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第六話


 アパライア大陸とは違い日本国の隣にある『大陸』という簡潔な名前で呼ばれているこの地は二つの勢力で分け隔てていた。

 種族の物差しで見れば、人間勢力と亜人勢力。双方とも対立と交流を繰り返すことで相互理解を深めていき今現在大きな争いは起こっておらず平穏だが、未だに一部の亜人と人間は相手に対する強烈な敵愾心は残っており、また境界線や権益などの衝突の火種はくすぶっているため相互共存とは程遠い状況にある。

 国の物差しで見れば、イロコイニア帝國とラパッチ共同体。イロコイニア帝國は、皇帝を頂点にして王国や大公国、辺境国などの国々を諸侯として従え人間が居住している地域の全てを直接か間接かで支配下に置いている事実上の単一種族国家である。ラパッチ共同体は亜人の国々で構成されているコミュニティだ。かつては一つの国家で絶大な力を持っていたある種族を頂点にして他種族を支配していたのだが時代の流れと共にその種族の力は衰弱したことで複数の国に分裂し緩やかな共同体に変化していった他種族国家である。上述したように争いながらも国交を発展していったが、今現在の平和は薄い氷の上でギリギリ乗って保っているものであって、いつ大規模な戦乱に発展するか分からない状況にあった。

 これら以外にも中小国が存在しており二国の勢力の間を上手く綱渡りをして独立を維持していた。

 そんななかで、いち早く異世界の存在とその脅威を認識していたイロコイニア帝國は今現在いきなり現れた強大な力を持つ日本国にどんな距離で取ってどのように接するべきか判断を迫られていた。


帝國暦九六年八月二四日

イロコイニア帝國 帝都ゼタノート

帝宮


「……」


 帝國宰相のクロイツェル・オクセンシェルナはイロコイニア帝國君主である皇帝とその一族が住む帝宮に足を踏み入れていた。立派に伸ばした栗色のあごひげ、骨までしみる程に凍えている寒帯の海を思わせる蒼色の瞳が特長の彼は冷静沈着――そんな言葉が似合いそうな涼しい表情を浮かべ無言で駆けていた。


「やあ」


 近寄り難い雰囲気を醸し出しているクロイツェル宰相に対し気安い声で話しかける男が一人いた。その男の顔を見た彼は破顔して長年の盟友に向けて話しかける。


「君か……久方ぶりだな」

「そうだな。一年ぶりだね。忙しくて顔を合わせる暇がなかったからね」


 長年の鍛錬により鍛えぬかえた肉体、その体つきからは似合わない愛嬌のあるにこやかな笑みを浮かべていた。彼の名はクスタフ・フォン・ヴァレンシュタイン。帝國の軍事を司る軍務卿の地位に就いている男だ。クロイツェル宰相と同い年で彼と同じく先々代の頃から国に仕え続けており、公的には対立することが多いが私的には長年の友人である。


「陛下から信任を受けている君がここにいるということは相当反発が強いのか?」

「その通りだ。昨日の帝国議会は、貿易のさらなる活発化によって影響力を一気に失うことを恐れているギルドからの強い請願、諸侯どもの二ホンのさらなる接近に対する強い反発、二ホンによって大いに利益を得た連中との議論、衝突で纏めきれなくなってしまった、実に情けない話だが……」


 自虐するクロイツェル宰相に、クスタフ軍務卿は友人として励ます。


「名宰相の君ができないのなら他の誰ができるんだ? もしできるのならば君はとうに引退しているよ。それだけの困難ということなのさ。陛下の一声が必要になる位に」

「ありがとう。話は変わるが軍の反応はどうなっている?」

「反発の声はない訳ではないが意外と冷静だよ。領事館の二ホン人連中から見せつけられた映像と提供されたサンプルを解析したことで反攻するのは得策ではないと悟っているようだ」


 そうだろうなとクロイツェル宰相は思う。

 小銃が全歩兵に行きわたっている軍隊なのだ。皇帝の軍隊である皇師でも全ての歩兵に行きわたらせることがやっとできたのは去年のことだった。しかも奴らの主力としている小銃は連射でき命中率が高いのだから、皇師の主力である銃口から銃弾を込め命中率の低さを数で補っている火打ち石の小銃とは性能が大違いだ。

 これに加え、大砲も性能面で大きく水をあけられているなど様々な方面で差が大きいのだ。敵対する気力が萎えてくるだろう。


「分かった。皇師の統制をしっかりしてくれ。政治と軍事もそうだが甘い見通しで行う独断行動は全てをぶち壊す」

「命を代えても必ず行う。僕の方からの注文だけどしくじらないでくれよな。政治の失敗は軍事で取り返すことはできないからね」

「……分かっている。何とかこの国難を必ずや収める」


 皇国の大使としてアパライア大陸に派遣されていたとき、外交官を殺害し報復を行おうとしたアメリカとの戦争に巻き込まれて異世界国家の圧倒的な強さを思い知っているクロイツェル宰相は二ホンとことを構えるつもりはなかった。

