第7話 雨の日の救世主
<<―― 西の都視点 ――>>
降りしきる豪雨。
その雨音を掻き消すほどに、断末魔が戦場に木霊する。
守備隊長は愕然としていた。
砦は陥落し、敗走している中で友軍は次々と魔物やレヴノイドの餌食になっていく。
万全を期して配備した戦力が、こうも一瞬で崩れるとは。
万難を排して費やした歳月が、こうも容易く無に帰すとは。
魔法による砲撃を行なう為の巨大スクロールも、全て使い果たした。
あるいは、敵に燃やされた。
都の聖鉄達は弓矢と剣しか使えない。
空を自在に飛び回るような敵には、為す術も無かった。
「もう、終わりなのかもしれんな。人類も、世界も。
百の奇跡を重ねても、勝てるとは思えん……」
守備隊長の胸に、やがて諦観が広がっていく。
いくら足掻いても超えられない宿命ならば、抗わずに散るしかないのか。
だが薄れ行く意識の中、彼は更に信じがたい光景を目の当たりにした。
遠くの戦場で、光の筋が敵を薙ぎ払っている。
普通ならば、奴らの防御魔法で無効化されてしまう。
だがあの光は一切阻まれることなく、敵を貫いていた。
「あの光は、何だ……?」
「は! 東からやってきた増援との事です! あの聖鉄はたった一機で、魔物とレヴノイドの半数を倒しました!」
果たしてこれは、老兵が死の間際に見た夢なのか。
<<―― ヴァルハリオン視点 ――>>
北の砦もまた、敵で溢れかえっていた。
ビームで飛行型レヴノイドを一掃したけど、地上にはまだ数多くの敵が残っている。
「くそ、キリが無い!」
俺はアーティファクトのオービタル・アイアンボールを使う。
魔物が固まって動いている場所なら、ただ転がすだけで倒せる。
さすがにぺしゃんこになった魔物を直視するのは無理だから、俺はその間に別の場所を見た。
すると、砦より更に北のほうから何かがやってきた。
「――新手か!」
あれは……ブルドーザー?
前方に板を付けたタイプみたいだ。
でも車体は透き通っていて、運転席にあたる部分に真っ赤な球体が浮かんでいる。
しかも凄まじい巨体だ。全高を計測するだけでも、40mはある。
“液状重騎ゲルドーザー”
安直な名前だけど、侮れない。
ゲルドーザーは敵も味方も巻き込みながら、一直線に俺のほうへと向かってくる。
その速度を計測すると、時速300kmだ。
まずいな……。
このまま放っておくと、被害は増える一方だ。
でも、巻き込まれた都の兵士達はどうする?
その人達ごと攻撃するのは嫌だ。
俺はゲルドーザーへと真っ直ぐ向かって、バルムンクを使った。
ただし、腹の部分だ。
刃だと受け止めきれないし、貫通したら味方ごと切ってしまうかもしれない。
ドンッと轢かれたような衝撃。
そして急激に押し寄せる圧力が、俺を襲う。
いくら踏ん張っても、後ろへと押されていく。
俺が踏み締めていた地面がえぐれて、二本線が引かれる。
なんてパワーだ!
その間に鉄球を操作して、ゲルドーザーに当てる!
赤い塊が弱点なのは、見ればわかる。
俺はそこを狙うつもりだったけど、コアに届く前に弾かれてしまった。
しかも近くでよく見ると、ゲルドーザーは雨を吸い取っているみたいだ。
火を使えば、蒸発させられるかもしれない。
けど、ビームじゃ駄目だ。
誰も巻き込まないような、もっと器用に扱えるのじゃないと。
……あるじゃないか、最適な武器が!
俺はアーティファクト、テンタクル・ツール・デバイスを選択。
全ての指をバーナーにする。
両腕をクロスさせながらその場に踏み留まり、まばゆい炎を放つ指をロケットパンチで飛ばす。
バルムンクを落としたけど、そっちは倒した後で回収すればいい。
外側から、両手を突き入れる。
「ギュイイイィ、イイイイィッ!?」
ゲルドーザーが、くぐもった悲鳴を上げる。
突進の勢いも無くなった。
効いてるみたいだ!
「俺を轢き殺そうとしたのが、運の尽きだ!」
目の前にいるから、取り込まれた人達の姿もよく見える。
俺はその人達を巻き込まないように気を付けながら、コアに両手を突っ込んだ。
突き入れた両手で、コアを掴む。
そして、一気に引きずり出した。
ズルリと音を立てて、コアが引き抜かれる。
途端にゲルドーザーは形を失って、どろどろと溶け始めた。
取り込まれた人達は……。
よし、無事だ! 咳き込んでるのは、まだ生きてるって事だ!
俺は腕を戻し、その両手に抱えられたコアを空に掲げる。
コアは意外と小さい。
サイズ比で言えば、人間とバスケットボールくらいだ。
「人の命を耕す奴を、俺は決して許さない!」
俺はコアに向けて、ビームを放つ。
コアは一瞬で溶解、爆発した。
『み、ず……みず……』
“アーティファクトを取得”
見慣れたウィンドウが表示される。
そして、爆発を中心に淡い光が広がっていく。
聖域だ。
魔物達は淡い光に次々と掻き消され、霧散していった。
なるほど。聖域の中に敵がいる場合、こういう風になるんだね。
「終わったよ。エールズ」
コックピットの中のエールズは、呆然としていた。
「すごい……あれだけの数を、たった一人で……」
俺の声が届いていない。
それだけ衝撃的だったみたいだ。
王国を襲ったのはボスタイプが複数だったようだし、規模も段違いだろう。
これより辛い戦いになるかもしれない。
でも、この勝利がエールズにとって一筋の希望になってくれたらいいな。