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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部1年夏休み編
116/368

4-16

レオンとナタリアのお話2


2023/10/12 修正しました。

「ロキ、いるか」

「……」


ロキが学園に到着して荷解きを終えたところで、タイミングよくレオンがロキの部屋を訪れる。時間を計っていたか、タイミングを見ていたか、まあとりあえず、レオンはロキに何らかの用事があるようだ。


「……いくらレオン様がクローディと言えど、失礼が過ぎないか?」

「……まあ、気にしてやるな。レオン、入っていいぞ」


荷解きをレインに手伝ってもらっていたロキはまさにこれから2人で茶でも飲もうかというところだった。だからまあ、タイミングが良かったと言えば、良かったのだ。


ロキの部屋に入ってきたレオンは、少々やつれていた。実家に帰ってやつれるとはこれ如何に、とロキとレインが顔を見合わせるのは致し方ないことだっただろう。とはいえ、実家に帰ることと、気を遣わなければならない親戚が一堂に会することがイコールで結ばれることがあるお家事情も存在しているのだ。フォンブラウやメルヴァーチのように、親戚一同仲が良いなんてことの方が珍しい。そんなフォンブラウも、当主の妹の嫁ぎ先に関しては既に没落しているため、必ずしも良い環境と言い切ることはできないが。


「で、どうした?」


ロキはレオンの分の紅茶を準備してやりながら問いかける。本当はシドとゼロが手伝ってくれるはずだったのだが、シドのことを嗅ぎつけたらしい面倒な先輩から匿うために、部屋に籠らせているのが実情。仕方がないから、ロキより少し早く到着していたレインに助力を願ったのだ。だからこんな顔ぶれになっているわけで。まあつまりロキはレオンが来ることを知っていたわけで。


「……とある令嬢に、感情のままにとても失礼な手紙を送ってしまった」

「……お前婚約者いたっけ?」

「とぼけるな。ロキ、お前……知ってたろ、俺にきょうだいがいたこと」


レインはこの事情を知らないはずである。レオンはちゃんと言葉を選んだ。いや、とロキが事実を述べると、レオンは驚いた顔をした。


「え、レオン様ってきょうだいがいたのか。クローディがひとりっ子じゃないなんて珍しいね」


レインの言葉は最も過ぎて、レオンが言葉に詰まった。反応を見る限り、ロキも本当に知らなかったらしい。とはいえ、予想はできていたと呟くように告げたロキを見て、レオンはそれはそうかもしれないなとぼんやりと考えた。レオンよりも先にレオンにきょうだい――正確には妹がいることを予想していたようだ。


「……俺の魔力量が、ロゼ嬢よりも低いのは知っているだろう?」

「……ああ」


ロキの反応に、レオンはああやっぱり、と小さく呟いた。レオンが話そうとしている内容をロキが分かっていることが理解できてしまったからだ。


「……俺には、膨大な魔力を持つ、双子の妹がいるのだそうだ」


レインが目を見開いた。ロキは無表情のまま。


「……ナタリア・ケイオス。あの令嬢が、俺の妹だとさ。……彼女に、失礼な手紙を書いてしまった」

「……レオン」


ロキは少しばかり呆れたような、でも少し冷たい視線をレオンに向ける。レオンの要件はこれが本題ではない、そんな手紙のことでわざわざロキの所を訪ねてくるような奴でもない、レオンとそこまで親しくなったことは、正直、ないのだから。


「レオン・クローディ」


ロキの、はっきりと、何らかの意思を感じ取ることのできる声音が、レオンに降りかかる。ロキの意思に気付いたレインは肩をすくめた。とんだ茶番に付き合う気になったものだ、僕の従兄弟は。

ロキは、レオンに告げる。


「ナタリア嬢は、お前が気付くまで黙っているつもりだったはずだ。気付いてやれたのなら、お前とナタリア嬢の最も望む形に落ち着けてこい。言い訳で取り繕う前に、直球に本題をナタリア嬢にぶつけたのなら、その解決をした後で、いくらでも茶でもなんでも誘えばいい。言って来い、どうせ兄妹だ」


背中を押してやる、言い訳をすっ飛ばしてド直球な本音を、本題を、ナタリアとレオンの間に生まれる溝は、レオンが築き上げるものであるから、と。レオンが言葉で覆い隠しつつあった本音と、背中を押してほしかった理由を、ロキが何故しっかりと認識していたのか。その問いは、まだ誰の心にも引っかからないのだ。



