【第五章】イシュガルド殲滅篇ⅩⅦーemperorー
ここは東京の特別な魔道病院だ。ここに厳陣が今、治療中である。
そう言えば、常森澪もここで集中治療を行われているそうだ。
まぁ今、目の前にいる、セルリア・イシュガルドからすれば、そんな事はどうでもいい事であるのだが。
琥珀色の短髪と瞳、目元の隈が特徴の男性だ。彼は今回率いたイシュガルドのリーダー格の存在である。
イシュガルドは大半の人物が白髪、或いは銀髪の持ち主なのだが、今回襲撃して来たイシュガルド人たちは殆ど自身の存在をカモフラージュする為に髪を染めている。
彼はプロテアが前回殺し損ねた厳陣を殺害する為、ここに来ていた。
セルリアは中に入ろうとする。
「そこまでです!」
「!?」
セルリアは後ろを振り返った。そこにいたのは水色のセミロングと瞳が特徴の少女、美浪であった。
どこか可憐な雰囲気を醸し出している少女であり、かなりラフな福相をしていた。
「貴様は?」
「ただの学生です」
「ただの学生が、俺の気配を察知するとはな…」
セルリアは少し驚いていた。気配や霊圧は抑えていた筈だ。
だが、美浪はセルリアのただならぬ霊圧を察知し、ここまでやって来たのだ。
「ふっ…まぁ、いいだろう。貴様はここで潰す」
セルリアはそう言って、肩に掛けていた剣を取り出した。バスターソードだ。
バスターソードは剣の横幅が広い大剣の事であり、その性質は刃物というより鈍器に近い。
重く扱いにくいが、破壊力は絶大であり、馬力のある者には好んで使われる。
「【神掛】」
美浪は手加減無しの全力で挑もうとしていた。敵の能力が発現する前に叩く。
見た所、動きは鈍重そうだし、その隙に倒す。美浪はそう考えた。
美浪の扱う【神掛】は自身の身体に神を憑依させ、莫大な力を得る術だ。
美浪の身体に霊力の塊がまとわりつき、霊力が上昇していた。
「成る程な…大した霊力だ…今時、【神掛】を使える者も珍しい。特に妖怪が使うのはな」
そう、美浪は人間では無い。狼の妖怪である。
【神掛】を扱う人間はかつてはそれなりにいた。今は術そのものが形骸化した為、扱える人間は殆どいないが…
しかしながら妖怪といった魔族が【神掛】を扱えるのはかなり少なく、稀少種である。
美浪はセルリア目掛けて突進し、殴りかかった。
セルリアはバスターソードで防御しようとしたが、防ぐ事が出来ず、腹を思いっきり殴られた。
「がは!!」
更に、美浪の右手はセルリアの脇腹を貫通した。セルリアは口から大量の血を吐いた。
だが、セルリアは美浪の右手を自身の左手で掴み、ホールドし、バスターソードで美浪に切りかかった。
美浪は力尽くでセルリアのホールドを振りほどき、攻撃を回避した。
しかし、完全には回避しきれず、美浪の右肩は少し切られてしまった。
それでもセルリアのダメージはでかく、生き絶え絶えの状態であった。
セルリアは突然剣を舌で舐めた。何らかの意味があるのかどうかは美浪には分からなかった。
美浪はセルリアに攻撃を続けた。
セルリアは防御するが美浪の動きに全く対応する事が出来ず、連続で殴られ続けた。
それでも、美浪は攻撃を止めなかった。
やがて、セルリアは美浪の【狼砲】により、吹き飛ばされてしまった。
セルリアは何とか立ち上がった。しかし、既にボロボロであり、動ける程の力は残っていなかった。
全身を殴られ、殴られた場所から血が吹き出していた。更に、先程の【狼砲】により、殆どの骨が折れていた。
「これで…終わり!」
美浪はセルリアが吹き飛ばされた空き地まで全力でダッシュし、最後の一撃を放とうとしていた。
