【第六章】ヘレトーア進軍篇Ⅷーegoistic departureー
「ここで…終わらせる…」
フォルテは虹の光線を放とうとした。
蒼とインベルは剣を構えた。しかし、フォルテに全く勝てる気がしなかった。
フォルテは恐らくヘレトーアの中でもトップクラスの戦闘力である。
「…来るぞ!」
「ああ!」
二人は逃げる事は無かった。
ここで逃げれば間違いなくプロテアたちは殺されてしまう。
ここで退く訳には行かなかった。
フォルテは突然動きを止めた。蒼とインベルは驚きの表情を浮かべた。
「………! 分かったわ。すぐに戻るわ」
フォルテは耳に手を置き、そう言った。
そして、ここから去ろうとしていた。
蒼とインベルは状況が全く読めなかった。
「待て!どこに行く!?」
「あなたたちには関係無いわ。命拾いしたね」
フォルテの身体の傷が完全に消えていた。
恐らく傷を塞いだのだろう。
フォルテは蒼とインベルに背を向けた。どうやら、蒼達を殺さずに去るようだ。
「どこに行く!?」
「あなたたちには関係の無い事だよ。用事が出来たから帰るだけ」
フォルテは蒼の質問に淡々と答えた。
どうやら、蒼とインベルを倒す事よりも重要な事のようだ。
それが何なのかは蒼とインベルが想像がつく筈も無かった。
「無駄だと思うけど警告はしとくよ。これ以上、関わらないでね」
フォルテはそう告げ消えていった。
そこにあったのは破壊された村のみであった。
「助かった…のか…?」
インベルはそう呟いた。
今回ばかりは運が良かったとしか言いようが無かった。
恐らくこのまま戦っていたら負けていたのは蒼とインベルの方である。
「プロテア!」
蒼はプロテアの元へと駆け寄った。
インベルは倒れていた一夜達の元へと向かった。
「大丈夫か!?」
「ええ、意識はなんとかあるわ。しばらく、動けそうに無いけど」
「そうか…」
蒼は少し安心していた。
しかし、プロテアのあの力は何故発現したのか…それは分からないままであった。
命の危機に瀕したからという理由だけで発動したとは思えない。
「さっきの私は…正気じゃ無かった…あなたたちに手を出してもおかしくなかった…」
「でも俺たちは大丈夫だった」
「……そうね」
やはりさっきのプロテアは暴走状態であったようだ。
先程の力はやはり全く制御出来てない様であった。
先程の力が何なのか…それを考えるのは後である。今は体勢を立て直す事が重要である。
「フローフル!一夜達は無事だ!」
インベルがそう言うと蒼とプロテアはホッと一息吐いた。
しかし、今回の戦いは蒼たちの完全敗北であった。
敵はたったの一人だったというのにその一人に終始圧倒されていた。
この先、蒼達だけで戦うのはあまりにも荷が重すぎる。
恐らくフォルテクラスの強さを持っている者は後何人かいる。
だが、今はそんな事を考えても仕方の無い事である。
今は、一夜達が目を覚ますのを待つしか無いのだから…
取り合えず、今はあの状況で生き延びただけでも良いと思う方が気が楽である。
蒼達はしばらくこの村にいる事となった。
ここは暗闇である。何も無い、いや、強いていうなら何かはある。
球体の形をした青い物体だけがそこにあった。
そして、その球体を座りながらずっと見つめている者がいた。
見た目は茶色の普通くらいの長さの髪と青白い瞳が特徴であり、航海士を思わせるような白い服を着ていた。
その男はさっきまではとてもとても退屈そうに球体を見ていたが、今は球体を凝視していた。
「花嫁が見つかった様だね」
男の後ろからキザったらしい声が聞こえた。髪は金髪で長い髪を三つ編みにしており、白い瞳が特徴であった。
白金の宗教服を着ており、どことなく紳士的な雰囲気のある美青年であった。
彼の名はアスディア・ゼウス・パルテミシア。『世界宮殿』の守護者にして最高神である。
しかし、その実態は超がつく程の自由人であり男女問わず手を出しまくる変態である。
実力、人徳共にあり、心優しい性格ではあるのだが、如何せん女癖の悪さで差し引きマイナスになる位である。
これに関しては兄であり冥界の主でもあるガルデア・ハーデス・パルテミシアも頭を抱えており、悩みの種である。