ロキがゼロとシドを呼び出し、相談室を押さえさせた。サロンは開放期間外のため、使えないのだ。食堂を使う気になどならない、できればこの話は少人数が知っているべきことであり、恐らく事情を知っているロゼと、同じく恐らく知っているであろうルナは確定で参加してもらわなければならなかった。ロキは最初から頭数に入っているので気にしないものとする。


リンクストーンでカルとソルに連絡を取り、カルにはセトを、ソルにはルナ、ヴァルノスとエリスを連れて来てもらうことになった。レオンとレインと共に先に相談室へ向かったロキは、少し考えを巡らせていたようだったが、最後にナタリアが入室してきて全員が揃ったところで、口を開いた。


「さて、お集まりいただいた、俺を含め総勢15名。ここでの会話は他言無用だ」


司会役をやってくれるらしいロキは、集まった他の14人――レオン、レイン、カル、ロゼ、ヴァルノス、ソル、ルナ、エリス、ナタリア、セト、シド、ゼロ、アッシュ、ヴォルフを見渡して、では、と、説明を始める。


「まず、これから話すのは、とある公爵家の継嗣問題について。そして、ここにいる転生者の中にも、この事情については知らない者の方が多いが、連想ゲームでどこのイベントに繋がるかくらいは、きっと想像ができるだろうから呼んだことを覚えておいて欲しい」


これはヴァルノスとソルに向けた言葉なのかな、とレオンが思ったのとほぼ同時に、ナタリアが前に出る。円状に並んでいるだけなので、一歩前に出て発言するものとした。そして―――。


「ナタリア・ケイオスと申します。私は、クローディの娘でございます」

「「「「「――!?」」」」」


ソルとエリス、ヴァルノスさえもが目を見開く。


「へっ?」

「どういうこと?」


ソルとヴァルノスが思わずといった風に尋ねる。レオンはナタリアを見据え、ナタリアはレオンと視線を交わした。


「……俺は、親戚から、双子の妹がいることを知らされた。そちらの方が魔力が多いことも、桃色の髪が光属性の特徴であることも」


レオンの言葉に、何かを悟ったロゼとルナが痛ましげな眼差しをレオンに向ける。憐れまずにいてくれるのは、ロキばかりだ。


「……私は。いえ、ナタリア・ケイオスは。レオン様の危惧通り、光も闇も使うことができます」

「!」


ナタリアの言葉に、レオンが固まる。ナタリアが光を使えるとなれば、正直、レオンはクローディにとってはただ魔力量が低い金髪なだけの子供になってしまう。お荷物でしかないのだ、正直な話穀潰しと罵られても可笑しくないレベルのものだった。


「だが」


ロキが口を開く。


「彼女は残念ながら、【ホーリーナイト】を行使できる」


ロキの言葉に首を傾げる者が多い中、カルだけが目を見開いた。


「それが本当なら、ナタリア嬢は教会に命を狙われることになるのでは?」

「ああ、だから、ケイオスに預けられているんだよ」


ロキが答え、カルはなるほど、と納得したようだ。一方でルナは、うわあ、と小さく呟いた。


「ルナ様は、やっぱりこの事御存知でした?」

「はい、一応。ゲーム上では明確に語られたことなかったですけれど、考察したらそうなりますよね、っていう」


ロゼ様も御存知だったんですね、とナタリアが言えば、何でかしらね、貴女たちの顔を見たら思い出したのよ、とロゼは返す。ループの結果覚えていた類の知識であるらしい。


レオンは愕然とした。自分が知らなかった、当時者たる自分が知らなかったことを、転生者たちは知っていた。あまりにも、理不尽だよ、こんなの。


「―――ッ」

「レオン様」


ナタリアはレオンが何を叫びそうなのかを悟り、先に呼び止めた。


「……なんだよ」

「……レオン様にどこまでループの自覚があるか、私にはわかりません。けれど、これだけは覚えておいてください」


ナタリアは一呼吸おいて続ける。


「……私がこの事実を知ったのは、ループの中でのことです。皆さんの記憶にははっきりとは残っていないのです。……その時、私よりも先にこの事実を知った貴方は、私を排除しようとしました。魔力量では勝てないからと言って。その世界線でレオン様は処刑されてしまった。その後私は、レオン様が兄だったことを知りました。クローディ公爵夫妻が暗殺されて、後継たる貴方もいなくなって、私がクローディを継いで、私を育ててくれたケイオス家が一番利を得た、だからクローディを暗殺したのはケイオスだと言われて、クローディ家暗殺の疑いでケイオス男爵夫妻及び息女は全員処刑されました」


