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出来損ないのサイキッカー  作者: 白星マサキ
第二章 ―お好み焼きと追跡者―
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お好み焼きと追跡者②

 昼休みになり、涼馬と悠司は食堂に向かった。普段は購買のパンで安く上げているところなのだが、今日は昼休み前の授業が大きく長引いたため、おそらく主力のパンは残っていないと思われたからだ。

 敷島学園の食堂は、学校も新しい上に敷島グループ傘下のレストランなどから人材が集まっていてなかなかにクオリティーが高いと評判だった。全寮制のため弁当を持参するという生徒も多くはなく、毎日昼休みの食堂は大勢の生徒で賑わっていた。

 涼馬と悠司は二人とも同じ食券を購入した。食堂の最安価メニュー、庶民の味方、素うどんだ。凄い。安い。250円。最高。

 二人でトレーを持って空席を探して歩いているうちに、涼馬は見慣れたツインテールを発見した。

「あ、お兄ちゃん!」

 美羽の方も涼馬たちに気付いたようで「こっちこっち」と言いながら大きく手を振ってきた。四人がけのテーブルに友人と二人で座っていたようで、空いている二席に入れてくれるようだった。

「おー、ありがとう美羽、助かったよ」

「ありがとうね美羽ちゃん!」

 涼馬と悠司はテーブルの空いていた側にトレーを置くと、ようやく確保できた席に腰を下ろした。四人がけのテーブルのもう一つの席には、長く艶のある黒髪にヘアピンの特徴的な少女が座っていた。

「美羽のクラスメイトかな?」

 気を遣って、涼馬が訊ねる。突然友人の兄とその友達が登場したからか、声をかけられた少女はビクッっと肩を跳ねさせた。

「ううん、この人は美羽の寮の先輩の……」

「き、桐谷詩音きりたにしおんですっ」

 紹介された少女、詩乃は慌てたように名乗った。透き通るような凛とした声だった。

「先輩ってことは、えっと……」

「うん、お兄ちゃん達と同じ二年生だよ。今日は食堂の入り口で偶然会って、それで――」

「あ、あのっ!」

 美羽の言葉を遮るように詩音は慌てて立ち上がる。勢いで机が少し揺れて、引かれた椅子の足がガガッと音を立てた。

「用事を思い出してしまったので失礼します!美羽ちゃんごめんね、また!」

「え、あっ詩乃先輩っ」

 戸惑う三人を残し、詩音はまだ少し食べ残したパスタのトレーを持って早足で去って去ってしまった。突然のことに涼馬と悠司は顔を見合わせる。

「ごめん美羽、邪魔しちゃったかな?」

「ううん、別にそう言うわけじゃないと思うけど……詩音先輩、どうしちゃったのかなぁ」

 美羽は不思議そうに首をかしげる。

「もしかして、俺があんまり良い男だから意識しちゃったのかもしれないな……」

 神妙な面持ちで顎を手で撫でながら、気取った声で悠司が呟く。

「あ、いやそれはないと思いますよ!悠司先輩は良い人ですけど、特にルックスが良い訳ではないですしっ!」

「……」

「美羽、やめてやれ。きっとあいつも冗談で言ったんだ……」

「えっ!あっ、あれっ?ああ、悠司先輩ごめんなさい!」

 美羽は慌ててぺこぺこと頭を下げる。その純粋さに見事にハートを打ち砕かれた悠司は、先ほどのキメ顔のまま魂の抜けたように固まっていた。その目は焦点を結んでおらず、遥か虚空を見つめるようであった。美羽の天真爛漫さは時として鋭いナイフとなり、心に深く突き刺さる事がある。悪意がないというのがまた始末が悪かった。

「それで美羽、寮の先輩だって?」

「ああ、うん。お部屋が近くて時々お世話になってるの。私今日寝坊してお弁当作れなくって、一人で食堂に来てたら詩音先輩がいてね、一緒に食べようって」

 敷島学園の寮は新しいだけあって設備も充実しており、各部屋にきちんとしたキッチンが用意されている。その上、女子寮は男子寮よりも豪華な設備が整っているらしく、女子生徒の中には毎日自炊し、弁当を持参する生徒が一定数存在した。男子にも弁当派の生徒がいるみたいだが、涼馬の周りにはほとんどいなかった。