彼の女癖の悪さに関してだけはパルテミシア十二神はマジで信用してない。
「何だ、アスディアか…何の様だ?言っておくが構ってやらんぞ」
「酷い言い様だな…折角、祝福しようと思ったのに(´・ω・`)」
「顔文字を付けるな気持ち悪い」
「そう言わずにさ~、兄弟水入らずじゃん~イシュガル」
アスディアがイシュガルに対してそう言った。
そう、彼の名はイシュガル・ポセイドン・パルテミシア。
パルテミシア十二神の一人であり、第二権力者である。
彼は現世を監視する神でもあり普段は現世を目の前にある青い球体を通じて見ていた。
パルテミシア十二神は全員、『世界宮殿』を守る守護者であり、中でも第二権力者であるイシュガルと第三権力者のガルデアはそれぞれ、現世、冥界を守る役目がある。
なので、基本的に『世界宮殿』を守っているのはアスディアだけである。
それ以外の神々は『世界宮殿』内部にいる事が多い。
だが、基本的にアスディアは一人でいる事が多い。
パルテミシア十二神はかつては十三人いたのだが、天使大戦、第三次世界大戦により、急激に数を減らし、今は半数以下の六名しか存在しない。
特に、天使大戦は多くのパルテミシアが死んだ戦争であり、三名が死亡している。
第三次世界大戦では二名死亡しており、大戦争であった。
残りの一人だが、今から約五百年前に寿命で亡くなっている。
他の魔族もそうであるように個体によって寿命はかなり異なる。
パルテミシア十二神はそれぞれまったく別種の神である為、個体差が非常にあり、それにより、寿命もかなり差があった。
「お前は暇だからな、私やガルデアにちょっかいかけたくなるのも分からないでもないが、私は忙しいのだ。お前と違ってな」
「酷いよ~。ガルデアといい、イシュガルといい…君ら冷た過ぎやしないかい?」
「現世に遊びに行く事自体は私は文句は言わんが無闇やたらに女を抱くのは止めろ」
「女だけじゃなくて男も抱いてるよ?」
「余計に駄目だ」
アスディアの頓珍漢な言い分にイシュガルは頭が痛くなった。
アスディアは十二神の中でもかなり倫理観が破綻している部分がある。
特に女に対しては見境が無く、男も範囲内という凄まじい守備範囲の持ち主であり、絶倫男だ。
「というより…ヘラや君の言い分は僕には分からないよ…何で一夫一妻に拘るのさ?一人の人間は一人の人間を愛する…それはそれで素敵な事だとは思うけど、やっぱ平等に多くの女を愛する事も素敵だと思うんだよね~、てかこっちのがいいじゃん!皆幸せになれるんだよ?」
「貴様はそれでいいのかもしれんが他の者は必ずしもそうではない。後、俺は別に一夫多妻を嫌っている訳では無い。ガルデアは嫌っているがな。実際、現世でも昔は力ある者が多くの妻を持っていた。昔に比べて大分それは無くなったがな。それに、人や魔族には独占欲がある。お前みたいに欲が無い者は本当に少ない。ああ、あくまでもお前は色欲以外の欲が無いというだけだぞ」
「いや、最後のは余計だよ…」
実際、昔は一人の夫が複数の妻を持つ事など珍しい事では無かった。
だが、今は一人の人間が一人の人間を愛する事が当然という考えが定着していた。
アスディアはこの世間の風潮がとてもとても理解出来なかった。
だが、イシュガルが言うように人間や魔族には独占欲がある。
自分の愛する存在を奪われず、自分のモノにしたいと言う欲望がある。
それを奪われる事で、浮気や不倫などで崩れ去った時、人や魔族は怒り、悲しみ、下手をすれば殺人沙汰にもなる。
アスディアは自分の愛した者は等しく愛する主義なので女性を不幸にさせた事やいざこざを起こした事は少ない(無い事も無いけど)。
この辺りはアスディアの人格故だろう。まぁ、取られた側からしたらたまった者では無いし、持ち帰るまでは結構トラブったりはしていたが。
それにアスディアはイシュガルが言うように色欲以外の欲が全く無く、基本的にはおおらかな性格な為、無駄な争いは好まない。
自身の誘惑に抗い、いなくなった者を無理に捕まえる様な事はしなかったし、嫉妬する事も無かった。
