【第五章】イシュガルド殲滅篇Ⅸ-Queen marched-
「ワトル…デイジー…」
プロテアは失った仲間の名を呼んだ。彼女は今、秋葉原の路上にいた。
六人の内、二人がやられた。後はプロテアを含めて四人。
一方、向こうは屍が戦闘不能になっただけだ。明らかにこちらが不利である。
プロテアは歩き出した。すると、後ろに仲間の気配を感じた。
「何をしているの?コラン?」
見た目は冴えない普通の男であった。しかし、彼はプロテアの仲間であり、司令塔の役割をしている男でもある。
彼はコラン・ロンド。プロテアたちと同士だ。
「いえいえ、随分手こずっているなと思いましてね…」
「そうね、私もそろそろ動かないとね。心配ないわ。今度こそ…殺すから」
「十二支帝国の次は…ヘレトーア、USW、そして、ローマ合衆国…全てを潰す…」
「ええ、全てを壊して…最後の一人になるまで…私は戦う」
「いいねいいね!全てを壊す!まさにっ!混沌!」
コランはやけに高いテンションでそう言った。相変わらず読めない男だとプロテアは思った。
彼は昔からそうだ。何を考えているかさっぱり分からない。しかし、彼はプロテアたちに協力的であった。
それもそうだ、彼も五十年前のイシュガルド殲滅の被害者なのだ。
「僕も動き出すとするよ…なぁに…僕の手にかかれば!全て!おわるのっっっさ(^O^)/!」
「期待してるわ…」
プロテアは呆れたようにそう言った。まったく…こんなおどけた感じの男ではあるが実力は本物なのだ…
彼のそのしたたかさはまるで道化師だ。
「プロテアも…実りのある復讐になる事を祈っているよ」
コランは笑顔でそう言った。彼女を慈しんでいるようにも、憐れんでいるようにも見えた。
「ええ、あなたもね」
「そう言えば…グレビリアが動き出したようだよ」
「知ってるわ。今頃、四神天城にいる頃ね」
「このままでは、あなたは復讐を果たせないのでは?」
「それならそれでいいわ、別に私の手で殺す事には拘っていないもの。他の誰かが殺せるのならそれでいいわ」
「フムフム(・_・D 」
「まぁ、私もすぐに向かうけどね」
プロテアは邪悪な笑みを浮かべた。それを見て、コランはニッコリと笑い…
「そうでなくちゃ…」
……そう、呟いた。
「あなたも…精々死なないようにね」
「おや?心配してくれるのかい?」
「まぁね…捕まってる、ワトルもデイジーも取り返すわ」
「そうだね~、こっちも、用が済んだらそっちへ向かうよ」
コランはそう言って、人影の中に消えていった。
「フローフル…いえ、時神…蒼…」
プロテアは蒼の名を呟いた。まさか、自身が警戒していた男があんなに近くにいたとは思わなかった。
あの場で戦うという選択肢もあったのだが、プロテアはそれが出来なかった。
ただ単に彼に情が沸いた…という訳でもない。何故だろう…プロテアは…蒼が自分と同じ匂いがする気がしたのだ。
時神蒼は敵だ。いずれ、戦わなければならない。しかし、今は常守厳陣と黒宮大志、四宮舞を殺す事を最優先に考えなくてはならない。
彼らを殺せば、必然的に蒼はやって来る。プロテアはそれを分かっている。
そう、無理に蒼に狙いを定める必要は無いのだ。
プロテアは秋葉原から去って行った。ここに来る事は…恐らく、もう無い。
「【女帝神】」
グレビリアは【二十二式精霊術】を使った。すると、右手にカード、左薬指に指輪が出現した。
グレビリアの目の前には月影慧留がいた。今、彼女たちは四神天城の近くにいた。
「何をするつもり?」
「決まってるでしょ?」
グレビリアはカードを前に突き立てた。カードは…白紙であった。更に、指輪も慧留に向けた。すると、指輪は輝きを増した。
-これは…ヤバい!
