【第五章】イシュガルド殲滅篇ⅩⅥーCourt of the iron 3ー
消える、消えていく、消え去って行く…
消えるというのはこういう感覚なのであろうか?
プロテア・イシュガルドはそう考えた。
プロテアは今、完全にこの世から消えていた。
恐らく、慧留は何が起こったのかを理解できていない。逆に理解出来ていた方がおかしいだろう。
未来へ行きたい、過去に戻りたい…こんな事は誰もが思った事だろう。
自身の未来を知りたい、犯してしまった過ちを正したい。無論、これら以外にも理由はあるだろうが、大半の者たちが過去や未来に行きたいと一度は考えた事がある筈だ。
だがしかし、世界には修正力や平行世界があると言われている。
仮に過去を変えたとしても、どこかしらに修正力が働いて大して変わらないと言われている。運命を変えるのは不可能と言われている。
平行世界というのはその名の通り自身以外にも異なる平行となっている世界の事をいい、例えば、この世界に魔族がいる世界といない世界…両方の世界が平行して存在している…という考え方だ。
だから、例え、未来を知る事が出来たとしても、その未来とは別の未来を歩んでいる可能性があるわけだ。
これらの事を考えると、過去や未来を渡る能力はさして、そこまで意味の無い能力なのかもしれない。
だが、それでも過去や未来を変える事が出来るかもしれない。
そう言った希望があるからこそ、人はこの力を欲する。
世界は無限の可能性がある。不可能な事など存在しないのだ。
プロテアはそう、信じていた。
「一体…何が…」
慧留はそう呟いた。
先程まで、慧留はプロテアと戦っていた。中庭前から移動し、教室で戦闘が行われていたのだ。だが、プロテアは突然と姿を消したのだ。
まるでどこかに跡形も無く消え去ったかのようであった。
慧留は今、倒れており、最早、歩く力すら残っていない。
今の状況を考えるとプロテアは死んだと考えていいだろう。だが、慧留は違和感に気が付いていた。
プロテアは恐らく、死んでいない。
プロテアは何らかの能力を発動させた。それは間違いない、ならば、いずれは出てくる筈だ。
しかし、プロテアの能力が何なのかは分からない。恐らく、幻術の類いでは無いのは確かだ。
だとすれば、時間に関する何らかの能力であると考えるのが妥当か…しかし、それでもどんな能力か分からない。
プロテアが使っているのは時間の加速と減速。本人が言うには時間系統の能力はこの二種類しか使えないとの事だ。
嘘を言っている可能性もあったが、何故だろう、慧留はプロテアが嘘をついているようには見えなかった。
『加速と減速の延長線の力よ』
慧留はこの言葉を思い出した。時間の加速と減速の力を更に踏み込んだ力を使った。
恐らく、今、プロテアが使っている力は先程、舞を倒した時に使った力と同じだ。
この二つの力の延長線の力…慧留はある一つの答えが浮かんだ。
「これで…終わりよ…」
慧留の後ろから声が聞こえた。プロテアだ。やはり、プロテアは生きていた。
しかも、先程、慧留が負わせた傷も消えている。
そう、プロテアの【審判時神】の真の能力は時間の加速と減速を極限にまで発動させる事で自身の時間を超越させ、過去や未来を渡る能力だ。
別の時間軸へと渡る為、それまでのダメージが全て無かった事になるのだ。
舞との戦いの時もこの力を使い、プロテアは勝利した。あの時もプロテアは【審判時神】の力で数分先の未来へと移動したのだ。
時間移動…これが【審判時神】の最も恐るべき能力なのだ。
はっきりいって、只のチートである。その上、負わせた傷まで全て消える為、余計にチートっぷりに拍車を掛けていた。
「はぁ…はぁ…この…力を…一日に二度も使うなんてね…」
どうやら、プロテアはかなり霊力を消耗していたようだ。
