【第三章】USW侵攻篇ⅩⅩーフィーリア・レギースー
「ここから先は『世界宮殿』にまつわる話だよ。聞いたことはあるよね」
少年はそう言った。
「?名前だけなら…」
「死んだ人間はね…『世界宮殿』に行くんだよ。そして、そこで魂を保管されるのさ。あらゆる生物の生死を管理するのさ。この世界のバランスを保つためにね」
少年がそう言った。
「バランス?」
慧留がそう言うと少年が話を続けた。
「『世界宮殿』は巨大な魂の管理システムだよ。このシステムが組み込んだ通りに動く。ローグヴェルトがあそこで死ぬことはこの『世界宮殿』によって決められていた事なんだ」
「!?運…命…で…」
「あれを見なよ」
少年が指をさして、そう言うと慧留は少年が指さした方向を見た。
『世界宮殿』の構造は言うなればパルテノン神殿に近いデザインであった。
白い独特な構造をしていた。慧留が見たのは『世界宮殿』の中心にある巨大な円であった。
「あれが管理システムだよ。名を『キピサス』という。生物がこの世界に生まれる時、あの『キピサス』によって、運命を決められ、世に放たれる。どういう風に生まれどういう風に死ぬか…までね…そして、死んだら、この世界を動かす動力源になる」
「じゃあ…運命を勝手に決められて、死んだら勝手に動力源にされるって事?」
「そういう事だね…」
少年がそう言うと慧留は絶望感に襲われた。
ローグヴェルトが死ぬ事は決まっていて、挙句この世界を動かす動力源にされている…こんな神殿を維持する為だけに…
慧留は目の前が真っ暗になる感覚に襲われた。これがこの世界の法則だというのか?
「最初から…この神殿は最初からあったの?」
「この神殿が出来たのは今から千年ほど前だね…」
少年はそう言って、慧留の耳に語り掛けてきた。
誰にも聞こえないように…とは言っても、ここには少年と慧留以外いないのだが…
「……じゃあ、私がここを破壊すれば…全て戻る?」
慧留がそう言った。
「この神殿はこの世界の概念の一つとなっている。所謂…神だ。神を殺すという事は君にもそれなりの代償があるよ。この世界を破壊すれば、恐らく全てがリセットされる。無かった事になる。君の思い出は勿論、この神殿が出来てからの千年間も跡形もなく消えるだろうね」
少年がそう言った。しかし、慧留は決意を固めた。
「私…この世界を壊すよ」
そう言った。慧留はこの世界の仕組みが分かった…いや、分かってしまった時点でこの世界を壊すことを決めてしまっていた。
慧留は許せなかった。この世界が全て、こんなものにコントロールされていたなんて…人の生も死も…いや、人だけではない、この世界の全てを、過去を、未来を。
全て、こんな神殿によって勝手に決められて…ローグヴェルトの死も、いや、それだけではない、世界で生きている者たちが全て、この神殿の運命によって生きる道を操作されている。
そんなこと許せる筈が無かった。
慧留は自分の道は自分で決めるべきだと考えている。
誰かに用意された運命という名のレールを渡り続ける事…そんなもの死んでるのと同じである。
こんな世界では慧留の望みは絶対に叶わない。慧留はそう思った。
「こんな世界は間違ってる…」
「君がこの神殿を支配するという手もあるよ。そうすれば、世界中が君の思うままだよ。そうすれば、君の掲げている。争いの無い、迫害の無い、世界を築けるよ…」
慧留は少年の提案をあっさり否定した。
「そんな事しても意味が無い。私がこの神殿と同じになるだけ…そんなの絶対嫌!世界を洗脳して手に入れた平和なんて…そんなの本当の平和じゃない!」
慧留はそう言った。世界に生きる者たちが誰かの運命に従うのではなく、自分自身の足で歩み、そうした上で、手に入れる平和こそ価値があると慧留は思っている。
「君のそれは…とても難しいよ…そもそも…本当に分かり合える世界なんて作れないよ…」
少年はそう言った。慧留の事を最も理解している少年がそう言った。
「ローグと過ごした日々も…蒼たちと過ごした日々も…私にとっては大切だった。けど、これが全部決められた事だったの?そんなの納得できない!……仮に私は…この世界を認めたくないんだよ…誰かに操作された世界なんて…」
「人には…魔族には…感情がある。だからこそ、その感情を縛って、安定させるためにこの神殿があるんだ。一つにする為に」
「そんなの違う!!誰かの運命を!気持ちを!縛っていい理由なんかない!!!」
慧留は叫んだ。慧留はあるべき姿に戻したいのだ。運命に囚われるのではない。
自由な世界を…そして証明したいのだ。
この神殿に運命を決められなくても、必ず、ローグヴェルトや蒼たちに巡り合えるってことを…
「君は…欲深いね…人と触れ合う温もりに気付いてる」
色欲…慧留は人と関わる事のぬくもりを感じていた。
「勝つしか進むしかない…つまり、喰らわなければ生きていけない事を知っている」
暴食…勝たなければいけない事を分かっていた。
「自分なら必ず、好きな人と会えると思い上がってる…」
傲慢…必ず巡り合えるという思い上がりがあった。
「欲望にも忠実だ。誰かの心を縛ることを良しとしない…」
強欲…今の世界に満足できなかった。
「けど、今までは自身の大切な事にも目を背けてきた…」
怠惰…その癖、肝心な時は何も出来ず、誰かに頼っていた。
「君は…力を欲した…いや、欲している。だから、君は力のある者を…変える力のある者を羨んでいる、そして今も…」
嫉妬…慧留は力が無かった。だから、力のあった、ローグヴェルトや蒼を羨んでいた。
「そして、この身勝手な世界が許せなくて、今、沸き起こる怒りに身を任せようとしている」
憤怒…感情のある者を最も熱くさせる感情であり、理性を吹き飛ばす感情でもある。
慧留はこの世界の理不尽さに激しい怒りを覚えていた。
-壊してやりたかった。この不条理な世界を…
「そっか…もう揺るがないんだね…」
少年はそう言った。すると、黒髪の白装束を身に纏った女性が姿を現した。
「あなたは…」
「私はアンタレス…「この世界」の…始祖の悪魔よ…」
アンタレスはそう言った。
「私は…あなたの力となるわ…それが、クリフォトと交わした約束…」
「約束?」
慧留はアンタレスの言葉の意味があまり分からなかった。
「私とカーシス…いえ、クリフォトはね…三百年前に契約を交わした。この世界を変える王を創ると…そして、クリフォトはそれを見つけた。…あなたの事よ…エル・マクガヴェイン。あなたは…クリフォトが自作自演で国民に謳っていた『ヴァルキリア』になるのよ。あなたが「USW」を率いて、この世界を壊すのよ…」
アンタレスがそう言った。慧留はアンタレスの言葉をなぜか信用できた。何故かは…分からなかった。
「私が…『ヴァルキリア』…」
慧留は「USW」の女王になる決意を固めた。
「覚悟は決まっているのね…なんとなく分かるわ…なら、もう私が言う言葉は無いわ」
アンタレスはそう言って、消えていった、そして、今まで、学校の制服を着ていた慧留がいつの間にか「USW」の軍服に変わっていた。
「さて、もう、僕の名前…分かるよね?」
少年はそう言った。
「うん、あなたはずっと私の中にいた…気付いてあげられなくてゴメンね」
慧留は笑顔を作ってそう言った。
「本当だよ…僕は…ずっと君に会いたかった!!けど…君は今になるまで僕を見てくれなかった…」
少年は泣きそうな顔でそう呟いた。少年はずっと慧留の中にいた。
慧留はそれに気づいてなかっただけなのだ。
…分かろうとしていなかったのだ。自分の力を…慧留の怠慢である。
「ゴメン…でも、今なら分かるよ…あなたの名前…これからは一緒だから…ね?」
慧留は笑顔でそういった。少年は涙を拭いた。
「あなたの名は-」
-ルキフゲ・ロフォンカレ-
蒼は慧留の攻撃を捌いた。
-今のは?