慧留は咄嗟に空に飛び上がった。しかし、遅い、敵の術は既に発動してしまっている。
慧留は地面に着地した。
「ふ…咄嗟に危機を感知したわね…けど…遅いわ」
グレビリアはそう言って、白紙のカードを慧留に見せた。すると、カードに何かが浮かび上がった。浮かび上がったのは…
「嘘…でしょ…」
慧留がそう呟いた。しかし、無理もない。慧留の見たグレビリアが持っていたカードにあった絵は慧留の【拒絶女王】であったからだ。
「あなたの『悪魔』頂いたわ。これであなたは時間回帰、及び過去改変は使えないわね」
「そんな…【拒絶女王】!【拒絶女王】!御出で!【黒時王子】!」
慧留がどれだけ、自身の『悪魔』の名を呼んでも反応しない。どうやら、本当に『悪魔』を奪われてしまったらしい。
グレビリアの【女帝神】の能力は指輪の光を触れた物の奪略。慧留は光を少ししか浴びなかった為、身体全てを持っていかれる事は無かったが、『悪魔』を奪われてしまった。
「これであなたの力はほぼ無くなったと言っていいわね。後は楽よ」
グレビリアは慧留に接近し、ナイフを取り出した。
「舐めないで!【黒閃光】!」
慧留は黒い光を放った。【黒閃光】は悪魔が使用できる術の一つであり、強力なエネルギー砲だ。
しかし、グレビリアは【黒閃光】を回避し、慧留に肉薄した。
慧留は攻撃を回避しようとしたが回避が間に合わなかった。
グレビリアの持っていたナイフは霊力が纏われ、巨大化していた。慧留は右手を切断された。
「ぐぅ!!」
切断された右手はグレビリアの持っていたもう一つの白紙のカードに吸い込まれていった。…筈であった。
しかし、慧留の右手は切断されてはいなかった。しかし、右手は全く動かなくなっていた。
「あなたの右手も頂いたわ。ここで私の能力の解説をさせてもらうわ」
「!?」
慧留は意味が分からなかった。何故、わざわざ、自身の能力の解説をしだすのかが謎すぎる。
しかし、グレビリアは話を続けた。
「私の【女帝神】の力は奪略。指輪の光を浴びた者を強制的にカードに封印する。この力を発動させるには三つの条件が必要よ。一つ目は相手に光を浴びせる事、二つ目は白紙のカードを見せる事…これだけで相手の身体を奪えるわ。まぁ、光の浴びる量が少なければ、一部分しか奪えないけどね…」
慧留はグレビリアの意図が全く読めなかった。能力を懇切丁寧に解説していく。
グレビリアの能力はかなり特殊な能力だ。むしろ、能力をばらさない方が良い筈だ。
なのに、彼女は能力を解説していく。そして、グレビリアはさらに話を続ける。
「そして、私のこの力の真の力は私の能力を知った上でカードにナイフを突き立てる事で-」
そう言って、グレビリアは慧留の右手が描かれたカードにナイフを突き刺した。
「相手を殺す事が出来る…」
「な!?」
「奪った部分が多ければ多いほど速く呪いが発動するわ。全身を奪った状態で突き立てば、一瞬で殺せる…まぁ、一度呪うとその呪った相手の身体はもう奪えないけどね。あなたもあと数分で死ぬわ」
「嘘…」
グレビリアが能力を解説していた理由がこれだ。慧留を呪い殺す為に、あえて自身の能力を解説したのだ。
このままでは慧留は彼女に呪い殺されてしまう。
カードが赤く染まりだした。その瞬間、慧留の口から血が吐かれた。
「かはっ…」
尋常じゃない量の出血であった。このままでは数分持つかどうかすら分からない。
「これで終わりよ…月影慧留…あなたに個人的な恨みは無いけど…ここで…」
「おいおい…マジか…」
「何だ!?これは…」
