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第一話


 二〇四六年八月一五日。

 この日は大日本帝国を滅亡に追いやった太平洋戦争が終わり分断されてから一世紀。日本に異界と地球を繋ぐ門が開いてから一八年。西日本が列島を統一してから一〇年。様々な意味が込められている日本人にとって特別なものだ。

 時を経て統一日本である日本国は分断による傷を表向きには癒しつつあった。世界が混沌としていながら平穏のさなかにあり安定していたのだ。また、門の向こう側にあった人間の帝國と国交を樹立、異界の地を開拓し自給体制を整えつつあった。それを背景として経済は右肩上がりに発展していき大国へと飛翔していた。

 平穏がずっと続くと思いながら時は八月一六日になろうとしていた……。


 一六日となった瞬間、ある異変が発生した。衛星通信、インターネット、無線、国際通信など海外からの交信が突如途切れたのだ。単なる故障とは思えない程の大規模であった。苦情が殺到し、インターネット会社や移動体通信会社や総務省などは対応と原因を突き止めるのに苦慮することになる。

 次なる異変は最初の異変とさほど時間を置かずに生じていた。朝鮮半島、カムチャツカ半島、ユーラシア大陸が消失したというものだ。朝を迎えると国防空軍航空基地から哨戒機が離陸し確認を行うとそれは事実だと明らかとなった。さらにマリアナ諸島も消失していた。

 そんななかである無線を傍受した。

 これは、開拓が行われていた島嶼部や異界の海に建てられた人工島プラントからのもので日本国なのか? と問いかける内容であった。本来ならば無線で繋がるものではなく。それは何を示しているのかすぐに察することができた。

 日本国は、理由は不明だが領土とここにいた生物ごと繋がっていた異界の地に――――異世界転移したのだ。



八月一六日午前一一時一〇分

日本国 新東京都

大統領官邸 閣議室


 名の通り閣議が行われるこの部屋には政府閣僚が決められていた席に座っていた。皆、困惑したり緊迫したりした表情を浮かべていた。

 スクリーンには画像や動画がプロジェクターによって投影され、大統領を補佐するのを役割としている、全ての各省庁より上位に位置する国務省の長でこの国のナンバー2でもある木更津卓也(きさらつ・たくや)国務総理が淡々と報告を行っていた。


「今明らかとなっていることを報告します。転移が発生したと思われる時刻と同時に東京地下門、尖閣門が消失し通過不能となりました。転移現象との関連性は不明です」


 門が完全に閉ざされたことを聞いて室内は騒めいた。地球には戻れないことを示しているからだ。動揺しないほうがおかしい。


「異界に人工衛星を持ち込めなったのですぐに詳細なデータを採取することは不可能ですが、軍用機による偵察と無線通信によりある程度は掴めました。国海の哨戒機が葦原諸島、瑞穂大島、人工島プラントを確認しました。位置はパラオ共和国が存在していた区域です」


 国海――国防海軍のことです。軍はこの騒ぎによって一部の部署は戦時並みの大忙しであった。


「間違いないのかね?」


 前島憲知(まえじま・けんち)大統領が問いかける。

 閣僚のなかで最高齢の七一歳。白髪が目立つ頼りない風体であるが、この国の実質上のトップ。元首の代理人として強大な権限を持っており特に戦時となると権限が圧倒的なものとなる現在の征夷大将軍と比喩されている大統領の椅子を約九年も座っているため決して只者ではない。

 見つめられた木更津国務総理は頷き、同じく左頬に大きな切り傷と鋭い目つきをしているヤクザのような風貌をした朝潮拓朗(あさしお・たくろう)国防大臣が捕捉する。


「念のためと着陸して確認したので間違いありません」

「そこらには問題ないのか?」

「はい。本土と繋がっていた有線とインターネット回線が途切れた以外の異常は特にありませんでした」


 前島大統領はため息をつく。報告を聞く前は正直言って半信半疑であったが、大量の証拠が存在するので受け入れるしかない。既視感を得た。そう言えば、『金沢事件』や『東京事変』のときもそんな状態であった。まったく自分という人間はいい歳をして学ぼうとしないなと密かに自嘲してしまう。


「これだけ証拠がそろっているのならば信じる他ないようだな。日本が異世界転移したことを……報告を続けてくれ」


 次に、朝潮国防大臣が報告を開始した。


「異界派遣軍との連絡が取れました。状況から見て日本本土の西から約二〇〇〇キロ離れたところにイロコイニア帝國が存在するようです。今のところは特に異常はないようです。今現在状況の確認を行っております。在日米軍からはNW(ニューワールド)軍司令部と連絡が無事ついたと届いています」