 おおむね男子は購買か食堂、女子は弁当か食堂と言うのが一般的な光景であり、普段は購買でパンを買った涼馬たちは弁当派の由衣菜、琴葉と共に教室で食事をとっている。

「詩音先輩ってすっごく良い人なんだよ!」

 美羽はキラキラした目で力説する。それを涼馬は「わかったわかった」と軽くいなしながら、素うどんの消費に取り掛かった。このままでは伸びてしまう。

「そういえばお前が寝坊したって珍しいな。夜更かしでもしてたのか?」

「あ、うん、実はちょっとね……」

 恥ずかしそうに笑いながら美羽は答える。

「そうそう、それでお兄ちゃんに見せたいものがあったの!」

 そう言うと、思い出したかのように鞄を取り出し、がさごそと漁り始めた。「あったあった」と言いながら取り出したのは、小さな古いアルバムのようだった。

「何だそれ?」

「これね、昨日小野寺さんの所に行ったときに貸してもらったんだ!お兄ちゃんが丁度トイレに行ってるときだったんだけど」

「ああそういや何か持って帰ってたな」

「うん。これ小野寺さんの大学時代のアルバムなんだって!昨日はもう遅いから見たいなら借りていって良いよって言われて、お言葉に甘えちゃった」

「あぁ、大学時代ってことは、もしかして親父の写真もあるってことか?」

「大正解!」

 いかにも嬉しそうに、美羽はページをめくる。

 小野寺さんと涼馬らの父、幸雄は大学時代の旧友だと聞いている。しかし幸雄は写真を全く撮らない、残さない人間だったので涼馬たちは若い頃の彼の姿をほとんど知らなかった。

「ほらこの集合写真!これお父さんだよね?」

 美羽が指差す先にいたのは、今と違って若々しい、ヒゲも蓄えてない、そして少し痩せている幸雄の姿だった。

「うお、これ親父か。若いなぁ……まだ20代の頃か」

 涼馬も何となく感慨深い思いで、写真の中の父を見つめた。写真が嫌いな幸雄らしく、笑顔で写る周囲の人々と対照的に、見事な仏頂面で写りこんでいた。涼馬と美羽はこの顔を、幸雄が寝起きで新聞を読んでいるときに良く見ていた。昔から同じ顔をしていたのだと考えると少しおかしくなった。

 大学の研究室の集合写真らしいその写真には、幸雄の隣に若かりし頃の小野寺も写っていた。こちらは見事な笑顔でピースサインをしていた。

「小野寺さんは全然変わってないんだな」

「こっちは昔も痩せてないんだね」

 少し失礼だとは思いつつも、二人してクスクス笑った。

 同じように、嫌がる様子で写りこんだ幸雄の写真は何枚か見つかった。そのどれもがお決まりの仏頂面で、見つかるたびに笑いを誘った。

「そうそう、そしてこれ!これ見て!」

 一際高いテンションで美羽が指差した先には、小野寺の隣で珍しく笑顔の幸雄の写真があった。涼馬の知る限り、幸雄がこれだけの笑顔を見せることは本当に珍しかった。

 そしてその写真にはもう一人、女性が写っていた。

「これ、お母さんだよね!?」

 美羽は興奮気味に訊ねる。そこに写っていたのは、確かに涼馬たちの母の姿だった。少し茶色がかった長いストレートの髪を後ろで一つに束ね、淡い水色のシンプルなワンピースに身を包んだ彼女は、幸雄の隣、小野寺とは反対側に立っていた。美羽と同じ少し吊り目がちな目が、知的な印象を与える細身の眼鏡の向こうで楽しそうに笑っていた。

 若い頃の彼女の姿は歳の割にもとても落ち着いた雰囲気を感じさせたが、顔の作りも笑い方も娘の美羽そっくりだった。美羽ももう少し成長して落ち着いたら、この母のような姿になるのかもしれない。