最後の方はもはや叫びに近かった。ナタリアにとっては、生みの親より育ての親の方が大切なものだったのだろう。ナタリアにそんな事情があったと知っていた者がいたのか――レオンが呆然としながら周囲を見渡しても、そこまで踏み込んだ事情を知る者は居なかったらしい、さっきは訳知り顔だったルナやロゼ、ロキさえも目を見開いていた。


「……ご安心くださいレオン様。私の家族はケイオスの両親ときょうだいたちです。公爵位なんて興味はないの。そもそも、私【オーバーシャイン】はあなたがいなくならない限り撃てません」

「……そうなのか?」


ナタリアから次々ともたらされる情報を何とか咀嚼しながらレオンはその先を問いかける。ナタリアは頷いた。


「私がケイオスを使ってあなたを排除するために事を起こしたんだって言われたこともありました。で、その理由が、双子に別たれたクローディの魔法を、初代の如く単独で保有するためですって」


双子が忌まれる最大の理由ではないものの、強大な魔法を血統で継いでいく場合、双子だと支流になる可能性がある。恐らくクローディの双子はそれなのだろう。自分が処刑されたと言われたり、ケイオス男爵家が御取り潰しになったと聞いたり、レオンの頭はいっぱいになりかけていた。いや、何か引っかかっているけれど、それを頭が理解したがらないというのが正直なところだ。


「……俺が死ねば、君は両方撃てるようになるのか?」

「……恐らくですが。でも、その時私の体調を見てくれていたロキ様には、火傷をするだろうって言われました。ほら、私髪が変にパール調じゃないですか。これは闇属性が強いから出るんだって言われました。【オーバーシャイン】を無詠唱で撃とうものなら全身火傷をして二度とまともな生活はできない、って」

「……」


【オーバーシャイン】の最も利点として挙げられるのは、その発動までの時間の短さだ。つまり、詠唱を破棄して使うのが最も効率の良い運用方法ということになる。それができないと言われているということは、事実上ナタリアは【オーバーシャイン】を撃てる子ではない、ということになる。


そんなリスクを犯して撃つようなこと、ナタリアは当時したがったのだろうか。多分、ナタリアもケイオス家もクローディ家も、脚を引っ張られたのだろうなと、何となくレオンにはわかった。


魔法はその術式を宿すだけでも多大な負担がかかる場合がある。レオンがロキを見やったら、ロキが柔らかく笑みを向けてくれたので、少しほっとした。


「……でも、そんな話ゲームには出てないですよね?」


ルナの言葉に、ナタリアが答える。


「ええ。私もプレイヤーだったけど、一切出てきたことなかったわ」

「ナタリア……そっか、お前も転生者だったな」

「はい。エリス様やソル様たちにも知らせてました」

「……」


レオンが皆を見るが、皆知っているものだから目を反らすばかりだ。転生者はこういう時に厄介だ、とレオンは思った。しかし、ナタリアとエリスと初めてロキが話す場を設けた時、レオンはその場に近付くことを拒まれはしなかった。普通なら個室を用意するレベルの話であったのは間違いないのに。ニホンゴとやらで話すのだとしても、限界はあるだろう。


「……ケイオス家が御取り潰しになったのって、いつの事なんだ。何回前?」

「……嗤ってください。2回前です」

「え」

「はい、私には皆が死んでいく理由が理解できてなかったんです」


20回ほど覚えていると語ったはずのナタリアは、どうやら2周前まで自分の出自を知らなかったらしい。何でそんなことになったの、とロゼに問われ、ケイオス男爵が隠しきりました、と返した。


「……ケイオス男爵はナタリア嬢に出自を知らせたくなかった?」

「転生者であることを最初から伝えていれば良かったのかもしれません。けれど私は転生者であることを隠す他の転生者たちの様子を見て、隠そうとしました。結果、ケイオス男爵に隠し事のある子供だと悟られて、信じてもらえなかったんだと思います。ケイオス男爵には実子が6人います。そちらを守りたいと思っても全然おかしくないんですから」


養母の信用を勝ち得ず、それでも息を潜める選択をしたナタリアは、余程ケイオス男爵家の人々を愛しているのだろう。


「……私の死因は正直色々ですが。レオン様に焼き殺された回数が一番多いですね」

「……ッ」

「次いでロキ様に追いつめられてしまうパターンが多いです」

「悪いことをしている気分になるな」

「いえ、ロキ様がレオン様側で付いてくれていなかったら、私も、転生者であることを養母に打ち明ける勇気は出なかったと思います」


理詰めでゴリゴリ足場削ってくるんですもん、とナタリアは苦笑した。


「とはいえロキ様は私にとっての1周目はミリも顔出さなかったんですけれどね。2周目でレオン様に協力していたみたいでした。3周目は御令嬢だったので置いておきます。4周目で私が色々拒否しまくった結果拘束されましたね。ロキ様と結婚することになるとは思わなかったけれど」

