4-1
ロキ、お前攫われすぎだよ
2023/06/21 加筆修正しました。
「……なんでこうなった、ロキ」
「……俺に聞くなよ、セト」
ロキはセトとカルと共にまた拉致されていた。
一体この国の護衛騎士はどうなっているんだと問い質したい気持ちでいっぱいのロキとセトである。
「……まあ、今回は相手が悪かったね」
ロキは素直にそう告げる。
「相手の顔を見たのか?」
「指示者はドラクル公か息子だと思う。イミットだった。黒髪にオッドアイ、間違いない」
ロキはそう言って御丁寧にへし折られてしまった自分の左腕を見やった。
「痛むか?」
「痛覚を遮断しているのでご心配なく」
「余計心配するぞ」
ロキの申告にカルがすかさずツッコミを入れる。
現在3人は空飛ぶ黒竜の口に咥えられた魔力糸を縒って作られたワイヤーで吊るされた籠の中にいる。
夏休みに入ったことで暇になったカルが、ロキとセトを誘って3人で浮島に散歩に出かけたところ、突然黒竜を連れたイミットが来て、セトが捕まった。浮島の地面からわざと離れたイミットと黒竜は、そのままロキとカルを副腕で掴んで連れ去った。
副腕のあるドラゴンがいるとは思わなかった。完全に虚を突かれてカルとロキが拘束されてしまったのだった。
周囲に魔術を使う間もなく、ドルバロムから報告が入る。
『ゼロが追って来てるよ』
「だろうな」
同族ならば追ってくることは分かり切っている。
しかし、ゼロの乗っている黒竜は何なのだろうかとロキは視線を上げる。
見覚えのある黒竜が並走していた。
カルとセトはロキの視線を追って驚愕に表情を染めたが、ロキが呼び掛ければすぐに黒竜は反応した。
「ドゥルガー殿」
『ロキ、無事かい? 体が冷えてしまうだろう?』
「俺は大丈夫です。ゼロ! ブランケットを寄越せ!」
最低2枚あってくれるとありがたいが、と思っていたロキは、ドゥルガーから降りて籠に移って来たゼロがブランケットを3枚出したことでほう、と息を吐いた。
「薄いな」
「厚い方はシドが持っていた」
「そうか。カル」
ロキはすぐにカルに視線を移してブランケット2枚でカルの身体を包む。セトにも1枚渡し、ロキはふと虚空から鉄釘を何本か取り出す。
「鉄釘か?」
「うん。少し待っていて」
何故ロキが鉄釘を持っているのかと問いかけたくなったカルは悪くない。
鉄釘に魔力を通し、思うがままに操るのはロキにとってはすっかり朝飯前となっていた。
釘の形が崩れ、枠だけの正十二面体に形を変え、その中にロキが炎を灯す。そこに更に変化魔術で何らかの変化を加え、カルに持たせた。
「どうぞ」
「温かいな」
「“燃焼”の性質を“領域内滞空”に変えたんだ。燃えはしないけど火傷はするから直接は触れるなよ」
「分かった」
面倒な魔術を行使したものだなと思うカルだが、ロキの属性だとそう苦労しないらしいことが判明している。使う魔力も微々たるもの、変化属性とは末恐ろしい限りである。
「よいしょ」
ドゥルガーも籠の中に乗り込んできた。何か上で叫んでいる男の声。
「ドゥルガー、この黒竜はどこへ?」
「ああ、ドラクルの坊やが呼んだようだね。当主じゃなくて倅の方」
「ハドが、ですか」
「ああ」
ドゥルガーはひとまずセトに自己紹介をしてカルにも軽い挨拶をし、ゼロの頭を叩いた。
「この大バカ者、ドラクルの倅のこと放りだしちゃったんだ」
「致し方ないかと。彼もかなり思い悩んでいる様子だったからな。……原因はどうせ俺だろうし」
ロキは一瞬自嘲気味な笑みを浮かべる。
自分が原因と知っていても、何も分からないし何をする力もなく何をなすこともできないのだ。
ドラクル大公ドウラ・ドラクル。彼には現在一人息子がおり、その子を溺愛していると聞く。子供の母親の噂が全く流れてこないのがイミットらしいところだ。
