【第九章】天使輪廻篇Ⅵー霧宮美浪ー
「ここが、君が新しく住む家だよ!」
一夜は高らかに美浪に言った。
見たところ、五階建ての普通のマンションだった。
というか、一夜はただの中学生の筈なのに何故こんな物を建てる事が出来るのか…謎である。
「所で…君の名前を聞いて無かったね。名前は?」
「霧宮…美浪」
「美浪君か、宜しくね。では、君の部屋に行った後、勉強を教えるよ!」
「………」
美浪は無言で一夜に付いて行った。
美浪の部屋は一階にあり、二人は部屋の中に入って行った。
部屋は普通の広さであり、住む分には問題無さそうだ。
「家具とかはこちらで用意しておくからねー。しばらくは僕が君の家の整理をしておくから君が外に出ていいと判断したら君は自分でこの家の整理をするんだ」
「一年は掛かるんやろ?」
「長くても一年だよ。君の努力次第では自由になる期間が速まるかもね」
一夜は悪戯っぽくそう言った。
本当に一夜の考えが分からない。
今までに出会った者は皆、美浪に対して憎悪や憎しみばかり向けていた。
なのに、一夜にはそう言うのが一切無い。
自分の事が怖くないのか?と美浪は考えていた。
「一夜は何で私の為にそこまでしてくれるん?」
「友達と約束したからね。魔族が住める家が完成したら住ませるって。その為さ」
「ごめん全然分からへん」
「別に分からなくていいよ。でも、僕にとって君はこの苗木日和の記念する一番最初のお客さんだ。精一杯、君をもてなすよ」
本当に…訳が分からなかった。本当にー
一夜は美浪に教養や基本的な事を粗方教えていた。
どうやら美浪は結構要領がよく、すぐに教養は覚えた。
これなら、問題なく日常生活を遅れるだろうと一夜は踏んでいた。
更に一夜は偽の戸籍を作っていた。
これで美浪は問題なく学校に行ける訳である。
一夜は一年ほど掛かると予想していたが思ったより速く住みそうだ。
というか、美浪が来てから半年程で大まかな準備が既に整っていた。
「今日はここまでだよ。お疲れ様、美浪ちゃん」
「ありがとうございます。一夜さん」
「僕の時は別に関西弁でもいいよ?」
「いえ、変なタイミングで関西弁が出るのが嫌なんでこれでいいです」
「それにしても、半年の間で君の雰囲気は随分と変わって…いや、変わりすぎだろういくらなんでも!?」
そう、美浪は一夜が驚愕する程のキャラの変わり具合であった。
以前の様な関西弁をほぼ遣わなくなった上に荒々しい感じが一切消えていた。
一夜に対しても割りと従順であり、あまりの変わり様に一夜は驚かざるを得なかった。
「そうですか?あまり意識はしてないんですけど…」
「そ…そうか………と、君の戸籍も作ってある。で、君には中学校に通って貰うよ」
美浪は一夜に以前からその話は聞いていた。
美浪はコクりと頷いた。
「分かってます。けど…上手く出来るでしょうか?」
「心配ないよ。君なら大丈夫さ」
「本当に…今までありがとうございました」
「何か雰囲気的に別れるみたいな感じだけど、君は苗木日和でこれからも暮らしていくんだ。そう硬くならなくていいよ」
一夜は美浪にそう言った。
美浪にとって今までこれ程平和に過ごせた事は無かった。
一夜には感謝してもしきれない。
「所で…一夜さんはどうやって戸籍を作ったりマンションを作ったりしたんですか?私からすればそっちの方が謎なんですけど」
「そんなモノ、僕に掛かれば簡単なモノさ。大した事じゃない」
一夜はそう言うがそんな事はない。
むしろ、美浪の疑問は尤もだろう。
一夜には感謝しているがそれでも一夜の行動にはあまりにも謎が多すぎる。
「僕の事を怪しんでるのかい?」
「そんな事は…」
「いや…僕が怪しまれるのは当然かもしれないね。疑う事、疑問を持つ事は悪い事じゃない。むしろ、人は何かに疑問を持ち、それを解決する事で進化してきた生き物だ」
「私は人じゃないですけど」
「そうだね。僕が言いたいのは疑う事は悪い事じゃないって事さ。むしろ、疑問をほったらかしにして後で酷い目に遭う方が問題だよ」
美浪は一夜の言いたい事は分かるけど分からなかった。