蒼は先ほど、慧留と刃を交えた瞬間、頭から何かが流れ込んだ気がしたのだ。あれは一体…
「はあ!」
慧留は蒼に攻撃を続ける。攻撃を防ぐ蒼…
「ぐ!」
「受け身だけじゃ勝てないよ!」
慧留の後ろに澪と屍がいた。
「【流星神速】!」
「【王魔鎗】!」
澪は【流星神速】の加速に乗せた拳を、屍は【魔石】を錬金し、鎗に変え、その鎗で慧留に攻撃を仕掛けた。
慧留は【拒絶女王】を揺らした。すると、音が鳴った。
その瞬間、慧留は姿を消した。いつの間にかいなくなっていた。
「「「!?」」」
慧留は屍と澪の後ろに回り込んでいた。慧留は【拒絶女王】を振るった。
すると、衝撃波が発生し、澪と屍、蒼を吹き飛ばした。
慧留はすぐさま後ろを見た。すると、美浪が攻撃を仕掛けていた。
澪の身体には霊力の鎧の様なものを纏っていた。【神掛】だ。
慧留は【拒絶女王】を地面に突き立てた。
すると、【拒絶女王】は程よい音色が鳴った。その瞬間-
「え?どうして?」
美浪の霊力の鎧が消え去った。
【神掛】が消えていたのだ。慧留は美浪の腹部を手刀で貫いた。
「が…」
「神の力じゃ…私は倒せないよ…美浪ちゃん」
慧留は美浪をそのまま吹き飛ばした。美浪は完全に気を失っていた。
「美浪!」
蒼は駆け寄ろうとするが、慧留によって阻まれた。
「はぁ!」
屍は鎗で攻撃を仕掛けたが、攻撃を躱された。
「【第二解放】!」
蒼は【第二解放】を発動。発動したのは…
「【ワルプルギスの夜】」
蒼の身体は黒い衣を纏っており、黒い双翼が背中から生えていた。
さらに蒼の周囲には歯車の様なものが浮かんでいた。瞳は真っ黒になっており、頭にいびつな形をした輪っかがあった。
蒼の時を操る【天使】、【黒時皇帝】の【第二解放】だ。
「それが…蒼のもう一つの【天使】の【第二解放】…」
慧留はそう言った。
「【時間停止】!」
蒼は屍と遥と澪以外の時間を止めた。世界は白黒になっていた。
「時間を止めた!今だ!」
蒼がそう言うと屍は鎗で突撃し、澪は【星混沌旋風】を放ち、遥は【サウンドミサイル】を放った。
「無駄だよ、蒼」
慧留の身体が動いていた。
-馬鹿な!?【時間停止】はまだ持続する筈…
慧留は身体を動かし、三方向からの攻撃を躱した。
「蒼の力が効いてない!?」
遥は驚きの表情を浮かべた。他の三人も同様だった。
「次は遥さんだね…」
慧留は遥に接近した。
「【三重虚神】!」
遥は自分の前に巨大な盾を三重に張った。
しかし、慧留はまるですり抜けるかのように【三重虚神】を突破した。
…というか、【三重虚神】が勝手に消えていったのだ。
「【世界逆流】」
遥は攻撃を仕掛けようとしたが、慧留に錫杖で頭部を殴られ、さらに、錫杖で遥を吹き飛ばした。遥はそのまま気絶した。
「ハルちゃん!」
澪が叫ぶ。
-魔力だけじゃねぇ…膂力だけなら俺と同じくらいだ…
屍は顔を白くした。単純な肉弾戦だけなら、屍は慧留に勝てるが…慧留は得体の知れない力を使っている。
この力はあらゆる技を消してしまう技だ。
さらに、いきなりショートワープする力もある。この二種類の力をどうにかしない事には…
「違う…慧留の力は…たった一つだけだ」
蒼はそう言った。
「どういう事?アオチー?」
澪は慧留の力を自分なりに解析してみたが、全く分からなかった。蒼はそれを分かったというのだ。
「「同じ」だ…あいつの使ってる力は「変わってない」…」
蒼はそう言った。そして、屍と澪は蒼の言葉の意味に気が付いた。
「へぇ?蒼はもう私の力が分かったんだ…その「眼」のお陰かな?」
慧留がそう言った。
蒼は【ワルプルギスの夜】の時のみ発動する一寸先の未来を視る眼、【時空眼】を持っている。この眼はあらゆる時間の流れを見る事が出来る。
慧留が使っていた力は蒼たちは何度も見ている。そう、彼女が今まで使っていた力は「時を巻き戻す力」だ。
技を打ち消したわけではない。技が発動する前の時間に戻しただけだ。
ショートワープをしたのではない。その場所に自分がいた時間まで巻き戻したのだ。
実際、慧留が瞬間移動したかのように見えていた時はかなり限定された場面であった。
「時間の巻き戻し…私が持っている唯一の力…こんな使い方があるんだよ…」
慧留はそう言った。とはいえ、慧留自身の魔力と膂力も相当上がっていた。
慧留の今の魔力はクリフォトとどっこいどっこいの量だ。
「さっき【時間停止】が効かなかったのも同じだ。【時間停止】が発動する前の時間に戻したんだ…」
蒼はそう言った。慧留はニヤリと笑った。
「流石だね…蒼…私の力をすぐに見抜くなんて…」
【蒼…あの女ヤバいわ…正直、あの男よりヤバい気すらするわ…】
蒼は頭の中から声が聞こえた。蒼の【天使】、【黒時皇帝】だ。
「…らしいな…」
【余の力はあの女にはほぼ効かんと考えろ…なんせ、あの女の時間の巻き戻しの力は余の時間操作の範疇をはるかに超えてるわ。ねぇさんの氷でも無理ね…肉弾戦で勝つしかないわ…】
【黒時皇帝】はそう言った。
【まぁ…どちらにしてもわたくしたちを両方解放しないとあの女に勝つ可能性はほぼゼロね…】
別の声が聞こえた。蒼のもう一つの【天使】、【氷水天皇】だ。
「…」
蒼は黙っていた。蒼は慧留の力がこれで全力とは思えなかった。まだ…何か…
「行くよ!」
慧留は蒼に接近した。
「【氷水天皇】!」
蒼は【氷水天皇】で氷を発生させた。しかし、氷はすぐに消えた。
「時を巻き戻し続ければいずれ無になる。すべての生物…この世界も…はじめは無から始まった…」
慧留はそう言った。そして、蒼に錫杖を振りかざした。蒼はその攻撃をまともに受けた。
「痛っ!」
蒼は慧留の錫杖…【拒絶女王】を手で抑えた。
「…な!?」
慧留は驚いた顔をした。
「こうすれば…巻き戻しは使えない…澪さん!屍!その位置から攻撃しろ!」
澪は【星神の杖】を顕現させた。
「【星隕石雨】!」
澪はそれから隕石の雨を発生させた。さらに屍は【王魔鎗】を慧留目掛けて投擲した。