これは彼が独占欲が無いからだ。
「セレナーデにもそれを言われたけど、やっぱ分かんないや!というか、僕、この百年くらい何もしてないよ?褒められるべきだよねこれ?だから、僕に構っておくれよ、イシュガル」
「だからこうしてお前と雑談してやっているだろ。それに女に無闇やたらに手を出さないなど当たり前の事だ」
「う~ん。浮気とか不倫とかも別にいいと思うんだけどな~、スリリングな背徳感と奪略愛がいい感じに心に刺激を受けて楽しいし」
「そこの倫理観は本当に破綻しているな、お前は」
だが、アスディアの言う言は最もであるのも事実だ。
不倫、浮気は何もそれ自体が好きという人は少ないだろう。
既に恋人、配偶者がいるにも関わらず、別の異性と関係を持ってしまい、後ろめたい半面、ゾクゾクしてしまう背徳感と相手の心を略奪する優越感が刺激し、楽しくなってしまう。
まぁ、その後は大概トラブルを起こし、ロクな結末を迎えない事が殆どだが。
人は頭では駄目だと分かっていてもそれをやってしまう事で快感を得てしまう生き物である。
それはどうやら魔族も同じようで魔族と人間は心の作りに関してはかなり近しいらしい。
因みに先程からアスディアが口にしているセレナーデという名は彼等と同じパルテミシア十二神の一人である。
「この世界はどこか歪んでいるのは確かだよ。何だかんだ言って、奪い合う様に出来てるからね~」
「そうかもしれないな。だが、それでも私はこの世界を見続けなければならない」
「君は本当に、世界が大好きなんだね」
「そうかもしれんな」
そう、イシュガルは現世が好きなのだ。
常に変化していく世界、それを見定めるのが楽しいのだ。
時として退屈な時もあるのだが、その退屈すらイシュガルにとっては楽しいのだ。
退屈という事は平和という事だ。イシュガルは別にガルデアの様な平和反対主義という訳でもアスディアの様な平和主義という訳でも無い。
この世界で皆がどのように考え、選択し、生きていくのか、その様を見るのが好きなのだ。
だから、この世界を見守り続けたいのだ、守りたいのだ。
一見、神混髏奇と似た考えを持っている様に思えるが全くの別の思想である。
彼は自分が世界をコントロールして優越感に浸って楽しんでいるだけだ。
彼の様な者は非常にイシュガルにとっては邪魔である。
一刻も速く彼を始末したい所であった。
「僕らは基本的に戦う事を禁じられてるからね。困った誓約だよ」
「戦える条件はいくつかあるが…いずれも奴には満たせそうに無い」
「結局、彼の始末は現世の者たちに任せるしかないね」
「癪な話だがな」
彼等は基本的に『世界宮殿』により戦う事を禁止されている。
もし、戦闘をしてしまえば自身の身体が活動を停止してしまう。
戦える条件はいくつかあるがその内の一つが自身の領土を犯した時だ。
ガルデアはかつて、アザゼルを葬った事があるがあれはアザゼルが冥界を現世と入れ換えようとしていたからだ。
自身の領土を犯された事により、ガルデアはアザゼルを葬る事が出来たのだ。
だが、ただ犯されたというだけで戦えるという訳では無い。世界が消滅する程の危機的状況でなければ戦う事は出来ない。
アザゼルの一件は冥界を消滅させる程の危険があったが故にガルデアは戦う事が出来たのだ。
「所で花嫁はどうするんだい?待ち詫びていただろう?」
「そうだな…近い内に求婚するかな」
「…君もやっと女が出来るんだね…」
「……いや、私も妻がいたが…」
そう、イシュガルにも五百年に妻がいた。だが、その妻は亡くなっている。
「…言っておくが皮肉じゃないよ?」
「分かってる、皮肉が言える程、お前は頭は良くない」
「いや、それは余計だよ」
「けど、簡単に私のモノにならないと思う」
「どう言う事だい?」
「話は終わりだ。もう帰れ」
「え~。………はぁ…分かったよ」
イシュガルがそう言うとアスディアはトボトボ歩いて帰っていった。
いつものアスディアならもっと粘るのだろうが今回はイシュガルに気を使ったのかすぐに帰っていった。
イシュガルは再び青い球体を見つめた。
「さて、どう転ぶかな?」