しかし、セルリアはバスターソードを思いっきり地面に突き刺し、何かを唱え出した。
「χφυπμλψφιπφπλκοφξν」
何を言っているのか、美浪には分からなかった。
しかし、倒せば関係無い。そう考えた瞬間ー
「【皇帝反転神】!!!」
すると、セルリアの身体の傷は完全に消えていた。
美浪は一体何が起こったのか分からなかった。
セルリアは美浪に言葉を放った。
「自分の身体、よく見た方がいい」
「え??」
美浪は突然、身体の力が抜け、倒れ込んだ。
突如として身体中に激痛が襲い掛かった。
「があああああ!!!」
美浪はあまりの悲鳴を上げた。立ち上がろうとするが、立てない。
すると、美浪はある事に気が付く。美浪は今、全身が血塗れになっていた。しかも、その傷が「誰かに殴られたような傷」であった。
「これ…は……まさ……か……!」
「理解が速いな。俺の『二十二式精霊術』、【皇帝反転神】の能力は既に起こった出来事を「逆転」させる」
セルリアはそう答えた。既に起こった事象を逆転させる。今回は受けたダメージを逆転させたのだ。
だが、これだけ強大な力であれば何らかの制約がある筈だ。しかし、美浪が見た限り、準備をしている素振りもあまり無かった。
あるとすれば直前に呪文を唱えてたぐらいである。それ以外は術の発動条件が分からなかった。
恐らく、それ以外にも何らかの制約がある。だが、それが何なのかは美浪には分からなかった。
「ぐっ…!」
美浪は立ち上がろうとするが身体全身の骨が折れている上に出血が酷い為、立ち上がる事が出来なかった。
それでも、常人であればこれだけのダメージを受ければ即死級な傷であるが、何とか意識を保っているのは美浪が魔族ゆえである。
「その傷だ…暫く放っておいてもお前はそこで死ぬ。そこでくたばっておけ」
セルリアはそのまま美浪から離れていく。再び厳陣を殺しに行くつもりだ。
「ま…て……」
美浪はそのまま気を失ってしまった。このままでは長くは保たないだろう。
「ちっ…どいつもこいつも…」
セルリアはウンザリした様子であった。再び新手がやって来た。それも今度は二人だ。
やって来たのは薊とくるだ。
「そこを退いてくれないかな?」
「退くと思う?」
「なら、力尽くで退かすだけだ」
セルリアはバスターソードを振り上げた。どうも、彼の持っているバスターソードは相手をダメージを与える為というよりはとにかく攻撃を当てる事に特化しているように思える。
くると薊は攻撃を難なく回避した。
更に、くるは【月読尊】を解放し、セルリアを幻術に嵌めた。
セルリアは幻術に嵌まるバスターソードを自身の足に突き刺した。
セルリアはくるの幻術が効いているのか身体が動かなくなった。
薊は【伊弉冉舞姫】を展開し、セルリアに毒針を放った。
しかし、セルリアは意識を取り戻し、毒針を回避した。
「わたしの幻術を…一瞬で!?」
セルリアの能力は起こった物事を逆転する能力。自分に剣を突き刺す事で、自分の意識を「逆転」させたのだ。
幻術は五感に訴えて掛ける物だ。自分の人格を逆転させれば幻術は一瞬で解ける。
セルリアは自身の状態も逆転させる事が出来る。むしろ、概念すらも逆転させる事が出来るのが【皇帝反転神】の真骨頂である。
セルリアはバスターソードを振り上げた。
セルリアのバスターソードは蛇腹刀のように刀を伸ばしたり縮めたり出来るようで、バスターソードを伸ばした。
薊とくるはどうにかして攻撃を回避するもののセルリアのバスターソードは攻撃範囲がかなり広く、回避するだけでもかなり一苦労である。
「俺は無敵だ。俺を倒せる者などいはしないのだ」