現れたのは赤島と兎神であった。赤島と兎神はすぐに慧留に駆け寄った。
「大丈夫か!?月影慧留!」
「逃げて…あの女…ヤバい」
「もう遅いわ!」
グレビリアは指輪の光と白紙のカードを赤島と兎神に見せた。慧留は咄嗟に二人を光から遠ざけようと、二人を押し飛ばした。
しかし、もう遅い。赤島と兎神は光を浴びてしまった。
白紙の二枚のカードから赤島の腹と兎神の左足が浮かび上がった。
「何だ…あれは!?」
「何かヤバそうだぞ…」
赤島と兎神は神器を取り出した。
「【須佐之男命】!」
「【天照大神】!」
兎神が持つ神器は片手剣と盾の神器である。一方、赤島の神器はコンバットナイフの形をしていた。
かつては強奪し、使用していた神器だが、蒼たちによって破壊された物だ。
しかし、三年の間に神器は修復され、彼らが扱う事を正式に認められたのだ。
「無駄よ」
「が!?」
「何…だと…」
グレビリアはそう言って、ナイフで新しく生成した二枚のカードにナイフを突き刺した。すると、二人は血を吐き、倒れた。
「どうして!?あの二人は彼女の能力を知らない筈じゃ…」
「いいえ、「私はあなたに能力を説明したわ。そして、あなたは私の近くにいる」」
「能力を知らなくても、近くに知っている第三者がいれば能力は発現するって事!?」
「そういう事よ」
慧留は顔が真っ青になった。このままでは赤島も兎神も…そして、慧留も仲良く全滅だ。
「な!?赤島さん、兎神さん!?何でこんな…」
「来るなああああああああああああああ!!!!!」
数十人の魔道警察官が赤島と兎神を助けにやって来た。それを見て慧留は大声で叫んだ。しかし、遅い。
今度は数が数だけに慧留は庇いきれなかった。
数十枚のカードが魔道警察官たちを写し出していく。そして、それらす全てのカードをグレビリアはナイフで突き刺した。
すると、警察官たちは全身から血が噴き出し、身体を痙攣させながら死に絶えた。
赤島と兎神、慧留は奪われた身体が一部分だけであったので即死は免れていたが他の魔道警察官たちは全身を奪われていたので即死だ。
「くそ…」
慧留は吐き捨てるようにそう言った。赤島と兎神も意識を失っている。このままでは皆死んでしまう。
慧留の力の大部分は『悪魔』に依存している。蒼や澪、遥のように多種多様な霊呪法も美浪や屍の様な高い格闘スキルも持っていない。
時間回帰なら今でも使用可能だが、精々、数分の時間を巻き戻すだけで手一杯だ。
「これで、終わりよ…後は…時を過ぎるのを待つだけ…」
心なしか、グレビリアは焦っているように見えた。
-焦ってる?何で…
慧留は言葉を振り返った。そう、慧留はある疑念が生まれたのだ。「本当に彼女の能力はばらす必要があったのか」と。
慧留はグレビリアの周囲を確認した。しかし、何も怪しい物は無かった。
ーまさか…
慧留は自身の身体を探り、見てみると心臓の部分に謎の術式があった。
恐らく、最初の光が発動した時に彼女が取り付けた物だろう。
慧留は【黒閃光】で心臓を術式ごと破壊した。
「な!?」
グレビリアは明らかに驚愕の表情をしていた。仕組みが分かればこっちのものだ。
グレビリアは恐らく、自身の能力を悟られないために能力を解説したのだ。
しかし、慧留はグレビリアの仕込んだ術を心臓ごと破壊した。
すると、カードに描かれていた絵が消滅し、再び白紙となった。
「お帰り。【拒絶女王】」
慧留は自身の『悪魔』を解放した。紫の刀の形をしていた『悪魔』は紫色の錫杖へと姿を変えた。
そして、自身の欠損した心臓を巻き戻し、元に戻った。
