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2023/07/13 改稿しました。
ロキは久しぶりにフォンブラウ領へとやってきた。ついでにこいつの相手をしてくれとテウタテスに任された、ひょっこり現れた列強の1人を相手に茶会を開催中。ロキがシドと共にあれこれ試作しているフレーバーティーと菓子を出して、持たせている間にゼロに煎茶用の茶葉を買いに行かせている。
「まあそれでよォ、シグマが俺より早く攻撃してきたことにマジで驚いたんだよ!」
「平和な日本に暮らしていたのにいきなり引き金を引けるとかとんだ狂戦士ですねー」
カガチである。
彼は格闘戦の講師面してフォンブラウ家へ足を踏み入れた。最初はテウタテスが相手をしていたらしいのだが、文化圏が違いすぎる。加護持ちのテウタテスでは上手く捌けない場合もあり、カガチ本人が“結構良いヤツ”なのが災いして気を遣わせまいとしたテウタテスには、ロキにぶん投げる以外の方法がなかったらしい。もともとカガチの目的がロキだったこともあり、これで漸く収まるところへ収まった状態だ。ロキとしては話しやすくて何よりなのだが。
カガチがサングラスを外すと、普通にイケメンである。褐色肌のイケメン、ただし銀髪。
紅茶より緑茶派で、ついでにコーヒーはブラックでは飲めないお子様舌の持ち主だった。今回はフレーバーティーだが、ロキは一緒にココアなぞ飲んだりもする。
カガチはロキをよく気に入っていた。列強は恐らくカガチに限らず皆それなりにロキに対して好意的だ。グレイスタリタスも気にかけている節があるので間違いない。ロキはそれに感謝こそすれ、そのことを交渉に使うことはなかった。
「そういや、ロキはもう精霊見えるようになったんだったよな?」
「もう1年以上前の話だけどね」
「あ、もうそんな経つのか」
ロキは魔力操作に特化した体質であるため、精霊が見えないなんてまずありえない話だったのだが、ロキは実際見えていなかったので文句は言えない。
「お前さん、意外と抱え込みやすいからなぁ」
「そうだっけ?」
「自覚はないのか。まあ、普段はそうでもないか?」
カガチがロキを可愛がっているのはセトナも分かっているらしく、笑みを浮かべて給仕のために傍に待機している。転生者や転移者というのは、やはり同じ境遇の者の傍に寄ってくるものなのだろう。カガチの語る前世の話とロキの前世の話には重なる部分も多いらしく、あくまでも記録的な記憶の仕方に変わったロキもカガチの話に耳を傾けて笑っている。これはこうだったっけ、という確認の仕方になっているのが、ロキにとって前世の事が知識レベルになってきた事の証でもあるのだろう。
マナというものは基本的に魔術が使える素養がある者ならば誰でも感じることができる。見ることができる者は希少だ。マナの塊である精霊に関しては、見ることができる者は魔力量が多い者や、闇属性を扱える者という少数派となってくる。リガルディア王国は他国と比べて魔力量が多い者が多いので、マナを見ることができる者も自然と増える。
ロキは魔力量が多いうえに魔術の素養も高いため、マナが見えるのは当然のことだと周りが認識していたのも無理はない。魔力を発現する前からマナが見えるようになるので、幼少期のロキの状態の異常さが浮き彫りになるだけである。なお、マナがどれだけはっきり見えるかで概ね素養の高さも判別できてしまうので、リガルディアの貴族は魔術を学び始めてある程度時間が経ってからその事実を子供に伝えることが多い。その頃には自分魔術の才能ないな、と納得気味の子供が多いのも理由ではあるだろう。
因みに魔術の素養が高すぎると、マナの光で目が潰れるとか何とか。ロキは体験済みである。
フォンブラウ領に限らず、リガルディア王国は精霊が多い。マナの湧きどころが多いためなのだが、精霊が住みやすい環境を整えるとそこに集まってくる。フォンブラウ公爵家の邸宅は火属性と水属性の精霊が好む環境が整い易く、ロキの視界は大体赤と青の光に覆われている。
調整すれば視界が確保できる程度にはマナへの感度を下げられるので、ロキは調整の訓練をしている。調整していても精霊が来ると視界がちかちかするのは止められないと知ったのは最近の事だ。