「おおふ」

「ロキ、婚姻を見事に政治の一手にしたわね……」

「まあそういう事です」


碌な事無いんだよねホントに。

ナタリアは少し肩の力を抜いて息を吐いた。


「まあでも、ロキ様基本紳士ですよ? ちゃんと側室として扱われてましたし」

「何歳くらいまで行ったの?」

「分かりません。4周目は私戦死したので」

「戦争しとる……」


20歳ぐらいからチラつきますよ、とナタリアは何でもないように言った。ナタリアが茶を啜った。それに合わせて皆次の話題へシフトする。


「いろいろ考えちゃうけど……でも、何のイベントで……あ」


ソルが何かに気付いたように呟いた。


「まさか、あの原因不明の、ナタリアヒロインルートの悪役令息レオン?」

「ですよ」

「そこに繋がったのか……」


令嬢たちが何かに納得したような反応を見せ始める。レオンは何故ロキはナタリアの血統について察せられるような状態になっていたのか分からず、視線をロキに向けた。レオンの視線を受けたロキが小さく肩をすくめた。


「先日俺にナタリア嬢から回復用の魔法陣(コード)を刻んだと言って【ホーリーナイト】が届いたんだよ。俺はその時に彼女がクローディだと知ったよ」


ロキの言葉に、レオンはやっぱりナタリアが確固たる意志を持って周囲に自分がクローディの血統であることを開示したのだと理解できた。それと同時に、恐らく、ナタリアはロキに助力を仰いだのだろう。


闇属性魔法【ホーリーナイト】は、光属性魔術【ヒール】系の上位互換と言える。多くの国家で国教に指定されているカドミラ教は、闇を悪とし、光を善とする宗派が主流になっている。【ホーリーナイト】はその思想ととても相性の悪い魔法なのだ。存在してはならない、保有者は速やかに処刑されるべきなのだ。恐らく、ナタリアもかなり狙われたはずだ。


リガルディア王国は国教を未だにカドミラ教に指定していないため、そこまで政治に絡んできてはいないが、リガルディアがカドミラを認めないのは、存在する貴族を全否定するような宗派が席巻している所為だということもあるだろう。何せ、死徒を悪、排除するべきとし、列強は皆死人だと言い切っているくらいなのだ。


正直言ってまともな死人はリッチである『不朽の(アンデッド・)探究者(サーチャー)』アルティくらいで、あとは不死族(イモータル)の『人形師』ロード・カルマ、不死虫族の『蟲の女王』ロルディアがいい所だろう。死徒は死徒であって、死神の使いに過ぎない。誰も屍だとは言っていないのである。寧ろ生者が多いのだ。


「……この国では、大半の下級貴族も平民もカドミラ教を信仰している。彼らからすれば、光属性が最も崇高で回復魔術の中でも効果が高くて神秘的なもので権威付けの象徴だ」


カルの言葉に、ナタリアの置かれた状況は正直言って最悪であることが分かる。苦笑しながらナタリアが引き継いだ。


「……【ホーリーナイト】は、元々黒目の者が使っていたものだと聞いています。闇属性の唯一にして、この世界における最上位回復魔法。それが【ホーリーナイト】」


黒い瞳を持つ者は、闇属性であろうとなかろうと、“忌子”とされ、殺されてきた。彼らについての文献は神代のものにまで遡る。昔から光は神聖なものとされてきた。闇を連想させる黒い瞳の者は珍しく、それは同時に、迫害を生んだ。


「……ナタリアは()()()()に死徒の襲撃を受けたときに【ホーリーナイト】を使った結果、その1ヶ月くらい後に暗殺されてる。この魔法はカドミラ教を敵に回す。だからそれを持っていてもおかしくなく、なおかつ攻撃することでリガルディアだけじゃなく死徒全体が表立って対立する構図に持って行くためにケイオス家に養子に入れられた」