しかし、自身の身体の時間を巻き戻すと大量の魔力を消耗する。
慧留の魔力はあまり多くは残されていない。
「くっ!?力が戻ったからといって、簡単に…」
「無駄だよ。お姉さん」
慧留はそう言って【拒絶女王】を地面に突き立てた。
すると、赤島が発生させた炎が再び発生した。炎が発生した時間まで巻き戻したのだ。
炎がグレビリアを焼き焦がす。
「こんなもの…!」
グレビリアは再び、【女帝神】を使用し、炎をカードに閉じ込めた。
どうやら奪略の力はまだ残っている様だ。
しかし、それが、隙となった。
「【王魔黒閃光】」
慧留の錫杖から巨大な黒いエネルギー砲が放たれた。
グレビリアは黒い波動に直撃した。
「が…く…」
グレビリアは全身から出血していた。とても戦えるような状態では無かった。
しかし、再び【女帝神】を使用しようとしていた。
慧留は錫杖に霊力を込め、黒い斬撃の衝撃波を放った。
グレビリアは衝撃波に吹き飛ばされ、そのまま意識を失った。
「はぁ…はぁ…くっ!」
強敵であった。今の慧留は無傷ではあるが、先程までの傷を巻き戻した為、相当魔力を消耗していた。
騒ぎを聞きつけて恐らくすぐに厳陣と黒宮が来るだろう。その前に逃げなければならないー
「!?」
後ろから轟音が聞こえた。慧留は後ろを振り向いた。
すると、四神天城の天井が破壊されていた。
上空には見覚えのある少女がいた。銀色の長い髪と赤い瞳が慧留のいる場所からでも見えた。
間違いない、プロテア・イシュガルドだ。とうとう、この場所に攻め込んで来たのだ。
グレビリアのお陰で監視役の魔道警察官はかなりやられた。
恐らく、この隙をついたのだろう。
「…!」
慧留はそのまま四神天城へと向かった。
「何だって!?澪くんと董河くんが!?」
一夜が声を上げてそう言うと美浪はこくりと頷いた。
今、彼等は地下水道にいた。かなり複雑な構造をしており、見つかるのは容易ではない。
しかし、澪と湊が蒼たちの居場所を嗅ぎ回っているようなのだ。
「味方って可能性は無いのか?」
蒼がそう訪ねた。蒼は彼等が敵に回る事を信じたくなかった。しかし、美浪は首を横に振った。
「どうも、そんな感じじゃなかった。多分、常森総帥の差し金だと思います」
「くそ……!あいつらから逃げきるのはほぼ無理だぞ!」
蒼は拳を地面に叩き付けた。澪も湊も高い感知能力を持っている。そんな彼等から逃げ切るなどほぼ不可能に近い。
しかも、彼等はすぐ近くにいるという。見つかるのも時間の問題だ。
「お困りみたいね」
蒼と美浪と一夜は声のする方向に慌てて振り向いた。そこにいたのはピンクのツインテールと瞳を持った童顔の少女であった。
「遥さん…」
「付いてきて、速く逃げるわよ」
遥がそう言って走り出した。蒼たちは一瞬付いていくべきか迷った。
遥が澪たちとグルである可能性があったからだ。しかし、このままでは捕まる事は目に見えている。
ならば、遥にすがるしかない。蒼たちは遥に付いていった。
「霊呪法第三十三番【陰極薄氷】」
遥は霊呪法を唱えた。すると、氷の霧が発生し、蒼たちの気配事消し去った。
【陰極薄氷】は周囲の人の気配を消し去る隠密行動をする事に特化した霊呪法だ。
遥はこれで、行方を眩ませようとしているのだ。
「何で…俺たちに協力をしてくれるんだ?」
「あたしはあなたたちの仲間でしょ?協力するに決まってるわよ」
「でも、澪さんと湊は厳陣たちに従ってる!このままじゃあんたも危ないだろ!?」
「あたしは…常森総帥が正しいとは思えない。イシュガルドの内乱の事は四宮先生に聞いたわ。それを知ったら尚更、従えないわよ」
