【第九章】天使輪廻篇Ⅴーcaseー
今から六年程前、霧宮美浪は一人だった。
七年前までは孤児として一人でどうにか暮らしていた。
両親の顔は覚えていない。だが自分の力の事は本能的に覚えていた。
迫害から逃げ続けた。生きる為に必死だった。
生きる為に泥を食べた事もあった。
それだけではない、魔族や人を喰らった事もあった。
そうしている内に美浪は国に指名手配される事になった。
美浪に戸籍がある筈も無いので自身の名前までは特定されていなかったし顔は割れていたので見つかるまでは時間の問題であった。
美浪は人狼として指名手配されていた。
そんな時であった。彼と出会ったのはー
「君は…?」
「!?」
霧宮美浪と苗木一夜の…初めての出会いであった。
「お~い!美浪ちゃん!」
「!?」
美浪に声を掛けて来た者がいた。
月影慧留だ。
今、慧留と美浪は一緒に街を歩いていた。
「何ですか?慧留ちゃん…」
「いや、何かボーッとしてたから…」
「あっ…少し…昔を思い出してたんですよ」
「昔?そう言えば、美浪ちゃんの昔の事って私あんまり知らないな~」
「話す機会が無かったですしね」
「ねぇ?昔の美浪ちゃんってどんな感じだったの?」
慧留は単純に美浪の過去が気になっていた。
蒼の過去はつい最近聞いたばかりだし慧留、一夜や屍、プロテアの過去は少しばかり触れる事はあった。
しかし、美浪の過去に触れた事は今まで一度も無かった。
慧留としてはやはり、美浪の過去は少し興味があった。
「そんなにいいものでは無いですよ?」
「そうなの?でも、皆そうじゃない?」
美浪の言葉に慧留はそう返した。
確かに他の皆の過去を聞く限り、結構波乱万丈な過去を持つ者ばかりだ。
「私の場合は…よく覚えていないので」
「どういう事?」
「私、七年前までの記憶は覚えてるんですけど、それ以前の記憶が全く無いんてすよ」
「へぇ~、でも七年前って結構前だし覚えていない事だって…」
「そんなレベルの話じゃ無いんです。全く、すっぽりと抜け落ちてるんです」
慧留の記憶力は人並みだ。
七年前なんか全て思い出せなんて言っても無理な話だ。
それでも大体こんな事があったなくらいの記憶はいくつか覚えている。
美浪はそのような記憶が七年前以前の記憶が全く無いと言うのだ。
なんとも奇妙な話ではある。
美浪の記憶力は人並みである筈なので余計に奇妙な話であると言える。
「記憶を取り戻したいとは思わないの?」
「慧留ちゃんは…どうなんです?その…取り戻したいと思いますか?私の立場なら…」
「思うよ」
慧留は美浪の問いに即答した。
「どうして?」
「だって、自分の事でしょ?それだけ」
随分とアバウトな理由だなと美浪は思ったがよくよく考えれば慧留とはこういう人物だ。
基本的には細かい事は気にしないおおらかな心の持ち主だ。
だが、肝心な事は繊細な事でもすぐに気が付く。月影慧留とはそういう人物だ。
「そう…ですね…」
「そう言えば、美浪ちゃんって一夜さんと昔からの知り合いなんでしょ?」
「知り合い…というより、恩人…ですね。私が今、こうしていられてるのは一夜さんのお陰です」
「そうなんだ…ねぇ?良かったら聞かせてくれない?美浪ちゃんと一夜さんの出会いの話を」
慧留が興味深そうに聞いてきた。
美浪も別に断る理由が無いので慧留に話す事にした。
「分かりました。じゃあ…少しだけ…話そうかな」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
美浪は雨の中、一人で逃げていた。
つい先日の夜中に、美浪は人の死肉を喰らっていた。
迂闊にもその姿を一般人に見られてしまい、美浪は現在、魔道警察官に追われていた。
訳が分からなかった。
一年前、気が付いたらこの国、十二支連合帝国にいた。
その国は魔族が迫害されている国であった。
美浪もそれは例外では無く、一人であった為、頼る知人も友人もおらず、住む家も無かったので一年間ホームレス生活を送っていた。
人から迫害され、帰る家も無く、知人も友人もいない。
美浪は社会という名の戦場に一人放り出されたのだ。
美浪はずっと一人で生き続けた。
そして今日に至る。
魔道警察官に見つかるのも時間の問題であった。
見つかれば間違いなく殺される。
この国は魔族を捕まえ、公開処刑を多く行っていた。