それも当然である、時を渡るなどというチート能力になんの代償も無い訳が無い。
恐らく、プロテアの能力には霊力の消費が激しい以外にも何らかの代償がある。
「けど…これで、終わりよ!!!」
プロテアは剣を慧留に振り上げた。
「【冥界創造】…」
プロテアの地面から無数の鉄の針が出現し、プロテアの身体中を貫いた。
プロテアは時渡りが発動した瞬間、プロテアの周囲には勝手に時間加速が発動している。
未来へと移動したプロテアの時間を保管する為に時渡りをした瞬間のみ、プロテアの周囲には時間加速が自動的に発動してしまうのだ。
それにより、慧留が過去改変により、出現させた【鉄連鎖針】は威力が倍増し、プロテアの全身を穿った。
「がっ…は…」
プロテアは自身の力により、吹き飛ばされた。
頭以外のあらゆる場所に穴が空いており、とても立てる様な状態では無かった。
全身からは血が吹き出しており、プロテアの周りには血溜まりが出来ていた。しかし、それは慧留も同じであった。
「この…私が…負け…」
プロテアは信じられないと言った顔でそう呟いた。
未来へと移動したプロテアが、負ける筈など無かった筈だ。仮に能力がバレたとしても結果は変わらなかった筈だ。にも関わらず、プロテアは敗れた。
「私も…少しなら…あなたの事は…分かるよ……だから、こそ……!私はあなたを……止める!」
慧留はプロテアと同じようにこの世界の理不尽さを知っている。
だが、この理不尽に懸命に立ち向かっている者たちもいるという事も、慧留は知っている。
慧留は更に言葉を続けようとした。だが、後ろから足音が聞こえる
「これは…!」
そんな声が聞こえた。そこにいたのは何の特徴も無い男であった。
だが、慧留はその男を知っている。そう、彼は…
「佐藤…さん…」
そう、彼は魔道警察官の佐藤であった。彼は一夜の友人であり、魔道警察官の中でもごく平凡な人物でもあった。
彼は四大帝国会議以降、会っていなかったのだが、魔道警察官としての仕事は普通にこなしていたようだ。
「月影君…それに…あの少女が…イシュガルドの…」
佐藤はそう言って、慧留とプロテアの元へと近付いた。
「止まって下さい…」
慧留が突然、佐藤にそう言った。
「どうした?月影君…今、彼女を始末する機会では?」
「私たち…二人共…始末する…機会…の間違い……じゃ、無いですか?」
慧留がそう言うと佐藤はニヤリと嗤った。
そう、佐藤は慧留とプロテア、両者共に始末するつもりだったのだ。
佐藤は右手にナイフを持っていた。そのナイフで二人共殺すつもりだったのだ。
「佐藤さ……んに……化け…れ…ば問題……無い…とでも?」
「それは違うなぁ…君の知ってる佐藤慎司は存在しない」
そう言って、佐藤は姿が変わっていった。
見た目は黄髪であり瞳は赤と黄色のオッドアイ、右頬に黒い雫のペイントが付いていた。更に格好は派手な道化師衣装であった。
「コ…ラン……」
プロテアがそう言った。プロテアは彼の事を知っている様子であった。
慧留はピエロの男とプロテアを交互に見回した。
「ん~、プロテア…少し違うね。コランはもう、死んだ。そこのお仲間に殺されたんだ……まったく、折角僕が造った人形を派手に壊してくれちゃってさ~」
「な!?」
プロテアは絶句した。コランはこの男が造り出した人形だと言うのだ。
とても信じられない。コランは意思を持っていたし、若干ふざけた人物であったが、少なくともプロテアたちは彼が人形だという認識は無かった。
「あなたは…一体…」
「僕かい?僕の名は……そうだな……髏奇…神混髏奇……とでも名乗っておこうかな?」
ピエロの男…髏奇はそう言った。
「ルク…あなたは…何で…佐藤さんに化けて…」
