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第五話


八月一九日午後三時四四分

日本国 日本海

海上警備隊巡視艦『ふそう』


 建造当時世界最大であったヘリコプター二機搭載型巡視艦の後継として設計され、自身も世界最大の巡視艦で国防海軍ミサイル巡洋艦もがみ型に比肩し得る大きさを誇っている海上警備隊自慢のこの巡視艦は青森近海――あともう少しで津軽海峡の入り口に達する位置にいた。

 波の音が聞こえるところに立っているのに関わらず国防省職員の盛長俊一もりなが・しゅんいちの頭にはその音が入っていない。その代わりとして尋常ではない大きさで耳朶に届き頭の中で響いたのは部下からの報告であった。


「作業艇の準備が完了しました」


 緊張のあまり盛長の顔がこわばってしまう。歯が微かに震えているのを感じた。何でこうなったんだろ? 末端は上の鶴の一声に逆らえない。官僚のつらいところの一つだなと内心で愚痴る。


「健闘を祈る」

「もしものときは後を頼みます……」


 『ふそう』艦長ともしかすると最後になるかもしれない会話を行うと作業艇に乗る込むために盛長は歩き始めた。


「……」


 海の方を見つめると国防海軍の艦艇が見えた。地方隊所属ではなく日本国の海上防衛の中核である国防艦隊総隊隷下の第一護衛艦隊所属の艦艇である。

イージス・システムを搭載し国防海軍ミサイル巡洋艦の特徴である巡航ミサイルや長距離対艦ミサイルの運用能力を持つ、現在戦において重要な要素であるステルス性を重視したことで現代の軍艦と呼べる艦形をしているもがみ型ミサイル巡洋艦二番艦『すずや』。

 八二〇〇トン駆逐艦の名称で建造費が調達され国防海軍が保有しているイージス艦のなかで最古参となっている昔懐かしい軍艦の姿をしたミサイル駆逐艦『はぐろ』。

 二隻の主力艦を護衛しているのは駆逐艦『はつつき』、『ふゆつき』、『わかしも』、『はつしも』。四隻共に汎用駆逐艦と分類されており、『はつつき』と『ふゆつき』は防空を『わかしも』と『はつしも』は対潜を重視した設計が施されている。

 計六隻で構成された分護衛群がいざというときに備えて待機していた。この部隊の他に大湊基地から出港した大湊地方隊に属している六隻の駆逐艦とフリゲート艦が津軽海峡を航行し、オホーツク海や間宮海峡など北の海の守りである第四護衛艦隊分護衛隊群が現場に急行していた。位置からして三つの水上艦部隊によって所属不明の艦隊が包囲されている形だ、少しでも不穏な動きを見せれば瞬く間に殲滅されそうな態勢である。

 過剰戦力と思えなくないが、当初は空母か攻撃型原子力潜水艦の派遣も検討されていたという笑えない噂が耳に入っているのでだいぶ配慮したのだろう。

 曲がりなりにも魚雷や艦砲など武装している艦艇が一〇隻以上も態度を鮮明にせず領海を航行しているのだ。念に越したことはない。久々の領海侵犯に対し海上警備隊と国防海軍はピリピリと神経をとがらせている。

 作業艇を乗り込むと先客がいた。


「今回はよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 感情の色を一切見せない厳つい顔立ちをした男性が盛長の言葉に礼儀正しく深々と頭を下げた。彼は帝国海軍の軍服を着ている。立ち振る舞いからして海の男を感じさせた。