 アメリカと同じく『トウキョウ事変』を引き起こした皇国に報復を行うために参戦していた二ホンに『カナザワ事件』の賠償と責任者の処罰を求められ、帝国側は無関係を装うとしたために交渉が紛糾し危うく戦端が開きかけたことは記録に新しい。当時の皇帝を始めとして何とか場を収めようとした一人であった彼はなるべく異世界国家とは事を構えないように常に心がけていた。それは、何かが流れ着くのは決して珍しくはないこの世界に国ごと転移するという異常事態に遭遇したとしても変わることはない。


「君はそうじゃなきゃ。業務が終わったら家に来ないかい? いい酒を手に入れたんだよ」

「残念だけど今のこの状況じゃ無理だよ。機会があれば行くことにするよ……」


 目の前に威厳のある重い門がそびえ立つ。この門の先にある部屋のなかにはイロコイニア帝國皇帝がいる。三〇にもならない若者だが即位してから五年。功績といったものは挙げてはいないが、そつなく約二億の民が住むこの巨大な国を治めているので決して無能ではない。優秀な皇帝を輩出してきたノルデンブルクの血を引くもの――。

 クロイツェル宰相は顔を引き締めた。



「皇帝陛下のおなーりー」

「……」

 

 応接間にて、若き皇帝は帝国の政務と軍務を司る地位に就き信頼して任せている二人の首を垂れている姿を目が捉えると表情を引き締めた。強張る顔の筋肉にやれやれと周りに悟られないよう密かに苦笑する。政治の場から離れすぎていたかもしれないと思うしかない。

 イロコイニア帝國ノルデンブルク朝ゼアン・ノルデンブルクは、平安時代の貴族の服を少し動きやすくするために改良したと思わせる黒色の正装を着て優雅な動きで座る椅子に近づいてゆっくりと席に着いた。


「面を上げろ」


 威厳だと思う声を出す。するとクロイツェル宰相とクスタフ軍務卿の顔が見え始め彼らの視線がゼアンに向けられた。祖父の代から帝國に仕えている歴戦の文官と武官の力強い雰囲気に呑み込まれそうだが何とか恐れの感情を表に出すのを防ぐことはできた。


「定例の報告以外で帝宮を訪れるとは、相当な大事が起きたのか?」


 ゼアンの問いに、二人は落ち着き払った声で返す。


「その通りでございます、陛下」

「陛下の言う通りであります」


 一息をついてゼアンは言う。


「事情を聞こう」


 クロイツェル宰相は説明を行う。二ホンとの貿易のために作られた港湾都市クライドノールに置かれている二ホン領事館から、大使館の設置、情報交換の活発化などの国交のさらなる活発、関税の段階的な低減と交易品やその量の増加など新たな貿易協定の締結による貿易の規模拡大の申し出が届いた。

 それを受けて近年政治の中心となっている身分議会が開かれたが、身分と地域からなる各派閥の利害がぶつかり激しく対立してしまい、数日前に隣国となった国との申し出を受けているか拒否をすることすらも暗礁に乗り上げて決定することができないでいた。


「であるからして、あの手この手を打ちましたが八方ふさがりでありまして」

「陛下の力が必要なのです」

「成程……話を纏めるために朕の“言葉”が必要ということか? 確かに朕も二ホン国との交流と貿易のさらなる活発化は我がイロコイニア帝國の発展に必要だと思っている」


 敵対するのは愚策のなかの愚策だ。

 かつて諸侯のなかで最も力を持っていたシドア辺境伯国とそれに仕える権力者たちは、自由にできるいわゆる課税されない隠し土地を作るために、使用可能な門を開いて異界――二ホン国のイシカワという地方のカナザワという都市に攻め込んだことがある。

 異界の地に隠し土地を作るとはその発想力に驚くが、失敗したときのリスクを考えたことはないのか? と後始末を背負わされたゼアンは疑問を抱きそうになる。しかし、検知や法令などでプライドと土地の執着が高い彼らを追い詰め二ホンでは『カナザワ事件』と呼ばれる武力衝突を引き起こすことになった遠因である帝國と皇帝にそんな資格はない。

 結果は二ホンの軍勢の圧倒的な武力により侵攻軍は壊滅し、国主や領主などシドア辺境伯国を今まで支えてきた権力者は軒並み討ち取られるか虜囚の身となり、当時皇帝であった父に隠し財産と作ろうとするために勝手に兵を動かした挙句惨敗し帝國の威信を大いに傷つけたと咎められて改易されてしまい諸侯領から直領にされてしまった。

今現在ではあそこから産出する金、銀、銅などの貨幣の原材料なる資源が帝國の財政を支えている。


「その通りです。ぜひとも議会に喝を入れて下さい」

「よろしい。他に対処するべきことがあるだろうにたかだか一つの問題で統治が滞ることがあってはならないかな」


 二ホン自体は問題としていない。彼らは敵対行為を取らなければ静かなのだから。ゼアンが特に問題としていたのは身分議会が全く機能していないことであった。二ホンのことで各派閥が一切妥協しない政争を行うので行政が滞ってしまっている。