遥は静かにそう言った。何故だろう、蒼は遥を見ていると「あの人」を思い出す。
今に始まった事ではない。初めて会った時から蒼はそれを感じていた。
蒼は遥と「あの人」を重ねていたのかもしれない。
「協力には感謝するよ。音峰くん、だが、君はどうする?はっきり言って、目眩ましにもならないよ。この程度では彼等から逃げきるのは無理だ」
「その心配は無いわ。私が足止めするから…」
「「な!?」」
遥の言葉に美浪と蒼は絶句した。確かにそうする他無いだろうが、それは…
「そうするしか、無いのか?」
「無理ね。澪と湊を舐めないで頂戴。この程度では逃げ切れないわ。誰かが最低一人は足止めをしなくちゃならないわ」
「それなら、俺が…」
「蒼、あなたは…あなたたちには…やるべき事があるでしょ?」
「…!」
『あなたには…やるべき事があるでしょう?』
蒼は頭の中で遥とは別の声が反芻していた。
蒼は遥が言おうとしたその先の言葉が分かった。いや、解ってしまった。その先の言葉は…
『「あなたは仲間を…守りなさい。約束よ?」』
蒼は遥の横顔が自身の姉…いや、姉のような人であったエリスと重なって見えた。
そう、蒼はずっと心のどこかで遥とエリスを重ねていた。この二人はあまりにも似ていたから。
だから、蒼は遥を一人で行かせたくは無かった。しかし…
「蒼、ここは音峰くんに任せるしかない」
「そんな…!一夜さん!?……!」
美浪は一夜に異議を唱えようとしたが、一夜の口が震えている事に気が付いた。
一夜も分かっているのだ。どうしようも無いという事を。
一夜だって本当は遥一人に任せたくないのだ。
しかし、ここは、遥に任せるしかないのだ。でなければ、蒼たちもろとも厳陣に捕まって終わりだ。
美浪は一夜の気持ちを察して何も言わなかった。
「………」
「蒼!」
「!?」
蒼はボーッとして足を止めていた。遥を見て、立ち止まってしまっていたのだ。
「遥さん…俺も…」
「速く行きなさい!」
「!」
蒼はビクッと震えた。
「仲間を守りなさい。………そして、生きて戻りなさい」
蒼は心の中で訂正した。この人はエリスではない。音峰遥なのだ。
いつまでも過去の者に振り回されている訳には行かなかった。
そうだ、蒼は遥に聞きたい事や話したい事が有るではないか。
この戦いが終わったらそれをゆっくりと聞くとしようと蒼は思った。
「…分かった……けど、お前も生きて戻れ!絶対だ!」
「…相手は澪と湊よ。やられはしても殺されはしないわ」
蒼たちは遥を置いてそのまま逃げ去った。
ーそれでいいわ。
遥の目の前に二人の人影が現れた。澪と湊だ。
「ハルちゃん…そこをどいて!」
「無理よ…通りたければ、力ずくで来なさい」
「ハルちゃん!アオチーたちを捕まえないと…危ないんだよ!」
「……例えそうでも、あたしは…仲間の意思を尊重したいわ」
「あなたはいっつもそう!いつもいつも、仲間の気持ち仲間の気持ちって!なら!あたしは!?あたしの意志はどうなの!?あたしだって、彼等を危険な目に合わせたくないよ!」
「喧嘩するのは…久しぶりね」
「あたしが、ずっと、我慢してきたんだよ。親友だから…でも、今回は譲れない!」
「そうね、あたしはあなたに甘えてきたわ。けど、それでも譲れない」
遥はヘッドホンを耳に取り付けた。澪は杖を構えた。
「みっとん、先に行って」
「え?あっ…はい!」
湊は澪の気持ちを察して先に行った。これで、遥と澪の二人だけだ。
「やけに素直にみっとんを行かせたね」