美浪もそうなるだろう。
美浪は多くの人間や魔族を殺している。
だが、それは生きる為に仕方無くやっていて決して好きでやっていた訳では無い。
人だって生きる為に動物を殺し、喰らう。
生きるというのは他者を喰らう事なのだ。
美浪はそれをしているに過ぎない。
なのに人の都合で美浪は罪人扱いである。
この世界は理不尽、不条理、無秩序で溢れていると美浪は悟った。
この世界に救いなど無く、ただ、絶望の中で生きるしか無い。
美浪は息を殺しながら魔道警察官の後ろを通り過ぎていった。
気配を消す事には慣れている。
だが、これだけ多くの人々に捜索されている以上、誰にも見つからずに逃げるのは無理な話であった。
「いたぞ!」
「!?」
美浪は一目散に逃げたが魔道警察官が射った拳銃の銃弾が美浪の足に命中した。
「うっ!?」
美浪は物陰に隠れた。
しかし、魔道警察官は美浪の位置を完全に特定していた。
魔道警察官がゆっくりと美浪に近付く。
そして、美浪のいる場所へ行くがー
「いない?」
魔道警察官は周囲を探ったがそれらしい人はいなかった。取り逃がしてしまったようだ。
「くそ!」
そう言って魔道警察官はどこかへいった。
「はぁ…はぁ…ふぅ…」
美浪は近くにあったマンホールに入って逃げていた。
マンホールの中は汚水や異臭を放っていたが美浪からすればこんなのはもう慣れた。
ここから遠くに逃げればしばらくは誤魔化せるだろう。
しかし、この街にいるのはもう限界だと悟った。
明日には恐らく、先程撃たれた傷も治っているだろう。
明日、この街から出ていこう。
トウキョウから離れればもう少しはマシな生活を遅れるだろう。
トウキョウは特に魔道警察官が多い街なのだ。
そのトウキョウから離れればまだどうにかなるだろう。
美浪はやがてマンホールを見つけ、地下から脱出した。
「やはりここにいたか」
「!?」
マンホールから出た瞬間、銃弾が放たれた。
美浪自身の反射神経のお陰でどうにか急所は避けたが左腕に命中した。
どうやら美浪の場所が魔道警察官にバレていた様だ。
「くっ…!」
美浪は最後の手段を使った。
手に持っていた煙玉を使った。
「!?」
美浪は魔道警察官が視界を奪われている隙に逃亡した。
煙はやがて消え、魔道警察官は周囲を見渡す。
「舐められたモノだな。近くにいる事は分かっているぞ!」
魔道警察官が着々と美浪の近くに来ていた。
美浪はここから数メートル先の家と家の間に隠れていた。
そこまで遠くには逃げる事が出来なかった。
「これで…最後…やね…」
美浪は死を覚悟した。そんな時だ。
「君、こんな所で何をしてるんだい?」
「!?」
そこにいたのはアッシュブロンドに眼鏡を掛けた少年だった。
「あ…なた…は……?」
「ん?どうやら、話は後みたいだね」
少年はそう言った。
魔道警察官が美浪のいる場所へ辿り着いたがそこに美浪はいなかった。
「? どういう事だ?」
魔道警察官は美浪の気配を探ったがどこにも気配は感じなかった。
完全に見失ってしまった。
「逃がしたか…」
魔道警察官は憎々しげにそう呟いた。
「風呂はあるから、速く入りなよ。君、物凄く匂うしボロボロだ…折角の美人が台無しだ」
美浪は少年の家にいた。
少年が美浪が追われている事に気が付き、美浪と共に逃げたのだ。
そして少年の家に辿り着き、今に至る。
「何で…私を助けたん?」
「いいから風呂に入りたまえ!匂うんだよ!」
一夜は美浪に風呂を促した。
「? 風呂って何なん?」
「………え?」
その後、一夜は美浪に風呂のあれこれを教え、風呂に入れた。
「服はここに入れておくから、今日はこれで我慢してくれ」
一夜はドア越しで美浪にそう言った。
美浪は何も言わなかった。
「さてと…この服…ボッロボロだね~。見たところ、和服みたいだけど…」
一夜は嫌そうな顔をして美浪が先程来ていた服を広げた。
あれだけの姿になりながらも生きていたのは相当な生命力の持ち主だ。
一夜は美浪の先程の姿を思い出していた。
全身がボロボロだったが身体中には所々赤い血のようなモノがついていた。
そして何より、美浪の口周りが真っ赤であった。
「まぁ、考えるのは後にするか…って傷付いてる状態で風呂に入れるのは不味かったかな~。でも普通に入ってるし問題無いよね?しばらくして出てこなかったら僕が行けばいいし」
