第一一話 反撃 その一
今回は、色々と突っ込みどころがあるかもしれないです。
午前一一時二三分
日本国 新東京都
大統領官邸 閣議室
中央区の今現在進行中の出来事により国会審議は中止された後、閣僚たちはこの部屋に集まり臨時の閣議を開いていた。
立派な椅子に腰かけている前島大統領はとても不機嫌であった。顔には出していないが内心では苛立ちが嵐となって吹き荒れていた。突如東京湾に現れた巨大生物と暴徒が中央区を中心に暴れていることで国会審議どころではなくなってしまい、せっかく想定していた予定がそんな予想外の出来事にぶち壊されたことに多少は怒りを覚えているのだ。
まあ、それのお蔭でこの国を過酷な異世界なかでサバイバルを行える体制を整えられるための準備が早く行えるようになるかもしれないと逆に考えることにして機嫌を直し目の前の危機に対処する意思を前島大統領は固めた。
「状況はどうなっている?」
「一言でいうならば大混乱となっています。短期間で大量の市民が無秩序に避難を行ったために、交通機関はパンク寸前で都内の国道は大渋滞となっています。多数のデマが入り混じた誤った情報を間に受けてパニックとなった一部の市民が暴徒化し警察と衝突しているという情報が届いております。それと混乱のどさくさに紛れて窃盗を行う者も出始めており治安は著しく悪化……」
「もういい……うんざりする程理解した」
このまま黙っていればずっと続くかもしれない気がした前島大統領は報告を途中で遮る。時間がないのだ。こんなことに貴重な時間を空費する訳にはいかなかった。
「それでこの騒ぎを起こした元凶の今現在の動きはどうなっている?」
「えー巨大生物は千代田区に侵入し目につく建造物を粉砕しながら北上を続けています。このままだとあと一時間半前後で皇居に到達します」
スクリーンに投影されている新東京都の地図には、中央区の晴海五丁目に上陸した巨大生物の進路と今現在の位置が表示されていた。確かに進路先を見る限り向きを変えることがなければ間違いなく皇居に到達する。
皇居の危機を聞いて見た前島大統領の背筋には悪寒が奔った。
一〇本の触手を鞭のように振り回した攻撃、どんな原理で行っているのか不明だが音をぶつけて対象を破壊する攻撃で皇居が粉々にされる光景が脳裏に浮かび上がる。
あそこには暴徒の魔の手から逃れた中央区や千代田区の住民が避難しているのだ。それに加えてあそこにおわす帝とその一族にもしものことがあれば……。
脅威はそれだけではなかった。
「巨大生物と共に上陸した暴徒は中央区全域に浸透し一部が千代田区に侵入し略奪と虐殺を行っております」
「おのれ、対処が遅れたとは言え図に乗りおって」
朝潮国防大臣のいきり立った声が聞こえてきた。中央区に接する各区まで侵攻を許したことが心の底から腹立たしいようだ。それに対し細川内務大臣は肩身の狭い雰囲気を醸し出していた。現場には機動戦闘警察などの警察隊がいたにも関わらず暴徒の蹂躙を許したことに責任を強く感じているのかもしれない。
「うむ。状況は分かったよ」
そう言い終えると、前島大統領が予測していたことが現実のものとなった。
「都知事から国防軍の治安出動の要請が届いております。いかがなさいますか?」
「内務大臣、警察単独での鎮圧は不可能か」
「残念ながら……現場から苦戦を強いられている報告が複数届けられており今の警察には手が余る存在です。“北海道犬”1号時の態勢だったならば鎮圧は可能だったかもしれませんが、今さらそんなことを言っても詮無きことです」
細川内務大臣は弱弱しく首を振る。
かつては対東日本武装スパイ用であり今では暴徒やテロリストが国内で騒乱を起こすと予想される際に発令される非常事態警報である北海道犬警報。今回は北海道犬2号の段階でありしかも対処の対象が暴徒であったため、現場の警察隊にはそれに似合う装備しかなされていなかった。
こうなる事態が起きるのを予想はしていない訳ではなかった。ただ、ほぼありえないと可能性を低く考えていた。ありえないことはありえない。そんな簡単なことを忘れていたかの故の悲劇であった。
ここは異世界なのだ、何が起きるか全く分からないのだから。
「大統領、国防省を通じて統合幕僚監部から、都全域を範囲とした厳戒令の発令とデフコン2の切り上げはやむをえないという意見が届いています。これもどうする?」