イシュガルは複雑な表情でそう言った。
イシュガルはガルデアに比べて付き合いはいい方である。
実際、アスディアに断りを入れながらも何だかんだで話し相手になっていた。
イシュガル自身、アスディアと話す事は嫌いじゃない。たまに面倒臭いけど。
イシュガルは五百年の事を少し思い出していた。
あれは雨の事だ。一人の人間がイシュガルの前にやって来た。
男の名はエルヴィス。イシュガルド教の後の教祖であり、神に最も近い人間であった。
エルヴィスはイシュガルが現世に降り立っている時に遭遇した。
イシュガルはたまにアスディアと同様に現世に降り立つ時があった。
ここ数年は現世に行っていないが当時はかなりの頻度で現世へ行っていた。
そんな時にエルヴィスと出会った。白い髪と赤い目が特徴の男であった。
イシュガルは現世を当ても無く旅をしていたのだが、その時に道に迷ってしまった。
この世界を統べる神だと言うのにおっちょこちょいなモノである。
そんな時にエルヴィスと出会った。エルヴィスはイシュガルを町まで案内した。
イシュガルとエルヴィスはこの出会いを気にやがて親友となっていた。
そして、とある出来事により、イシュガルはお礼にエルヴィスに力を与えた。
神の力…『二十二式精霊術』。エルヴィスの力とイシュガルの神の力により、新たな力が生まれた。それが『二十二式精霊術』だ。
エルフも類似した能力を使う事が出来るが精霊の使用方法が全くの別物だ。
エルフは精霊を操作し、使役する力であるのに対し、イシュガルド教たちが使う『二十二式精霊術』は精霊を取り込み、自身の力とする。
力を与えた後、イシュガルは現世から離れ、帰って行った。
そして、エルヴィスは多くの者たちにこの力を伝え、イシュガルド教が生まれた。
プロテアはこのエルヴィスの子孫に当たる。
だが、皮肉にも自身が与えた力により、イシュガルドが迫害される事になる。
イシュガルは自身の迂闊さを恥じた。自身が力を与えたせいでイシュガルド教が迫害される事もイシュガルド内乱が起こる事も今の様な浄化作戦が決行される事も無かったのである。
ある意味、イシュガルは今回の事件の元凶と言える。
イシュガルは恐らく浄化作戦が決行されるまでは戦えない。
世界を滅ぼす程の大きな存在を排除する事以外でパルテミシア十二神は戦う事を許されない。
イシュガルは今回の件の元凶とも言えるので自分で対処したかったが、そうも行かない様だ。
『世界宮殿』の誓約は厄介なモノである。
イシュガルに今出来る事は一つしかない。この世界を見据え続ける事だ。
「時神蒼…か…」
イシュガルは興味深そうにそう呟いたのだった。
蒼達は今、とある場所に向かっていた。
フォルテに惨敗してしばらくの間、蒼達は一夜、スープレイガ、美浪の意識を取り戻すのを待った。
やがて三人は眼を覚まし、今回は命拾いした事を悟った。
その後、プロテアに起こった異変を蒼が説明し、しばらくの間、無言の時間が続いた。
誰も話そうとはせず、ただただ沈黙だけが流れた。
やがて、プロテアが向かいたい場所があると言い出し、今に至る。
「もうそろそろ着くわ」
プロテアがそう言うと、目の前に破壊された建物があった。
「ここは?」
「私の家よ」
美浪の質問にプロテアは淡々と答えた。
そう、ここはかつて、プロテアが住んでいた家である。
イシュガルドの内乱で破壊され、廃墟となっていた。
ここはかつて、プロテアとその家族が住んでいた場所だ。
ここでプロテアは父と母が舞に殺害される所を見てしまった。
ある意味、ここでプロテアの復讐が始まった場所と言える。そして、それと同時にプロテアが生まれ、育ってきた場所でもある。
「里帰りしたくなったのかい?」
「まぁ、そんな所ね。わざわざ済まないわね付き合わせて」
「ったく、何処に連れていくのかと思えばこんな所かよ。俺は先に行くぜ」
スープレイガはそう言って、ここから去ろうとしていた。
スープレイガははっきり言って、プロテアの家族の事やイシュガルド内乱でどれだけの人が死んだとかそういった事には興味が無かった。
スープレイガからしたらそんな事は知った事では無かった。