一夜はそう言って部屋に戻っていった。
そして、一夜は生地を取り出した。
更にミシンを使って服を作り出した。
「和服は作った事無いけど…まぁ、何とかなるだろう」
一夜は黙々と服を作り出した。
しばらくすると美浪が全裸で一夜の前にやって来た。
因みに身体中にあった傷は全て消えていた。
美浪の裸体を見て、一夜はしばらく硬直していた。
「………君、服は?」
「着替え方がわからへんねん」
「あー」
一夜は美浪に服を着せた。
「窮屈」
「我慢してくれ、今、君の服を作ってるから」
一夜は作業を再び再開した。
「どうして?」
「ん?ああ、服を作るのは趣味なんだ見たところ、和服の様だからそっちの方がいいのかな~と思って…」
「そうやあらへん、何で私を助けたん?」
「ああ、傷付いていたから…では駄目かな?」
「分かってるんやろ?私、魔族やで」
「うん、そうだね。いや~、傷だらけの状態で風呂に入れるのは不味かったかな~って思ったんだけど、君、魔族だから傷の治りが速かったから心配無かったね。まぁ、魔族にしても傷の治りが相等速いと思うけど…」
「そうやない!あなた人間やろ!?何で助けてん!?」
そう、美浪はそこが分からなかった。
美浪は魔族、少年は人間だ。
この国では魔族は迫害されているのだ。
今、美浪の前にいる少年は相当な変わり者だという事が分かる。
「えー、傷付いてるのに魔族も人も関係無いよ。それに、僕はもう、魔族の友達がいるんだ。他国の人間だけどね」
少年は自慢げにそう言った。
ますます訳が分からなかった。
「この国では魔族を庇護する人間は普通に犯罪を犯すより罪が重いと聞いてるで」
「うん、そうだね。ならばバレなければいい」
「そう言う問題じゃあ…」
「そう言う問題だよ。バレなきゃ犯罪じゃ無いんだよ」
一夜はどや顔でそう言った。
「それで?私を助けたのは?」
「さっきの言葉だけじゃ信じてくれないかな?」
「当たり前や」
「はぁ~、分かった。勘弁するよ」
少年は勘弁した様にそう言った。
恐らく、国に手渡して利益を得る…そんな所だろうと美浪は予想していた。
だが、一夜の言葉は美浪にとって予想外の事であった。
「僕は苗木一夜。君を苗木日和の一番最初のお客さんになって欲しいんだ」
「え?」
「ああ、話が飛躍し過ぎだったね。要するに、僕は魔族が住めるマンションを作っていて君を一番最初のお客さんにしようと思ってたんだ」
「何やそれ?ホンマにそんなんが理由なん?」
「ああ、そうだけど?」
「何かに利用するとか、国に手渡して利益を得ようとかじゃないん?」
「え?何でそんな面倒な事をしなくてはならないんだい?」
「いや、匿う方が面倒やと思うんやけど」
「見解の相違だね。僕は魔族という存在に興味を持っているのさ。その魔族を迫害するだけ…というのは非常に勿体無いと思うんだよね。だからだよ」
「私は…人を殺してる」
「ならこれから殺さなければいい」
「私の顔はもう割れてる!あなたに手を出さないとも言い切れへん!」
「そうだね。ま、その時はその時だよ」
一夜は何とも呑気そうにそう言った。
理解できない。いや、美浪でなくても彼の思考を理解出来る者などそうはいないだろう。
それほど、苗木一夜という人物は得体の知れなさがある。
「分けが分からんわ」
「所で今度は僕から聞いていいかな?君の事をね」
「何や?」
「家族は?」
「一年前、気が付いたらここにおった。それで警官に追い回されとったんや。それしか覚えとらん」
「君のその喋り方…関西弁だね。もしかして、君は関西出身なのかな?」
「関西?」
「ここは関東と呼ばれてる地域なんだ。で、関西は西にある地域だ。んー、何も覚えてないか~」
「これから…私をどないするつもりや?」
「取り合えず、君の外見年齢は…大体十二、三歳程だろう。じゃ、この一年は僕が君に教養を教えるよ。普通に生きて行けるようにね。後、戸籍を作る必要もあるね…ま、一年間の間君は自由に外には出れないと思ってくれ」
「な!?何やそれ!?」
「それと、その言葉使いも直した方がいいね。普段はその口調でもいいけど、目上の人に対してはちゃんと敬語を使えないと」
「勝手に話を進めるなや!」
「さー、ここから僕の新たな改革が始まるんだ!」
「人の話を聞け!!!」
To be continued




