婚約破棄サーガ(中)
意外な人物の介入に、会場は騒然となった。
ガンガル男爵といえば、食と金以外に興味が無い強欲者として有名だったからである。
「ガ、ガンガル!いったいどうしたと言うのだ!貴様の出番は筋書きには無いぞ!」
どうやらいつも行き当たりばったりの彼らには珍しく、筋書きというものが存在していたらしい。まあ、恐らく紙切れ一枚のメモ程度のものだろうが。
「無礼をお許し下さい陛下。しかし、事態は急を要するのです。」
「ほう!私とネフィリアの時間を取らせようというのだ。さぞかし重要な案件なんだろうな!」
睨みつけるクラトンの視線を正面に受けながらも、ガンガルは冷静に答える。
「ええ。陛下の傍におりますその女性・・・実はネフィリア・クラバータ嬢などではありません。」
「何ッ!!」
「「な、なんだってぇー!!」」
突然の告白に驚く観衆達。
「そ、そんな・・・ねえ陛下、これは何かの余興なのですか・・・?」
「そんな訳があるか!おいガンガル、ふざけるにも程があるぞッ!」
目に涙を貯めてフルフルとしがみつくネフィリアを庇いながら、顔を真っ赤にするクラトン。
対するガンガルは平然としている。
「突然ですがネフィリア嬢にお聞きします・・・陛下と初めて出会ったのは半年前で間違い無いですかな?」
「え、ええ。」
「ああ。私が中庭で休んでいた所を偶然通りかかった彼女が『あーやだーつまづいちゃったー』と頭から噴水に突っ込んだ所を助けたのがきっかけだ。」
「なるほど。ところでつかぬ事をお聞きしますが、あなたはそれより以前、急病で一度生家に帰り半年前に復学してきた。・・・これも相違ありませんか?」
「はい・・・以前、運悪くおやつに食べたシュークリームの中身に当たって、それから生家でずっと療養を・・・半年前に復学し、病み上がりで足元がおぼつかない時に、幸運にも陛下に助けていただきました。」
「ふむ、そうですか―」
「・・・おいガンガル、こんな質問に意味があるのか!」
「ええ、ありますよ。なぜなら、」
くるり、とガンガルは手元でフォークを回す。
「本物のネフィリア・クラバータ嬢は、未だ生家で療養中だからです。いえ・・・もっと詳しく申しますと、最近まで何者かに監禁されていたのですよ。」
「何ッ!!」
「「な、なんだってぇー!!」」
再度驚く観衆達。
「わたしが疑問に思ったきっかけは、ネフィリア嬢が陛下と過ごす時間が長くなるにつれ、徐々に学園内で聞こえてきたある種の噂でした。」
後ろに手を組みながら、ガンガルはゆっくりと動き回る。
「無礼を承知で申し上げますが、その噂の大半が『ネフィリア様は陛下にうまく取り入った』という類の物でした。―しかし、その噂の中に、少数ですがこんなものもあったのです。『ネフィリア様は変わってしまわれた。とても療養前の彼女と同一人物だとは思えない』と―」
「それは、私と陛下の仲を羨んでのやっかみです!」
「そ、そうだ!つまらん嫉妬だ!どうせメアリ辺りが流したに違いない!」
(この方々は、どうしてこう残念な方向に考えが向かうのかしら―)
とばっちりを受けたメアリは、心底嫌そうな表情を隠そうともしない。
ガンガルの語りは続く。
「ええ。しかし、その少数の噂の出所が、以前ネフィリア嬢と親しくお付き合いをしていた女生徒の方からだったのです。私はどうしても気になりましてね、陛下の名前を無断で拝借してその方にお話を伺いました。」
「何ッ!貴様ッ!」
「お叱りは後程。その方は始めは噂を否定しておりましたが、再三にわたる説得に何とか重い口を開いてくださいましたよ。」
『―ええ。今のネフィリア様は、療養前とはまるで人が変わってしまったかの様です。以前のあの方は、品行方正で真面目な方だった。同年代ながら私も見習う所が多々ある、そんな女性だったのです。
・・・ところが復学してからの彼女は、四六時中陛下の傍にべったりしている。まるで療養を境に別人になったかの様。・・・これは戯れとして聞いていただきたいのですが・・・今のネフィリア様は、本当にネフィリア様本人なのでしょうか?―』
「・・・」
