声掛けは兄たちに任せ、ロキはすぐにケビンと共にケビンの友人たちの所へ向かった。



後日、ズタボロにされたロキの筆箱をケビンの友人が見つけた。もう使えそうにないな、とロキが苦笑したのを見て、ケビンが果てしなく申し訳なくなったのは言うまでもない。

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