「ぐ!!」
慧留は二人の攻撃をまともに受けた。蒼は攻撃を受ける寸前、【時間加速】で慧留から離れた。
慧留の【世界逆流】は範囲を指定してその場所の時間を巻き戻せる。
つまり、巻き戻せる場所は一ヶ所のみだ。そして、一度巻き戻すと数秒間だけ【世界逆流】が使えなくなる。そこを狙ったのだ。
「痛い…」
慧留は現れた。頭から血が出ており、腕からも血が出ていた。
「「「っ…」」」
三人はそんな声を上げた。蒼たちは仲間を傷つけたことに躊躇いを覚えてしまった。
「一筋縄じゃ行かないな~」
慧留はそう言った。
「えるるん!もう止めて!」
「月影!!もう止めろ!!!」
澪と屍は慧留にこれ以上戦わせまいとした。
「慧留…」
蒼は慧留の名を呼んだ。しかし、慧留は止めなかった。
「やっぱり…あなたたちは本気でやらないとね…」
慧留は自身の紫色の錫杖、【拒絶女王】を掲げた。
「何をする気だ?」
屍は怪訝そうな顔をした。
-まさか…!?
蒼は慧留が何をしようとしているのか…なんとなく分かった。
「御出で、【時黒王子】」
慧留は紫色の光に包まれた。
「僕の名前…やっと呼んでくれた」
ルキフゲはそう言った。
「あなたは…ずっと私の中にいたんだね…」
慧留がルキフゲに言った。
「うん…」
二人は何もない黒い空間で白い椅子に座っていた。
「僕の事…拒絶しないんだね…」
「何で?あなたは私だよ…拒絶なんてするわけないじゃん」
「得体の知れないモノは…怖がるよ…普通…それが例え、自分の一部だとしても」
「私はあなたを拒絶しない。あなたは私、私はあなただから。今まで…あなたに気付いてあげられなかったね」
慧留は自分のおでことルキフゲのおでこを重ねた。ルキフゲはとても満ち足りたような顔をした。
「優しいなぁ…エルは…こうしてると…君の優しさが伝わるよ」
「そう…かな…」
慧留は少し照れたような顔をした。
「あなたは…淋しがりだね」
慧留はそう言った。
「うん、僕は臆病で…淋しがりだよ…」
「あなたは…あなたはたった一人で…私があなたに気付くまで私の弱さを抱え続けてたんだね…そんなあなたは…もう…弱くなんかない…私なんかよりも…ずっと強い…」
「ううん、僕が臆病なのは僕だからだよ。エルのせいじゃないよ。エル…君の名前…安心する…」
「私も…あなたの名前はとても神秘的に思える」
「名前を呼ばれるってこんなに幸せな事なんだね」
「うん、そうだよ、幸せだよ。自分の存在を証明してくれてるって事だもん。誰だって…一人は淋しいよ…」
慧留はニッコリと笑った。ルキフゲもそれにつられて笑った。
「エル…君は本当に…覚悟が出来ているのかい?この世界を壊す覚悟を…『世界宮殿』を壊せば、本当に何が起こるか分からない。それでも…」
「私は…心を持つ事が…間違いだなんて絶対違うって言える。繋がり…その大切さに気付けないのはとても悲しい事だと思う」
「うん…そうだね…」
「ぶつかって、戦わないと伝わらない事もある」
「…」
「全く傲慢じゃない人は…自分を認めて上げられないって事だよね」
「どうだろう…」
「全く休めないっていうのは辛いし、すぐに力尽きちゃうよ」
「そうだね、生物には活動できる限界があるからね…」
「誰かを羨めないと…自分を省みて、相手と競う事が出来ないよ?」
「うん…」
「物欲が無いのは…欲しいものを手に入れた達成感がない何も得られない事…これはこれで悲しい」
「………」
「怒れないって事は…誰かの為に怒る事も…悲しむ事も出来ない…」
「君は…七つの大罪が…罪が大切だと言いたいのかい?」
慧留が一通り言い終えるとルキフゲが問いかけた。
「少し違うよ…生きてる限り、生き物は皆…罪を背負ってる。……でも、私はそれを間違いだとは思わない。罪があるからこそ…私たちは歩めてる」
「けど、罪を犯すが故に過ちを犯す要因にもなる」
「そうだね…だからそれを制御する『世界宮殿』の仕組みも分かるよ。制御した方が楽だし、世界のバランスも保てるんだろうね…けど…そんなのは偽りの平和だよ…魔族や人間の感情は簡単に縛れるものじゃない。私は……少なくともこの世界は認められない。こんなの…奴隷と変わらないよ…」
「それは…考え方にもよると思うけどなぁ…」
「ううん…永遠なんてない…心は簡単に縛れない…そんな事したら…みんな壊れちゃうから…だから、私は戦うよ…」
慧留はルキフゲを見た。
「そうか…君は…優しいね…」
「ううん、身勝手だよ」
ルキフゲは慧留の言葉の意味が少しだけ分かった気がした。
「もう…元には戻れない…」
「なら…」
「「進むしかない」」
慧留とルキフゲはそう言った。
慧留は紫の柱から姿を現した。
「「「!?」」」
蒼、屍、澪は驚愕の表情をした。
「……」
慧留は三人を見た。慧留の姿は全身が黒い喪服に身を包んでいた。
さらに、背中には骨と漆黒の羽根で出来た翼が展開されていた。
瞳は紫色に変わっており、頭には黒いベールがかかっており、黒い髪を包んでいた。
そして、先ほどまで追っていた傷は消えていた。
「慧留…」
蒼が慧留の名を呼ぶ。
「私は…進まなきゃいけないんだよ…蒼…例えあなたでも、私の前に立ちはだかるのなら…私はあなたを倒して進む」
慧留はそう言って、左手から錫杖を顕現させた。
その姿はまるで聖母のようにも女神にも見えた。
錫杖は黒紫色であり、先ほどまで出していた錫杖より禍々しさが増していた。
「【第二解放】…」
「少し違いますよ…まぁ、それに近いですけどね」
澪の言葉を慧留は否定した。
「私は本来なら【天使】の二段階目の解放は【第二解放】…けど、私は堕天してるから【第二解放】は使えない。【第二解放】は天使が扱う神力が無いと使えない。堕天すると、天使に備わってる神力を失う…それがこの力…どちらかと言うと悪魔の使う【悪魔解放】が近いですね…」
慧留がそう言った。堕天とはすなわち、天使と悪魔の中間の存在だ。