「ハド・ドラクルに何かあったのか?」
カルが尋ねるが、ロキは、俺は知らん、と首を左右に振った。
「前世の知識の話になるけど――ハドは史上最強のイミットに成長するだろうね。高い魔力と体格に恵まれ、武力もセンスも一級品。どっかの誰かそっくりだろ?」
「……つまり、ループには彼も関与している可能性が濃厚だと」
「リーヴァは任せろと言っていたけど、そう割り切れる問題ではないだろうしね。……ウチだって割り切れないんだ、クレパラストの没落なんて」
ロキはその整った表情を歪ませた。
クレパラスト元侯爵家。ロキの叔母が嫁入りした家で、当主は代々土属性。典型的なリガルディアの貴族家で、戦闘特化の当主と政治担当の当主補佐の兄弟が治めていた家だ。既に没落して5年は経過している。国王ジークフリートの恩情で爵位返上のみで済まされているものの、夫人も既に亡く、あの戦闘特化の優しいばかりの元侯爵では家の再興は期待できない。
没落の原因が、政治方面を担当していた元侯爵の弟が暗殺されたことにあるのだから文句のつけようもない。弟君の代わりに政治手腕を振るうことができた侯爵夫人も体調を崩してばかりでうまく立ち回れなかった。クレパラスト侯爵家は王都に次ぐ経済規模を誇るフォンブラウ公爵家の直轄領に隣接していた。経済規模もそれなりに大きかったから、政治を支えられる人物がいなくなったことで、みるみるうちに食い物にされて衰退していった。ほんの3年ほどの間の事だ。そして何とか細々とやっていける程度の所で病床から支えていた夫人も亡くなり、クレパラスト侯爵家は事実上の御取り潰しにあった。
後処理等でフォンブラウ家もバタバタしていたのだが、ロキたちの耳には関連の情報が一切入ってこなかった。ロキが転生していると知った瞬間から始まって、アーノルドが頑なに伝えず黙秘してきて貫き通したことでもある。聴いたのは、本当に、葬式をあげたあの時期だけだ。
だからロキもそう関わろうと考えてはいなかったのだが。
屋敷に戻って久しぶりの家族との対面、という時になって、アーノルドの所へ舞い込んできた知らせ。
クレパラストの息子とドラクル家の息子の間に契約が成立しているという話である。
イミットは気に入った相手との間に“主従”の契約を結ぶことがある。この契約というのは、同時には1人としか結ぶことができず、契約の破棄は主人側からのみできる。通常本能的にステータスが上の方が主人になるのだが、イミットの方がステータスが高いことが多いので主人はイミットが多い。
また昼夜で立場が変わることも特徴的で、昼はイミットが従者として、契約対象に仕えていることが多い。夜は竜種たるイミットに仕える、という立場で契約対象がイミットの世話をすることが多い。主にやることは鱗や爪、角の手入れである。
ロキとゼロとはかなり特殊で、昼も夜もイミット側が従者であるという少々変わった契約だ。ロキはいつゼロと契約したのか覚えていないのだが、ゼロが傍に置いてくれと乞うたことをロキが受け入れた時点で契約が成立している。鱗をゼロがどう手入れしているのかをロキは今のところ知らない。
「カルは知ってると思うけど、元クレパラスト侯爵令息と、ドラクル大公令息が契約してる」
「ああ、知ってる」
「げっ、それ大丈夫か??」
セトは正しくロキの言わんとしていることを理解した。
契約が成立している状況は拙いのだ。
クレパラストの没落がドラクル大公の怒りを招く恐れがある。
いくら死徒列強で第14席と言われていようとも、実際の彼の実力を量ってそこに据えられたわけではない。
今回の事は、ハドとロキが直接面識があったことに起因するのだろうとロキは思った、巻き込まれたカルとセトには本当に申し訳ない限りだ。ロキに用事があったのならロキだけを連れて行けばいいものをとも思う。