「まあ、戯言と言えばそれまでの事です。しかし、どうにも私は引っかかりまして、ね。そこで私は、真偽を確かめる為にネフィリア嬢の生家へと赴いたのです。」
「そ、その程度でか!まさか、お前そこでも私の名前を?!」
「ええ、失礼ながら。」
口では言いながらも、ガンガルの表情はどこ吹く風である。
うろうろと動き回る彼の歩調に合わせて、手に持つフォークもゆらゆらと揺れている。
「結論から申しますと、異常な点は見当たりませんでした。ご両親に話を伺ったのですが、『ネフィリアは療養後学園に復学している。別に異常は無い。』の一点張りでしてね。家人、その他親しい関係者共にあやしい様子は無し。家におかしな人物が出入りしていた様子も無し。いたって平和だった訳です。」
「ほら見ろ!やはり言いがかりだ!」
「ところが、です。」
ピタリ、とフォークが止まった。
「ここで偶然、面白い話を耳にしたのですよ。全くの収穫無しで下降した気分を晴らそうとした私は、『そういえば、この地方は全般的にお菓子が美味しい事で有名だ』という事実を思い出しましてね。町にある喫茶店に入りケーキをホール食いした訳です。」
「・・・ホール、というと、あのホールか?」
「ええ。それもまるごと切らずに。5個程度食べた頃でしょうか。注文を出されて始めは引き気味だった店長も、呆れながら笑ってくれましてね。世間話のついでに、駄目元で「近頃この辺で何か変わったことは無いか」と聞いたのです。すると、ですよ。」
『そういえば半年前からか、町外れの崩れかけの廃屋から、夜中になると助けを求める女の声や何かを叩く物音が何処からともなく聞こえてくるらしいね。それに時折、怪しい人影が出入りしているらしいよ。―まあ、肝試しで侵入した若い連中の言う事だから見間違いかもしれないがな。』
「・・・という話を聞いたのです。その廃屋は昔、借金苦で無理心中した商人一家の住んでいた家だったそうでしてね。よく聞く怪談の類なんですが、どうにも時期と女、人影が気になりまして。私は実際に、事象が起こると言われている夜中にくだんの廃屋を訪れ調査してみたのです。・・・当たり、でした。」
ついにガンガルは動き回るのを止め、ネフィリアとクラトンの正面に立ち止まる。
「実際に聞こえてきましたよ・・・くぐもった女性の声と何かを打ち付ける様な音が。どうやら床下から聞こえてくるらしい、と検討を付けた私は、廃屋の床を隅々まで探したのですが・・・巧妙に偽装された扉が隠されていました。当然鍵が掛かっていたんですが、無理やり破りましてね―ああ、なぜ鍵を破れたかは関係無いので聞かないで下さい―地下室を見つけたんですが、そこにいたんですよ。」
ピシッ、とガンガルはフォークを突きつける。
「私の目の前に立っている、ネフィリア・クラバータと同じ顔の女性が。」
クラトンに抱かれている、ネフィリアの眼前に。
「何ッ!!」
「「な、なんだってぇー!!」」
再度驚く観衆達。
「・・・」
それに対し、ネフィリアはピクリ、と片方の眉を動かしたまま無言である。
「そ、それは冗談ではなかろうな!」
「残念ながら。衰弱していましたが、意識ははっきりとしていましたよ。とりあえず無事救助されて現在は療養中ですがね。病室で負担が掛からない程度に彼女から聞き出した結果、この様な事を言ってました。」
『以前、休憩がてらおやつを食べた所、一口目で意識がもうろうとなり、気が付いたら生家のベッドで横になっていた。どうやら学園で倒れて意識不明になったらしい。幸い、後遺症等は無かったという事で、大事を取ってしばらく療養した後、学園に帰る事になった。その道中、馬車の中でおやつを食べた所、一口目でまたもや意識がもうろうとなり、今度はよくわからない地下室に閉じ込められて、それから定期的に知らない覆面の男が食料等を運んでくる以外は誰も来なかった。』
「ちなみにくだんの女の声や物音は、彼女が助けを求めて定期的に出していたものです。以前、夜中以外にやろうとしたら覆面の男に脅されたそうで。ちなみに、彼女が意識を失う前に食べたおやつは、巨峰味のシュークリームだそうですよ・・・ほら、そこにある様な。」
「!!」