 この課題以外にもっと重要な課題が山積しているのにも関わらずこんな馬鹿馬鹿しいことをやっている。天候不順により直領と諸侯領を含め帝国全域で作物の実りが悪くこのままいけば悪くて食糧不足、良くて価格の高騰が起きって帝國の危機になりかねない。貯蔵している食糧の解放、離散を防ぐために被害の受けた農家の補償態勢を整えなければならない。

 思案しているうちにゼアンは腹が立ってきた。議会に送りつけるかなと考える。


「左様でございます」


 深々と頭を下げるクロイツェル宰相の姿に自分が子供であった頃と比べて小さくなったように思えた。名宰相と呼ばれている彼でも身分議会を制御するのが困難になってきているのかもしれない。宰相と議会に国家運営を任せて互いに制御と牽制を行うことで健全さを維持する即位当初の目論みが崩れてしまったように思えた。

 そうとは言っても、お言葉を口実として議会の正常化を図ろうとするクロイツェル宰相の考えには抵抗があった。一度使われたら確実に何度も使う羽目になる最悪国民と議会が皇帝に頼り切ってしまう可能性がある。また浅はかな連中が自分たちにとって都合の良い解釈をして今までの慣例を無視し始めて暴走するのではないかという懸念もあった。とは言ってそれ以外の打開策はない。このままだと国民が議会と政治に愛想をつかすかもしれない。全く政治や国家運営とは正解などない試行錯誤の積み重ねだ。

 ため息を内心でつきながら、ゼアンはお言葉を述べる。それがどんな結果となって自分の元に戻ってくるのか不安を抱きながらも今を打開するために口から力強くハッキリと述べた。


「……朕は二ホンとの国交と貿易の拡大をするべきだと考えている。宰相、そうなるように話を進めてくれ」

「ははっ」


 クロイツェル宰相はより深く頭を下げた。自分の家庭教師であった頃は立派で怖い人だったのに今の小さくなってしまった姿にゼアンは複雑な気分となった。


「この話は終わりだ。宰相見てくれ、新しく手に入れた骨董品だ。ドワーフの職人が作った花瓶だ」


 従卒に命じ持ってこさせた花瓶を二人に見せる。芸術の造詣が深いクロイツェル宰相は驚嘆の表情を浮かべ、あまり芸術に詳しくないクスタフ軍務卿はどういえばいいのか分からない表情をしていた。対照的な二人の反応にゼアンは微笑みが零れる。正反対なのに関わらず二人は盟友なのだから世の中というものは分からないものだと思わずにはいられない。


「これは……良き物ですな。しかしよくもまあ、亜人が作った品を手に入れましたな」

「分かるか、そなたなら分かってくれると思ったよ。本当にいい置物だよ。見ていると癒される。朕もそんなものになりたかったな……」


 ゼアンは、崩壊しかけた国を立て直した曾祖父のような粘り強さはなく、大帝と呼ばれた祖父のような卓越した軍事の才はない、皇帝として非の打ち所がなかった父のような覇気や完璧さが一片も存在していない、ただの平凡な男だと自覚していた。

 だが、曾祖父の代から面々の受け継がれてきた秩序と伝統を維持しながら未来の代に託さなければと強く思っていた。それができなければ自分が生まれてきた意味がなくなるように感じるからだ。傍にいる家族、目の前にある生まれ育った国、綿々と築き上げてきたものの保証者で保護者でもある皇帝の地位が今の彼の全てであった。


「さて軍務卿、卿は何の用で朕のところに訪れたのか?」


 湧き上がった陰鬱な気分を振り払うかのようにゼアンは話を切り替えた。


「はい。陛下の耳にお入れたき情報をお伝えにきました。ここにいる宰相殿にも」

「何だ?」

「ここ最近、イロコイニア帝國内の二ホンによる情報収集が活発となっております。特にある鉱石に関しての情報を躍起になって収集している模様です」

「ある鉱石?」

「手に入れた書類を見る限り、この二つの鉱石は化け物(ラークヴェイ)山脈で産出するようです」


 クロイツェル宰相は驚愕を表情にして浮かべた。


「あのローエルフよりも厄介なハイエルフ共とコイツら従う獣人や鳥人たちが閉鎖社会を築いているところにあるのか、この情報は二ホンが掴んでいるのか?」

「いえ、その事実は一般には知られていないので掴むことは難しいと考えられます」


 興味深いことを聞いたと考えたゼアンはクロイツェル宰相に問いかけた。


「宰相、これは恩を売る機会ではないか?」


 きっと悪い笑みを浮かべているんだな。この顔を妻や子供には見せられないなとゼアンは思った。


 二日後、再開された身分議会にて皇帝陛下のお言葉が伝えられた。それと同時に彼直筆の弾劾状が送られ、この非常時に対しての断固たる意思と様々な課題が山積しているなかで空転している議会に立腹していることを主張した。

 それを契機として日本国との国交の活発化、貿易の拡大が決定することとなり、また即位以来視察などの国事行為以外のことを行わず特にいった功績がなかった若き皇帝の初功績となった。そのことがなきにも等しかった存在感が一気に示されることになり、国民からは『皇帝が議会に一喝した』としばらくの間語り草となった。

 これは自分を有能だと思えない一人の若者の長い戦いの始まりを告げていた。


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