「会談のお互いの役割ですが。説明や質疑応答以外のことはなるべくあなたに任せるつもりなので説得をお願いします」

「分かりました」


 男は落ち着いた口調できっぱりと言う。

 緊張していないのか気になった盛長は両目を手で触り、鏡を見て最終確認した後に問いかけてみた。


「すいません。聞きたいことがあるのですが?」

「何でしょう?」

「緊張していないのですか? 私は上司に交渉を任せるのを言われてからずっと動悸が止まりません」

「若いですな。私は単に慣れているので表に出ていないだけです。緊張していますよ」


 そうなのかな? とそんな疑問を抱くが、仮にも日本海軍の外戦部隊の指揮官であったのだ、確かにそうなのかもしれないと納得することにした。


「下手な励ましかもしれませんが、帝国海軍軍人いや元帝国海軍軍人の名誉にかけてこの依頼を成功させます。それと命を懸けてあなたを無事に『ふそう』に帰させます」

「そこまで言うのなら……少し期待しますね」


 男の励ましに、盛長は微笑んだ。

 作業艇は軽巡洋艦『由良』に向かっていた。


午後三時〇四分

日本海

軽巡洋艦『由良』艦内


 『由良』に乗り込んだ二人は案内に従い広い空間の部屋にたどり着いた。この部屋には一人の男が椅子に座っていた。海軍中将の階級章を着ている服に付けている。白髪が少々目立ち表情には疲労の色が浮かんでいた。


「まずは一言。わざわざお招きいただきありがとうございます。自分の名は盛長俊一と申します」

「いえ。この状況を把握するためにはあなた方の乗るしかない判断したまでのことです。私は林武雄、この高速輸送艦隊の司令官をやっています」


 盛長と林は握手を交わす。林は二人を交互に見つめる。男の顔を見て面食らった表情を浮かべていた。

 男は頭を下げて言う。


「私は帝国民間軍事会社社員の古賀と申します」

「やはりあなたは、いやあなた様は横須賀鎮守府司令長官の古賀海軍大将!!」

「確かに私は古賀峯一だ。大将か……いやはや懐かしい響きだ。だが今ではその地位は何も意味を持たないな。輸送船の艦長をやっているただの会社員だからな」


 自虐する古賀に、ただの会社員な訳ないだろと盛長は内心で突っ込む。

社員といえば社員だが、会社が帝国民間軍事会社(IPMS)なのだから軍人とほぼ変わりない。この世界に流れ着いた旧日本軍将兵で構成されているこの民間軍事会社は、元国防軍将兵や元東日本軍将兵が設立している民間軍事会社と比べると規模は小さいものの会社員の練度は負けておらず、規模が小さい故の機動力の高さを生かしアパライア大陸での戦いでもそれなりの戦果を出しているようだ。受けている仕事上の都合からか他の民間軍事会社以上に表に出ず詳細は分からないが。

林は喚き立てるように問いかける。


「一体何であなたがここにいるのですか?」

「まずはお互いに経緯を話した方が良いと思うのだが?」


 古賀のきっぱりとした言葉に林は迷った表情となる。


「しかし、この艦隊は作戦任務中……機密を軽々しく言うことには」

「上に許可を取りたいのなら、どうぞ」


 盛長も丁寧な口調で言う。


「ですが取れないのでしょう?」


 次にそう言うと林は顔を左右に振る。


「……その通りだ。全く連絡が取れない」


 沈黙が室内に流れた。非常に気まずい空気が漂う。

 それらを払いのけるように古賀が強い口調で発言する。


「林君、君がこの艦隊の指揮官かね?」

「はい、そうです」


 何かを悟ったのか覚悟の決めた表情を浮かべて林、いや林艦隊司令官は口を開く。


「……分かりました。話すことにします」


 森艦隊司令官が言うことには――。

 軽巡洋艦『由良』を旗艦とした高速輸送艦隊――別名『突撃輸送部隊』はガダルカナル島の所有をめぐる戦いそして戦争自体の雌雄を決する決戦を行うとしている陸軍部隊に物資を輸送するべくトラック泊地から出港しガダルカナル島に向かっていた。