「いやいやいや、だ~から~、佐藤なんて存在しないよ?だって僕なんだから~。僕が今まで佐藤慎司を演じてたんだよ?」
「な…!?」
「佐藤ってのはこいつの事でしょ?」
髏奇は佐藤の身体をどこからか出し、そして右手で持ち上げていた。
「な!?」
慧留は思わず絶句した。髏奇が何事も無かったかのように佐藤の死体を取り出したのだ。
「これ、もう動かないから。てか、もう必要ないんだよね~」
髏奇がそう言うと佐藤の身体は塵となり、木で出来た人形へと姿を変えた。
「僕ね、造った人形に命を与える事が出来るんだ。それで、僕の分身体を造っては色々な所に配置してたんだよね~。コランと佐藤はその内の一つにしか過ぎないの」
「何で…そんな事を……」
プロテアは髏奇に問いかけた。
「そんなの…決まってるじゃあないか……世界を混沌にしたいからさ。僕はね、君たちとは比べ物にならないくらい長生きしてるんだよね~。そうする内に退屈を感じてしまうようになってね~。だから僕は刺激が欲しかったのさ!そして、その刺激を与える物はカオス!混沌なのさ。『混沌戦争』、『ヒューマニックリベリオン』、『天使大戦』、『第三次世界大戦』…これらの戦争は…実に刺激的で素晴らしい混沌だったよ…だからね!僕はこの刺激が味わいたくて五十年前に戦争を引き起こした!」
「まさか……」
プロテアが青冷めた顔でそう呟いた。その先の話は聞きたくなかった。
慧留も髏奇が言わんとしている事が何となく察しが付いていた。
「いや~_(^^;)ゞ人間とは愚かな生き物だね~。たった一人のガキ殺しただけで世界を巻き込んだ大戦争を引き起こすなんてね~。あれは予想外の収穫だった~(ノ´∀`*)」
髏奇がそう言うと、プロテアは眼を見開いて髏奇を見た。
「お前が…イデスを……」
「イデスぅ~???あの糞ガキの名前はそんな名前だったか~????ははは…彼の死に様は無様だったよ?「おねーちゃん…助けて…」なんて言ってたからね~~?????はははははははははははははははは!!!!!」
髏奇がそう言いながら軍人の姿に化けた。するとプロテアは怒りのあまりに叫んだ。
「ああああああああああ!!!!お前は!!お前だけはあああああああ!!!!!」
しかし、プロテアは立ち上がろうとするも、全身を鉄の針で貫かれており、立ち上がる事すら困難であった。
しかも、無理に動こうとすると血が吹き出し、更に、意識が遠退いていく。
慧留も立ち上がろうとするも、慧留自身も傷が深く、立ち上がれない。
イシュガルドの内乱…その戦争のきっかけを作ったのはこの男だ。
この男がプロテアの弟を殺し、イシュガルドを焚き付け、あの様な戦争を引き起こした。
「君たちはよく踊ってくれた…せめてものご褒美に君たちもあのガキと同じ所に送ってあげよう」
髏奇はそう言って、ナイフに霊力を込め、光のビームサーベルへと姿を変えていた。
あんな物に切り裂かれては慧留もプロテアも人たまりもない。
「さようなら\(^o^)/」
髏奇がビームサーベルを振り上げる。
プロテアはやがて、心が折れていた。自分のしてした過ちを今になって悔いた。
本当は分かっていた。舞が悪くない事を。厳陣や黒宮が争いを望んでいなかった事など…プロテアはもう、とっくに分かっていた。
今になって愚かさに気が付いた。だが、全て…遅すぎたのだ。
プロテアは涙を流しながら俯いた。
ー助けて…
「うおおおらあああああああああ!!!!!」
プロテアの心の叫びに呼応するかの様にヒーローはやって来た。
やって来たヒーローは髏奇に刃を突き付けた。
「!?」
髏奇は驚き、ビームサーベルを振り上げるのを途中で止め、相手の攻撃を防ごうとした。
だが、攻撃を防ぐ事は敵わず、相手の刀が髏奇の左目に刺さり、潰された。
慧留もプロテアもやって来たヒーローを知っていた。