今回の帰省でロキがフォンブラウ公爵邸に足を踏み入れた瞬間に火精霊に飛びつかれたのである。顔に飛びついてきたのを咄嗟に避けきれず視界が炎色になった。
さらに身体にまで飛びついてきた他の精霊によってロキは完全に動けなくなり、アーノルドに背負われて移動する羽目になった。
精霊の声が近くでしていたのでロキにはあまり聞こえなかったが、アーノルドが精霊がくっつきすぎて重いとか何とか云っていた気がする。マナって重さあるんだとかどうでもいいことを考えて現実逃避したロキは悪くない。
「いろいろと考えるのは良いが、自分の身の安全くらいはちゃんと確保してから動けよ」
「俺まだそこまで危ない所には行ってないけども」
「嘘吐くんじゃねー、国境付近に行ってるだろうが」
「表向き俺たちあそこにいないから」
何で知ってんだよとは突っ込まない。カガチのソウルイーター族というのは色々なことを知っている。ロキとしては探知範囲が広いという設定は知っているが、その実態はよく知らない。ソウルイーター族はそもプレイアブルじゃないのである。ロキも前世の記憶ではソウルイーター族についての事はほとんど知らなかった。
「ロキが危険に首突っ込んでいくのはいつもの事だ、今後もっと酷くなる」
「それは止めなきゃなあ」
「止めれたらこんな愚痴ってないっての」
「それもそうか」
カガチはループの記憶を保有していることが分かっているので、シドとも特に情報の擦り合わせなしで回帰前の話をぶっ込んでくる。ロキにはそんなことがあったのか程度の認識なので、黙って聞くに徹していた。
シドとゼロに関しては問答無用でいろんな感情をカガチにぶつけているらしく、ロキには計り知れないほどにカガチ側も興奮しきって相手していることが多い。さっきからマシンガントークの中にマジとかヤベーとかスゲーとか擬態語とか擬音語が頻出しており、ロキの頭にはちっとも内容が入ってこない。説明力皆無か。
「あー、そういやよぅ、ロキ」
「ん?」
「お前、前見たときよりずいぶんと疲弊してんなあ」
いつこいつにこんなきちんと会った、とは聞かずとも分かっている。おそらくループ前の話であろう。
ロキは自分の頭を撫でてくるカガチの手を受け入れ、目を伏せた。
「……今疲弊してるのはカガチの暑苦しさの所為だけどね?」
「ひでえ! 俺っちはお前のために!」
「どこぞのゴールデンではないのだから俺っちとか言うな2メートルの巨漢がこんな優しいとかグレイス以上に恐ろしい」
「グレイス!? グレイスタリタスを愛称呼びしてるだと!? なんか先を越された気分だぜぇ!?」
きっと先を越されているんだよ、と笑顔で言ってやるほどの気力はない。言ってやりたかった。
ロキはなんだかんだで構われるのが好きなタイプである、その自覚もある。長期間放置されているとふらりと姿を消して別の何か自分が集中できるものを求めて彷徨うタイプだ。
カガチはそれを知っていてここにきているのだろう。
あと2週間程度しかない夏休み。脳筋は脳筋らしくブートキャンプを開催するようなので、はよ始めてくれと曾祖父アーサーと祖父テウタテスに言ってしまいたい気分のロキだった。
♢
ブートキャンプに参加するのは基本的にフォンブラウ家私営の獄炎騎士団の面々である。その中に混じってロキたちもブートキャンプに参加している。
カガチも一緒に。
「何故カガチがここに居るの」
「俺っち暇人なんだぜ?」
「お前に養女がいることを俺は知っているよ。帰って家族の時間を大事にしなよ」
「いやいやいや、夏は女のとこはきっついんだよ! わかるだろ!」
「お前一万年以上生きてるくせにいまだに童貞のようなことを言うんだね! 純朴か! ピュアすぎかよ!」
どうせ娘が海に連れてけだなんだと言って海に連れて行かれ、その先で色仕掛けにあったのであろうことは想像に難くない。想像したら笑えてきたロキだった。
ロキに色仕掛けは効かんだろうなあ、そうだなあ、とアンドルフと現役騎士たちが話しているのは耳に入れない方がいいだろうと考えたらしいトールは静かに目を伏せた。
獄炎騎士団のブートキャンプは領内の魔物退治である。
ギルドがやるより自分たちでやった方が早い。ということで全員が武器を持って魔物狩りに勤しむだけのキャンプだ。
ロキに関してはハルバードを手にしている。ハルバードの扱いにだいぶ慣れてきているので問題も特にない。むしろメリケンサックで次々と魔物の脳天を割っていくカガチにさえ目を瞑れば概ね毎年と変わらない風景である。