セルリアはそう言いながら刀を伸ばし、薊とくるに攻撃を仕掛けた。
二人は再び攻撃を回避するが迂闊に攻める事はしなかった。
「どうする?薊ちゃん!あいつ幻術が効かないよ!」
「彼の能力が関係してるのでしょうけど…能力の全容が分からない以上、どうしようも無いわね」
セルリアは薊とくるを追い掛け、攻撃を仕掛けた。
やはり、攻撃範囲がかなり広く、回避するのが中々に面倒であった。
セルリアはこの五十年間、強くなる為に修練を絶やさなかった。
自身の能力はとても癖があり、扱い辛い代物であったが、自身の能力を理解し、どのように活かすか、それを考えながら日々復讐の為に時間を費やした。
セルリアの家族を殺した「あの女」に復讐をする為に。その手始めがこの十二支連合帝国の常森厳陣、黒宮大志、四宮舞だ。
そして、いつの間にかセルリアは今のイシュガルドの生き残りのリーダー格となっていた。
そう、セルリアがイシュガルドの生き残りと共に復讐をする為に、お互い協力して復讐をする事に決めた。
相手は世界だ。自分たちだけの力では限界がある。だから、仲間の復讐を協力する事に決めたのだ。
プロテアは弟をヘレトーアの兵隊に殺され、両親を四宮舞に殺された。
ワトル、デイジー、グレビリア、そして、セルリアは神聖ローマのある人物に全てを奪われそして、「生かされた」。
セルリアは「あの女」をすぐに殺してやりたい所だが、相手は神聖ローマ。USWが弱体化した今、最強の軍事国家である。
迂闊に攻め込めばこちらがやられてしまう。だからこそ、セルリアたちは準に四大帝国の中枢を潰す事に決めた。
USWは復讐の対象であった『三賢人』と先代の『七魔王』抹殺を成功させた。
次に十二支連合帝国、ヘレトーア…そして、最後にローマを潰す。それがセルリアたちの計画だった。
イシュガルドの内乱は四大帝国全てを巻き込んだ大戦争となった。
つまり、イシュガルドにとっては四大帝国そのものが敵であり、不倶戴天の宿敵だ。
セルリアたちが何故、生かされたのか。プロテアのみは経緯が異なるが他の四人が生かされた理由は明白であった。というより、生かされた本人により語られていた。
セルリアを助けた人物は大の戦闘狂であり、イシュガルドの特異な力に着目し、将来、自分と戦わせる為に生かしたのだ。
要は、セルリアたちは「あの女」の玩具という訳だ。彼女は言った、「私を殺したければ強くなって殺しに来い」と。
セルリアたちは「あの女」の言いなりになるのは癪に障ったが、それでも「あの女」を殺す事に決めた。
その為にも、ここで負ける訳には行かないのだ。
「信念も、怒りも!全てを忘れ去った貴様らなどに!俺は負けん!」
セルリアは薊とくるに執拗に攻撃を仕掛けた。
セルリアは彼女たちがかつて、この国に復讐をしようとしていた事を知っていた。
というより、セルリアたちはこの国を侵攻する際に、アザミの花と手を組んでいたのだ。
神器強奪の手助けをしたのはセルリア、グレビリアなのである。
だが、アザミの花とイシュガルドはお互い、最低限の接触しかしていなかったし、お互いの素性も明かしていなかった為、屍はセルリアと接触をした事はあるが、彼がイシュガルド人である事は知らなかった。
セルリアが薊とくるがアザミの花の元メンバーである事を知ったのは四大帝国会議の後である。
勿論、グレビリアもアザミの花とは面識が無く、互いの事は知らなかった。
セルリアはアザミの花の事件に間接的に関わっていた事になる。
アザミの花の一件で十二支連合帝国の差別政治が表に出て、四大帝国会議が開かれる…という流れはセルリアたちが造り出し、そして意図的に仕組んだ事なのだ。