やはり、苗木一夜という存在は一言で現せられる簡単な存在では無い。
「やっぱり、一夜さんは変です」
「そうかな?……取り合えず、僕が君に教える事はもう無い。後は君自身でこれからを創って行くんだ」
「自分で…創る?」
「ああ、結局、自分の生きる道は自分自身しか作れない。他人が手助けをしてくれる事はあるけどね。けど、逆もまた然りだ」
「………」
自分の生きる道は自分自身しか作れない…これは紛れも無い事実だ。
誰かが道を創る手助けをしてくれる事はあるだろう。
美浪の場合は一夜がそうだ。
だが、逆に自身の道を潰そうとする者もいる。
美浪の場合は魔道警察官がそうだ。
それらの存在と関わりながら自分の道、居場所を自分自身で創るしか無い。
それが出来なければ死ぬしか無い。
生きるとは…そういう事なのだ。
「じゃ、僕はここで帰らせて貰うよ。成長した君の姿を見る事を楽しみにしているよ」
「はい…」
「君は…これから…何にでもなれる…必ず…掴む事が出来る。今日から君は逃げてばかりの…怯えてばかりの霧宮美浪じゃない。前へ向かって自分の未来を創っていく霧宮美浪だ」
「はい…」
一夜は最後にそう言って美浪の部屋から出ていった。
美浪は一夜がいなくなった事を確認し、そして泣き崩れた。
「私の昔話はここで終わりです」
「なんか…一夜さんのイメージ変わったな~。親代わり…だったんだね」
「うん、一夜さんがいなかったら…私はあの時死んでた…一夜さんが何であそこまで私を助けてくれたのか…それは分からないですけど…それでもあの時の一夜さんが私を助けてくれた…それは事実です」
「でも、結局、一夜さんって謎だよね~。マンション作ったり偽の戸籍を作ったり…」
「そうですね…」
美浪は一夜がどうやって資金運営をしているのかは三年前に知った。
彼はギャンブルで資金を稼いでいた。
かつて、生徒会のメンバーであった董河湊と共に一夜の資金稼ぎを目撃している。
そして、ここからは美浪の推測になるが、恐らく、一夜は音峰茜を初めとした国の関係者とある程度繋がっている。
それにより偽の戸籍を作ったりする事が出来たのだろう。
全く…今考えると恐ろしい限りである。
「美浪ちゃんは本当にこの国に来る前の事は覚えてないの?」
「うん、覚えてませんね。自分の事を知ろうともあまり思いませんでしたし」
だが、蒼や慧留は美浪に自分の過去を知るべきだと行った。
確かに自分の事を何も知らないのはよくないと美浪は思った。
今の暮らしに満足して大切な事を見失いかけていた。
「私、自分の過去を探ろうと思います」
「何か出来る事があれば私も協力するよ!あっ!そうだ!もしかしたら…」
慧留は紫色の錫杖を顕現させた。
慧留の悪魔である【拒絶王女】だ。
「いきなりどうしたんですか?」
「私のソロモンの【拒絶王女】は時間の巻き戻しをする事が出来るんだよ」
「それは知ってますけどそれが?」
「美浪ちゃんの記憶を限定的に巻き戻せば美浪ちゃんの昔の記憶を思い出せるんじゃないかな~って」
「そんな事が出来るんですか!?」
慧留の悪魔は『第一解放』と【悪魔解放】では使える能力が若干異なる。
慧留の悪魔の【悪魔解放】である【時黒王子】の能力は過去改変であり、既に起こった自傷を限定的に改変する事が出来る。
ただし、改変するという事は既に起こった事象を変化させる…という事だ。
対して慧留の『第一解放』である【拒絶王女】は時間を巻き戻す能力だ。
この能力は起こった過去を変えるのでは無く、元に戻す能力だ。
慧留がやろうとしているのは【拒絶王女】の力で美浪の記憶を一時的に巻き戻して記憶を復活させるというモノだ。
「試した事が無いからぶっつけ本番だけど…やってみる?」
慧留は美浪に自身の提案を飲むかどうかを聞いてきた。
これはあくまでも美浪の事だ。
慧留が勝手にやっていいモノでは無い。
美浪は少し考えた。
このまま記憶を取り戻さなくても別にいいのでは無いかと。
だが、美浪は一夜の言葉を思い出していた。
ー疑問を持つ事は決して悪い事じゃないって事さ。むしろ、疑問をほったらかしにして後で酷い目に遭う方が問題だよ。