それにより慧留は【第一解放】と【悪魔解放】を使う事が可能だ。
「行くよ…」
慧留が錫杖で地面を突いた。すると、空から鉄の雨が降り出した。
「「「!?」」」
蒼、屍、澪は攻撃を躱したが澪の後ろには既に慧留がいた。
「嘘…?」
慧留は錫杖で澪を叩きつけた。すると、澪の周囲に爆発が起きた。
「ぐぅ!」
澪は爆発に巻き込まれ、ダメージを追った。
澪は【流星神速】で慧留から距離を取ろうとした。
「気を付けて、澪さん、その先には罠があるよ」
慧留が言うと澪の後ろから黒い鎗が襲い掛かる。澪は躱しきれずに腹に鎗が突き刺さった。
「な!?」
屍と蒼が慧留の後ろから攻撃を加えようとした。しかしー
「蒼、屍、上、見た方がいいよ」
屍と蒼が上を見た。すると、強大な隕石が落ちてきていた。
「「!!」」
蒼と屍は隕石を壊そうとした。しかし、物量がデカすぎる為、簡単には壊れなかった。
「くそ!!」
屍は声を上げた。
「おお!!」
蒼と屍はどうにか隕石を破壊した。
しかし、その隙を突かれて、慧留はどこから出したのか右手に持っていた剣で蒼と屍を切り裂いた。
「ぐあああ!!」
「ぐううう!!」
蒼と屍は絶叫した。
-な!?分からない…慧留の能力が…
蒼は慧留の能力かを考えていたが全く分からなかった。
先ほどまでの時間の巻き戻しと何らかの関係性がある能力である事は確かだと蒼は確信していた。
しかし、隕石を発生させたり、知らないうちに罠が設置されていたりしているなど能力の一貫性が無かった。
「今の私の能力は…簡単には分からないと思うよ…蒼…」
慧留はそう言った。
「【アルカディアの氷菓】!」
蒼は【氷水天皇】の【第二解放】も使用した。
「【メシア】」
右側に【氷水天皇】、左側に【黒時皇帝】の【第二解放】の姿になっていた。
「【冥界創造】」
慧留は再び、錫杖を振りかざした。すると、蒼たちの上から無数の刃が降りかかる。
蒼は頭上の氷を凍らせ、屍はありったけの霊力を込め、刀を全て錬金して、自身の武器の変えた。
澪は宙を舞い、【星混沌旋風】を放ち、刃を全て迎撃した。
しかし、澪の目の前に既に、慧留がいた。そして、いつの間にか無数の武器が澪の身体中に刺さっていた。
「ぐ…」
「終わりです。【王魔黒閃光】」
慧留は【王魔黒閃光】を放った。
【黒閃光】の上位魔術であり、悪魔の中でもごく数人しか使えないと言われている強力な魔法である。巨大な黒い波動が澪を襲う。
「常守!!」
「澪さん!!」
屍と蒼が叫ぶがどうしようもなかった。
澪は【王魔黒閃光】の黒い光に飲み込まれた。
「う……」
澪は空中から落下した。そして、そのまま地面にぶつかった。全身血まみれであり、とても戦えるような状態ではなかった。
「ぐ…」
澪は立ち上がろうとするが、立とうとしようとすればするほど、全身から血が噴き出した。
「もう…限界ですね…」
慧留がそう言った。慧留の魔力は想定外の凄まじさだった。単純な魔力の量なら蒼や屍、澪よりはるかに上だった。
慧留は澪から視線を外し、屍と蒼に向けた。すると-
「【星光輝】」
澪は魔方陣を作り出し、光の光線を慧留に放った。【星光輝】は慧留の肩を貫いた。
「へへ…一……撃…は…あた……えた…よ…」
澪はそのまま意識を失った。
「澪さん!」
「常守!!」
蒼と屍が叫ぶ。五人がかりで挑んでいるのにその内、三人を慧留がたった一人で倒してしまった。
「まさか…お前の能力は…」
蒼は何となく、慧留の能力が分かった気がした。
「時神…あいつの能力が分かったのか?」
「ああ…だが…最悪だ…もし俺の考えてることが事実なら…あいつを止めるのは…ほぼ無理だ…」
「何…だと……」
蒼が言うと屍は驚愕の表情をした。
「蒼…分かったんだね…私の能力を…そう…私の力は……「過去を改変する力」だよ」
「……」
「な!?」
慧留がそう言うと蒼は黙り込み、屍は絶句した。
そう、慧留の能力は指定した過去を自在に改変する事が出来る。
罠を仕掛けたのも、過去に仕掛けたという事実に改変したのだ。
隕石を落下させたのも過去に隕石が落下したという過去を無理やり捻じ込み、発現させたのだ。
無数の刀も武器も慧留が昔に手に入れたと言う過去に改変させたのだ。
そして、過去を改変し、巻き戻し、一巡する事でほぼ無限の可能性を操る事が出来る。
慧留の力は「過去を改変する能力」と言うより、「運命を操る力」という見方の方が正しいかもしれない。
慧留は運命を自由自在に操る『世界宮殿』を拒んでいた。しかし、皮肉にもその『世界宮殿』と同質の力を得ていた。
「だが…改変できる過去にも制限はあるみたいだな」
屍はそう言った。
「……」
慧留は黙り込んだ。屍が言っていることは図星であることを意味していた。
「確かに…改変できるのにはある程度、制限があるみたいだな」
蒼もそれに同意した。もし、仮に慧留の過去改変能力の能力に制限がないのなら、蒼たちが慧留に倒されたという過去に改変すればいいだけだ。
しかし、慧留はそれをしなかった。
いや、恐らく出来なかったのだろう。さらに、効果範囲もそこまで広くない。
蒼の推測であると、慧留が指定した場所から半径50メートルほどにしか影響が出ない。
だが、改変する場所を指定できるというのは厄介な事である。範囲はそこまで広くはないとはいえ、場所を指定できる。
つまり、どこでも撃つことが出来るという事なのだ。
「私のこの力は私の眼に映る場所までしか効果が無いよ。流石にこの世界そのものを改変するほどの力はない。私は……神ではないからね…」
慧留はそう言った。慧留の改変能力の発動する時は錫杖に魔力が集中する。
そして、改変能力を使うたびに大量の魔力を消耗する。しかし、今の慧留は魔力切れしている様子は見られない。
今の慧留の魔力量はそれほどにまで高かった。
「時神…お前の【天使】…ちょっと借りるぞ」
屍はそう言って蒼の後ろに行き、蒼の両翼の一部をかすめ取った。