そして、閻魔たちが四大帝国会議で仕掛けて来る所まで全てセルリアたちは読んでいた。
そして、全てが解決した隙にプロテアを十二支連合帝国の刑務所に侵入させ、プロテアは閻魔殺害に成功した。
だが、想定外の事もあった。厳陣と黒宮が静観を貫いていた事だ。
彼等は四大帝国会議には来ていなかった。
あの四大帝国会議で黒宮、厳陣、舞、閻魔もろとも殺害しようとしたのだが、四大帝国会議の戦いが予想外に激化した事と厳陣、黒宮の静観の為、イシュガルドは手を引かざるを得なかった。
いずれにせよ、セルリアからすれば復讐を諦め、のうのうと生きてる彼女たちに対して思うところはあるようで、義憤を燃やしていた。
「ぐっ!?」
「薊ちゃん!?」
「大丈夫。頬をかすっただけよ」
薊は【伊弉冉舞姫】を展開し、攻撃の隙をついて薊を攻撃した。
毒針がセルリアの全身を貫く。だが、セルリアは無理矢理身体を動かしていた。
「な!?毒針であなたの身体の致死量を下げたのに!?」
セルリアは今、【痛覚完全遮断】を発動している。
【痛覚完全遮断】はセルリアが【皇帝反転神】を生かす為に習得した術であり、『二十二式精霊術』とは別の能力である。
能力の発動中はあらゆる痛覚、及びそれに類する感覚を遮断し、無理矢理身体を動かせる。
だが、ダメージ自体は受けており、あのまま動き続ければセルリアはすぐに行き絶えるだろう。
だが、セルリアは【痛覚完全遮断】により、疲労の類いの感覚まで遮断されている為、常軌を逸した動きを可能とした。
物凄い速さでくるにも接近し、攻撃を仕掛けた。
くるは身体能力はそこまで高くない為、セルリアに一瞬で間合いを詰められてしまった。
それでもくるは幻覚の力でどうにか対応しようとした。
「【宵乃宵明月】!!」
くるは【月読尊】を展開し、闇の光をセルリアに与えた。
セルリアの全身が焼け爛れ、更に、口や眼からも血が吹き出していた。
しかし、それでもセルリアは動きを止めず、バスターソードでくるに襲い掛かった。
くるは回避しようとするが脇腹を少し切られてしまった。
「くぅ!」
「くる!!」
「これで、漸く準備が整った」
ー準備!?
薊は訝しげにセルリアを見た。セルリアは突如刀を、否、厳密には刀に付いた血を舐めていた。美浪との戦いの時もそうだ。
刀を舐めていたというより血を舐めていたのだ。
セルリアは刀を突き立て、呪詛のようなものを唱え出した。
「ΧΠΚΟΦΡΠΦΧΣΣΨΨδΦδΦγΠΚ」
薊とくるはセルリアに攻撃を仕掛けようとしていた。
マズイ、二人は何となくそう直感した。そして、それは気のせいなどではなく。
「終わりだ!【皇帝反転神】!!!!」
すると、薊とくるは地面に倒れ込んだ。そして、二人は眼から口から全身から血が吹き出していた。更に、激しい倦怠感、頭痛、吐き気に襲われた。
「な……に………こ……れ………」
くるが苦しそうにそう言った。それもそうだろう、二人からすれば何が起こったかなど分かる筈も無い。
「俺の『二十二式精霊術』の能力は起こった事を逆転させる。それが、今まで俺が受けたダメージだ」
「「なっ!?」」
二人は絶句した。それもそうだろう、起こった出来事をそっくりそのまま逆転させる能力など人間の力の範疇を明らかに越えている。
セルリアはイシュガルドという特殊な人類の一族であり、それはあくまでも人間の中で特別な存在であった筈だ。
そんなただの人間がこんなとてつもない能力を持っているなど二人には信じられなかった。