「否定する理由はない。これらをただちに行え。できるだけ早く混乱を収用させなければ……」
断固たる口調で言い切った後、前島大統領は静かな声で朝潮国防大臣に問いかける。
「……国防大臣、治安出動した国防軍はこの未曾有とも言える状況をどう対処する?」
「まずは最大の脅威である巨大生物の駆除を行います。それが成功すれば市民のパニックが多少は落ち着くと思われます。それと暴徒に精神的打撃を与えられる可能性もあります」
スクリーンに新たな情報が表示される。国防軍のこの事態に対する行動に関することであった。
最初に関東地方最大の空軍基地である百里に配備されている航空部隊の空爆、既に横須賀から出港している護衛艦隊の対地攻撃のどちらかで巨大生物を仕留める。相手は今まで戦った経験のない存在のため念入りに徹底的に行うようだ。それに投入する部隊は最新鋭の兵器で固められた精鋭のようだ。確実に仕留めるという意思が感じられた。
次に、国防空軍の総力を挙げて空爆を行うことで暴徒の足止めを行う。それは地上部隊の移動を完了するための時間稼ぎも含まれている。さらなる侵攻を阻止するためまたは奴らを掃討するための包囲網を形成する。
「あとは……態勢を立て直した警察と共同して徹底的に叩いて海に叩き込む」
朝潮国防大臣は前島大統領に視線を送る。あとは指示が出るだけですと言わんばかりであった。
前島大統領は少し考え込む。市街地に空爆や艦砲射撃を行うのは躊躇われた。もし市民が巻き込まれ犠牲者を出した場合、至るところから非難が沸き起こるだろう。だが今指示を下さなければ更なる犠牲者を出すことになるのは確実だ。
犠牲者の数を比べれば……結論は簡単に出すことができる。
「分かった。ただちに招かねざる客を追いだし始めろ!!」
何かを振り払うような声が前島大統領の口から飛び出す。
彼の口元には苦いものがこみ上げてきた。それは一体何なのか? 前島大統領はよく分かっていた。
◇
午後一二時〇五分
日本国 新東京都
千代田区上空
音速をしのぐ速度により巣である百里基地からここに短期間で到達した、第七航空団隷下の第三〇二航空隊所属のF-3E八機からなる編隊は標的である巨大生物を発見する。
巨大生物は頭上に旋回している複数の存在を煩わしそうに眺めていた。
すると、巨大生物とその周囲に砲弾の雨が降り注ぐ。
「始まったか……」
巨大生物攻撃隊の隊長、北山空軍少佐は地上で咲いた爆発の花を見つめながらそんなことを呟いた。それは東京湾にて航行しているミサイル巡洋艦『もがみ』を旗艦した第一護衛艦隊による艦砲射撃であった。
『もがみ』主砲のAGS 一五五ミリ砲と『もがみ』以外の艦艇の主砲である五インチ単装砲が火を噴き。宙を舞う対地攻撃用誘導砲弾はロケット推進の力を借りて普通の砲弾よりも長い距離を飛び続け、内蔵してある誘導装置が標的のいる位置に砲弾をほぼ正確に導き着弾!!
大量の砲弾は巨大生物に殺到――そして、次々と近接信管が作動し炸裂しその衝撃波と破片が巨大生物と周囲の建造物に襲いかかる。表皮を抉り、巨体をふらつかせ、倒壊した高層ビルが巨大生物に当たる。
「海さんも派手にやるな」
射程外からの一方的に蹂躙する光景に北山空軍少佐は圧倒される思いだ。昇る大量の黒煙と数え切れない程に倒壊した建造物やその破片にぶつかったのだから普通なら死んでいと思い込んでしまう。
しかし、それにものともせず巨大生物は動き続けた。とんでもなく頑丈な肉体でとんでもない生命力の持ち主のようだ。とんでもない奴だと思わずにはいられない。射撃は継続されるが進路を変えることはなく皇居に向かっていた。艦砲射撃の効果が全くないのは明らかであった。
さて、いよいよ出番かなと思いながら、北山空軍少佐はAWACSに連絡を入れた。
「ハツシモ1よりサウザント・アイへ。見ての通り交戦空域に到着している。プランB実行の許可を求める」
「サウザント・アイよりハツシモ1。実行を許可する」
「ハツシモ1、了解した。只今より実行する」
(さて、搭載している対艦誘導弾で縄文杉の幹をさらに太くしたような足を壊すことができるだろうか? )
北山空軍少佐は内心で懸念を呟く。