スープレイガにとって戦い、勝利する事こそが全てなのだ。
負けて全てを失ったイシュガルドの事などどうでもいいのだ。
ここでしんみりするくらいなら一歩でも前に進んだ方がいい。スープレイガはそう思ったのだ。
「道は分かるのか?」
「ああ、流石にここからだと俺でも道は分かる」
「一人じゃ無謀だぞ」
「だからってここで止まるのも癪なんだよ…じゃあな」
蒼の制止も聞かずにスープレイガは去って行った。
確かにここから『精霊城』まではそう遠くは無い。
だが、一人で行くのはあまりにも無謀であった。
それはスープレイガにも分かっている筈なのだが、彼はそれでも一人で向かって行った。
まぁ、そもそも集団行動が苦手な彼にしてはここまで蒼達と素直に付いていっていただけでも頑張った方なのだろう多分。
「俺達はここで待っていればいいのか?」
「フローフルだけ来て頂戴」
「分かったよ」
「しゃーねーか」
「分かりました」
一夜もインベルも美浪もプロテアの事を尊重した様で待つ事にした。
蒼は何故自分だけと思ったがプロテアの要望なら仕方ない。
「分かった、行こう」
「ええ」
二人はそのままプロテアの家へと向かって行った。
蒼とプロテアは家の中に入って行った。
中はやはりボロボロであり、あらゆる物も壊れていた。
蒼達は構わず二階に進んで行った。
階段もギスギスしており、いつ壊れてもおかしくなかった。
やがて、二階の一室に辿り着いた。
「ここが私の部屋よ」
「…そうか」
プロテアはそのまま部屋の中に入って行った。
蒼もそれに続いた。ここもやはりボロボロであり、殆ど原型を留めていなかった。
プロテアは机の引き出しを開けた。すると中には鉄で作られた花が四つ入っていた。
「これは?」
「私がイシュガルドの内乱が起こる前に作ったモノよ。完成したら、あげる筈だったわ。けど、出来上がる前にイデス…弟は死に父も母も死んだわ」
そう言って、プロテアは四つの花に手を置いた。作りかけの鉄の花は一瞬で完成した。
今までここに来る機会はあった。しかし、怖かった。ここに来るのが。
ここに来れば否が応でも家族の死を思い出す。それが堪らなく苦痛であった。
だが、蒼が一緒にいてくれるだけでここまで来る事が出来た。
やっと家族の死を受け入れる事が出来た気がした。
「家族に、あなたの事を紹介したかったの。私を…救ってくれた人を…」
「俺は、そんな大それた事はしてねぇよ。俺は…何もしてない」
「いいえ、あなたは私と出会ってくれた。何度も手を伸ばしてくれた。振りほどいても何度も何度も…手を伸ばす事を止めなかった。そして、今、私の隣にいてくれてる」
プロテアは笑いながらそう言った。
彼女の笑顔はどこか儚げで、優しかった。蒼はそんなプロテアを見て、少し恥ずかしくなった。
「? どうして眼を逸らすの?」
「何でもねぇよ……で?それ、どうすんだ?」
「付いてきて」
蒼はプロテアに付いていった。
次の部屋に入って行った。
「弟の部屋よ」
「はは…玩具がいっぱいだな」
「私が作って…プレゼントしてたのよ」
「そうか…仲、良かったんだな」
「ええ…」
プロテアはイデスの事を思い出していた。イデスはプロテアの事が大好きだった。
いつもプロテアと一緒にいた。やんちゃな一面もあったけれど、心優しい子であった。
昔、二人でよく遊んだものだ。
プロテアが作った玩具をとても大事に使っていたのを今でも覚えている。
プロテアはイデスの部屋を後にした。
蒼もそれに続いた。そして、最後にやって来た部屋はプロテアの父と母の部屋である。
「夫婦仲も良かったんだな」
「まぁ、そうね」
プロテアは部屋に飾っていた写真を見た。
そこにいたのはプロテアと父ジャイアと母リリー、そして、弟のイデス四人が笑顔で写っていた写真だ。
家族と過ごした思い出が蘇ってくる。家族と共に過ごす。それは些細な幸せかもしれないがプロテアにとっては大きなモノだった。
プロテアはその写真を手に取り、涙を流した。
蒼は何も声を掛けずプロテアを見守っていた。
蒼は、プロテアの事を強い人間だと思った。