「そっく……り……その……ま…ま…入れ……替える……?それが本当なら……何……で……あなた……には……ダメージが……無い……?」
「あるさ、だが、俺の場合は入れ替えたダメージは全て発動した瞬間に消える」
「何……それ……チートじゃん……」
そう、セルリアの能力は概念系の能力であり、制約も多く、非常に扱い辛い能力だが、逆に扱えれば絶大な力を発揮する。
「これで、貴様等も終わりだ。義憤を捨て、のうのうと生きている愚か者共…貴様等はここで死ね」
セルリアは二人に止めを指そうとした。
正直、このままでも二人は死ぬが、セルリアはこの二人に関しては殺さなければ気が済まなかった。
「ぐ…」
「薊ちゃん……」
最早、万事休すである。今、薊とくるは止めを刺されようとしていた。
「!?」
だが、セルリアは途中でバスターソードを止めた。
何故なら、セルリアの目の前に信じられない人物がいたからだ。
セルリアが五十年間、怨みを抱いていた人物が目の前にいた。
オレンジ色の髪にミディアムパーマが特徴の少女がそこにはいた。瞳の色もオレンジである。
更に、白い軍服を来ており、所々にオレンジ色の意匠が施されていた。
見た目はかなりの童顔であり精々女子高生くらいにしか見えなかった。
だが、セルリアはその人物を知っている。
「ミルフィーユ・ペテルギウス!!」
「久しぶり、セルリア」
ここは神聖ローマ合衆国の『天使城』。
そこで神聖ローマ合衆国現皇帝陛下、ルミナス・アークキエル・ローマカイザーとミルフィーユ・ペテルギウスの二人がいた。
ルミナスは透き通るような白い髪と白いドレスのような服を着ていた。
肌も透き通るくらい白く、不健康そうにも見えたが彼女の美しさを強調させてもいた。
そして、全身は真っ白にも関わらず瞳だけは闇のように真っ黒であった。
「ミルフィ…五十年前のイシュガルド内乱…あなた、何人か子供を逃がしたわね?」
ルミナスがそう言うとミルフィーユは参ったなと言いたげな顔をした。
実際、その通りだ。ミルフィーユは自身が戦いを楽しみたい為に、見込みのあるイシュガルドの子供を逃がしている。
だが、イシュガルドは皆殺しというのが当時の作戦であった為、完全に命令違反である。
「参ったな~、それで私を処罰でもするつもり?」
「いいえ、もう、時効でしょう?」
ルミナスはミルフィーユの質問に対してあっけらかんにそう答えた。
確かにあれから五十年経っている。今更とやかく言うのも可笑しな話である。
なら何故、ミルフィーユは呼び出されているのか。その理由はミルフィーユ自身、何となく分かっていた。
「ミルフィーユ、自分で蒔いた種は自分で「どうにかする」べき…でしょう?」
ルミナスは笑顔でそう言った。つまりはそう言う事だ。
「分かりました、陛下」
ミルフィーユは頭を下げた。願ってもない、いや、むしろミルフィーユはこの為に、彼等を生かしたのだ。
ミルフィーユとセルリアは相対していた。
「貴様…何故…ここに…」
「あれ?前に言ったでしょう?」
ミルフィーユは笑いながらそう言った。
彼女は神聖ローマからわざわざやって来たのだ。ミルフィーユ・ペテルギウス、神聖ローマの部隊の一つ、『セラフィム騎士団』の一人であり、戦闘狂としても有名である。
「まさか、貴様から仕掛けて来るとはな…探す手間が省けた」
「呼んだらいつでも来たよ?」
ミルフィーユは楽しそうにそう言った。
薊とくるは辛うじて意識を保っていたが、状況が掴めない。
だが、薊もくるもミルフィーユが只者では無い、という事だけは分かっていた。
「じゃあ、借りを返してもらうね~、セルリア」