そして、蒼からかすめ取った黒い羽根と白い羽根を錬金術で青竜刀に錬金した。
「お前…何を…」
蒼は確信してしまった。今の慧留にはどう足掻いても勝てないと。しかし、屍は慧留と戦おうとしていたのだ。
「お前…もう諦めたのか?お前らしくねぇな………俺一人でもあいつを止める。あいつの好き勝手にさせると世界が壊れるんだろ?まぁ、俺はこの世界がどうなろうが知ったこっちゃねー。けど、まぁ…義理は返さねぇと行けねぇからな。だから俺は戦う」
屍はそう言った。
-そうだな…ここであいつを放っておくわけにはいかない…
蒼は屍に鼓舞され戦意を取り戻した。
「…そうこなくっちゃな!」
屍はニヤリと笑った。
「【冥界創造】」
慧留は周囲に無数の茨を出現させた。そして、その茨が蒼と屍に襲い掛かる。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」
蒼は【氷水天皇】で、屍は氷の青竜刀で茨を凍り付かせた。
そして、二人はそのまま慧留に向かっていった。
慧留は次に隕石を発生させた。蒼と屍は手に持っている二刀の刀と青竜刀で隕石を砕いた。
しかし、二人の後ろには先ほどまで前にいた慧留がいた。
「はぁ!」
慧留は再び、【冥界創造】で無数の武器を発生させ、二人を切り刻む。
「ぐああああああああああああ!!!」
「ぐぅあああああああ!!!」
「【王魔黒閃光】」
慧留はさらに、【王魔黒閃光】を放った。巨大な黒い光が蒼と屍を襲う。
蒼と屍は堪らず、倒れこんだ。
「はぁ…はぁ…これで…終わりだよ、屍…蒼…」
慧留はかなり魔力を消耗していた。
初めての【悪魔解放】で力の扱いが完全に慣れていなかったのだ。
「まだ…だ…」
屍がそう言いながら立ち上がった。蒼も続いて立ち上がった。
「しぶといなぁ…もう…私の邪魔をしないでよ!!!」
慧留は再び、黒紫色の錫杖から【王魔黒閃光】を発射しようとしていた。
しかも、今までのとは比べ物にならない程の巨大さだった。
「時神…頼んだぞ…」
屍はそう言うと、蒼は屍の言葉の意味を理解した。
「…ああ」
蒼はそう返事をした。
「【王魔黒閃光】!!!」
慧留は巨大な黒い光を放った。
蒼は【時間加速】で自身と屍の時間を速め、慧留の攻撃を躱した。
慧留は魔力を大量放出した直後や、【黒時王子】の力を使った直後は数秒間だけ【黒時王子】の力は使えない。
蒼と屍はその事を分かっていたわけではない。だが、蒼と屍はそれに賭けた。
「な!?」
慧留は虚を突かれたような顔をした。
「【霰時空華絶】!!!」
「らああああああああああああああ!!!」
蒼は翼から氷に花と吹雪が発生し、さらに、黒い波動も発生していた。
今までの【霰時空華絶】は黒い波動が発生する事は無かったが、蒼が【氷水天皇】と【黒時皇帝】の力を制御できるようになって初めて完成された。
時間の加速により、氷と黒い波動の力は増していた。
屍は二刀の青竜刀を蒼の【霞時空華絶】の力を乗せ、慧留に切りかかった。
「ぐぅ!!!」
慧留は蒼と屍の攻撃をまともに喰らった。しかし-
「【冥界創造】!!!!」
慧留は【冥界創造】で過去を改変し、上空から【王魔黒閃光】を発射した。
【王魔黒閃光】は蒼と屍、そして、慧留ごと命中した。
「がはっ…」
「あ…」
「ぐ…」
屍、蒼、慧留はその巨大な一撃を受けた。そして、慧留はそのままで、屍と蒼は吹き飛ばされてしまった。
「屍!!」
蒼は屍を呼んだ。先ほどの慧留の捨て身の攻撃をした時、屍は咄嗟に蒼を庇ったのだ。
蒼はそれにより、ダメージを軽減した。
しかし、それでも、蒼は立ち上がるのがやっとだった。
蒼は翼がかなり損傷しており、身体中から血が噴き出していた。もはや、満身創痍である。
屍は完全に意識を失っていた。全身は血まみれであり、青竜刀も粉々に砕け散っていた。
さらに、右手が消し飛んでいた。もはや、今戦えるのは蒼だけである。
「ぐぅ…!」
蒼は二刀の【天使】を杖代わりにし、立ち上がった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
慧留は既に立ち上がっていた。慧留の身体も全身血まみれであった。
翼もかなり蒼と同様損傷していた。服もボロボロになっており、白い肌が露になっていた。
「もう…止めろ…!慧留!!」
蒼は慧留にこれ以上戦うのは止めるよう言った。しかし、慧留は止める気は無いようだった。
「私は…この…世界…を…変えなきゃ…ならないんだよ…!その為なら…」
「俺は!この世界が消えて!お前との出会いを!これまでの事を!無かった事にはしたくないんだよ!!」
「それは私も同じ!!私だって…あなたたちと出会った事を無かった事になんかしたくない…けど…私にとっては…この世界をリセットする事はとても大事な事なの!私の…世界中の皆の願いを叶える為に!」
慧留はこの時、ローグヴェルトや蒼たちと過ごした日々を思い出してた。
「俺はこの世界を守る!この世界を守り通した者たちの為に!慧留!お前の為にも!!」
慧留と蒼はそれぞれの正義の為に戦っていた。蒼と慧留の正義は…違うモノなのだ。
誰かの為に戦っているのは二人とも同じだ。違いは蒼は守る事…慧留は壊す事を選択したのだ。
どちらかが間違っている…という訳ではない。
だが、二人にとってはお互いの考えは間違っていると思っている。
価値観が違い、ぶつかり合ってしまった時、意見の食い違いでぶつかってしまった時、その時にすることはたった一つだ。
思いっきり自分をぶつけて、どちらかが折れるまで、あるいは双方ともに納得するまで、理解するまで、戦い続けるのみだ。
「【マイクロ・ブラックホール】!!」
慧留は錫杖を地面についた。その瞬間、蒼と慧留の間に小さなブラックホールが発生した。
慧留は自身の時間の巻き戻しの力をフルに使い、巻き戻しの時空の歪みを利用して、小さなブラックホールを発生させた。