「流石にあなたたち二人を押さえ込むのは無理よ…あなたで手一杯よ」
「ハルちゃん…決断を変える気は無いんだね?」
「あなた…もう、分かってるでしょ?」
「うん」
澪は光速で遥に間合いを詰めた。澪が使う光速移動である【流星神速】だ。
澪の能力の名は【神星】。イシュガルドが使う【二十二式精霊術】と同種の能力だ。
澪の能力は星の力を扱う能力であり、特殊な能力が多い【二十二式精霊術】の中でも単純な能力である。
しかし、それ故に強力な力である。
遥は澪を相手に気を抜く暇は一切無い。それどころか、遥は澪と何度か闘った事があるが、彼女に勝てた事は一度もない。
それほど、澪は圧倒的な力を持っていた。
遥は澪に迎え撃つように、音速で澪に突進をした。
【音速突進】と【流星神速】がぶつかり合った。
しかし、澪がやはり優勢であった。遥を吹き飛ばした。
「【氷魔連刃】」
「【三重虚神】」
澪の地面から氷の刃が飛び出してきた。だが、澪はすかさず、【三重虚神】で防御した。
「【水流荒波】」
「霊呪法第七百番【大紅蓮氷蓮獄】!」
今度は澪が攻撃を仕掛けた。大量の水が溢れ出してきた。しかし、遥は【大紅蓮氷蓮獄】で澪が発生させた水を全て凍らせた。
「【星混沌旋風】!」
「【慟哭のシンフォニックアレフ】!」
澪は巨大なエネルギー砲を放ち、遥は巨大な音の塊を放った。
しかし、これもまた、澪が圧倒した。
「無理だよ…ハルちゃんじゃ、私には勝てないよ」
「まだよ。まだ…戦えるわ」
遥は全力で澪を足止めしていた。しかし、澪は遥を傷付けない程度に力を加減していた。
この時点で遥と澪の力の差が出ていた。
「これ以上抵抗するなら…本気であなたを倒すよ」
「あたしは…降参なんてしないわ…」
「何でそこまでするの!?このままじゃ、アオチーたちが危険なんだよ!?」
「あたしは常森総帥の意見には賛同出来ないわね。それだけで十分よ」
「それは…私達を危険な目に合わせないために…」
「本当にそうかしらね?もし、仮にそうだとしても私は認められないわね。安全な道を通るだけじゃ何も得られないわ」
遥は澪の言葉を一蹴した。遥はどうやら随分、厳陣の事を懐疑的に見ていたようだ。
「ハルちゃんは…叔父様を信用してなかったんだね…」
「あたしは基本的には仲間と思った人以外あまり信じない性質よ。あなたも知ってるでしょ?」
「あたしの親戚だから…信じてると思ってた…それに…私の事も信じてくれてると思ってた…」
「あなたは信じてるわ。仲間だもの、親友だもの。だから、あたしはあなたを止めてる」
「意味分かんないよ!ハルちゃんはいっつもそう!やることなすこと全っ然!分っかんないよ!」
澪が叫んだ。澪は自身の行動が間違ってるとは思えない。
仲間の危機を止めようとするのは当然の筈だ。
なのに、遥は蒼たちを危険な目に合わせようとしている。
そんな、遥が澪には理解出来なかった。
「あなたのやってる事は間違ってるとは言わないわ。あなたにはあなたなりの考えで動いてる…それは分かるもの…けど、あたしにもあたしの正義があるの!あたしはあの子達を信じたいの!」
「そうか…結局……… !?」
澪が血相を変えて遥に肉薄した。そして、杖で遥の顔に殴り付けた……と思えば、顔の左横に杖を突き刺していた。
「ぎょえ!?」
そんな声と共に何者かが吹き飛んでいった。
「!? 今のは!?」
「どうやら、喧嘩してる場合じゃ無くなったみたいだよ。ハルちゃん」
新手だ。澪が攻撃していなければ遥は恐らくやられていただろう。
「完全に気配を消したつもりだったんだがね~。思ったより、やるねー」