国防海軍艦艇の艦砲射撃によって巨大生物を仕留めようとしたのがプランAならば、プランBとはF-3の爆撃能力向上型であるF-3Eのみが今のところ搭載可能である新型空対艦誘導弾ASM-4を使用して巨大生物の動きを止める攻撃であった。弱点だと思われる二本の足を破壊させ、動けなくなったところに無誘導爆弾による大規模な爆撃で仕留めるのだ。特定の範囲を的確に狙う必要があったためにこの対艦誘導弾とF-3Eに白羽の矢が立ったということだ。
まさか艦艇ではなく生き物に対して撃つことになるとは……北山空軍少佐は何とも言えない気持ちになる。ちゃんと狙ったところに飛んでくれるかとても不安であった。
(まあ信じるしかないか……我が国の技術の粋を集めたF-3の派生型を)
F-2、およびF-3Eは日本国が誇れるものの一つであった。
日本国、そして西日本と東日本も兵器の国産化に膨大な予算を投入して熱心に行ってきた。
西日本の場合だと、F-16をベースにしてアメリカの民間企業の協力を受けて開発された、通称:護国、愛称ではハイパーゼロ、零戦の再来と呼ばれた西日本初の国産戦闘機、F-1。この戦闘機の同時期に練習機を基に開発された戦闘攻撃機A-1の後継として開発されたのが戦闘爆撃機F-2、F-15をベースとして開発され通称:護鬼、愛称ではマスターイーグルと呼ばれていたものを開発して運用した。
少し前に語ったようにF-1から始まりF-2を経由している国産戦闘機の系譜のなかで、統一戦争にて初陣を迎え国防空軍の長年の宿敵であった東日本空軍に引導を渡すのに活躍した戦闘機の一つであったF-3は最新の位置に立っていた。
F-3は長年蓄積してきた技術を惜しみなく詰め込んでいる。一から設計しエンジンを除いた大部分が国産である。そのことから純国産とは言えないものの純国産に肉薄した歴史的な戦闘機であった。『I3- fighter』という題名の国産戦闘機コンセプトモデルを基にして開発されており、性能は国防空軍の主力機の一つであるF-35Jと引けを取ることはない。それはF-3Eも同様であり、歴代保有していた対地支援機のなかで最高の性能を誇っていた。
気を取り直した北山空軍少佐は部下たちに指示を飛ばす。
「ハツシモ各機。ミーティングの通り、対艦誘導弾を地に踏みしめている二本の足に当てろ。あそこを一つでも破壊できればやつは間違いなく自らの重さに支えきれずに転倒して歩行が不可能になる筈だ」
了解と部下たちは返す。その力強い声に北山空軍少佐は心強さを覚えた。
「ハツシモ1、ASM発射」
「ハツシモ3、ASM発射」
「ハツシモ5、ASM発射」
「ハツシモ7、ASM発射」
奇数号が付けられている列機が発射を宣言。これらの機体のウェポンベイから顔を出したASM-4四発が一斉にロケットエンジンを点火させ固定が解除されると凄まじい勢いで標的である巨大生物の足に向けて進み始める。
計一六発のASM-4は白い軌跡を真っ直ぐに描きながら降下していく。それを目で捉えた巨大生物は咆哮しながら触手を激しく動かして撃ち落そうとする。
「何て奴だ……ミサイルを弾こうとしているぞ」
呆れ果てた声で北山空軍少佐は言う。
「本当にとんでもない奴だ。だが……ここまでだ」
死刑宣告を行う裁判官のような声で北山空軍少佐は巨大生物に向けて冷徹に告げた。
そうしているうちに、一六発のうち五つのASM-4が触手や破壊力のある音に接触し爆発。五つの触手は粉砕されたり真っ二つされたり切り落とされたりして使いものにならなくなった。
すり抜けた残り一一発のASM-4が巨大生物の地上での歩行を支える二つの足に目がけて殺到――。
次々と命中し爆発を起こした。
爆音が周囲に届いた。
◇
足が粉砕された巨大生物は仰向けとなって倒れていた。敗北を認めないのか、まだ使える残り五つの触手を地面に突き刺し、音を地面にぶつけてその際の衝撃を推進力にして触手の力と合わせて起き上がろうともがいていた。だがそれはF-3EによるASM-4の第二射によって粉砕された。
生き残っている触手に次々と命中していき、真っ二つとなった。また破壊力のある音を発していた器官にも命中しもう二度と音が出せられなくなる。着弾による衝撃により、起き上がろうとしていた姿勢が一気に元通りとなり地面に叩き伏せられる音が周囲に盛大に響き渡る。
全弾を撃ち果たしたF-3E編隊は補給のために基地に戻り始めた。