「フローフル…」
プロテアはそう、呟いた。
そう、やって来たのは時神蒼であった。蒼は既にボロボロであり、全身が血塗れであった。
「これはこれは…神聖ローマの元王子様が僕に何の用カナ?」
「てめぇ……何者だ?」
「この世界を混沌へと導く者だ」
「…何だ、中二病患者か」
「それ、前にも言われたなぁ…え?何?そんな中二っぽい?」
髏奇が解せぬと言いたげな顔をした。
蒼は辺りを見回した。すると、傷だらけの慧留とプロテアがいた。
蒼は【瞬天歩】で移動し、慧留とプロテアを両手で担いだ。
「蒼…黒宮…さんは…?」
「何とかな…一夜がいなかったらヤバかったけどな…」
蒼は髏奇の方に眼を向けた。髏奇は実に愉快と言った顔をしていた。
「ふふふ…いいね…楽しませてくれる…」
髏奇は非常に愉快そうに蒼たちを見た。
髏奇は左目を潰されているにも関わらず、かなり余裕があるように見えた。あるいはそういう風に見せているだけのブラフの可能性もあったが。
「で?どうすんだ?やんのか?やんねぇのか?」
「ふふふ…君は分かっているんだね。僕を倒す事が出来ない事を。だからこそ、余裕を見せ、やり過ごそうとしている」
「………」
蒼は黙り込んだ。実際、髏奇の言う通りだからだ。
万全の状態ならともかく、黒宮との戦闘後である為、今の蒼には余力が無い。
だから、蒼は余裕を見せ、相手を威嚇していたのだ。
だが、それは髏奇にはお見通しであったようだ。
「ふん、その気概に免じて、今回は見逃そうかな……なんてね。僕、本当は月影慧留とプロテアが弱った所を始末しようとしただけなんだ。彼女らの能力はちと厄介でね」
髏奇が饒舌にそう言った。
どうやら、彼は慧留とプロテアの力を危険視していたようだ。
「で?まだ、諦めて無いのか?」
「まぁ、このまま君もろとも倒したい、というのが僕の本音なんだけど……少々面倒な事になった。僕の力は「眼」を使う力なんだけど…その片眼を君に潰されてしまった…これでは僕も本来の力が発揮する事が出来ない訳だ。そこで、僕は君たちに大事な事を知らせた上でここから逃げさせて貰うよ」
髏奇は自身の能力の一端を暴露しながらそう言った。
髏奇はただのバカとはどうしても蒼には思えなかった。彼が饒舌に自身の能力の一端を話したという事はバレても問題が無い…という事では無いかと蒼は考えた。
それに、髏奇は無茶をしてまで、慧留とプロテアを殺す気は無さそうである。
「見逃してくれるのか?」
「うん、まぁね。君たちの仲間の一人は既に僕の人形が殺してる。戦果はまぁ、及第点だろうしね」
「てめぇが遥を…」
「厳密には僕が造った人形さ。まぁ、詳しい事はそこの二人に聞きなよ」
蒼は怒りを抑えた。ここで蒼が彼に突っかかれば、折角の逃亡のチャンスが無駄になる。
蒼一人の怒りで全員を危険に晒す訳には行かないのだ。
「で?大事な事って何だよ?」
「ヘレトーアが近い内に動き出す。確か、『浄化作戦』って言ってた気がするね~。どちらにせよ、この世界全てを巻き込んだデカイ計画をヘレトーアは始動してるみたいだよ?」
「何…だと…」
「いよいよ…動くのね…」
絶句する蒼だが、プロテアは何か知っている様な雰囲気を醸し出していた。
どうやら、髏奇の言っている事は全くの出鱈目という訳では無いようだ。
しかし、分からない。何故、わざわざ髏奇は蒼たちにそんな事を教えるのか。
「何が目的だ?」
「別に何も?言ったろ?僕はこの世界を混沌へと誘いたいのさ…ヘレトーアの『浄化作戦』とやらには興味深い所はあるが、ただただ、ヘレトーアが何の障害も無く目的が達成されるのは……ちょっとつまらなくない?」
「成る程な…俺たちが動いてその計画を掻き乱し、互いに混乱する様をお前は遠くから見ていたいわけだ」