「借りを返せ…か…恩着せがましい奴だ」
セルリアはバスターソードを構えた。
ミルフィーユも腰に指していたサーベル刀を抜き、セルリアに肉薄した。
「【風騎士皇】!!」
ミルフィーユの刀から風が発生した。
ミルフィーユの『天使』だ。彼女の『天使』の能力は至ってシンプルな風を操る能力だ。
直接攻撃系の『天使』であり、『セラフィム騎士団』の切り込み隊長でもある。
しかし、ミルフィーユは戦いを楽しむ戦闘狂であり、能力も風を操るという能力である為、味方を巻き込む事も少なくない。
その為、部隊を編成せず単独で攻め込んだり、殿戦などでミルフィーユは戦果を上げている。
ミルフィーユは空中に飛び上がり、セルリアにサーベル刀を振り上げた。
セルリアは攻撃をバスターソードで受け止めた。しかし、防御してもミルフィーユの『天使』、【風騎士皇】は刃に風が乗っており、その風は刃のように鋭く、ミルフィーユの刃を防いでも風だけでセルリアの身体は傷付いた。
セルリアの身体は全身を風で切り裂かれた。
「ちぃ!」
セルリアは反撃ミルフィーユのサーベル刀を弾き、後ろに後退した。
ミルフィーユはサーベル刀を後ろに下げた。
「【風聖剣】」
ミルフィーユのサーベル刀に風が収束し、セルリアに切りつけた。
セルリアは防御をしようとするも風の力により、身体全身を切り裂かれた。
「がっ!?」
更に、ミルフィーユはサーベル刀を横に薙いだ。すると、セルリアの左肩がズバリと切り裂かれた。
セルリアは全身から血が吹き出し、そのまま吹き飛ばされてしまった。
「その程度?呆れた…五十年待った結果がこれって…あなたには期待してたのに…」
ミルフィーユはがっかりしたようにそう言った。
ミルフィーユは生かした四人の内、セルリアには特に期待していたのだ。
その分、呆気なくやられたセルリアに対して落胆が大きいのだろう。
だが、セルリアは立ち上がった。本来なら立ち上がれるような傷ではない。
「へぇ…【痛覚完全遮断】ね?」
セルリアは感心したようにそう呟いた。
【痛覚完全遮断】は霊呪法とは別の術である。
人間が使えるのは何も霊呪法だけではない。一夜のような異能を使える者も一定数存在する。
更に異能は鍛練と適正により、体得は可能である。
【痛覚完全遮断】はその異能の一種であり、使える者はセルリア以外にも何人か確認されている。
だが、この【痛覚完全遮断】にも欠点はある。
制約自体は無いものの、痛覚を完全に遮断する訳であるから、自分の身体が壊れる事にも気が付かず、知らない内に自滅する可能性が極めて高い。
更に、身体を無理矢理動かす為、解除後の激痛も凄まじく、それだけでショック死する可能性もある。
故にこの能力を使う者は生存率が非常に低く、禁術として扱われている。
セルリアの場合は【皇帝反転神】がある為、【痛覚完全遮断】の能力を活かせるのである。
「はああああ!!!!」
セルリアは捨て身でミルフィーユに突撃した。ミルフィーユはサーベル刀でガードした。
ミルフィーユの能力はとにかく攻撃に特化されている。ガードをしているだけなのに風が自動でセルリアに襲い掛かる。
だが、セルリアは怯む事無く、ミルフィーユに突っ込んで行った。
「頑丈ね…まぁ、【痛覚完全遮断】使ってたら当たり前か。けど、長くは保たないよ」
セルリアは全身がもうズタズタな状態だ。動けるだけでも不思議なくらいだ。
いくら【痛覚完全遮断】でも動けない身体を無理矢理動かす事は出来ない。
これは、セルリアの強い意思により、身体を無理矢理動かしているのだ。
ーチャンスは…必ず……来る!!!
