第二話
日本国国防軍の海軍組織である国防海軍は、日本国の前身である西日本(日本共和国)の発展と共に実力を伸ばし勢力を拡大していった。
今の陣容を見れば信じられないが創立当初の規模はさほど大きくなかった。本土決戦により帝国海軍将兵が多数戦死したことにより組織や人材を宗主国であるアメリカの支援のもと一から作り直さなければならなかったこと。陸地に境界線が存在し大規模な地上戦力を保有する東日本(日本人民共和国)に対抗するために国防陸軍と国防空軍に優先的に予算を回されたこと。創立をさせたアメリカが大日本帝国海軍の復活を警戒し国防海軍を米海軍の補助部隊としか考えていなかったことなどで、日本本土沿岸部の警備を主な任務とする単なる沿岸海軍に過ぎなかった。
西側として参戦したベトナム戦争で微々たる戦果を出したこと以外は第一次列島戦役での陸軍支援、軍事独裁政権下での政治犯の遺体を海洋に投棄するなどの汚れ仕事など補助役に過ぎず。雌伏のときを長きに渡って過ごしながら海軍組織としての基礎を整えていき、沿岸海軍から地域海軍に発展させた。
事態が変化したのは西日本が第二次列島戦役や琉球動乱により北海道、樺太、千島列島を除く地域を奪還した二〇二〇年代頃だ。地上に境界線がなくなり陸軍の脅威が間近ではなくなかったことや膨大な面積の海洋を維持し年々重要視されていく国際貢献を果たすには強大な外洋海軍が必要となったのだ。同じく海洋進出の野望を叶えるために外洋海軍を必要としていた中国との激しい軍拡競争を経て雄飛していき、統一戦争と呼ばれている第三次列島戦役では米海軍の支援なしに東日本を壊滅に追いやるなどの戦果を挙げた。
統一後も更なる発展が行われ、外洋海軍としてはまだまだだが地域海軍としては高い実力を持つ世界有数の海軍と帝国海軍の後継者と呼べる位の成長を遂げる。
今現在、空母や巡洋艦や駆逐艦や潜水艦などの主力艦艇は約一四〇隻、強襲揚陸艦や輸送艦や補給艦や病院船などの補助艦艇、沿岸警備用としての沿岸戦闘艦やフリゲート艦やミサイル艇などの警備艦を含めると約三五〇隻以上、航空機は五〇〇機以上の規模を誇る国防海軍は異世界転移という未曾有の出来事に直面することになった……。
◇
八月一八日午後五時五三分
日本海
フリゲート艦『しが』艦橋
北陸州新潟糸魚川市の西端にあるかつての難所親不知から北四六キロ離れた海域に『しが』が航行していた。元は『札幌』として東日本の海軍組織の一つ国衛海軍に所属しており、第三次列島戦役時は最新鋭のフリゲート艦として海戦に参加し無傷で生き残り停泊中に終戦を迎えた。
戦後は賠償艦として接収され、名を変えて改装を受けた後は舞鶴地方隊に配属され今現在も同じ部隊で防衛と警備を行っている。
「艦長、例のポイントまであともう少しです」
「うむ……」
艦橋にて、副長の報告を受けた神木彦一艦長は色黒の顔を歪ませた。彼の肌が少し黒ずんでいるのは艦上勤務を長い間続けていたのではなく、海軍軍人になる前からそうであった。彼の祖父は西日本に帰化し西日本人となった元インドネシア人でありその血が流れているからであった。
舞鶴から出港した『しが』はある地点に向かっていた。そこで行方不明となった漁船二隻の捜索が目的であった。事の起こりは昨日の一七日の夜のことだ。あそこで漁をしていた漁船二隻がある通信を残して行方不明となっていた。その通信とは『大きなウミヘビがいる。一緒にいた船は巻き付かれて沈んでしまった、助けてくれ』という内容で断末魔を最後に連絡が途切れてしまった。
「一体何が起きているだろうなぁ? この海は?」
夜が明けると捜索救難のために沿岸警備隊艦艇が派遣されたが海中に潜む何かに攻撃を受けて損傷、命からがら帰還してきた。沿岸警備隊の能力を超えた事態と早期収束のために国防海軍地方隊に白羽の矢が建てられ舞鶴港に待機していた『しが』が出動することになり今に至る。
漁船失踪と沿岸警備隊艦艇損傷に関わっていると考えられている何かの正体は何だろうか? そんな疑問が神木の脳裏に一杯であった。一〇年以上も海に関わり続けていたため海の摩訶不思議な一面、怖い一面をよく知っていたが、そんな複雑怪奇な事態など初めてなので困惑するのは当然であった。
「さぁ? ただ朝のニュースで漁師が変な生き物を捕まえてしまって困惑していると聞きました?」
神木艦長の呟きに、副長はそう答えた。