「当たらず遠からず…60点かな?それだけじゃないよ?まぁ、大方は君の言う通りだけどね。じゃ、また、会えたら会おうね」
髏奇はそう言って、教室の窓から飛び降りた。
神混髏奇の姿はどこにもいなかった。
「何とか…なったな…」
蒼はへたりこみ、慧留とプロテアを離した。
「ありがとう、蒼…待ってね、二人共、すぐに治すから。まずは傷が深いプロテアから…」
「いいのか?自分を直さなくて…」
「自分を治すと魔力の消費が激しいのは知ってるでしょ?それに蒼とプロテア以外にも四宮先生も直さないとだし」
「そうか…」
慧留はプロテアの治療を始めた。だが、プロテアは疑問を浮かべた。
「何で…フローフルは私を助けたのよ…何で…私まで治す必要があるのよ…」
プロテアは分からなかった。プロテアは蒼たちを危機に晒した。
倒されるならともかく、治して貰う理由が思い浮かばなかった。
「言っただろ?お前を絶対に連れ戻すって」
「!?」
プロテアは蒼と観覧車に乗った時の事を思い出した。
あれは蒼の妄言かと思っていた。だが、違った。蒼は、約束を果たす為に、ここへ来たのだ。
プロテアと交わした、たった一つの、小さな約束を果たす為に…
「バカ…じゃ…無いの……?」
プロテアは泣き出した。何故、泣いているのかはプロテア自身にも分からない。
だが、蒼は助けてくれた。約束を果たす為に来てくれた。
プロテアは泣きながら、微笑んだ。それはとても可憐で儚げであった。
だが、それは間違いなく、プロテアが変わったという事である。
「そうかもな…けど……やっと、心から笑ってくれた」
蒼がそう言うとプロテアは少し顔が赤くなり、蒼の後ろを振り向いた。
蒼はそんなプロテアの行動が謎だと感じたが、どうやら、慧留は違うようでプロテアの心情を何となく察しているようであった。
「プロテアは…「これから」大変そうだな~」
「? 何がだ?」
慧留がそう呟くと蒼は慧留に問い掛けたが、慧留はスルーした。
「プロテア…私、あなたと友達になりたい。それ以上の理由は少なくとも今はいらないかな?」
「フローフルもあなたも…本当にお人好しのバカね。私はまた…舞たちを殺そうとするかもしれないわよ?」
「ううん、あなたはもう、そんな事はしない。いや、多分、出来ないと思う。あなたは心の優しい人だから…」
慧留が断言する様にそう言った。
「それに、お前がまた同じ様な事をしようとした時は俺たちがお前を止めてやるよ」
慧留に続いて蒼がそう言った。プロテアは再び、大粒の涙を溢した。
嬉しい、嬉しい筈なのに、涙が止まらなかった。
「今まで、ずっと…我慢してきたんだもんな…」
蒼はそう言って、プロテアを抱き締めた。そして、プロテアはそのまま泣き叫んだ。いつまでも…いつまでも…
「やれやれ…負けたよ…素直に認めるよ…」
黒宮はそう呟いた。あの後、一夜が機転を利かせて、黒宮の能力の穴をつけたのだ。
黒宮の影は他の影に比べて、強固で頑丈だ。それを逆に利用したのだ。
蒼一人ではとても黒宮には勝てなかっただろう。いや、厳密には勝てたかどうかすら怪しい。
蒼は黒宮の力を一時的に押さえ込んだに過ぎない。黒宮はまだまだ底知れぬ力を持っていた。
だが、黒宮は認めざるを得なかった。蒼には確かに、覚悟や意志があった。
蒼だけでは無い。他の者たちもそうだ。皆、覚悟は本物のようだ。
これから来るであろう戦いに、黒宮はいや、黒宮「たち」は備える必要がある。
その為に厳陣の回復は急務である。
黒宮は、彼等を、時神蒼たちを信じてみる事にした。黒宮は彼等に可能性を感じた。
可能性を感じた…それはとても根拠の無い事ではあった。しかし、時としてそれは大きな力になる事も、黒宮は知っていた。
なら、黒宮はその可能性に賭けてみたくなったのだ。
