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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部1年夏休み編
102/376

4-2

2023/06/21 改稿しました。

「ケイが攫われタ」


そのたった一言で、その場にいたハドも含めて全員がロキに気圧された。

ロキは笑っていた。虚空を見て、笑っていた。


「カル殿下ぁ」

「……なんだ」


ロキのいつもの口調とは異なる間延びした口調に、カルは嫌な予感を覚えた。


「これッて、ドラクルへの宣戦布告でしょうかぁ」

「――」

「それともぉ、」


少し前に立っているロキが、振り返った。その瞳は、青に変わってしまっている。


「――フォンブラウへの喧嘩ですかねぇ?」



夏休みに入ったばかりの王立学園中等部の生徒の一部が王宮の一角でロキを諫めていた。カル第2王子の招集に応じたもので、ロキの怒りのボルテージが全く下がらなかったことによる緊急処置である。


ドラクル大公令息ハド・ドラクルによってロキの従弟であるケイリュスオルカ・クレパラストの身柄が何処かの誰かに囚われたという情報が齎されて3日が経過していた。3日間も怒り続けているというのもなかなかパワーがいることなので、ロキの瞳が青から濃桃色に戻らず皆戦々恐々としている。ロキが目の色が変わるほど怒ったのは初めての事で、登城したアーノルドも驚きを隠せずにいた。


ほとんど顔を会わせたことのない従弟のためにここまで怒り狂うのかとカルは思ったが、それは少し違うとアーノルドに説明を受けた。聞けば、全くの面識が無いわけではなかったそうで。あまり会ったことはなくても、アーノルドの妹の葬式にも顔を合わせていたそうな。お互いに顔の認識ができる程度には見知っているという。


また、ナタリアに話を聞けば、クレパラスト家の令息が拉致される場合ロクな結果が無かったと言い、ループしていて記憶はないが経験だけが上乗せされ続けているロキならば、ロクでもない結果を集計して確率の高さと天秤にかけ、結果的には怒りが爆発している状態であろうと言った。


「私もあそこまで怒り狂っているロキを見たのは初めてなのよ」

「俺も初めてだわ」


ナタリアとシドの言葉にカルはうなだれる。ロキはかろうじて飛び出さずにいるが、これをもし自分が知っていなかったらと思うとぞっとする。ドゥルガーはあのイミットの男を馬鹿と罵っていたが、むしろカルはハドの判断に感謝している。


きっとロキにのみ伝えたならば、ロキは問答無用で飛び出している。それだけの力をロキは持っている。過信も慢心もなく淡々と人を屠り従弟を救出するだけのロキの姿があることだろうが、その手を血で染めるのはできれば激情ではなくカル自身の最終判断で戦争しかないと言った時にしてほしかった。


ロキもまた、自分があの状況で飛び出せばカルとセトを巻き込むという認識はあったらしく、大人しくアーノルドたちが迎えに来るまで待っていた。その間、ハドをはじめとするあの場にいたメンツは皆延々とロキの行き場の無い殺気に晒され続けたのだが。


「酷いわね。いろいろ薬品類も試してみたけど全く効かない」

「睡眠系の魔術も効かなかったです……状態異常無効をこんなところで発揮するとは」

「ちゃんと休んではいるようだが、物音ひとつで飛び起きてしまうんだ」


ソルやルナの言葉、珍しく人間の輪の中でロキの心配をしているゼロもいる。

ロゼとヴァルノスがいろいろ試しているようだが、ロキの目は相変わらず青いままだ。


「おそらく戦時状態の体制に入ってしまっているのだろう」


ここに、普段いない者がいるとすれば、彼である。


『竜帝の愛し子』リーヴァ。


ハドが動いたことに勘付いたリーヴァが王都に立ち寄ったら人刃の王種がブチギレてた、となんとも水際状態で、リーヴァを呼ぼうとしていたアーノルドより先に動いてくれて助かったとはジークフリートの言である。


リーヴァはハドの行動を咎めることはできないと言って、人刃の王種を怒らせたことに関して庇った。

それに対してはアーノルドも同感だったらしく、王都に居た人刃が王種の怒りを感じ取って少々騒いでいるのを落ち着けるために会議を招集していた。


ハドはロキたちよりも3つ下だ。ドラクル大公もあまり政治の場に顔を出さないので頼れる伝手が少ない。ハドが頼れる相手は、正直数年前に少し顔を合わせただけのロキぐらいしかいなかった。ループに関して覚えていることを表沙汰にしない方が良いという判断からの行動であろうと考えられる以上、周りがどうこう言えるものでもない。


また、ロキは現在フォンブラウ家の者の中では最も魔力量が多く、転移が使え、加えて加護持ちで戦闘に非常に有利なスペックを持っている。さらに上位者や精霊との契約もあり、単身で敵わなかったらしいハドが頼る相手としては悪くない。