自分の運命を受け入れようとしている。心の強い人間だと思った。
それに比べて蒼は…逃げた。自分の運命から…蒼は逃げたのだ。
「ごめんなさい」
「…気にすんな」
蒼は気のきいた言葉が思い付かなかった。
プロテアはやがて父と母の部屋を後にし、蒼はそれに付いて行った。
そして、蒼とプロテアは家を後にした。
家の近くでインベルと一夜と美浪が待っていた。
「もう、いいのかい?」
「ええ、大丈夫よ」
一夜が訪ねるとプロテアは答えた。
「えっと、近くにお墓を見つけました。三つありましたので多分、プロテアの家族のお墓だと思います」
美浪がそう言うと蒼達はすぐにその墓に向かった。
家から少し歩いた所に墓はあった。
確かに三つあり、石碑にジャイア・イシュガルド、リリー・イシュガルド、イデス・イシュガルドと刻まれていた。
間違い無い、プロテアの家族の墓である。
「ここの地面から白骨の臭いがしますので恐らく、誰かが作ったのかも…」
「四宮舞…」
プロテアがそう呟いた。
恐らくプロテアの言葉に間違いは無いだろう。
この墓は舞が作った物だ。彼女は戦争が終わった後、この墓を作ったのだろう。
プロテアは舞を許す事は無いだろう。父と母を殺したのは紛れも無い、舞なのだから。
だが、舞が父と母を殺した事を心の底から悔いている事は理解出来た。
今は…それだけで十分である。
「お父さん、お母さん、イデス…今まで来れなくてごめんね…でも、もう、大丈夫だから…」
プロテアはそう言って、鉄の花を墓に添えた。
これは彼女にとっての一つの節目を意味していた。
「やっと…届けられた…ありがとう、美浪」
「ううん、良かったね。届けられて」
美浪はそう、プロテアに言った。
美浪はどこか安心した様な表情をしていた。
蒼と一夜、インベルもプロテアを見守っていた。
今まで渡せなかったモノを漸く、渡す事が出来た。もう、心残りは無い。
「頼みがあるんだけど…いい?」
「何だよ?畏まって…?」
プロテアが頼みを口にした。
それを聞いた四人は少し驚いていた。
「いいのか?」
「ええ、私は…家族の復讐じゃなくて、自分の為に生きて行くって決めたから…だから、お別れしなくちゃ…」
プロテアがそう言うと皆は納得した様でプロテアの家に向かった。
そして、五人は家の前に立った。
「インベル…」
「分かってるよ。イシュガルドの民よ…どうか、この炎で安らかに眠ってくれ」
「霊呪法第二百六番【氷炎点火】」
「【赤竜天皇】」
蒼とインベルがプロテアの家に火を付けた。
炎は燃え盛り、家を焼き焦がしていた。
プロテアは蒼達に家を燃やしてもらう様に頼んだのだ。過去と決別する為に、これからの為に。
家がどんどん崩れていく、焼けていく…消えていく…
プロテアは家に少しだけ近づいた。
「お父さん!お母さん!イデス!私……!絶対…!絶対に幸せになるから!!!イシュガルドの皆が……安心出来るくらいに……幸せになるから!!!」
プロテアは涙を流しながらそう叫んだ。
そう、父が、母が、イデスが、そして、イシュガルドの皆が安心出来る様にプロテア自身が幸せなる事を誓った。
これは、プロテアの誓いであると同時に死んでいったイシュガルド皆の願いでもある。
ジャイアは、リリーは、イデスはプロテアの幸せを望んでいた筈だ。
プロテアもそんな事はとっくに分かっていた。分かっていながら受け入れられなかった。
だが、慧留と出会って、ここにいる皆と出会って…そして、蒼と出会って、漸く、プロテアは家族の願いを、イシュガルドの願いを受け入れる事が出来た。
プロテアが生きている限り、プロテアの家族達はずっと、プロテアを愛し、見守り続けるのだろう。
蒼達は黙ってプロテアと燃え盛る家を見続けていた。
炎が消えるまで…いつまでも………
「お父さん、お母さん、イデス、イシュガルドの皆…ありがとう……私……皆に出会えて……良かったわ……お休みなさい…ゆっくり、休んで」
炎が家を燃やし尽くし、やがて炎は消え始め、そして、完全に消え去った。
そして、プロテアは最後の言葉を口にした。
「さようなら」
To be continued