慧留の過去改変の力も元の力は時間の巻き戻しなのだ。
「ぐぅ…!!」
蒼は身体中がブラックホールによって切り刻まれていた。
ブラックホールは超重力の空間であり、星が自身の重力に耐えきれなくなった時に発生する光をも飲み込む。
その超重力が蒼の身体を切り刻む。このままでは蒼はおろか、他の倒れてる四人もこのブラックホールに飲み込まれ跡形もなく消滅してしまう。
先ほどまでの慧留は無意識に相手を殺さない程度にまでは加減していたが、屍を倒した時から全く加減しなくなっていた。
「俺は…負けない…」
蒼はそう言うがこのままでは限界であった。
「終わりだよ!蒼!!!」
慧留がありったけの霊力を込めた。ブラックホールはさらに力を増した。
-俺は……俺は……俺は!!!
蒼は負けたくなかった。このままでは慧留は戻れなくなる。
蒼は慧留と過ごして世界が変わった。見る世界が変わったのだ。
そんな慧留が苦しんでいる。助けずにはいられない。
「俺は…勝つ!!力を貸してくれ!!!【氷水天皇】!【黒時皇帝】!」
蒼がそう言うと蒼の身体に変化が起きた。翼が真っ黒になり、瞳は水色に変わった。
さらに、身体には今までにないくらい、白い衣に変わっていた。
そして、【黒時皇帝】は黒い輝きを放ち、【氷水天皇】は白い輝きを放っていた。
「おおおおおおおおおおお!!!!」
蒼は二刀の【天使】を振り上げた。すると、【マイクロ・ブラックホール】は粉々になって消えた。
「嘘…!?」
慧留は驚きのあまり目を見開いた。
「慧留うううううううううううううう!!!!」
蒼はそのまま慧留に切りかかった。
「蒼おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
蒼と慧留は最後の一撃をぶつけ合った。
蒼には姉がいた。母親が違う、姉だ。
だが、蒼と姉は一緒にいる事はあまりなかった。蒼の姉であるルミナス・アークキエル・ローマカイザーは歴代皇帝の中でも最強と名高かった。
圧倒的霊力と随一の力を誇っていた。その為、ルミナスは皆に期待され、英才教育を多大に受けていた。
その為、蒼といる時間は殆どなかった。
蒼もルミナスに並ぶ天才であった。しかし、長女であるルミナスの方が期待されており、ルミナスの方が蒼よりあらゆる方面でスペックが勝っていた。
その為、蒼は才能があるにもかかわらず、姉によって完全に霞んでしまっていた。
そんな蒼を支えてくれたのがエリスであった。
エリスは蒼の姉の様な存在であった。蒼とよく二人でいた。これは…十二年前の事だ。
「エリスはさ…嫌じゃないの?この国…」
蒼はそう問いかけてきた。「神聖ローマ」は小さな争いが絶えない。
大きな戦争にこそならないが、お世辞にも心が休まるとは言えなかった。
「大好きだよ。私は知ってるもの…楽しい事もたくさんある。苦しい事も勿論あるけど…私はそういうの含めてこの国が好き。何より私の故郷だしね!」
エリスはそう言った。エリスはローマカイザー家の分家筋の生まれであり、平穏に暮らしていた。今でもそれなりに平和に暮らせていた。
「ふ~ん」
この時の蒼はエリスの言葉の意味が分からなかった。エリスは戦争を間近で一度見た事があった。
それでも、彼女は折れずにまっすぐな心を持ち続けていた。
「エリスは…優しいね…皆から…たくさん「すき」を貰ったんだね…」
「フローフルも…そうだよ…」
「ううん、僕は…違うよ…」
蒼はそう言った。そしてそのまま続けた。
「お母さんは僕が生まれたからいなくなっちゃったんだ…」
蒼の母は遊女だった。蒼の母は自分の子供を産んでしばらくして蒼を捨て、別の国に逃げ、行方をくらませたのだ。
そして、その後、ローマカイザーが蒼を保護した。後にローマカイザーの血縁である事が分かったのだ。
蒼はそういう、複雑な家庭事情があったのだ。
「僕が…生まれてきたから…お父さんとお母さんは離れ離れになった…僕の事はいらなかったんだよ…」
蒼は泣きそうな顔でそう言った。
「フローフル…」
「皆が僕の事を蔑むんだ…遊女の子どもだって…僕…生きてていいのかな?」
蒼はローマカイザーに保護された後でも周囲の人間から蔑んだ目で見られていた。蒼はそれがとても苦痛だった。
実力が評価されないのもそれによるものが大きい。蒼を蔑んだ目で見ないでいたのはこの当時では姉であるルミナスと目の前にいるエリスぐらいだった。
「そんなことないよー」
エリスは蒼を抱き寄せてそう言った。
「私やルミナスは…あなたがいないと寂しいよ」
蒼は涙を流した。
「エリス…」
「フローフル…いつか、あなたの事は皆が分かってくれる。もし、分かってくれなかったとしても私はフローフルの見方よ」
蒼にとって…エリスは光そのものであった。エリスは皆から愛されて育った。
だからこそ、他人に優しくできる。
この世界を好きでいられる。エリス自身もとても慈愛に満ちた人物であった。
エリスはこの世界を愛していたのだ。
蒼は正直、今でもこの世界の事をあまり好きではない。エリスのように博愛精神に満ち溢れていない。
エリスがいなくなってからの蒼は相当にやさぐれていた。そんな時だ。蒼の前に慧留が現れたのは…
蒼は慧留の事をエリスに重ねていたのだ。慧留とエリスはどこか似ていたから。
しかし、蒼は慧留と共にする事で慧留はエリスではなく、一人の友として見るようになっていた。
最初は成り行きで慧留と共にいたが慧留の存在は蒼にとって大きなものとなっていた。
蒼は慧留と出会って確実に変わっていった。多くの仲間と出会うようにもなっていた。
そう、慧留との出会いが蒼の止まっていた時間を動かしたのだ。動き出し始めたのだ。
雰囲気が似てるだけで慧留とエリスは似ても似つかなかった。蒼は慧留の事をエリスの代わりではなく、一人の仲間として慧留を助けたいと考えるようになっていた。
-あいつは…慧留は…俺の世界を変えてくれた奴だ。今度は…俺が…お前を助ける番だ!!