ミルフィーユは一瞬だけ、隙を生んだ。風の勢いが一瞬だけ緩んだのだ。
セルリアはそれを見逃さなかった。セルリアはバスターソードを振り上げた。
ミルフィーユはそれを回避するが完全には回避しきれず、手首を切られてしまった。
「少しはやるね。けど、もう限界ね」
「いや…俺の…はぁ…はぁ…勝ち…だ……」
セルリアはそう言って、バスターソードに付いていた血を舐めた。そして、バスターソードを地面に突き立てた。
「何をするって言うの?」
ミルフィーユは期待混じりにそう言った。戦いであるというのにミルフィーユは異様に楽しそうであった。
彼女は戦闘狂なので当然なのかもしれないが、やはり、世間からすればミルフィーユのような存在は異端である。
「Χλξβονηψποφυλζσμφυθβκφξθ」
セルリアは再び、呪詛を唱え出した。
周囲の霊力がセルリアに終息していっているのが分かる。
ミルフィーユは何かをする訳でもなく、ただ黙ってみていた。
セルリアの能力を発動する時を待っているのだ。
「【皇帝反転神】!!!」
セルリアの能力が発動した。すると、ミルフィーユの身体が全身血塗れになり、そのまま倒れた。
セルリアの『二十二式精霊術』、【皇帝反転神】の能力は既に起こった出来事の入れ換えである。
セルリアとミルフィーユの傷の状態をそのまま入れ換えた。
だが、セルリアはミルフィーユが受けたダメージである手首の傷は一瞬で治癒された。
入れ替えた時の自身のダメージは全て無くなるのだ。
「ふふふ…ははははははははは!!俺の…俺の勝ちだ!!」
セルリアが高笑いをした。だが、ミルフィーユはすぐに立ち上がった。
「!?」
セルリアは驚いていた。あれだけの傷を受けているというのにまだ立てる事に驚きを隠せなかった。
身体の筋繊維もズタズタな筈だ。なのに何故…
「天使の生命力を舐めないで頂戴。とは言っても…結構ダメージ貰っちゃったな~。見た所、あなたと私の傷がそっくりそのまま入れ替わってるねこれ」
「ああ、そうだ。貴様は最早、虫の息だ。そのままでは動けん筈だ」
セルリアがそう言うとミルフィーユは身体を動かそうとした。だが、彼の言う通り身体が全然動かない。
全身の繊維や筋繊維がズタズタになっている為、当然と言えば当然である。
後、一撃を喰らわせば、セルリアが勝利するだろう。
「これが…私の傷…」
ミルフィーユは肩を揺らしていた。しかし、それは恐怖などでは無かった。そう、それはー
「最高ね……これが私の傷…痛い…物凄く痛いのに……気持ちいい……これだから戦いは止められ無い……」
ミルフィーユが恍惚とした表情でそう言った。
セルリアは彼女のその表情に恐怖を覚えた。
戦いとは常に苦痛が伴うものであり、勝てば生、負ければ死を意味する。
今、ミルフィーユは追い詰められている。そう、負ければ死ぬのだ。
にも関わらずミルフィーユは嗤っていた。そう、楽しんでいたのだ。この異常な状況を。
戦闘狂とは知ってはいたが、セルリアの認識はどうやら、甘かったらしい。
彼女は心身共にただの狂人だとセルリアは思っていたが違う。
そんな生易しいものではない。彼女は最早、鬼神である。
「貴様はここで終わりだ。ここで死ぬ」
「ふふふ…私がここまで傷を負わされたのは何年ぶりかな…?五十年待った甲斐があったよ…期待以上だった…」
ミルフィーユはそう言って、直立で立ち上がった。だが、それ以上は動けそうに無かった。
セルリアに油断は無かった。今の彼女は何をしてくるか全く分からない。
すぐにセルリアはミルフィーユに肉薄しさっさと殺す事に決めた。
「終わりだ…ミルフィーユ!!!!」
「終わらせない…終わらせないわ…こんな楽しい戦いを…」
ミルフィーユは笑顔でそう言った。そして、自身の『天使』、【風騎士皇】を手から離した。
セルリアは一瞬、戦いを諦めたのかと思ったがそうではないとすぐに気が付いた。
そう言えば、ミルフィーユはまだ、「あれ」を使っていない。
『セラフィム騎士団』であれば誰でも使える、天使の奥の手を…
「まさか……!させるかあああああああああああ!!!!!」
ミルフィーユは眼を見開きながらこう言った。
「【第二・解放】」
To be continued