 涼馬は写真の中の母を見ながら、幼い頃のおぼろげな記憶を思い出す。彼女に手を引かれ、動物園に出かけた記憶。それがどこなのかも、その前後のことも良く覚えていない。時系列もバラバラだ。だが、それぞれの場面は鮮明に脳裏に蘇った。

 彼女と幸雄と美羽と四人で、園内を歩き回った記憶。レストランで食べたカレーライス。幸雄に抱かれ、ライオンの檻の前で泣きじゃくる幼い美羽。泣かせた幸雄を叱る母……

 普段思い返すことこそないものの、涼馬の心の中に残っていた光景は驚くほど活き活きと蘇った。

 そして彼女は、夢に出てくる女性ではなかった。

 いや正しくは、涼馬が繰り返し繰り返し見た夢、そこに出てくる"母"は、間違いなく、涼馬の母ではなかった。

 涼馬は混乱する。戸惑う。

 あの夢を見始めたのはいつからだ?分からない。何故根拠もなく、あの女性を母だと思ったのか?わからない。彼女は誰だ?分からない……

 母の顔を忘れていたわけではなかった。現に、思い出の中には母がきちんといて、こうして写真を見ればそれが母だときちんと分かるのだ。ただ頻繁に、母のことを思い返さなかっただけ。ただそれだけなのだ。

 記憶の底に眠っていた思い出には、ぼんやりとした夢の中の確信を覆すだけの力はなかった。その漠然とした確信は、疑われることがなかったが故に、涼馬の中で事実だと誤認されていた。

「どうしたの、お兄ちゃん?」

 美羽の声で涼馬は我に返った。

「あ、ああ。ごめん、ちょっと懐かしくて……」

 そう言って、涼馬はその場を誤魔化した。夢の女性を母だと間違えていたなどということは、妹の美羽には絶対に知られたくなかった。

「やっぱり、これお母さんだよね!」

「ああ、これは僕らの母さんだ」

 涼馬はまるで自分に言い聞かせるように言った。そんな涼馬の様子に気付かず、美羽は「若い頃のお母さん、綺麗ー」「この写真貰っちゃおうかな」などと言いつつ、相変わらず写真に釘付けだった。

 その時、昼休み終了十分前の予鈴が鳴った。話に夢中で思った以上に時間が経っていたらしい。

「あ、もうこんな時間!次の時間移動教室なのに!」

 美羽は慌ててアルバムを鞄に仕舞うと、食べ終わったトレーを持って立ち上がった。

「じゃあねお兄ちゃん、また今度お昼食べようね!」

 そう言うと慌しくテーブルを立ち去る。相変わらずせわしない娘だなと思いながら、涼馬はそれを見送る。正直この予鈴には少し救われた気もしていた。

「あ?えっ?予鈴!?」

 予鈴の音でようやく意識を取り戻したのか、涼馬の目の前で悠司が取り乱していた。先ほどの美羽の言葉で意識を失っていたらしい。驚くほどの豆腐メンタルだ。

「あれ、美羽ちゃんは!?てかうどんが伸び放題!?ええ!?」

「あいつはもうとっくに帰ったよ。早く食わないと俺も帰るぞ?」

「えーいやいやいつの間に。てかお前ももう食いおわってんじゃん!何で起こしてくれなかったんだよ!」

「知らねぇよ!先に教室戻っとくぞ」

「待て!待てっていや待って下さい涼馬様!二分だけ、いや一分だけ待ってくれ!急いで食うから!うわまっず!何これうどんってこんなぶよぶよになるのかよまっず!」

 悠司は涙を流しながら、ほとんどスープを吸い尽くした素うどんをかき込んではむせている。その姿のあまりの惨めさに、既に立ち上がりかけていた涼馬はもう一度腰を下ろし、素うどんだったものの処理現場を眺めた。

 悩みの種が次々と降りかかり、少しうんざりしていた涼馬にとっては、こうして馬鹿みたいな時間を与えてくれる悠司の存在は少しだけありがたかった。だから感謝の意味も込めて、悠司が食べ終わるのを待ってやることにした。

「うぉお、この不味さは流石に一分では無理だ!せめて二分、いや出来れば三分待っ――」

 やはり置いて行くことにした。

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