「どんなものが水揚げされたんだ?」
「変な恰好をしたエビのような生き物とか、奇妙な姿をしていて身体の大半が甲冑を被っているみたい固くなっていてとっくの大昔に絶滅した板皮類っていう魚類にそっくりだとコメンテーターが騒いでいた魚とかですね。実に奇妙でしたよ、カンブリア期じゃないんですから……」
言っていることは意味不明だったが相当奇妙だったのだろう。彼は自分よりも物知りで博識と呼ばれるのに相応しい人間だ。言ったことを間違えたことは一度もない。
「ほう、そうなのか。そういったものも食べることができればいいな」
「異世界の海棲生物は美味しいのでしょうか?」
「艦長!!」
「何だ!? どうした?」
二人のとりとめのない会話は突如入ってきた報告により打ち切られることになった。
「本艦に接近する二〇メートル程の物体をソナーが捉えました。標的との距離三カイリ、方角1-5-0です」
「何!? 間違いないのか?」
神木は密かに舌打ちした。ここまで接近を許していることに驚きを隠せなかった。
「海底に張りついて待ち伏せしていたのか? 推進音を聞きつけてわざわざ来るとはえらい律儀だな……回避」
迫りくる標的に対し『しが』は難なく回避する。
「Uターンして再び接近してきます」
「明らかに『しが』を狙っているな。さてどうしょうか?」
「艦長、これは明らかに敵対行為です」
反撃しましょうと言わんばかりの副長の目つきに、神木艦長は不安を振り払い腹を括ることにする。
「やむをえないな……反撃だ!!」
「了解!!」
副長は指示を出し始める。
前甲板にある主砲の一二七ミリ単装速射砲の後ろに設置されているRBU-6000“スメルチ-2”対潜迫撃砲が動き始める。水中に潜み姿を見せない脅威に砲口が向けられ四発の無誘導の対潜ロケット爆雷が発射された。
響き渡る轟音。互いに共鳴に日本海を震わせた。
瞬く間に四発の爆雷は海面に沈み、秒速一一.五メートルの速さで沈んでいき脅威がいる深度まで達すると起爆――四つの水柱がほぼ同時に湧きあがりすぐに消えていった。
海原が元に戻ったと見えた瞬間、爆雷によるものと比べものにならない巨大な水柱が苦鳴と共に湧きあがった。そして約二〇メートルもある蛇と思わせる姿をした細長くて大きい生き物が空を跳ねているのが艦橋からでも確認できた。
襲いかかった強烈な衝撃波に耐えきれなくなり海中から逃げるように跳び出したのだろう。こいつが漁船をやった元凶であることは間違いない。地球では存在しない生物を見てここは異世界だと強く実感し受け入れようとする感情と否定したい感情とせめぎ合って思考が一時期硬直してしまうが、すぐに我に返り指示を下す。
「主砲で仕留めろ!!」
「一二七ミリ速射砲、撃て――ェ」
主砲が素早く動き標的に射撃を開始する。矢継ぎ早に砲弾四発が砲口から飛び出し次々と標的に命中する。全弾、標的の頭部、胸部、尾部に命中。生命活動に深刻な悪影響を及ぼした。
出していた悲鳴が途切れた。
海を見張っていた未確認生物好きな乗組員の一人がその姿を見て呟く。
「シーサーペント……」
単なる遺骸となった怪物が『しが』の近くの海面に浮かんでいた。その巨体は見るものを圧倒させたが、もう脅威ではないことを示すかのように見開いている怪物の瞳には光が宿ってはいなかった。
時刻は昼と夜が混じり合う逢魔時。
魔物と遭遇する、大きな災禍を被ると言われている黄昏時にその言葉の通り『しが』は人を襲って喰らう魔物の襲撃に遭った。正当防衛として駆除したことが後に大騒動になるとは今の『志賀』乗組員たちが知る由もなかった。
◇
午後六時〇三分
日本海上空
『しが』と変わり果てた悪神の姿を眺めている目があった。
「何だ、この船は……海神様を殺してしまったぞ。しかも難なく」
茫然とするなか憎々しげな視線を志賀に向けた。
「神を恐れぬ罰当たりめぇ」
そう吐き捨てて立ち去っていった。ドラゴンにまたがっていた男の耳は尖っていた。
イロコイニア帝國以外の勢力の初接触は『志賀』の襲撃とは対照的に静かに行われ短期で終了した。日本に対し悪印象を強く与えて……。
取りあえず、話の最初には説明的な文書を書いております。
なるべく短くて分かりやすく説明したいのですが、結構な字数になりますね。
設定・用語集を作る必要がありますか?
追加
3/31 『志賀』を『しが』に変更しました。