「……ハドが、俺を呼んだんだと思う」
「一度は会ってるんだろう?」
「ほとんど顔を上げもしなかったのはカルも知っての通り。それに契約者が没落した以上は下手に接触すれば新たな火種を生むしね。……ループしてる可能性がかなり高いな」
そんなこと、まだ10歳のガキに分かるはずがねえ、とロキが呟けばセトとカルは小さく頷いた。
しかし、失策である。
少なくとも現在ロキたちを運んでいるこのイミットは大馬鹿ものであろう。
カルを一緒に拉致ってきては拙かったはずだ。
「この馬鹿にはきちんとお灸を据えとくよ」
「そうしてください」
口を挟んできたドゥルガーに籠を運ぶ黒竜を駆るイミット任せる。
ロキははあ、と息を吐いた。
もうすぐ着くのかな、と少しずつ高度と速度を下げ始めたドラゴンを見上げる。
ちなみに現在、夜。
星と月の輝きが黒竜の鱗を照らして美しい。
「すっかり夜になってしまったな」
「……夜」
ロキは何か引っかかったらしく俯いて考え事を始める。
セトとカルは身を寄せ合ってそんなロキを眺めた。ロキにゼロが抱きついても気が付かなかったようで、そのまま時折虚空に視線を彷徨わせ、そのまままた考え事に戻ってしまう。
「そろそろだよ」
ドゥルガーが言えば、もう黒竜は着地の体勢に入っていた。籠はゆっくりと降ろされ、ロキはゼロに揺すられて気が付いたようだった。
「ついて来い」
「敬語」
「……ついて来て下さい?」
イミットの男よりもドゥルガーが立場は上なのだろう、とカルは思う。ロキはさっきからずっと考え事をしている。
男は黄色と緑のオッドアイで、おそらく風属性なのだろうなと思いながらカルたちは歩を進めた。
♢
案内されたのは小さな建物だった。水車小屋、である。
そしてその中にいた黒い長髪の少年の瞳は黄色と青のオッドアイだった。
年齢は恐らく10歳前後。これがドウラ・ドラクルの息子、ハド・ドラクルで間違いないのだろう、とカルは思った。以前見た時と雰囲気が違うように見えるのは何故だろう。
少年の目に光はない。
月光が手前に差し込んでいるせいで奥にいる少年の姿をちゃんと確認することはできなかった。
しかし、ロキは違ったらしく。
「その傷、どうした、ハド殿」
ロキの言葉にセトとカルは目を凝らす。よく見れば、少年の首元には包帯が巻かれていた。傷の手当てをされたのだろうということはすぐに分かる。
「……やっぱ、ロキに……ロキ殿は、覚えていらっしゃらないよう、ですネ」
敬語を使い慣れないはずのイミットにしてはすらすらと敬語を使うな、とセトは思った。
ロキは目を細め、やっぱりか、と小さく呟いた。
「俺のことは好きに呼べよ。覚えていないことを謝る気はないからね。お前の用件はなんだい」
「……変わらないなア」
およそ10歳の少年のする顔ではない、とカルは思った。これはもっとずっと長い時間を生きてきた者のする顔だ。ロキもたまにこんな表情をするな、と考えて、ループの影響、という言葉が譜に落ちた。
「俺だからな」
ロキの言葉はしっかりとしていて、少年――ハド・ドラクルは月光の中に歩みを進め、そこでその姿をさらした。
包帯だらけのその身体を見て、ゼロとドゥルガーが息を呑んだ。
カルもまた、驚愕に一瞬呼吸が止まった。
イミットだ、目の前の少年はイミットだ。
なのにもかかわらず傷つけられ、包帯を巻いているこの少年は。
ロキが口を開く。
「カルがいたのに丸ごと攫ったのはこいつがバカだったから――ではなさそうだな?」
「うン。オレが頼んダ」
だって、大事にはしたくなかったんだけど、必要だったんだヨ。
カルは彼の口から放たれる言葉を固唾を飲んで待つ。
「ケイが攫われタ」
そのたった一言。
その瞬間、ロキが静かに、確かに、“怒り”を孕んだ。