蒼はそう、決心した。慧留の事は正直、少しだけ分かる。
運命がすべて決まっていて、それを全て操作されている。それが、本当の平和ではないと言いたいのは分かる。
しかし、それでも、蒼はエリスが守ろうとしたこの世界を消したくは無かった。
エリスだけではない、この世界の出来事を全てなかったことにするなんて事は…蒼には出来なかった。
蒼のやろうとしていることはもしかしたら間違いなのかもしれない、慧留の野郎としていることがもしかしたら正しいのかもしれない。
いや、どちらも間違ってはいないのだ。二人の気持ちは…本物だから。
蒼は気が付くと白い空間にいた。目の前には慧留がいた。
「ここは…まさか…」
そう、ここは蒼と慧留は同じ精神世界にいた。巨大な霊力と魔力のぶつかり合いで異なる二つの世界がつながったのだ。
「蒼…」
慧留が蒼の名を呼んだ。
「慧留…」
蒼も慧留の名を呼んだ。
「蒼…私ね…本当はこんな事…したくなかったんだ…でも…誰かがやらなきゃ…壊れちゃうから…」
「ああ、お前の言いたいことは分かるよ…納得できない事や受け入れたくない事もある…けど、俺は…この世界を壊したくないんだ。皆と過ごした時間を無かった事にしたくないんだ」
蒼と慧留は自分の気持ちを言っていた。
「蒼…私は………」
「これから考えればいいさ。結論を急ぐ必要なんて……ねぇよ」
蒼はそう言った。そう、急がなくてもいいのだ。皆でどうするべきか考える事も大事なのではないのか。
蒼はそう思った。この世界を見て、巡って、そうして、ゆっくり見定めていくことが大事なのではないか。
「蒼…私…私…」
慧留は涙を流した。
「これから…考えていこうぜ…皆で…お前一人で、考え込む必要は無ぇんだ…」
蒼はそう言うと慧留は泣き崩れた。
「うっ…うっ…蒼…どうして…そこまで…」
慧留は自分の為にここまでする蒼にそう問いかけた。
「仲間だからだよ…」
蒼はそう答えた。蒼はただ、仲間の為に…そう思ってここまで来たのだ。
「ごめんなさい、私は…」
慧留の身体から邪気が抜けていっていた。蒼は慧留に近づいた。そして、慧留の前に身を屈んだ。
「蒼…」
慧留は蒼に泣きながら抱き着いた。
「慧留…帰ろう…皆のいる場所へ」
蒼がそう言うと慧留は泣きじゃくった顔で蒼の顔を見て-
「うん」
そう、答えた。
蒼は慧留の錫杖を折った。その後、二人はそのまま倒れた。
「蒼……私の……負けだね……」
「勝ちも負けもあるか…バカ野郎…」
蒼がそう言うと慧留が笑った。祭壇はボロボロになっていた。先ほどまでの戦いの激しさを物語っている。
「私…仲間を…友達をいっぱい傷つけた…」
「ああ、謝んないとな…」
「勝手に行動した…」
「ああ、反省しろ…」
「皆の事考えてなかった…自分の事しか考えてなかった」
「…皆そうだよ…自分の事しか頭に入らなくなる時は誰にでもある…自覚があるだけいいさ」
慧留と蒼はそう言った。そして二人はそのまま意識を失った。
-ねぇ?聞こえる?ルキフゲ…
慧留は自身の精神世界でルキフゲと対話していた。
「決めたんだね…あの人たちと一緒にいる事に決めたんだね」
「うん…ルキフゲには言っとかないとなって思ったんだ…」
「その為にわざわざ?…ありがとう」
ルキフゲは慧留の気持ちを素直に受け止めた。
「時神蒼…あの男は…妙な奴ね…」
慧留の後ろから声がした。声の主はアンタレスだった。
「アンタレス…」
「私は…私の役目は…もう…終わったようね」
アンタレスがそう言うとアンタレスの身体が消えかかっていた。
「アンタレス!?」
慧留がアンタレスの名を呼んだ。
「あなたは…「USW」ではなく、時神蒼たちといる事を選んだ。なら、私は消える運命にある。クリフォトと交わした契約は…そう言うモノだったから」
「アンタレス…」
ルキフゲはアンタレスの名を呼んだ。
「ルキフゲ…これで慧留の世界はアンタのモノよ。邪魔ものがいなくなって満足?」
「君の事を鬱陶しいと思った事はあるよ…けど、いざいなくなると…淋しいなぁ…意外と…」
ルキフゲは涙を流しながらそう言った。
「ありがと、ルキフゲ…あー、エル」
アンタレスは慧留の名を呼んだ。慧留はアンタレスを見た。
「クリフォトは…あなたに希望を託したのよ…それを忘れないでね…私も…あなたを見守っているわ」
アンタレスがそう言った。すると、慧留は最後にアンタレスにこう言った。
「うん、アンタレスとクリフォトの願いは…私がずっと覚えてる。さようなら…」
慧留がそう言うとアンタレスは満足そうな顔をした。
「やっと…あなたと…本当の意味で一緒になれるわ…クリフォト……」
アンタレスはそのまま消えていった。慧留とルキフゲはアンタレスが消えるのを見届けた。
始原の悪魔が消滅した瞬間であった。
「ありがとう、ルキフゲ」
慧留はルキフゲにそう言った。そして-
-ありがとう、アンタレス
慧留とルキフゲはずっと…上を見ていた。
慧留は目を覚ました。
そして、どうにか身体が動けるようになったので立ち上がった。そして、蒼の治療を始めた。
「慧留…まずは自分を…」
「私は…今は自分の巻き戻せないの…自分を巻き戻す時は特に多くの霊力を消費するから…今は無理」
慧留はそう言った。今は慧留は自身の身体を巻き戻す事は出来ず、治す事も出来ないのだ。
「慧留…大丈夫だ…俺は…傷を凍らせられる…」
そう言って、蒼は自身の傷を凍らせ、無理やり傷を塞いだ。
「蒼!?」
「俺だけ直される訳にもいかないしな…このまま帰るか」