見れば、上座の傍にはテーブルの上に山と盛られた紫色のシュークリームが鎮座している。
おそらく、取り巻き達がつまむ為のものだろう。
「ここからは私の想像ですが・・・ネフィリア嬢は何者かに目を付けられ、おやつのシュークリームに薬をしこまれたのでしょう。その者は使用人になりすましネフィリア嬢の生家に潜入、彼女の生活を監視する事で日常の動作や癖などを把握し、成り済ます為の準備をしていたと思われます。そして療養期間が終りネフィリア嬢が学園に復学する際同行、道中で隙を見て薬入りのシュークリームを差入れ、再度ネフィリア嬢が昏倒した後本人とすりかわり、配下の者に彼女を運ばせて監禁した、と思うのです。」
「そしてその者の目的は―」
キッ、とガンガルはネフィリア、いや、ネフィリアに似た何者かに鋭い視線を投げ付ける。
「陛下とメアリ嬢の婚約破棄を誘導、婚約者の座に取って代わる事で王族に食い込み、徐々に影響力を拡大する事により、ゆくゆくはこの国の中央を内部崩壊させる―という事だと推察されます。」
「・・・」
もはや偽ネフィリアの顔に先程までの媚を含んだ怯えた表情は無く、能面の様な顔でガンガルを見つめている。
対して傍らのクラトンは、事態に頭がついていかないのか未だ戸惑ったような表情である。
「な、なあ・・・嘘なんだろ、ネフィリア。そ、そうだ、嘘に決まってる!大体、証拠はすべてガンガルの口上だ!具体的な証拠などこの場に一つも無いではないか!」
「ええ、そうですね。ですがかまいません。続きは恐らく王宮でゆっくり聞くことになるでしょうから。」
「・・・え?」
「今回の件、さすがに私一人で抱えるには大きすぎましてねえ。学園長の王弟陛下へ報告させていただいた所、予想外の大事になりまして・・・恐らく今、王宮から騎士団が出動しこの会場へ向かっている筈です。いや、もうここを取り囲んでいる頃か。」
「な、何!私は何も聞いていないぞ!」
「陛下、それと―ネフィリア嬢のそっくりさん。あなた方、メアリ嬢を罠に嵌めて自分たちの都合の良い未来を創ろうと今回の茶番を仕掛けたでしょう。ですがね―」
二ヤリ、とガンガルは笑った。
「罠に掛けられていたのは、実はあなた方だったのですよ。」
「・・・まあ、私は釣り針の餌だったというわけですか。まんまと騙されましたわ。」
憮然とした表情でメアリが答える。既に彼女は拘束を解かれ、傍には使用人のマルメが気遣うように寄り添っている。
「メアリ嬢におかれましては、謝罪のしようもございません。・・・ですがこれは、不審者のあぶり出しとクラトン陛下の見極めを同時に行おうと、第一・第二王子共同で出された発案でして。どうしても極秘にせざるをえなかったのですよ。・・・おかげで大変不快な思いをさせてしまいました。」
「そう、あの方達の・・・ならば致し方ありませんわね。」
腹黒で有名な第一王子と、押しの強い事で引けを取らない第二王子。
普段から仲の良い彼らの悪巧みに昔から何度振り回された事だろうか、とメアリは嘆息した。
「今回の件はいずれ改めて国王陛下より謝罪の席が設けられると思いますので、この場はご容赦の程を。」
メアリに申し訳なさそうな顔を向けていたガンガルは、くるり、と偽ネフィリアに向き直ると、表情を一変する。
「さて、ネフィリア嬢のそっくりさん。王宮へ同行してもらえますか?ああ、廃屋を監視していたあなたの手下ですが、本物のネフィリア嬢を助けた際に拘束させていただきました。今頃は一足先に王宮で取り調べを受けている筈です。・・・まあ、時間はこれからたっぷりあります。気長に行きましょう。」
ガンガルの言葉を受けた偽ネフィリアはうつむくと、小刻みに震えだす。
「く、くく・・・」
誰もが観念したのか、と思った、その時である。
「くくククク・・・アーッハッハッハッ!!!・・・なんだいなんだい、ばれちまったら仕方ないねええ。」
突然高笑いを始めた偽ネフィリアは、それまでの表情をかなぐり捨てて、ニタア、と下品に嗤った。
「そうだよ。アタシはネフィリアなんて小娘じゃあない。・・・ドグマの忍びさ。」
突然ぶちこまれる忍者要素!この物語の明日はどっちだ!