一夜は言った。疑問を持つ事は悪い事では無いと。
本当に行けないのは疑問を鵜呑みにしてそれによって問題が起こる事だと。
美浪は蒼の、慧留の、そして…一夜の言っている事は正しいと思う。
だから、ここで止まっている訳には行かない。
「お願いします」
「分かった。じゃあ…行くよ…【記憶回帰】」
慧留は美浪の額に錫杖を向けた。
美浪は意識が暗転し、やがて意識が途切れた。
蒼はここ最近、妙な感覚を覚えている。
最近、自分が死ぬ夢を何度も見るのだ。
夢とは思えない程の生々しさと鮮明さがあるにも関わらず自分が死ぬという事実を覚えているだけで誰が自分を殺したのかは分からなかった。
まぁ、夢だから記憶の保持が難しいのだろう。
人は誰でも夢は見る。魔族も同様だ。
夢とはレム睡眠とノンレム睡眠が交互に行き交う時に起こる現象であり、これにより、非常に記憶の保持が難しい。
だがそれでも夢を覚えている事はある。とは言え、朧気にしか覚えていない事が殆んどで仮に覚えていても大概忘れる。
しかし、夢の中でも非常に覚えやすい夢がある。
それは自分が死ぬ夢だ。
こう何度も自分が死ぬ夢を見ていたら頭に焼き付いてしまう。
だが、どうしてだろう。蒼は自分が死んでる夢を夢とは思えなかった。
夢にしてはリアルで…鮮明なのだ。
「何か…何かがおかしい…どうなってんだ?」
蒼は訳が分からなくなっていた。
現在蒼は道端を歩いていた。大学の帰りだ。
最近、プロテアの様子もおかしい…というより、プロテアはここ最近大学に一切来なくなっていた。
何かあったのか?ならば何故それを蒼に言わない。
「考え過ぎか?」
蒼はここ最近、色々な事件に巻き込まれ過ぎていて気がたってしまっているのだと思った。
…いや、厳密には思う事にした。そうでなくては正直やってられない。
「フローフル!」
やって来たのは赤色の髪に瞳を持つ青年であった。
「インベル…もう戻ってきたのか?」
「ああ、アポロも戻ってるぞ」
インベルとアポロは神聖ローマから呼び出しを受けていた。
だが、その呼び出しの内容は大した事では無かった様ですぐに戻ってきていた。
「で?アポロは?」
「ああ、苗木日和に一足速く戻ってるぜ。じゃあ、俺は別に用事があるから」
インベルはそう言って去っていった。
インベルは相変わらずの様であった。
「さてと…俺もそろそろ戻らねぇとな…」
蒼は再び歩き出した。
すると、道の真ん中に人が立っていた。
姿は金髪の長い髪に瞳を持つ、長身の女性であった。
その姿は全てを魅了する天使にも全てを圧倒する神にも見えた。
「アンタは…」
「そうね…死ぬ前に…名乗って上げるわ」
「何だと?」
蒼は女性の言葉に疑問を抱いた。
死ぬ前に…といえ言葉の意味が分からなかった。
「そのままの意味よ。あなたは…ここで死ぬ。私が殺すから」
「てめぇ!何者だ!?」
蒼は両手に刀を顕現させた。
右手に持つ刀が水色の刀、左手に持つのは黒色の刀だ。
両方とも、蒼の持っているエンゲリアスだ。
「いちいち声を荒げないで頂戴。私は今、イライラしているのよ」
女性は気だるげにそう言った。
何故だろう。この女性は既にかなり疲労している様な表情をしていた。
「あなたはあの女に感謝するべきだったわね」
「話が見えねぇよ…どういう事だ?」
「そのままの意味よ。彼女はあなたを私から守っていた…あの女はどういう訳か私の行動パターンを読んでいた」
「だから何の話をしてんだよ!?」
「知る必要は無いわ」
女性は左手に武器を顕現した。
武器は弓であった。
その弓は機械的な造りをしていた。
「アンタの目的は何だ?」
「決まってるでしょ?あなたを…殺す事よ」
女性から並々ならぬ殺意を感じた。
蒼はこの殺意に覚えがある。
この殺意は復讐の殺意だ。
蒼は心当たりが全く無いのだがどうやら彼女は蒼をとてつも無く恨んでいる様であった。
理由を考えるのは後回しだ。
今は、戦うしか無い。
蒼はエンゲリアスを構え、相手を見据えた。
To be continued