ハドの人選は間違っていなかった。


そして、カルはそんなハドと2人で話すために部屋を出る。


隣の部屋に設けられたテーブルと椅子。椅子に腰かけて待っていたらしいハドは、昨日の悲壮感はない。


「おはよう、王子様」

「カルと呼んでくれ」

「カル」

「ああ」


ハドはにこにこと笑っている。ロキをあんな状態にしたくせにとも思うが、ハドの言い分を聞いてやらねばならぬとカルは口を開いた。


「早速本題で悪いが、何故ロキにあれを告げた。回帰しているのであればあんな風になるのも分かっていただろうに」

「ロキ兄を試しちゃ悪いカ?」

「……試した?」


ハドはカルの問い返しに頷く。


「あのねー、オレの前回って、ロキ兄に殺されかけたんだヨ? 国を裏切ったロキ兄にサ」


氷の中に閉じ込められたんダ、とハドは語る。


「ケイのことも手に掛けたんダ」

「従弟をか……?」

「そウ。そんなロキ兄を信じられると思うのカ?」


ハドの目は悪戯っぽく笑っているが、内容は悲壮そのものだ。カルは押し黙ってしまった。きっとハドにとって最も大事なのはケイと呼ばれている少年の方なのだろうと簡単に想像はつく。契約をしているイミットとは、そういうものだ。


「……俺ならば、信じない」

「うん、オレも信じなイ。でもね、ロキ兄はずっとそれを繰り返してきタ」


ハドは苦笑を浮かべる。ハドが語るロキの姿は、どこか小説のようなもので。


「オレは、死人の声が聞こえル。とても力の強い死人の声ガ。未練を叫ぶ声ガ」

「……」

「このスキルのせいでね、オレはロキ兄を嫌いになれなイ」


なれなかっタ。


ハドはそう言って、音として、紡ぎ出す。


『皆には悪いことしたなあ』

『あいつらちゃんと上手く国回していけるよな?』

『もう少しあいつらには時間が欲しかったなあ』

『俺が残すものはけして良い物ばかりではなかったけれど、あいつらなら全部糧にするだろ』

『すまなかった』

『皆ごめん』

『さようなら』

『これでハッピーエンドだ』


『もっと生きていたかった』


ああ、声真似を使われている、とぼんやりと思う。

目の前の彼はイミットだ。

先日ゼロの変身を見たばかりだったのにすっかり失念していた。


カルはおそらくロキの成長したときの声であろう柔らかなテノールで紡がれた言葉に涙を零した。


なんだその言葉は。

――きっと裏切って皆に迷惑を掛けたと考えているときのロキの思考だったのだろう?


謝ってばかりではないか。

――そのくせして信頼の言葉を紡ぎ出すのか?


何がハッピーエンドだ。

――お前がいない世界で生きる俺たちに幸せがあるのか?


もっと生きていたかった、なんて。

――お前を追い詰めたのは俺たちなのか。


カルにこれを聞かせる意ことに意味がある――ハドの思考回路がそう示したのであることなど想像に難くない。

この言葉の紡がれた場面をカルは知らない。だというのに、酷く胸が締め付けられる。胸の内で返る言葉は、ロキから齎される言葉を漸く受け取ることのできた、対となるカルの思考だろうか。


カルは泣きながら考える。


こんな言葉を、ロキの言葉を伝えるために、ハドは咎められるのを覚悟で。


ループしている人間を、ナタリア以外に知らないカルは、ナタリアのある言葉を思い出す。


『――逆行ループしてる私たちの戦いはもう始まってる』


ハドはもう、戦い始めている。

ロキを救いたがっているのだと、そう考えると、すとんと腑に落ちた。


ロキ兄と、親しみを込めて呼んでいるのを聞いておきながら、ロキを追い詰めたのかと考えていた己がバカらしくなってきた。

カルは涙を拭いて、ハドを見据える。

外見は10歳だが、何度繰り返してきたのだろう。


「俺まで試したな、次期ドラクル公」

「だってお前女に誑かされるんダ。信用ならなイ」

「酷いな」

「お前の周りにいるあの女たちほとんどのこと言ってんだけド?」


ハドはそう言いつつ、表情を和らげた。


「……でも、今のアンタならきっと大丈夫。ロキ兄を守っテ。オレたちの手はロキ兄には届かなイ」


オレたちは人間の国にとって足枷であり敵であり守るべき民程度の存在でしかないかラ。


ハドの言葉にカルは頷いた。

ロキを託そうと、わざと自分が引っ掛けられたらしいことも気付いた。


なぜならば、本当にロキだけを狙っているのであれば、わざわざ攫う必要はなく、直接ロキの元へ出向けばよかっただけだ。彼は死徒列強の息子でもある。ロキと既にパイプのあるドウラの息子であることをちゃんと証明するものを持ってさえいれば、フォンブラウ邸にだって入れただろう。


「あまり回りくどいことをすると、気付いてもらえなくなるぞ、ハド殿」

「それくらいでいいんだヨ」


時間をくれてありがとウ、とハドは言った。カルはベルを鳴らした。


「ああところで、ハド殿」

「うン?」

「ケイ殿はどこまで噛んでいる?」


カルの問いにハドは、破顔した。


「教えなイ!」


カルはやって来た使用人にハドを送るよう伝え、ロキたちのいる部屋へと戻ったのだった。


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