「まったく…歳を取るとバカな事も思い付いてしまうものですね…」
黒宮は自嘲気味にそう言った。だが、清々しい気持ちでもあった。
黒宮がそんな事を言っているとスープレイガとドラコニキルがやって来た。
「派手にやられましたね。黒宮卿…」
「若い者たちの成長は速いものでね。老害がいつまでもしゃしゃり出るものではありませんね」
ドラコニキルが皮肉を漏らすと黒宮が立ち上がりながらそう言った。
スープレイガは面白く無さそうな顔をしていた。
それもそうだろう、スープレイガはこの国に来てからまともに戦えていない。
まぁ、それはドラコニキルも同様だがこれではくたびれ儲けもいいところだ。
「スープレイガさん、そんな顔をしないで下さい。恐らく、戦いはすぐにやって来ますよ。あなたたちにもお手伝い頂きたいのですが…よろしいですか?」
「…出来る範囲なら……」
「どういう意味だ?あんたの言ってる意味、よく分かんねぇぞ?」
「それをこれから説明します」
黒宮はそのままスープレイガとドラコニキルにこれから起こるであろう戦いについて話した。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
一夜は息を切らしていた。それもその筈である。黒宮との戦いが終わった後、蒼はもの凄い速度で一宮高校へ向かっていったのだ。
一夜は走って来たものの移動系統の霊呪法は一切使えない為、走ってここまで来たのだ。
それだけならまだしも、中庭には血塗れで倒れている舞を一夜は発見し、舞を担ぎながら蒼の向かった場所まで向かった。
舞は割りと小柄な為、そこまで重くは無かったのだが、何せ、一夜は先程まで全速力で走っていた上に黒宮との戦いでかなり負傷をしていた為、疲労が尋常では無かった。
「蒼…やっとつい……た………」
蒼たちの元に辿り着き、一夜は倒れ込んだ。
「一夜!大丈夫か!?」
蒼は一夜の元に駆け寄った。
「プロテア!慧留を運んでくれ!俺は四宮さんを……」
「蒼…私……セルリアを……」
蒼がそう言うとプロテアは困った顔をしていた。
蒼は既に傷は癒えていた。だが、慧留は自身の傷を治しておらず、蒼とプロテアを治した為、魔力が尽き、意識を失いかけていたのだ。
「セルリア?お前の仲間か?」
「ええ…」
蒼はプロテアの気持ちを察した。要するにプロテアはセルリアを何とかしたいという事だろう。
「一夜…慧留を病院まで運べるか?」
「…ああ、近くに魔道病院がある。そこに行けば…」
「悪いな…」
「何を今更…」
蒼が一夜を労うとプロテアの方を向いた。
「プロテア、四宮さんを頼む」
「蒼…!私は…だい…じょう…ぶ……だから………!」
「そんな状態で大丈夫な訳ねぇだろ…セルリアって奴の所には俺が行く」
蒼がそう言うとプロテアは絶句した。
「な!?あなた…何を…!相手は…あなたの敵なのよ!?」
「だったら、力尽くで何とかする」
蒼がそう言うとプロテアは渋々了承した。
蒼はプロテアとセルリアが争う事になる事を恐れたのだ。
プロテアはもう、復讐の意思は無い。セルリアと対立する可能性は十分にあった。
だからこそ蒼が単独で向かう方がいいと判断したのだ。
「だが蒼、君、霊力は回復してないだろう…どうするんだい?」
「んなもん、エリクサーで何とかなる」
蒼はそう言って、丸薬を取り出した。エリクサーは霊力を回復させるアイテムであり、天使のみが使用できる。
かつて、慧留も使用出来たのだが、今は堕天している為、使えない。
今はまだ、戦闘になるとは決まった訳では無いので蒼はエリクサーを使用しなかった。
蒼は半分人間であるハーフエンジェルである為、エリクサーによるドーピングはあまり使いたく無いのだ。
「分かった。気を付けるんだよ」