相手は道化師の服と化粧をしていた。そう、見た目は完全にピエロであった。
「あなたは…イシュガルド?」
「さぁ??どうかな~???」
おどけた感じで道化師は答えた。
しかし、彼は間違いなく敵だ。
ふざけた態度を取ってはいるが、その言動一つ一つが彼の不気味さを助長させていた。
「随分、小物ぶってるのね」
「君みたいな小物ぶってる奴ほど油断出来ないね」
遥と澪は道化師を睨み付けた。
「おお~、おお~。怖い怖い~(>_<)これは~、面倒になりそうだね?」
道化師は煙玉を地面に投げ付けた。すると、煙が辺りに広がり、道化師の姿が完全に消えた。
澪と遥は辺りを見回した。
「イシュガルドがとうとう動き出したか…」
青の長い髪と瞳を持った灰色の宗教服を着た男がそう呟いた。
ここはヘレトーアのとある教会である。
男はここで祈りを捧げていた。これからの聖戦の為に。
男の名はアラルガンド・セクラム。ヘレトーア最強の騎士にしてセクラム教の神官だ。
彼はここで五年前の事を思い出した。五年前…大きな戦があった。
彼はその戦に参加した。そこで彼はある人物に出会った。
全てを白に変えるその者はまさに鬼。幾多の戦いの中でもアラルガンドはそれほどの強者と出会えたのは果たしてどれくらい前なのだろうか。
だが、その鬼はあまりにも小さかった。アラルガンドは鬼の剣を折った。
彼が自分の前に現れる事は無いだろう。あの時の騎士はもう死んだ。
大切な者を守れず、仲間も守れず、全てを失ったからだ。彼が立ちはだかる事は…無い。
「古き神話の序章…その始まりは…この国で行われ、そして、全てが「浄化」される」
アラルガンドはそう呟いた。そう、ここから、これから、始まるのだ。
神々の戦いが…しかし、今はまだ序章にすら入っていない。
例えるなら、今は舞台の準備…と言った所か…
しかし、舞台が始まるのは近い。
「この時が来た…私は…」
アラルガンドが何かを言いかけた時、後ろから足音が聞こえた。
中世の貴族の様な髪型をした男が現れた。彼はデミウルゴス・ペラーゼ。ヘレトーアの大臣だ。そして、セイント教徒でもある。
「デミウルゴス様…」
「貴様はよくここに来る様だな…」
「一応、神官ですので」
「勤勉な事だ。大神官殿もさぞ、喜びになろう」
「………ええ、そうですね」
「世界の浄化は確実に進んでいる。問題はイシュガルドだな」
「ええ、しかし彼等を倒すのは容易い。一番の懸念事項は常森厳陣と黒宮大志かと」
彼等の言っている大神官とはヘレトーアを治めているヘレトーアの事実上の支配者の事だ。
しかし、大神官は神官と一部の上層部にしか謁見が許されない。
「まあ…貴様とルバートがいれば、問題は無いだろうがね」
「ええ、それは勿論。ですが、ルバートの場合、何を考えているか分からない所がありますが…」
ルバートとはアラルガンドと双璧を成す魔道師である。寡黙な性格ゆえ余り喋らず、アラルガンドは彼を苦手としている。
だが、彼の戦闘力は本物であり、アラルガンドと並ぶと言っても指し支え無いだろう。
「では、私はこれで…」
何か用事を思い出したのかデミウルゴスはすぐさま去っていった。
アラルガンドはデミウルゴスを軽視していた。
いや、このヘレトーアの大臣たちはアラルガンドから見ればただの肥え太った豚と変わらない。
彼等はただ、権力という餌に貪りついているだけだ。とはいえ、アラルガンドからすればそんな事はどうでもいいが…
アラルガンドもすぐにこの場から去っていった。
To be continued