 出港したのは一九四二年一〇月一一日のことだ。

『由良』以外の編成としては、艦隊防空として水上戦闘機を搭載した水上機母艦『千歳』、『千代田』、重火器や食糧や弾薬などの物資を搭載している水上機母艦『日進』、『瑞穂』と高速輸送艦に改装された軽巡洋艦『北上』、『大井』、四隻の輸送艦を米艦隊から護衛するべく駆逐艦『村雨』、『五月雨』、『夕立』、『春雨』、『朝雲』、『海風』、『涼風』、『江風』――水上機母艦四隻、軽巡洋艦三隻、駆逐艦八隻からなる大規模な部隊であったが、ソロモン諸島各泊地とトラック泊地にいたのを寄せ集めた混成艦隊であった。

 作戦自体は順調に進んだ。米軍の哨戒機や潜水艦に発見されることなく参加艦艇に機関が急に故障したなどの大きなトラブルはなくあまりにも上手くいき過ぎることに艦隊司令部は胸騒ぎを抱いた。

 その予感は的中する。あと少しでガダルカナル島というところで急に景色が変わり、いきなり味方からの交信が途切れ今まで聞いたことのない電波を傍受するようになった。あまりにも急な状況の変化に何が起きたのか訳も分からず混乱してしまった。そんな中で姿を消していた二式水上戦闘機が帰還し話を聞いているときに味方の駆逐艦から帆船に攻撃を受け交戦しているという連絡が届いたのだ。


「その敵は難なく撃破した後はあなた方の哨戒機と接触し、接触してからすぐに話をしたいと連絡が届くまでしばらく彷徨っていました」

「なるほど。私が知っている史実とは多少異なっているようだな。沈んでいた『瑞穂』がここにいるのがとても疑問だったのがそれならば辻褄が合う」


 この艦隊は古賀がいた世界線とは異なる別の世界線からこの異世界に流れ着いたようだ。ややこしい上この上ない。


「どういうことでしょうか?」

「私が経験したことと異なっているということだ。私は一九四四年に搭乗していた二式大艇が低気圧に巻き込まれて気絶しているうちにこの世界に流れ着いたのだ」

「訳が分かりませんよ。史実とかこの世界とか変なことを言って。もう何が何だが……」


 林艦隊司令官は情けない声を出して頭を抱えた。そうとう混乱しているようだ。

 盛長と古賀二人はそれぞれ語り出す。古賀は崩壊一歩手前まで追い詰められた戦況をこの世界に流れ着いたときのことをこの世界のことを。盛長は本土決戦により運命が大いに狂ってしまった日本のことを日本自体がこの世界に流れ着いてしまったことを。

 二人の話を林艦隊司令官は真剣に聞き入っていた。聞いていくうちに困惑の表情が深まっていく。


「色々と聞きたいことはあるが……一つだけ聞きたい。君が言う日本はどうなっているんだ? 俺が日本だと思うものと変わっていないのか?」

「それは……」


 古賀は迷った声を出すが、盛長はきっぱりと断言する。


「はっきりと申し上げますが、我が国の国民の八割はあなたが思う日本人ではありませんのであなたが思う日本はもう存在しません」


 盛長の断言した口調に、林艦隊司令官の表情が険しくなる。

 ストレート過ぎではないのかと古賀が盛長に責める視線を送ってきた。

 別に後悔はしていない。紛れもない現実なのだから。

 本土決戦の死者は約二〇〇〇万。その後日本各地で起きた大飢饉によって約一〇〇〇万の餓死者を出したことにより日本はたった五年間で約三〇〇〇万の人口減という日本の歴史上初めての出来事を経験することになった。当時は米ソ対立――冷戦が露わとなっているご時世、日本列島を分割して支配していた米ソにとって列島は極東方面の最前線であった。アメリカは西日本を共産主義に侵食されていない東アジア最後の砦として、ソ連は東日本を東アジアのなかで唯一の資本主義勢力包囲網の一角として、いち早く前線国家の設立するのを望んでおり、滑稽なことに自分たちが徹底的に破壊したのにも関わらず日本国の再建をあの手この手で実行した。