 国益のもとにアジアと中東を標的としてきたアメリカが次の標的としたのが異界の地であった。尖閣門をくぐるとすぐに着くグリーンランドに匹敵する大きさのニューワールドアイランドの西から約五〇〇キロ離れたところにあるアパライア大陸。

 派遣された外交官が殺害されたのを口実にしてこの大陸を支配していた皇国に宣戦布告を叩き付け、世界最大の軍隊と協力する羽目となった国々からなる多国籍軍が攻め込んだ。戦争自体は短期間のうちに終了したが、アメリカが行った戦争の例に漏れず後始末が長期化、多大な犠牲を出したあげく未だ終わってはいない。

侵略……もとい異世界進出中継基地と化したニューワールドアイランドに置かれている多国籍軍司令部とNW軍司令部は今ごろ大混乱だろうと前島大統領は思う。何せ、米軍と三〇ヵ国以上の国の軍があそこには存在するのだから。


「次に国内状況ですが、先に結論を述べますと非常に緊迫しております。異界島の無事が確認されたとは言え自給体制は完全ではありません。食糧は依存を深める危険性が高いですがイロコイニア帝國からの輸入量を増やせばいいですし、エネルギーは速やかに再建に入れば時間がかかりますが何とかなります。最も深刻なのは化学肥料の原料です」


 続いて農林水産大臣からの報告に、一同は渋い顔をした。現代社会において化学肥料は豊かな暮らしを維持するうえでなくてはならない存在だ。


「我々が領有している異界島、イロコイニア帝國。アメリカの言うことが本当ならばニューワールドアイランド、アパライア大陸にもリン、カリ鉱脈は確認されていないからな。国内にある化学肥料とその原料はどれ位持つんだ?」

「ただいま計算中なので断言できませんが、よく持って二年ですね」


 だとすると二年経てば、土壌の力と天候の恵みに依存することになるということだ。そんなやり方では大量に安定して食料を得ることはできない。下手をすれば戦後本土決戦を生き残った人々をおおいに苦しめた飢饉が復活しかねない。


「化学肥料なしで一億五〇〇〇万の人間の腹を満たす食料の生産は不可能だ」


 国交のある異界の国から輸入量を増やせばいいと考える人が出てくるかもしれない。それは愚策だ。イロコイニア帝國の輸入量だって限度がある。あの国だって自国の民を食わせなければならないのだから。それに恩を売らせ過ぎると後が怖い。いち早く、リン、カリ鉱脈を発見することが大きな課題になりそうだ。


「化学肥料の件は遠い未来の大きな危機ですが、私からは近い未来の危機について報告しなければなりません。海外との通信途絶により主に来日外国人の間に動揺が広がっており犯罪の多発と暴動の発生の危険性が高まっております。もし混乱が長引けば国民の不満が高まり治安に悪影響を及ぼす可能性があります」


 治安維持と国民の世論を政府の都合の良いように誘導することも大きな課題になりそうだと前島大統領は思う。どっちも困難で大きな責任が伴うもので緊張のあまり歯を強く噛んでしまった。


「どっちみち自給体制が完全となるまで国民に負担を強いるのだ、不満が出るのは当然だ。しかしそれが体制を整える障害とならなければいいのだが……」

「国民が事態を認識して一致団結すればいいのですが、第一次列島戦役や再起事業のように」

「そう簡単にはいかないと思う。なったとしても過去の例と同じく多大な犠牲を払った後になるだろう。ひとまずは全国に非常事態宣言を発令しよう。状況次第では戒厳令の発令も視野を入れておきたい。軍は治安出動の準備、警察は治安維持に努めてくれ」


 前島大統領の言葉に、朝潮国防大臣と細川八十八(ほそかわ・やそはち)内務大臣が頷いた。


 もうそろそろ絞めときと判断した前島大統領は閣僚らに話しかける。


「さて……いささか複雑怪奇な状況に置かれたが、我が国の歴史を振り返れば窮地となったこといくらでもある。先人たちはそれらを乗り切り発展していくばねとした。我々も先人に怒られないように努力せねば。大丈夫だ、必ずや乗り切れる!!」


 強い掛け声に、この部屋にいた殆どの人が頷いた。


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