そう言って、蒼は歩き出したがフラフラだった。
「くそ…うご…けねぇ」
蒼はそう言った。慧留もそこまで動けなさそうであった。
「どうしよう?」
「仕方ねぇ…助けが来るのを待つしかないな…」
蒼がそう言った。
「ああ、残念、せっかく見に来たのに…お終いなんて…」
「「!!」」
蒼と慧留は声のする方に顔を向けた。そこにいたのは白いドレスを着た少女であった。
髪は長く、透き通るほど白く、全身が真っ白であった。しかし、その大きな瞳だけは黒かった。
柔和な雰囲気がある上品さと気品差に満ちた美しい少女であった。蒼と慧留はその少女を知っていた。
「ルミナス!!」
蒼はそう言った。
「久しぶり、フローフル。私の愛しい弟」
ルミナスはそう言った。すると、慧留は驚愕の表情を浮かべた。
「え!?蒼と皇帝陛下って、姉弟なの?」
「前に行っただろ?俺は「神聖ローマ」の第四皇子だって。あいつは第一皇女であり、歴代初の女性の皇帝陛下だ」
蒼はそう言った。ルミナスは「神聖ローマ」にいる筈だ。
なのに何故、こんなところに…蒼はそう考えていた。そして、ある事に気が付いた。
「お前…立体映像か…」
そう、ルミナスの身体が若干ラグを起こしていた。ルミナスの姿だけがここにいる状態だ。
彼女の本体は「神聖ローマ」にある。
「相変わらず鋭い観察眼ね…感心しちゃうわ…まぁ、安心して…私は今、あなたたちを国に連れ戻す気は無いの」
「どういう事だ?」
「連れ戻す必要がなくなった…と言った方が正しいわね。私はこれから、「神聖ローマ」完全統一を実行するわ…その為の必要なものがもうすぐ揃うわ…その内の一つ…エル・マクガヴェイン。あなたの持ってる『万物の古鍵』を頂くとしましょう」
「な!?」
慧留は絶句した。蒼も驚愕の表情を浮かべた。
「何が目的だ…?ルミナス…」
「私はね…エル・マクガヴェインがもしかしたら「私のしたかった事」をしてくれると思ったからここに立体映像を転送したの。けど、当てが外れたわ、まぁ、私の計画には支障が無いから構わないのだけれど…」
「お前がやりたかった事?『世界宮殿』の破壊か?」
「さぁ?どうかしらね?」
蒼の質問にルミナスはとぼけたようにそう言った。
「貴様…」
「フローフル…精々、安然の時を楽しみなさい。あなたは…そのまま平和に過ごすことね」
ルミナスがそう言うと蒼が疑問を浮かべた。
「何…だと…?」
蒼はルミナスの意味が分からなかった。
「私は世界の平和を企む者よ」
ルミナスは茶目っ気全開の表情でそう言った。中々様になっていた。
「かわい子ぶって誤魔化す気か…」
「えー?ノリが悪いわよ、フローフル?」
ルミナスはふざけた感じでそう言った。今の彼女はとても「神聖ローマ」の皇帝陛下とは思えなかった。
「これは…渡さない…」
慧留がそう言うとルミナスは嗤った。
「いいえ、貰うわ…意地でも…ね♪」
ルミナスは怪しげな笑みを浮かべた。
「さて…陛下は立体映像を「神聖ローマ」に飛ばしたか…」
ローグヴェルトはそう言った。ローグヴェルトは慧留の身を案じていた。
天使が堕天することはあまり事例が無い事である。
「陛下の事だ…無闇に誰かを殺したり、無益な殺生はしないだろうが…」
ローグヴェルトはそう呟いた。彼が今いる場所はとある宮殿である。
その宮殿の道を一人で歩いていた。彼が一人でいる事はそこまで珍しい事ではない。
『セラフィム騎士団』は基本的に陛下の招集がある時以外は全員集まる事はない。
「ローグヴェルト…」
ローグヴェルトの後ろから声が聞こえた。老人であった。
「神官殿…」
ローグヴェルトは頭を下げた。この老人は「神聖ローマ」の神官の一人である。
「陛下は今どちらに?」
「私も詳しくは…」
「そうか…あの娘は…何を考えているかいまいち読めぬからな…歴代最年少の皇帝陛下…儂はこの先が心配じゃ…」
神官はそう言った。確かに、ルミナスは皇帝になるには若すぎる。神官が不安がるのも当然というモノであろう。
「陛下は…大丈夫ですよ…それに、我ら『セラフィム騎士団』もいますし…」
ローグヴェルトがそう言うと神官は複雑な表情をしていた。
「それもそうじゃな…これからも頼むぞ…ローグヴェルト」
神官はローグヴェルトの肩に手を置きながらそう言った。そして、そのまま去って行った。
ローグヴェルトはそのまま道を歩いて行った。
To be continued
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
長かったこの【第三章】も次回で終わりを迎えます。この話は最初から考えていた話でこの物語の区切りでもあります。
慧留が今章のボスであったわけですがこれは四大帝国会議篇辺りで決めてました。USWの話自体は朧気に考えてたんですがボスをカーシスにすると余りにも芸が無いと思ったのでボスは別のにしたいと考えた訳です。そこで慧留が適任かな~と思った訳です。彼女は割と謎の多い子でしたからね。この話を機に彼女の事を書けたらなと思ったわけです。
七魔王についてですが、モチーフは分かる人には分かるかもしれないですね。スープレイガとドラコニキルは特にモチーフの影響を強く受けているので(笑)
慧留はヒロインというよりはもう一人の主人公という立ち位置で書いてます。なので、あんまヒロインぽくないと思います(笑)。なので、ヒロインによくある主人公に寄り添うとか痴話喧嘩などは余り無いですね。一応、そこも意識してます。
というわけで次回もよろしくお願いします。