 その一環として大規模な人口減と共に生じた労働人口不足を補うべく互いに大規模な移民政策を行った。西日本では、戦乱や共産党政権の政策と迫害によって故郷を追われた台湾人と朝鮮人と中華人とベトナム人、最移民した日系人などの第一次移民、単に仕事を得るために移民し最終的には帰化したフィリピン人とインドネシア人とミャンマー人とインド人などの第二次移民が行われ、東日本でも満州や中国に居住していた日本人とソ連領内に居住していたアジア系民族と少数民族の強制移住、ロシア人などの帰化が行われていた。

 第一次移民が行われてから約一世紀、第二次移民が行われてから四半世紀。強制移住と帰化が行われてから約一世紀。この列島に住みつくことになった人々とその子孫らは他の民族の血が混じりながらこの地に完全に定住してしまい西日本国民と東日本国民……そして日本人としての意識を持つに至っている。そうなるに至るまでの道のりは決して平たんなものではなかったが、日本列島にユーゴスラビアの崩壊によって生じた民族紛争の戦火が覆われることは幸運にもなかった。

 とは言っても、古の日本人から見れば奇妙な感覚を抱かせるものは確実にある。名前は日本語だが外国人と変わらない外見、日本語を話し書くことはできるが振る舞いが日本人とは異なるなどだ。

 それが、新日本人と呼ばれている日本国民の端くれである盛長も例外ではない。

 腹を括り、目につけていた黒色のカラーコンタクトを外した。


「私自身も日本人の血は混じり合っていますが……別の血も体の中に入っています。その証拠に……」


 林艦隊司令官の目が見開いた。盛長の双眸が青い瞳をしていたからだ。

 盛長の血はアメリカが深く関わっている。母方の血には西日本に移住したアメリカ日系人の血が混ざっているし父親はアメリカ人だ。交渉人を任されたのは青い目以外は古の日本人と似た外見しているからであった。

 林艦隊司令官から敵意を感じた。さっきとは比べものにならない沈黙が漂い始めた。その雰囲気にこれ以上の『由良』の長居は危険だと考える。


「……日本国から提案があります」

「何だね?」

「我々と協力しませんか? そうすれば、乗組員の生命と身分を保証し身の振り方の支援を行います」

「我々は……」

「帝国海軍軍人だと言いたいのか? 確かに言う通りだ。だが今は異世界に漂着したただの漂流人に過ぎない。君を含めこの艦隊の身分を保証してくれる人はいない。それしか選択肢はないように思えるが?」


 古賀の言葉に、林艦隊司令官は完全に沈黙してしまった。

 心苦しく思えるが止めとなることを盛長は言う。


「今すぐには答えられないでしょうから、私たちが帰った後に会議などを開いて方針を決めて下さい。ただし長期間態度を鮮明にしない場合や戦端を開くなどの敵対的行為を取ればあなた方の命は保証できかねますので、それらの点についてお気をつけて下さい」


 林艦隊司令官はうなだれて何も言い返せなかった。


 『由良』から出て『ふそう』に戻ってから約四時間後、後に漂流艦隊と呼ばれていることになる突撃輸送艦隊司令部から提案を受け入れる連絡が届けられた。提案についての会議は大紛糾し危ういところまで達したようだが林艦隊司令官の鶴の一声により決定したようだ。艦隊各艦艇は国防海軍の誘導により呉、舞鶴、佐世保に移動されることになる。

 巻き込まれた将兵の殆どは統一日本に帰属することを拒否し大日本帝国人として生きることを選択。彼らは全て帝国民間軍事会社に雇われ、艦艇もこの会社の所属となった。それらの雇用はこの会社にとって規模拡大となり仕事の幅を広げることとなり、また歴史の表舞台に出るきっかけとなった。

 以上が『帝国海軍艦隊漂着事件』の顛末であった。


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