シドが告げれば、ロキはシドの頭をポンポンと撫でる。


「今のが大体の私の事情です」

「……死なせたくないから、養子に入れた?」

「はい」


レオンは状況を整理しようと深呼吸をする。まずは落ち着け。

そして、考える。


レオンの魔力量は低い。

ナタリアの魔力量は高い。


レオンは光のみ。

ナタリアは光と闇。


両親が本当にナタリアを死なせたくないのでケイオス家に養子に入れたのだとする。

手元に残ったレオンは魔力量が低い。


「……俺を殺せば、ナタリア嬢は普通に暮らせたんじゃないのか」

「あの人たちがそんなことできるわけないでしょ。それに、本来こんなこと起きなかったのに」

「本来?」

「言ったでしょ。ゲームにこんなシナリオはない。あなたも私も、自分たちが兄妹だってことを、戦争が起きて向こう側に従兄が寝返るまで知らないのです」


ヤバい裏切者が浮上してきた気がします、とはシドの言である。


「レオン様。ええ、兄などとは一生呼びません。私はケイオスの娘です。クローディに戻る気はないわ。だから、クローディは安心してお継ぎになってください」


ナタリアが言いきって、レオンは床にへたり込む。ロキがそれを支える。


「……もう、なんか、どうでもよくなった」

「何、ナタリア嬢を理不尽に攻めるのが怖かったのだろう? 問題ない。彼女は全て知っているようだからな」

「全て?」

「ええ。私、ループしてる記憶あるから。さっきから言ってるけどね?」

「……はああああああっ!?」


レオンの声にロゼたちがさっと顔を反らす。まだ気付いていなかったのか、とカルが呟いて慌てて口を抑えていた。


「……ロゼ嬢たちは知っていたのか……?」

「……知ってました」

「私たちも知ってた」


ロゼらに問いかけ、ついでにソルたちからも返ってきた返答にレオンが項垂れる。


「……疎外感を激しく感じたのは俺だけか、ロキ」

「知っただけでこれだけ狼狽えるお前に知らせるわけがないだろ。あと、ケイオスは元々クローディの分家だ。ナタリア嬢を守るにはこれ以上ない強力な盾となるだろう。どうせ20歳くらいになったら家を継ぐんだ、気にするな」


そう告げたロキはしかし、とナタリアを見る。


「今の法であれば従兄妹での結婚もないわけじゃない。レオンがしっかりしていなければ、ナタリアはその従兄とやらと結婚させられる可能性もなくはない。つまりレオンがクローディを継げばすべて解決する」

「わざと言わなかったのに言っちゃうのね」

「4つ年上、レオンの従兄。名は確か、モーリッツ・シスカ」


ロキの言葉を聞いて、あー、とシドが小さく声を上げた。


「公爵家2つ敵に回したな、そいつ」

「2つ?」

「ロキの兄貴たちにやたら衝突してんだよ。プルトス様とフレイ様は双子で剣と魔術カバーし合ってる天才的な人たちだからな。ムカつくんだろ。特にプルトス様の方」

「メティス様は出自が不明だからな。どうせメティス様のことを下賤な娼婦か何かだと思っているのだろう。恥を知れ」


ロキとシドの会話に、どうやら社交界でよく噂の的になるメティスが出自が不明なのには理由があるらしいことが浮上してきて、15歳を迎える年にデビュタントを済ませる予定のソルたちはうわあ、と少し引いていた。


プルトスとフレイが誰かと衝突しているという話をロキは知っていたようで、シドの話を目を細めて聞いている。寝耳に水、というほど驚いてはいないようだけれども、おそらくロキが警戒する人物リストにモーリッツの名は入ったのではなかろうか。


「……シスカっていったら、ケビンのお兄さんかな」

「そういえば、ロキが弄るからケビン様ロキ様のこと嫌ってますよね」


だからと言ってレオンを攻撃していい理由にはならないので、ロキは肩をすくめるにとどめる。


「俺への暴言暴力であれば容認するし許容もできるが、まあ、レオンにそんなことを伝えるのなら、よほどの馬鹿か、他に何らかの意図があるかのどちらかだと思うぞ」


ロキの言葉に、まあ、そうなるよな、と一同息を吐く。


「……モーリッツも魔術と剣術の才を褒められ続けてきたタイプだからな……」

「兄上たちに負けでもしたのか。まあいい。そいつが何と言おうとクローディはレオンが継ぐと信じていればいい。利用されるなよ」

「分かっている!」


レオンは答える。じゃあ、ご飯食べよう、とソルが相談室を出る。


「私たち先に席取りしとくわね! 早めに来なさい!」

「分かった」


ロキが答え、去っていくソル、ルナ、エリス、ロゼ、ヴァルノスの背を見送った。セトがロキを見る。


「お前の方もいい加減解決しないとな」

「気付いてたのか」

「シドの告げ口がきっかけではあるがな。バルドルたちも心配していた」

「……悪いことしたな」


カルの言葉に、心配されるほどの被害には遭ってないのだが、とロキは言いつつ、レオンの手を引いて食堂へと向かう。もう半分ほどの生徒が戻ってきていることもあり、なかなかに混みそうだ。


――かくして、ロキたちの中等部1年の夏休みは幕を閉じたのだった。


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