「言われるまでもねぇ…プロテア…一夜…二人を頼む」
蒼がそう言うと二人は頷き、蒼はそのまま窓から飛び出し、強い霊圧が感じる方へと向かった。
恐らく、この霊圧がセルリアのものだろう。だが、蒼はもう一つ、気になる霊圧を探知した。
そう、それは蒼がよく知る人物の霊圧であった。
蒼は嫌な予感を感じながらも霊圧が感じる場所へと向かっていった。
「この霊圧…まさか…嘘だろ!?何で……あいつが…!」
蒼は単独で霊圧の感じる場所へと行こうと思い至った理由は二つある。
一つは先程述べた通りだ。もう一つは…蒼が感じた複数の霊圧…その霊圧の中に十二支連合帝国には存在しない筈の霊圧を蒼は感じ取ったのだ。
しかも、その霊圧は蒼のよく知っている人物の霊圧だ。
恐らく、戦いは既に佳境に入っているのかもしれない。
蒼は全速力で現場へと向かった。
プロテアは戸惑っていた。
あの時の怒りは、悲しみは、憎しみは、決して忘れる事は無い。
だが、プロテアの為に身体を張って助けようとプロテアに真正面から立ち向かった者たちがいた。
プロテアは五十年間、復讐の為に生きてきた。そして、復讐は果たされようとしていた。
だが、蒼と慧留により、それを阻止されてしまった。
そして、蒼はプロテアを連れ戻したいと慧留は友達になりたいと言った。
まったく、奇妙でお人好しでそして、バカな二人だとプロテアは思った。
だが、そのバカな事でプロテアは救われた気がした。
そう、プロテアは本当は誰かに自分の凶行を止めて欲しかったのかもしれない。
家族の温もりが、仲間が、友達が欲しかった。
勿論、今まで共に行動してきたワトル、グレビリア、デイジー、セルリア……そして、コランもプロテアにとっては大事な仲間だ。
いや、蒼や慧留と出会ったからこそ、プロテアは自分の仲間たちを大事に思っていた事を再認識出来たのかもしれない。
コランは確かにイデスを殺した者が造り出した人形なのかもしれない。だが、プロテアを死地から救い出してくれたのは確かだし、仲間の危機には必ず助けてくれた。
だから、髏奇とコランは違うとプロテアは考えている。
セルリアを…そして、捕まっているワトル、デイジー、グレビリアもプロテアは助け出したい。
復讐よりも、怨みを晴らす事よりも、プロテアは今いる仲間たちを助けたい。
そう、それこそがプロテアの本質なのだ。プロテアは漸く、自分を取り戻せた気がする。
舞を、黒宮を、厳陣を、プロテアは許すつもりなど無い。プロテアでなくともそんな聖人君子な人間などこの世に存在しない。
だが、プロテアは彼等が望んでイシュガルドの内乱で戦った訳では無い事を知っていた。
プロテアはイシュガルドの内乱の時に黒宮と厳陣が嘆いていた事を知っていた。
プロテアの両親を殺し、涙していた舞を知っている。許すつもりは無い。
だがプロテア・イシュガルドは一つの「審判」を下した。
仲間を傷付けるだけの復讐は…終える事にした。
そう、プロテアはこれから先は仲間と共に歩き出す事に決めた。
プロテアは父のある言葉を思い出していた。その時、母も弟のイデスも一緒にいた。
『幸せも、悲しみも、全て、半分こだ。家族には仲間には友にはそれが出来る。プロテアもイデスも家族を持っな時、この事を忘れてはいけない。約束だ』
プロテアはこの言葉の意味が今になってやっと分かった気がした。
少なくとも、父は、母は、イデスは…プロテアが荒んだ顔で復讐をする事など望んでいなかった。望むような人たちでは無かった。
プロテアは分かっていた。分かっていながら、今までその事実に逃げてきた。
だから、もう、逃げるのは止めだ。今は、今のプロテアには大切な人達が出来た。
プロテアは今、新しい道を進む事を決めた。
To be continued