「カガチッ!! 一撃脳天破壊をやめろっ!!」
「楽でいいだろ?」
「俺たちにとっては鍛錬の一環だよ! 大人しくしててよ!!」
「つまんねー!」
「死んじまえっ、焼き尽くせ業火、【黒炎剣】!!」
「うお、それ流石に火傷する!」
ロキが放った加護固有魔法【レーヴァティン】をカガチは軽々と飛び越える。ロキはカガチの後ろにいた魔物をその黒い炎で焼き払った。加護には固有魔法がある場合がある。ロキ神の加護についているのがこの【レーヴァティン】だ。基本的には火炎系の魔法である。
流石に火傷する、てどんな高い防御力してればそんな台詞が出てくるのか激しく問い詰めたいロキである。
「あれ、何で一撃で消えてないんだ?」
「持続するように変化させました!」
「こんのチートやろおおおおおおおおお!?」
台詞の途中で黒い炎をまき散らす魔力でできた剣を横薙ぎに振るえばまたカガチが避ける。結局どちらも人外級ですねー、そうじゃのー、こっちに魔物が寄って来たので狩りましょうかー、そうじゃのー。のんびりとブートキャンプは過ぎていく。
「ロキ様が楽しそうで何よりですな」
「ええ、ところであの黒い炎、確か爆裂属性のはずですが、ロキ様扱えたんですねえ」
「アーノルド様も使えるようになったの20歳頃でしたよねー」
アンドルフと共ににこにこと笑ってロキとカガチを見守る獄炎騎士団の騎士たちは自分たちの前に獲物の魔物が来ると猛り狂ったようにそのバスタードソードや槍を振り下ろす。
脳筋に鍛えられたら脳筋になるのか。
その極論を見た気がしたのはフレイだけではなかろう。ちなみに、プルトスとコレーも今回はついて来ており、コレーはそのたぐいまれなるメイスを振るう腕力で軽々と自分よりも大柄な魔物を吹き飛ばしていた。
ロキとカガチがじゃれている横でゼロは魔物の追い込みを行なっていた。ドゥルガーには先日会えたので満足したとみられる。
シドは鈍足の特性のためにほとんど動いていないが、それぞれ皆勝手にやることを見つけているあたりは彼ららしいところだ。
じゃれ終えたロキとカガチがちゃんと魔物狩りに戻るのを見てアンドルフがハルバードを担ぎ直す。
「アンドルフ殿、もう行くんですか」
「ロキ様にゃまだまだ負けられませんからな」
「あんま無理しないでくださいねー」
見送られたアンドルフはロキに並走し始める。炎の精霊が姿を現す。
「アンドルフ先生」
「まだその呼び方をしてくれるのですか、ロキ様はお優しいですな」
「いえいえ、俺など斧をメインにもっと刃渡りが長いものがいいなあなんて贅沢な悩み抱えてる愚か者ですので」
ロキは炎の精霊に視線を向ける。金色に輝く炎を纏った少年と少女の姿をしている。が、少女の方はロキを見て目を輝かせていた。
「火属性最上級精霊ですか」
「うむ」
「やはりアンドルフ先生は素晴らしい才をお持ちだ」
「褒めても何も出ませんぞ。私には結局爆裂魔術は使えなかった」
ああ、あの黒い火のことか、とロキは納得する。
ロキの使える魔術の中でもかなりの魔力量を持って行く魔術である。爆裂属性だというのならそれにも納得できた。
「あれは爆裂なんですね。魔力消費量が多いので以前は非常に世話になっていました」
「ちなみにどれくらいの威力があるか知っておられますかな?」
「いえ、出してそれを被害なく止めるところまでを一連としてやっていましたので」
「……この小指の先程度出しただけで半径100メートル範囲は吹き飛びますぞ」
「……よく俺失敗しませんでしたね?」
「それが加護持ちってことでしょう」
小さな指標を出されてロキは以前の自分を穴に生き埋めにしてやりたい気分になる。
下手をすれば学園が吹き飛んでいたということではないか。学園内でやっていい事じゃなかった。ヘンドラ先生よく許可出したな。
「自分の浅はかさに無性に腹が立ってきました」
「当たるなら魔物にどうぞ」
「はい。ああ、なんか今年はよくコカトリスに会いますね」
「遭うの字が違う気がしますが、そんな微笑ましい邂逅でしたか?」
「ゼロが首を握り潰していました」
「哀れなコカトリスよ……」
イミットに掴まったら死んじゃうよねえ、身体小っちゃいもんねえ。
何やらそんなことを呟くアンドルフと対照的に、ロキは嬉々として見つけたコカトリスに向けてハルバードを振り下ろした。