止めを刺すのは彼らではないようだ。刺すのは彼らと交代するように巨大生物の頭上に現れた第三〇支援隊所属の編隊であった。
支援隊はF-3Eが所属している飛行隊とは異なる航空部隊だ。陸軍の対地支援を主な任務とし、F-15JやJF-16やF-2など改修された旧式機が配備されているが、異世界のアパラチア大陸を主な活動地域としていた第三〇支援隊が装備している戦闘爆撃機はかなり異色であった。旧ソ連、ロシア製の戦闘機だからだ。
八機のSu-24戦闘爆撃機が東日本のかつての首都であった新東京都の上空を飛行していた。実に奇妙な光景であった。
旧ソ連が開発した航空機でかつては東日本空軍にSu-25と共に対地支援機の中核として長年活躍した兵器だ。旧ソ連から購入、Su-24Jとしてライセンス生産された機体は実に波乱の経歴を辿ることになった。
一度は後継機のSu-34戦闘爆撃機が運用し始めると、一線を引き老朽化していた機体は売却されるか解体され、状態のいい機体は予備として保管されていた。
だが、第二次列島戦役によって東日本空軍は大損害を受けてしまう。Su-34戦闘機も例外ではなく他の主力機と同じく空中戦によって大半を失ってしまう。補充しようにも本州の領土を喪失し戦争の敗北で国家財政に大きな打撃を受けた東日本にはそういう余力が失われていた。とは言っても、同じく戦争による傷を負いながらも短期間で回復し着々と戦力を拡充していく西日本に対し航空戦力の再建は急務であった。その結果、既に旧式となっていたこの戦闘機も一線に駆り出されることとなる。
潤沢な予算を背景に度重なる改修を受けられ性能の陳腐化をある程度は防ぐことができたF-15J、JF-16、F-1、F-2などの西日本の旧式戦闘機とは対照的に、Su-24は大半がまともに改修できず。長年高い稼働率を維持させてきた整備体制が戦争により崩壊したことによって整備するのが困難な可変翼であったことが幸いし、この機体の稼働率は極端に低下し事故が相次いだ。そのためか、この戦闘機が空飛ぶ棺桶という悪名で東日本空軍のパイロットから忌み嫌われていたと伝えられている。
第三次列島戦役で大半が撃墜され、生き残りはパイロットや兵士たちの手で破壊されるか西日本に戦時賠償として接収されるかの末路を辿ることになった。最も数が多かったときには一五〇機前後もあったこの戦闘機は統一戦争終結時には一個飛行隊規模に激減してしまっていた。
その後は老朽化が進んでいたF-1の後釜として国防空軍で運用できるよう改修を少々受けて戦術空軍に配備され、F-15Jを始めとした西側の旧式機とは違い失っても特に痛くもなったため異世界に派遣され皇国戦争でアメリカの最新鋭機の影に隠れるなかでそれなりの成果を収めていた。
Su-24編隊は続々と急降下を行い低空で巨大生物に接近していく。抵抗手段を失われた巨大生物には抗う術はない。
巨大生物の頭上に達すると、Su-24の主翼下、胴体下に搭載していたMK.84通常爆弾九発を投下させた。
計七二発の航空爆弾が目に追えない速さで小刻みに動いている巨大生物に接近していき――着弾。位置エネルギーが変化し増した速度が鋭い刃となり艦砲射撃により傷ついていた表皮を貫き身体のなかに侵入したり表皮に留まったりした黒い種は真っ赤な華を咲かせた。
爆音が空を震わせる。
爆発によって生じたエネルギーと火炎が巨大生物の肉体を破壊する。それでも巨大生物は生きており身体を激しく動かしこの場から逃れようとした。青い炎が全身に拡がり生きながら燃やされているにも関わらず。恐るべき生命力であった。
しかし、最後の時が訪れた別のSu-24編隊八機が止めを刺さんばかりに爆撃を敢行した。
それが止めとなりイカの姿をしたバケモノはついに動かなくなった。巨大な骸が横たわる。その周囲は爆撃により廃墟となっていた。
その後体内に含まれていたアンモニアが外に漏れ出してしまい。慌てて放水が行われることになった。そして、今までに経験がない巨大生物の死骸処理……しかも早期という課題に、処理を担当することになった国防軍は大いに悩まされることになるが、それらは余談であり、この出来事の大筋とは関係ない。
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